05話.[いいことはない]
「
自由に見ていたら西尾さんが急にそう言った。
彼女はそれを受け取って表を見たり裏を見ていたりしていたものの、すぐに返すと「んー、少し派手な感じね」と。
どちらかと言えばそれを持ってきた西尾さんに似合うと思った。
少し派手だけど派手すぎなくて、着る人によっては格好良く見えるそんな服だから。
「でも、今日着てきてるそれと変わらないだろ?」
「全然違うわよ」
「そうかあ? あんまり変わらないと思うけどな」
「それなら綾子もこんな感じの服、着てみる?」
「に、似合うわけがないだろ」
可愛いと言われたいならそういうのを気にせずに着ていくべきだ。
私がそれを見てみたかったというのもある。
というか、私ぐらいになると他者のそれを見て癒やされるしかないんだ。
だって自分を見て可愛いとか思っていたらやばいし。
「まずはスカートを履いてみるべきね」
「まあ、スカートなら制服がそうだからな」
「ええ、試着してみましょう」
ふたりきりよりもスムーズに進んでいいな。
私はそれに付いていくぐらいが一番合っている。
それはやはり気を使わなくていいからだろう。
「ど、どうだ?」
「可愛いじゃない」
「……そんな真っ直ぐに言うわよ」
「大丈夫よ、似合わないとも普通に言うから」
「それは遠慮してくれ、してやれ……」
……ファッションセンスがない自分としては彼女の存在が怖かった。
今日のこれだって自分の持っている中で比較的マシ、という物を選んできたから触れられていないだけで絶対にダメ出しをされるから。
それにしてもあのスカートを履いているなら上もなにか選んできてほしいなあ。
そうすれば早速願いのひとつが叶うわけで。
で、楽しくなってきたのか彼女は西尾さんを十分ぐらいの間、着せかえ人形にしていた。
意外だったのはその内の一組を西尾さんが購入していたいことだ。
いや、なんならそれだけではなく着て行動するみたいだった。
これは単純に彼女のファッションセンスが信用できると判断したところと、もしかしたら……一方通行じゃないんじゃないか、という見方もできる。
「なにもしなくても勝手に変わっていくんだな」
季節によく似ているなと前を歩くふたりを見て内で呟いた。
この前春だったのが初夏になり、あと二週間もすれば夏になる。
他はともかく、私に関してはなにもないまま終わっていくわけだ。
「美羽、ちょっといいか?」
「ええ、どうしたの?」
「後ろを歩いてる人間のことが気になってな」
西尾さんはこっちまで来ると私の両肩をがしぃ! と掴んできた。
正直これにはとても困った。
だって邪魔しないように黙って付いて歩いているんだからこれなったら意味がない。
別にマイナス思考をしているわけではないんだ。
その証拠に、帰ろうとはしないでここに存在しているわけなんだから放っておいてくれればそれでいい。
邪魔だということならひとりで帰るからそう言ってくれればよかった。
「なんで喋らないんだ」
「遠慮しているわけじゃないよ?」
そもそもこっちを見てすらいなかったのに難しい子だった。
そこで出しゃばればなんだこいつ……という風な顔をされそうだしね。
「安心しなさい、私がちゃんと見ておくから」
「そうか」
「ええ、というわけで星谷さん」
腕を掴まれるとか信用されていないじゃないか……。
まあいいか、変に出しゃばらないで存在し続ければ今日のミッションは達成できる。
こうなってくると私の存在は余計にいらなくなってくるんだけども。
「そろそろお昼ご飯を食べましょうか」
「絶妙な時間だからな、行くか」
その行くお店は決まっているらしくふたりはどんどんと歩いていく。
気づいたら名前呼びになっているし、距離も近いしでちょっとついていけないかな。
「いらっしゃいませー」
案内された席に座ったらほっとした。
対面側に座ったら当たり前のようにひとりになったのは少し悲しいけど。
それでも気にならないふりをしてメニューを見てささっと選んだ。
運ばれてくるまでの間、これまたお喋りをしているふたりを見ていた。
運ばれてきたら意識を一気に切り替えてそれを食べることに集中する。
誰かが作ってくれたご飯を食べるときはやっぱりそうしなければならないんだ。
「美羽、これ食ったらどうするんだ?」
「あなた達に任せるわ」
「星谷はどうしたい?」
「私も合わせるよ。この後、なにがあるというわけではないし」
というか、誰かといられた方がいいからできればこのままがいい。
内にある複雑さはどうしようもないけど、やっぱりひとりは嫌なんだ。
ある程度の時間にならないと母も姉も帰宅しないからいまの私にはこれが一番で。
「そうか、私もまだ帰りたくないからなー」
「意外ね、あなたはすぐに帰りたがるかと思っていたわ」
「それが今日は母さんの彼氏が来てるからさ」
「「え? お母さんの彼氏……?」」
浮気……というわけでもなさそうだ。
西尾さんはつまらなさそうな顔で「ああ、彼氏だよ」と重ねた。
「なんか嫌いなんだよ、だから来るときはこうして外で過ごすんだ」
「夜までいたりしないの?」
「泊まることもあるぞ、そういうときは先輩の家に泊まらせてもらうんだ」
「あ、それなら宇都山さんの家に泊まらせてもらえばいいんじゃないかな」
「あ、そういえばそうだな」
よし、ナイスサポート。
宇都山さんも「困ったら言いなさい」と言っていた。
それにしてもお父さんがいない生活ってどんな感じなんだろう。
私で言えば仲がいいから単純に悲しいことが分かるけど、彼女の場合や不仲だったときのことを考えると変わってくるから難しい。
「美味かったな」
「うん、美味しかった」
宇都山さんが出てきたところで移動を開始する。
とはいえ、みんなお金をあまり使いたくないみたいだから自然と誰かの家でゆっくり過ごそうということになった。
西尾さんの家は無理だから私の家か彼女の家ということになるけど、
「いまなら誰もいないから私の家でいいわよね?」
「おう、家に帰らなくて済むならどこでもいいぞ」
「私――」
……どうしたらいいんだろうか?
空気を読まなければならないということならここで帰るべきだ。
見られているだけだというのも気になるだろうからやっぱりやめるべき……だよね。
「星谷、今日はここまででいいか?」
「え、あ……うん、じゃあこれで……」
自分から離れるのと他人から言われて離れるのとでは全く違うんだけど……。
いやこれ本当にやばいかも。
「自分から帰るべきだったなー」
自分がご飯を食べて解散がいいと言っていたんだからこれはアホだった。
ただまあ、いてもなにもしてあげられなかったからこれでよかったのかもしれない。
楽しそうなところを見られるのは嬉しいけど、それを見ているときに複雑な気持ちになることだってあるからね。
あとは帰ると言いづらくなるだろうから寧ろ感謝するべきなんだろうなあ。
「ただいま」
それでもやっぱり自宅とソファの力は物凄く強かった。
あ、やばいってさっき思ったけど別に泣くとかそういうことはない。
ただ、うん、ああいう自分だけ仲間外れにされるのはやっぱり悲しいなって。
まあ、元はと言えば宇都山さんが誘って彼女はそれを受け入れたわけで、そこに宇都山さん以外の人間は必要なかった、ということなんだろう。
宇都山さんも彼女のことを考えて私を呼んだわけだけど、それが逆効果になってしまったことになる。
「頑張っておくれ」
いつも通りひとりになってしまったから寝ることにした。
見せてくれなくていいからどちらかがどういう風になったのかをいつか教えてくれればいいと思った。
「舞菜ちゃん入るよ?」
夜、ご飯も食べてお風呂にも入ってゆっくりしていたときにやってきたため、本を片付けて母を迎える。
今日はハイテンションではなくて大人な女性のようだった。
うーん、だけど母に関しては私や姉に負けないぐらいハイテンションでいてくれた方がいいなとなんとなくそう思った。
「どうしたの?」
「あ、一階にお友達が来てるよ」
「友達? 誰だろう」
連絡だってきていないからあのふたりという可能性はない。
秘密にして来る意味がないし、あのふたりからすればどうでもいい対象だから。
どっちにとってもおまけみたいなものだからリビングに向かうまで間、ずっと考えていた。
って、ずっとというのは大げさかと片付けて扉を開けると、
「いきなり来てごめんなさい」
「あれ、宇都山さんだったんだ」
お昼とは違う服を着て彼女がそこにいた。
まあ、いまさら中学時代の子達が来る可能性というのもなかったからこうなるか。
男の子が来ているとかではなくてよかった。
「もしかしてお昼のやつを気にしているの? 私なら大丈夫だよ」
「でも、自分があんな言い方をされて帰ることになったら嫌だから……」
「それでもこの時間に来るのは危ないよ、連絡先だって交換したんだからそれでいいのに」
まだ一度もやり取りを交わしたことがないからそこでも地味に寂しかった。
私も普通の学生らしく夜でもアプリで会話をしたりしたい。
顔を見て話したいからビデオ通話とかだって使ってみたい。
でも、私がこう考えているだけじゃ駄目なことだ。
「それに今日ので分かってよかったじゃん、西尾さんは宇都山さんと仲良くしたいってことなんだよ」
一ヶ月未満の関係でも相性さえよければ全く関係ないんだよ。
時間を重ねたいということならいまからでも遅くはない。
仮にこれで自分がひとりになってしまっても全く構わなかった。
「……あなたのそういうところは嫌いだわ」
「仕方がないよ、合う合わないがあるんだよ。それにそういう人間と分かってよかったじゃん、長くいた後に気づくとかそういうことにならなくてさ」
私は私らしくいただけだ、そして、それのおかげで彼女は時間を無駄にしなくて済むんだ。
装ったりする人間だったら気づくのはもっと後だったかもしれない。
だから悲しくもなかったし、これで彼女もやりやすくなるだろうから嬉しさしかなかった。
「馬鹿」
「えっ、……仮に言うとしても言いづらそうに言ってよ」
今日のお昼のやつよりダメージが大きいんですけど……。
なんでこの子はこの前からこちらを傷つけることばかりするんだろう。
上手くいっていないというわけでもないのになんでなんだ……。
「嫌よ、あなたが馬鹿なのが悪いんじゃない」
「……だからそういうのも含めて分かってよかったでしょ? ほら、もう真っ暗になっちゃうから帰った方がいいよ」
部屋に引きこもりたかったけど彼女を守るためにも一緒に外に出た。
六月の夜は春や夏みたいに分かりやすい感じではなかった。
だけどいつ雨が降るか分からないからささっと移動をする。
「今日早速綾子が泊まることになったの、だからあなたも来なさい」
「え、やだ……」
「なんでよ」
「だって荷物を持ってきてないし、お風呂とか借りるの緊張するし」
トイレに入っているときだって誰かが来るんじゃないかというそわそわから落ち着けない。
私の家に泊まるということなら構わないけど、さすがにそれは無理だった。
見せつけたいということなら別の友達相手にしてほしい。
それとさあ、お昼のあれを見ておきながらまだ誘ってくるとか鬼でしょこの子。
ふたりきりだったらまだいいけど……。
「暇になったらメッセージでも送ってきてよ、そうしたら反応するからさ」
「分かったわ。あ、送ってくれてありがとう」
「うん、またね」
少し怖かったから走って帰った。
その後は少しだけ違う気分で母や姉と会話を楽しんだのだった。
「――という感じだったわ」
「そ、そう」
ソファに座って教えてくれた彼女だけど、意地でもアプリとかは使用したくないみたいだ。
地味に待っていたのに彼女は私に対してだけ意地が悪いみたい。
「あなたはどうやって過ごしたの?」
「あの後はなんか気持ちがすっきりしていたからちょっと夜ふかししちゃったよ」
お喋りしたり、読書をしたり、動画を見たり。
正直に言うとお昼寝をしてしまったからというのもある。
寝ることは普通に好きだけど、夜にしっかり寝られればそれでいいんだ。
「やっぱり気にしていたんじゃない」
「そりゃ……遠回しに帰れって言われたらどうなるよ。あ、だけどあなたに言われた『馬鹿』が一番傷ついたけどね」
「でも、あの後はすっきりしたのでしょう? もしかしたらMなのかもしれないわね」
……それは心配して彼女が家まで来てくれたからだ。
意地が悪いところばかりではないところがずるい。
そういう小さな優しさが変に影響してしまうんだ。
「なにその顔」
「……西尾さんにだけ優しくしなよ」
「私は私らしく存在しているだけよ。綾子を贔屓するわけでもないし、あなたを贔屓するつもりもないわ」
その私らしく行動している間に勘違いしてしまう子も出てきてしまうかもしれないのに。
そりゃこれまでそうやって生きてきたのならこれからも守り続けたいだろうけどさ……。
「好きな子ができてもそうし続けるの」
「……好きな子ができたらできるかどうかは分からないわ」
「だったらさっ、いまから変えていこうよ」
被害者――とまではいかなくても傷つく子が現れないようにしないといけないんだ。
彼女はきっと冷たく断るだろうけど、そもそもそういう子が現れなければ振ることもしなくていいんだから。
これは何気に彼女のためでもあるし、あとは西尾さんのためでもある。
「あなたってこういう話になるとすぐ必死な感じになるわよね」
「自分とは関係ないからだよ」
あとは自分には縁がないことだからだ。
だからこそ友達がよさそうな関係になっていくとテンションが上がる。
できることがあるなら協力もしたくなる。
それが必要かどうかはどうでもよくて、どうすればよくなるのかを考えるだけで楽しいんだ。
「舞菜」
「な、ど、どうしたの?」
名前、知っていたのか。
西尾さんだってきっと名字しか知らないと思う。
そもそもフルネームで自己紹介をしたのが四月の始めのときだけだから。
そのときはまだ話せていなかったから絶対にそうだ。
「私はあなたとも仲良くしたいの、それは分かってちょうだい」
「私だって仲良くしたいよ。でも、この時間を本当は違うことに使いたいんじゃないの?」
教えてくれるにしても携帯を使えばいいんだ。
直接話したいということなら学校で、教室で、少しだけ話をすればいい。
ごく短時間であれば引っかかることなく相手をできるから。
「多分、一度関わってしまったから完全には切り捨てられないだけだよね? でも、私のことはいいんだよ。私からすれば西尾さんや他の子と仲良くしているところを見られるのが一番――押さえつけたってなんににもならないよ」
彼女からすれば私は嫌いな考え方ばかりをする人間なんだ。
そんな人間なんかといても足を引っ張られるだけだって頭のいい彼女であれば気付けるはずなのになにをしているのか。
別に嫌いだからとこんなことを言っているわけではない。
私なりに相手のことを考えて、調子に乗っていた小学生時代のようにはならないようにと行動しているんだ。
「なんでそんな顔をするの?」
「……あなたがむかつくからよ」
「むかつく相手が現れたらこれまでは切り捨ててきたんじゃないの?」
彼女はこちらを押さえつけるのをやめ、少し離れて座り直した。
こちらは注いでいた麦茶を少し飲んで、これまた離れて座り直す。
これが本来の距離感なんだ。
彼女にいま必要なのは客観的に見ることだ。
意地になったところでなにもいいことはない。
「西尾さんに集中しろとは言わないよ。けど、私のところに来るぐらいなら自分のしたいことをしていた方がいいし、他の友達と遊んでいた方がいいよ。七月になればテストだってあるんだからさ、そういう理由で集まればいいでしょ?」
彼女は向こうの方を向いているだけで特に答えたりはしなかった。
肘を掴んでいる左手に力が入っているということもなく、ただただそこに黙ったまま存在しているだけという不思議な感じで。
……自分も少し意地を張っているところがあるのか帰れとも言わずにそこに存在していた。
母が帰ってくる時間まで、姉が帰ってくる時間までお互いにそんな無駄なことをすることになってしまったのだった。
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