04話.[仕方がなかった]
「宇都山さん!」
「声が大きいわ、静かにしなさい」
「へへへ、そんなことを言っていいのかなー?」
冷たい目にも負けずに西尾さんを連れてきた。
六月に入ってから午前中でも眠たくなさそうだから問題もない。
眠気がなければ柔らかく対応をしてくれるからこそできることだった。
「なんなんだ今日は……」
「さあ、関わってからまだ日が浅いから星谷さんのことは分からないわ」
私がなにを言うまでもなく勝手に会話してくれるからそれでいい。
ふたりも無自覚にそうしているだろうから相性がいいのだろう。
私は邪魔をしないように端からそれを見ておくことにする。
彼女の席が廊下側最後列というのも大きかった。
中途半端な場所だったら立っているだけで邪魔だとか言われそうだしね。
「そうだ、数学の教科書を貸してくれよ」
「別にいいけれど」
おお、西尾さんは無自覚だろうけどいいな。
こういうのをきっかけに仲良くなることだってあるから無駄じゃない。
「にやにやしているあなたは大丈夫なの?」
「うん、忘れ物とかしたことがないから」
「そう、あなたは彼女よりうっかりしていそうだから少し意外だわ」
「し、失礼だな……」
なるほど、連れてきたら黙って帰れよ、ということか。
それなら戻ろう、彼女のところに行くことはなべるく少なくていいから。
私ひとりで行ったところで求められていないんだから意味がない。
「星谷ー」
「戻ってきたら駄目じゃん」
「は? なんだ? 喧嘩売ってんのか?」
「ち、違う違う、それでどうしたの?」
「宇都山って綺麗だよな」
ふぉう! なにかをしなくても勝手に進んでいくっていいことだな!
あくまで見れば分かることを言っているだけだけど、彼女の口からそれを聞けたということはかなり大きい。
「これまでああいうタイプの人間と関わったことがあるけどさ、大体は感じが悪くてなんだこいつってなることが多かったんだよ。ま、それに関しては私もそう思われていたんだろうけど。とにかく、宇都山は違うなって」
「そうなんだ」
「おう、だから星谷も逃げてないで宇都山と過ごしてみろ」
それじゃあ意味がないし、私なんか求められてもいない。
知っておきながら出しゃばる悪い人間ではないのだ。
少なくとも小学生時代の自分とは違うつもりでいる。
私は見守っていたかった。
これから連れて行ったらすぐに戻る、帰ると決めているから問題もない。
誰かのために一方的だけど動けているということも普通に幸せなことだった。
「宇都山さん次第だから」
「まあそうだな、一方通行じゃ駄目だからな」
ささっと戻って席に着いてしまうことで対策。
放課後以外、教室では話しかけてこないというそれを利用していた。
あまりにくどいと疑われてしまうので、今日はあの一回だけに留めて他のことに集中する。
お昼休みなんかは特に逃げることもせずに教室で過ごした。
五、六時間目も眠気に負けずにしっかり集中し、今日のやらなければならないことを全て終えることができた。
「なにをしているの?」
「あれ、西尾さんは?」
「もう帰ったわ」
まあいいや、変に逃げると無駄に時間を使わせてしまうから一緒に過ごしてみよう。
悪く考えるからこの子のことが怖く、そして、よく分からなくなるんだ。
「梅雨だね」
「留まってゆっくりすることができないから私は嫌いよ」
「西尾さんといられないからだよね」
「え? 私は土とかお花とかを見られなくなるから嫌いなのだけれど……」
人よりお花とかなのか。
興味があるとか嫉妬しているとか言っているときはどういう気持ちなんだろう?
それすら全く意識せずに言っているのならもうそれは怖くて質の悪い存在だ。
だってその気があるような発言を簡単にしてしまうということだから。
「最近のあなたもそうでしょう?」
「あー、内にあったごちゃごちゃを捨てたら直ったよ」
台風とかになったら怖くて嫌だけど、ただ弱く降り続けている程度なら気にならない。
この子と出会ったときだって雨が降っていたものの、私はそれを含めてずっと見続けたいと思っていたわけだからね。
なんだろう、映える? っていうのかな。
あのときの主役はあくまでずっと、彼女だった。
「私、西尾さんとか宇都山さんみたいになりたいな。ずっと堂々としていられれば、きっと周りの子も付いてきてくれると思うから」
「ずっと堂々、ね」
「できてるでしょ?」
「私でもできないことはあるわ、西尾さんだってきっとそうよ」
仮に強がっているだけだとしてもだ、自由に言われているのに堂々とこの教室で存在できているのはすごいことだ。
私なんてすぐに小さいなにかがあったら逃げてしまうからなおさらそう感じる。
もちろん、彼女達はマイナス思考をしたりしないとか決めつけるつもりはない。
きっと彼女達にしかない悩みとかもあるだろうから。
だけどやっぱり自分とは違うからこういうことを口にしたくなってしまうんだよなあと。
こういうところは直したつもりでもすぐに出てきてしまう。
つまり自分の悪いところだと言えた。
「それに私はしっかりしている人を見て落ち込むことも多いの。だから、私を参考にするのはやめておきなさい」
「なんで? 人っぽくていいと思うけど」
全く悩まずに生きられる子がいたらそれはそれで驚く。
淡々とこなすだけだったらロボットなのかと疑いたくなる。
感情があるんだからそれでいいのだ。
ロボットみたいな子よりも彼女みたいな子と友達になりたい。
「そんなことどうでもいいよ、私が宇都山さんのこと格好いいと思っているだけだし」
「ふぅん、逃げていたぐらいなのに?」
「そ、それはほら、この前は怖かったから……」
「この前? あ、もしかしてお家に行った日のこと?」
「うん、嫉妬するわって言われてから怖ったから」
楽しそうに話していたよね、と言ってからが余計にそうだった。
あと、そこで「だから?」と返されて困ったんだ。
「嫉妬するわと言った後に楽しそうに話していたよね? と聞かれたからよ。楽しそうに話せたからといってそれだけでそういう感情が消えるわけがないでしょう?」
「だ、だよね。でも、あの後西尾さんの家に行けてよかったでしょ?」
よく考えてみればあのときから彼女のために動けているというわけだ。
西尾さんといられれば柔らかい態度でいてくれるということであれば協力するよ。
私は私で単純に彼女と仲良くしたいから常にそんな感じでいてもらわなければならないから。
「あれも嘘だと分かって傷ついたけれどね」
「……だ、だってふたりきりでいると怖かったから……」
「いまは大丈夫なの?」
「うん、そういう風にいてみようと決めているから」
「ということはまだ怖いと感じているあなたもいるのよね」
うわ怖いな、綺麗だからこそそういう表情は特にいけない。
Mな人だったらぞくぞくしそうだけど私はそうではないんだ。
だからなるべくこういう顔をされないようにするしかないわけで。
「ねえ、どうすれば変わってくれるの?」
「ち、近いよ」
「答えて」
どうすれば変わるのか、なんて分かりきっていることだ。
時間を重ねていくしかない。
相性が余程悪くない限りはそれで絶対に変わっていく。
なんでそんなことを言えるのかは西尾さんとのそれが証明している。
ただ、彼女が私といることを選択するなら=として我慢しなければならないということだ。
「い、一緒にいてくれれば! ……変わるかも」
「なるほど。まあ、普通のことね」
「うん、結局それがシンプルで一番なんだよ」
特別な出来事なんかがあったらそれはそれでやっぱりいいけど、そういうことがあろうと結局は時間を重ねていくしかないのだ。
「いいの?」
「え?」
「行っていいの?」
「うん。あ、だけど他に優先したいことがあったら無理しないでそっちを優先してね」
彼女はにこっと笑って「ええ、分かっているわ」と言ってくれた。
正直、胡散臭い偽物の笑みに見えてしまったけど特に言うことはせず。
だって私としても一緒にいられる子が増えたら嬉しいことには変わらないから。
「それでも今日は帰りましょうか、雨が降ってきてしまう前に帰れた方がいいでしょう?」
「うん、帰ろ」
変にのめり込みすぎないように気をつけなければならない。
違う相手に恋をしている、とまではいかなくても気にしている相手を好きになったりとかそういうことがあってはならないのだ。
多分、男の子に告白されても女の子に告白されても同じぐらい効果があると思う。
そういう人間だからこそ余計に考えて行動しなければならないわけだ。
まあ、西尾さん云々は置いておくとしても、彼女は別にたくさん来たりはしないだろう。
それに彼女なら、いや、彼女じゃなくても自覚してしまう前にそれを不可能なことにしてくれるからそれでいい。
「少し止まって」
「うん」
彼女も西尾さんも私よりも高身長だからこうして対面するとそれがよく分かる。
格好いいや綺麗なのにそういうところでも整っているなんて不公平だなんだと内で呟きつつ、どうしたのと聞いてみたら、
「髪、綺麗ね」
と、嫌味にしか聞こえないことを言ってくれた。
いや違う、中身が醜くないから他人のことも普通に認められるのだ。
絶対に同じようにはなれなさそうだったから参考対象を確かに変えた方がいいかもしれない。
でも、お礼はちゃんと言っておいた。
「宇都山さん起きてー」
私の声が届くことはなかった。
これでもう十度目ぐらいの呼びかけなのに全く起きてくれない。
最近お昼休みになるとこうして私の席に座って寝ることが多かった。
……西尾さんに対して偉そうに言っていたのにそれでいいのかと言いたい。
「起きないのか?」
「うん、だから西尾さんが起こして」
どうせ起きないだろうと思っていたのに簡単に起きてしまった。
彼女は呑気に「おはよう」なんて言って笑っている。
「この前私にもっと早く寝ろと言ってなかったか?」
「私は授業中に寝たりはしないわ、だからあなたとは違うのよ」
「最近は私も寝てないぞ、嘘だと思うなら星谷が見てるから聞けばいい」
違うんだ、そこで争ってほしいわけじゃない。
教室内にいると邪魔が入るかもしれないからふたりを連れて教室をあとにした。
今日も雨だから外には出られないものの、少し離れれば落ち着く場所というのがある。
「今度三人でお出かけしましょう」
「え、宇都山はこだわりが強そうだからな……」
「あなたがいなければ意味がないわ」
そうそうそう! 私と彼女だけじゃ意味がない。
さり気なくサポートしてあげることもできないからそれは避けたい。
「分かったよ、それなら今週の土曜日に出かけるとしよう」
「そう遠い場所に行きたいわけではないから安心してちょうだい」
「ああ、それで頼む」
先輩さんのところに行くからということで西尾さんは歩いていった。
彼女はそっちを見たままはぁとため息をつく。
せっかく一緒にいられても限りなく短時間だからそうしたくなる気持ちも分かる。
「まずはこれでいいわよね」
「うん、一緒にいる時間を増やすことに集中しないとね」
「そうね、これで西尾さんも安心できるでしょう」
「ん?」
「あなたがいてくれた方が安心できるでしょうから」
え、別に彼女とふたりきりでも全く気にしないと思うけどな。
興味を抱いているのは西尾さんもそうだから寧ろふたりきりじゃなくていまがっかりとしてしまっているかもしれない。
まあもし究極的に空気が読めていないと分かったら帰ればいいかと片付けた。
「どこか行きたいところとか決めているの?」
「特に決めていないわ、その日気になったところに寄れば十分楽しめるから」
「最後はご飯を食べて解散がいいな~」
食事はやっぱり大好きだ。
好きな物を食べられたら幸せだし、まだ知らない味を知ることができても幸せで。
というか、最後まで悪い雰囲気になることなく遊べれば正直それで十分だった。
「お出かけできればそれでいいの、例え一時間とかで解散になっても私は構わないわ」
「え、それはちょっと寂しいよ」
「ふふ、まだいたいということならいればいいのよ」
そうか、つまりその日の自分達次第だということか。
例えお店から出ても家とかで集まることも可能というわけで。
彼女は気を使ったりしない関係というのを求めているのかもしれない。
私だってどうせなら楽しく自由にやりたいからその方がいいし。
「でも、私も無理して誘わなくてよかったのに」
「どうしてそんなことを言うの」
「緊張するということなら付き合うけどさ」
まだ友達の友達レベル、なのかな?
ああでも、自分のためではなくて西尾さんのことを考えて発言したのか。
自分はもう友達だと認めているけどあの子はどうか分からないから私を呼んだと。
「空気と雰囲気を悪くしないように過ごすから」
「私だってそのつもりよ」
「うん、じゃあ戻ろうか」
「待って」
歩き出したところを掴まれたから冗談抜きで視界がぐわんと揺れた。
数秒通常状態まで戻るのに時間を要したものの、特に問題はなく彼女の方を向く。
「連絡先を交換しましょう」
「それなら普通に止めてくれればよかったんじゃ……」
「それはごめんなさい、けれどあとはあなただけなのよ」
ほう、ということはもう交換済みだということか。
それなら全く気にする必要はないから教えようとして固まった。
あまりにも不必要な情報すぎて忘れてしまったことを思い出したからだ。
あれだけ毎日携帯とにらめっこを続けていたのにこれだからアホだと思う。
「忘れちゃったから後で書いた紙を渡すね」
「ええ、それなら放課後にまた会いましょう」
お前ごときがとか言われても嫌だから確認するのは放課後にした。
そのため、五、六時間目は少しだけそわそわとしながら過ごすことになった。
だけど放課後になったらやって来た彼女に教えることができたからそれでいいかなと。
「うわ、星谷って携帯持っていたんだな」
「え、あ、うん」
「なんだよ言えよ、交換しようぜ」
「うん」
……実際、携帯を持ってそこに存在しておくというのは効果的なのかもしれない。
勇気を振り絞って頼むよりも私には合っている気がする。
というわけで、なんか簡単に手に入れることができてしまった。
三ヶ月間ずっと悩んでいたことだったのにこんなにあっさり入手できるなんて……。
「正直星谷と待ち合わせをする際、遅れそうになると困っていたんだよな」
「あら、それなら急いで行かなければならないわけだからあなたに丁度いいじゃない」
「お、遅れそうになることばかりじゃないぞ、宇都山はときどき失礼だな」
「ごめんなさい、まだあまりあなたのことを知らないから」
「だったら余計に言うのを我慢するところだろそれは……」
待ち合わせをすることがかなり少ないのは分かっているのかな?
もう午前中は眠たいというそれがなくなってしまったから正直いらないんだよなと。
彼女も多分、もう少し時間を重ねればそれに気づいてしまう。
そうなった際にひとりは絶対に寂しくなるので、そういう意味でも宇都山さんと仲良くしていなければならなかった。
難点はやはり彼女のことを気にしているということだけど。
「やっぱり綺麗な人間ってのは厳しいんだな」
「全ての人がそうというわけではないわ。でも、急になんでそんな話をしたの?」
「え、無自覚なのか?」
「え、もしかして私が言われていたの……?」
そういうところでは自分のそれに自信を持っていてもらいたかった。
だってそうでもなければなにもないこちらはどうすればいいのとなってしまう。
明確に足を引っ張っている部分があるのならともかくとして、残念ながら彼女にはそういう一面がないから一瞬だけでも横に並ぶことすら不可能だから。
「ほ、星谷さん、私って綺麗……なの?」
ぶんぶんぶんと頷いたら「そうなのね」と頬に触れつつ呟くようにして吐いていた。
私としては顔が引きつってしまって仕方がなかった。
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