03話.[なにがどうなる]

「舞菜ー!」

「ぶぇ!? な、なに――わっ、お酒臭いっ」


 一ヶ月に一回だけ必ずこういうことになる。

 いいことだったり悪いことだったりがあるとこうなるけど、このテンション的に悪いことではなさそうだった。

 彼氏さんができたとかそういうことかな? などと想像してみる。


「実はね実はね? 今度会社の男の子と食事に行くことになったんだー」

「よかったね、お姉ちゃんはずっと彼氏がほしい~って言っていたもんね」

「そう! あ、だけど今回のそれはあくまで普通に楽しめればいいんだよ、その子は大学時代からの知り合いだからさ」


 って、そこから同じ会社になるってどんな偶然だろう。

 もしかして姉を追ってきたとかそういう可能性もありそうだ。

 ただまあ、今後にかなり影響してくるからたまたま一緒になった、というだけなんだろうな。


「学生時代はよくご飯を食べに行っていたから懐かしくてね」

「それならそのときのためにお酒を我慢すればよかったのに」


 もしかしたらほら、酔ったところをお持ち帰りされてしまうかもしれないし。

 仮にそこでなにもせずに世話をして帰してくれるということなら信用度も上がるはず。

 いやでも、姉の言い方的に悪くない関係みたいだから前者でもいいのかも。

 一度チェックしておきたいけど、私が知ろうとしたら怪しいからやめた。


「その子の前で飲めるわけないじゃん!」

「え、だけど成人しているんだからありなんじゃないの?」

「いや、その子お酒飲めないから」


 別に相手の人が飲めなくたって問題ないでしょうに。

 ハイテンションになることは多いものの、結局は数分経過するだけでここまで通常状態に戻るんだから大丈夫なはずだ。

 その人の前では飲まない! と決めているのであればもう言わないけど。


「それに一応私の方が年上なわけだからね、それなのに酔ったりしたら恥ずかしいじゃん」

「えっ、先輩と後輩の関係とか物凄くいいじゃん!」

「そ、そういうのじゃないから。ただ、学生時代からお世話になっているだけ」


 しっかり系の後輩とかもっといいじゃん……。

 こう、呆れた顔をしながらも放っておけなくて優しくお世話をしてしまうというかさ。


「それで今度っていつ?」

「今週の土曜日かな、つまり明々後日」

「そっか、楽しんできてね」

「うん、まあまだ予定が入る可能性があるからどうなるのかは分からないけどね」

「すぐに冷静になりすぎ! どうせならその日までハイテンションでいなよ!」


 そういうのを聞いてしまうと積極的に仲良くしたいという気持ちが出てくる。

 西尾さんもそうだし、あの綺麗で優しい子もそうだし。

 ただ、あのふたりが仲良くし始めてしまうと私は……。


「よいしょっと」


 ベッドに寝転んでスマホを確認する。

 そうしたら当然のように誰からも、なにもきていなかった。

 高い契約金を払ってもらっているのにこれでは意味がない。

 こういう現実と直面すると解約してしまった方が結果として両親のためになるのではないかと考えてしまうときがあった。


「ばーん!」

「わっ」

「ふふふっ、なんだか寂しそうに見えたからお母さんがやって来ましたよっ」

「丁度いいや、お喋りしたいから相手をしてよ」

「任せて!」


 テンションだけで見れば学生でも通ってしまいそうな私達の母。

 それでも働いているし、私と違って家事も全部できるからやっぱり違う。

 あと、やたらとお友達が多いというのも私とは全然違う点だった。


「なるほど、つまり舞菜ちゃんもお友達と仲良くしたいということだよね」

「うん、だけど自分から近づくのはできなくて……」


 そもそもあの子が何組なのかも分かっていない。

 それにいまの距離感だからこそ普通に話せるという見方もできるから。

 西尾さんにしたって寝ている状態では近づきにくいというのが本音だ。

 うるせえなと言われてしまうと少しだけ、ほんの少しだけだけどダメージを負う。

 なので、私はあの子みたいに流すことができなさそうだった。


「ごめんっ、お母さんはそういうことで不安になったことないから力になれないかもっ」

「ははは、じゃあお母さんの思い出とかを聞かせてよ」

「いいのっ? 明日の朝ぐらいまで続いちゃうけどいいっ?」

「に、二十二時ぐらいまででお願いします……」


 みんな食事も入浴も終えた状態で大体二時間ぐらいは余裕があった。

 ただ、本当に思い出がたくさんあるらしくその二時間もあっという間に終わった。

 嫌というわけじゃない、寧ろ想像してはいいなあとなったぐらいだ。

 母も話しているときは楽しそうだったから自然とこっちも楽しくなっていた。


「あ……ごめん、もう二十三時になっちゃった」

「いいよ、色々教えてくれてありがとう」

「どういたしまして! でも、続きはまた今度にしようか」

「うん、おやすみ」

「おやすみ! ちゃんと暖かくして寝てね」


 母が出ていってから少し疲れていることに気づく。

 電気を消してベッドに転んでみたらすぐに眠気がやってきてくれた。

 特に怖い夢を見たりすることなく、楽しい夢を見ていたらあっという間に朝はやってきた。




 土曜日になった。

 姉は約束通り今夜、お友達と一緒に食事に出かけるみたい。

 そうなると一緒に食べられなくなってしまうから少し寂しくもある。


「暇だな~」


 それよりも、だ。

 一気にやらなくていいように掃除をしたり、課題をしたりとしてみたものの、それ以外にやりたいことが見つからなくてずっとベッドの上でだらだらとしていた。

 それから大体三十分が経過した頃、


「誰か来た!」


 相手が誰だろうと来てくれたことに感謝しつつ一階へ。

 開ける前に深呼吸をしてから扉を開ける。


「こんにちは」

「えっ、あ、こんにちは」


 何故かあの子が立っていた、上手く言えないけどよく似合っている服を着て。

 近くに西尾さんがいるというわけでもないし、家の場所だけ教えてもらったのかもしれない。


「中、いい?」

「あ、うん、どうぞ」


 飲み物を注いで渡しておく。

 ただ、誰かが来るとは思っていなかったから実に人に見せる感じではない服を着ているのが気になるところだった。

 制服のときもそうだけど、私服状態での彼女の近くにいるとなおさらそう感じる。


「西尾さんに教えてもらったの。でも、急に来てしまってごめんなさい」

「ううん、誰かに相手をしてほしいと思っていたからありがたいよ」

「そうなの? それならよかったわ」


 相手が西尾さんだったり彼女だったらなおさらよかった。

 総合計時間で十分以上話した相手であれば安心できるから。


「もしかして今日、あなた以外は誰もいないの?」

「うん、お母さんもお姉ちゃんも仕事なんだ」

「お姉さんがいるのね」

「うん、ちょっと歳が離れてるけどね」


 それでも最強は母だ。

 こればかりは生きている時間が違うから仕方がないと言える。

 寧ろ娘の方がしっかりしていたらそれはそれで……というやつだ。


「羨ましいわ、私はひとりっ子だから少し寂しくなるときがあるのよ」

「私は喧嘩とかもしたことがないから、うん、お姉ちゃんがいてくれてよかった」


 ……物だってもしかしたらただで貰えるかもしれないし。

 い、いやほら、買わなくて済むならそれはいいことだと思うんだ。

 人から貰った物だから捨てづらいのはあれだけど、お小遣いを貯められるというのは大きい。

 もっとも、文房具とかにしか使わないからどっちにしろ貯まっていく一方なんだけどね。


「そのうえで西尾さんといられるなんて正直、嫉妬するわ」

「この前、楽しそうに話していたよね?」


 あれを見たとき、このまま見ていたいという気持ちと、見ているしかできないんだという暗い気持ちが出てきて少し整理に時間がかかったんだから。

 母が色々な話を教えてくれたことでなんとか吹き飛ばせたものの、あれがなかったら延々と暗い部屋の中でごちゃごちゃ考えることになっていた。

 というかね、携帯を見ていたって仕方がないんだ。

 だって本当のところは西尾さんとだって交換できていないし、中学時代の友達とはもう一年と数ヶ月はやり取りを交わしていないんだから。


「それで?」

「え、だから……」

「ごめんなさい、こんなことを言われても困るわよね」


 いまの顔は物凄く冷たく、怖かった。

 そりゃまあ実際のところは合わせてくれているだけだろうからこうなるか。

 私なんて所詮、西尾さんに近づくために使われる道具、みたいな感じで。


「あ、い、いまから西尾さんの家に行かない?」

「どうして?」

「ちょっと話したいことがあって」

「そう、それなら行きましょうか」


 外でなら自然と別れることができるからでしかなかった。

 結局のところ、本当のところを知ってしまえばこんなものだ。

 話しやすいとか思って馬鹿みたいだな。


「はい――あ、なんだ来たのか」

「ええ、星谷さんがあなたに話したいことがあるらしいの」

「星谷が? あ、まあ上がれよ」


 ふたりだけでいなくて済むならそれでいい。

 使おうとしているのなら働いてやろうじゃないか。

 彼女といたいなら彼女とだけいさせてやるつもりでいる。

 ……なんかこだわりとかも強そうだからひとりでいそうだし。


「で?」

「あ、そういえばお休みの日の朝は眠たくないんだね」


 無理やりひねり出したにしてはそう悪くもない質問だと思う。

 これだったらまだ、彼女のところに行きなよと言って追い出した方がよかったかな。

 でも、そんなことをしたら月曜日からどんな対応をされるか分からないからできない。


「ああ、学校のときだけ眠たくなるんだよ」

「学校が嫌いなの?」

「いや?」


 そういう見方をしているだけなんだろうけど、今日は彼女も怖いように感じた。

 正直用とか微塵もないから帰ってもいいんだけど……。


「宇都山はなにか用があったのか?」

「特にないわ、星谷さんのお家に行ったら星谷さんがあなたに用があると言ってきたからこうして付いてきたわけね」

「つまり、ふたりとも暇人というわけか」

「ふふ、そう言うあなたはどうなの?」

「はは、私も見ての通り暇人だ」


 あ、なんか楽しそうだから見ていることだけに専念しよう。

 家に帰ったところで誰もいないし、なにもすることがないからこうして誰かといられた方がいいに決まっている。

 例えそこで空気的存在になっても――いや、空気様は偉大だからゴミのチリ以下になったとしても構わない。


「こうなることを考えると学校があった方がいいよな」

「そうね、やらなければならないことがあるというのは実は幸せなことなのかもしれないわ」

「授業を真面目に受けていれば特に怒られもしないからな」

「ええ」


 連続していたら疲れてしまうものの、間に十分ずつの休み時間があるんだからそれで十分だと言えた。

 ふたりはともかくとして、私みたいな存在はそういう強制力がなければいけないのだ。

 ある程度管理してもらわないとだらだらするだけで一日が終わるか、最終的には暇死することになってしまうから。

 でも、楽しいかどうかと聞かれたら……。


「なんかえらい難しい顔をしてるな」

「星谷さんはきっと、難しく考えてしまう人間性なのよ」

「難しくか。でも、別にマイナス思考をして極端な行動をするわけじゃないけどな」

「それは出さないようにしているだけね、同じような子と関わったことがあるから分かるのよ」


 私は彼女やこの子のような人と関わったことがなかった。

 自分が弱いから気弱な子とかが多かったかな。


「雰囲気が違うからこの前は意外だと言わせてもらったのよ」

「そこが違っても相性がよければ関係ないだろ」

「あなた達は相性がいいの?」


 一切気にせずに聞けるところはすごいことだった。

 普通は友達と友達の友達に対して相性はいいの? とか聞けないだろう。

 それこそ気になったらそれを知るまで落ち着かなくなる人間性なのかもしれない。

 あと、気になったことを知ることができれば他者からなにを言われてもどうでもいいと片付けられるのかもね。

 

「むかついたりもしないからいいんだろ」

「そうなのね」


 敢えてなにかを言うことはしないでおいた。

 だってひとりだけそういう気持ちでいたら気持ちが悪いし。

 相手の方から言ってくれた状態で反応するのが一番だから。

 その後もふたりを見ることだけに集中しておいた。




「また雨か」


 好きだから来ているんじゃなくて逃げたくて来てしまっている今日この頃。

 もう六月になるからなにもおかしくはないけど、なんだか少し寂しい気持ちになっている自分もいた。


「よう」

「雨だね」

「そうだな」


 なんか最近は寂しいというか物悲しい気持ちになってくるから微妙だな。

 別に私のために降っているというわけではないから雨も知らないだろうけど。


「なんでそんな顔をしているんだ?」

「最近は雨音を聞いているとちょっと寂しくなってね」

「ひとりというわけじゃないだろ?」

「そうだけど……」


 あれから何故か午前中も強くなってしまったわけだし、もう彼女にとって私という存在はいらなくなってしまった。

 もちろんいいことだ、少しでも悪く言われなくて済むなら私としても嬉しい。

 だけど、唯一繋がっていた糸がほどけてしまったような気がして……。


「宇都山と上手く仲良くなれていないからか?」

「違うよ、そういうのじゃないよ」


 寧ろいまならふたりといられない方がフラットにいられる気がした。

 あと、いまは余計に授業中の方がいいと強く思う。

 やらなければならないことがあるというのは幸せだから。

  

「あいつは多分、星谷に興味があると思うぞ」

「そうなんだ」

「おう、見てると分かるんだよ」


 本当のところはあなたに興味津々なんだよ。

 私のところに来てくれているのは、柔らかく相手をしてくれるのは私といれば彼女といられる可能性が高まるから、ということだけ。

 この前ので実際のところが分かってしまったようなものだし、もう自然に対応することはできそうになかった。


「ま、少しは逃げてないで向き合ってやれ」

「えっ」

「明らかに避けられてたからな」


 なんかアホらしくなったから今日は戻って食べることにした。

 宇都山さんも呼んで三人でお喋りをしつつ。


「つまり、逃げていたのね」

「に、逃げていたというか、……私はあそこで過ごすのが日課だから……」

「話しかけたのに慌てて逃げていたわよね」


 ……仮に私がそうだとしても彼女からすればどうでもいいことだ。

 彼女は西尾さんといられれば満足できるんだからこっちにまで求める必要はない。

 それか……もしかしてひとりじゃ緊張するからなの?


「ほら、結構極端なことをするでしょう?」

「確かに宇都山の言う通りだったな」

「こういうタイプはしっかり一緒にいてあげなければ駄目なのよ。あと、正直なところを定期的に吐かせておく必要があるわ。決めたことを数時間後にはやっぱりなし、とか言いかねないわ」


 よ、よく分かっているじゃないか。

 つまりこの子の前ではなにをしようと「ほらね?」と言われてしまうだけ。

 そうしたらかなり恥ずかしい思いを味わうことになるわけだから気をつけないといけない。

 そもそも、この子を西尾さんといさせると決めたんだから守らないとな。


「協力してあげるよ」

「なにを?」

「ふふ、とぼけちゃってー」


 こういうタイプは照れたときが一番可愛いんだ。

 私にはできないけど、西尾さんならそれができる。

 ふっ、私はそれをただで、なにもデメリットを抱えることなく見させてもらおう。


「西尾さん、星谷さんはどこかおかしくなってしまったみたいだわ」

「安心しろ、星谷はずっとこんな感じだ」


 とぼけたり余裕ぶっていられるのはいまの内だ!

 どうやら自分ひとりでは行けないみたいだから頑張って支えようと決めた。

 ある程度土台が固まるまではあそこに行くことも禁止と決める。

 別に私に関してなにがどうなるというわけではないから楽しみでしかなかった。

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