02話.[あるんだけどさ]
「綺麗だな」
雫が伝って落ちていく様を見ているだけで落ち着けていた。
なんてことはないことなのに、雨が降れば当たり前のことなのに、何故か私はそれから目を離せないでいた。
こんなときなのに頑張ってなにかをしている女の子が側にいるから、というのもある。
「これね」
「えー! お花がー!」
「えっ?」
ま、まさか引っこ抜いてしまうとは思わないじゃないか。
雨にも負けずそこに存在してくれているのにまさか人間がヤッてしまうとは……。
「あ、乱暴しているわけじゃないのよ?」
「そ、そうなの?」
「ええ、もう変えてしまうから欲しい物があればって先生が言ってくれたの」
なんだ、そういうことだったのか。
あと、誰かが変えていたんだなって当たり前のことだけどいまさらながらにそう思った。
彼女はこっちに「それじゃあね」と言って歩いていく。
私はお弁当をまだ食べていなかったことを思い出して慌てて食べて。
「私でも貰えるのかな?」
庭に少しだけ花を育てている場所があるから貰えるなら貰いたい。
頑張って存在してくれているし、名前は分からないけど可愛くて好きな花だったから。
でも、もしかしたら美化委員とかの特権かもしれないから諦めるしかないのかな……。
「あっ、戻らなきゃっ」
忘れずに持ってきていた物を持って校舎へ急ぐ。
それで教室に戻ったら今日はお昼休みも西尾さんは突っ伏して寝ていた。
寝ているときに近づくのは起こさなければならないときだけにしているので、特に話しかけたりすることはなく次の授業の準備をしたりする。
「西尾っていつも寝ているよな」
「家がよくないんじゃね? 髪とかだってぼさぼさだしな」
「女子だったら普通美容院とか行くよな」
普通、普通か……。
ちなみに私は美容院になんか行ったことがないけどな。
髪とかは問題にならないよう丁寧にしているけど、だからってそれが当たり前だという考えになってしまうのも危険な気がする。
「西尾さん」
「んー? おお、星谷か」
「あれ、起きてたの?」
いつもだったら「うるせえな」と言われるから少し意外だった。
まあ、もう本当のところを分かってしまったようなものだから可愛いぐらいだ。
「前を見てると睨まれてるとか言われるからな」
「あー……」
みんながみんなそうじゃないんだろうけど、少しだけ自意識過剰なところがあるのかも。
私だって自分の方を向かれたまま笑われたら自分が笑われているんじゃないかという気持ちになってくる――って、これは被害妄想かと片付ける。
んー、自分を守るために相手のことを自由に言うのはね……。
同じことをされた際に文句を言えなくなるのに、それが分からないのかな?
「前からそうだから気にするなよ、それでどうしたんだ?」
「あ、今日の放課後は一緒に過ごそうよ」
「別にいいぞ、じゃあ少しゆっくりしていくか」
「うん、楽しみにしてる」
とりあえず私にできることはこれぐらいしかなかった。
と言うよりも、私がそういうことを聞きたくなかったから仕方がない。
……結局これも自分を守るためにしていることだからあんまり人のことは言えないか。
すぐに授業が始まって切り替えられたからいいけど……。
「なんて顔をしてるんだよ」
「あ、西尾さん……」
「もう放課後なんだからもっといい顔しろよ」
同じ教室内で言われているんだから聞こえていないということもないだろう。
お昼からは眠たさなどもなくなるみたいだし、絶対に聞こえているはずなんだ。
「いつものことだから気にするな」
「気にするなって……」
「言う奴は自由に言うよ、いちいち気にしてたって疲れるだけだぞ」
そうか、そうだよなあ。
私だって注意しないで本人のところに行くしかできないわけだし、変に動くと彼女のためにならないからやめた方がいいか。
直接ぶつかり合う勇気なんてないんだから。
「それにみんなに分かってもらいたいわけじゃないし、みんなに好かれたいわけでもないからこれでいいんだよ」
どんなに人気な人でも全員に好かれるなんてことはないと思う。
そういうリアルなところもあって、ひとりからでもいいから好かれたい、分かってもらいたいと考えるのは普通のことだ。
でも、だからってそのまま自由に言わせておくというのはどうなんだろう。
一番最悪なのは私みたいなのが変に動いて余計に立場を悪くさせることだから言ったりはしないけどさ……。
「でも、友達が言われてるなら許さないけどな」
「友達思いなんだね」
「誰だっていい気はしないだろ、自分のことだったら簡単に片付けられるけどな」
私のことで迷惑をかけることはなさそうだった。
意外と苛められたりとか悪く言われたりすることがなかった。
空気というほどの存在感でもないし、嫌われない程度の人間性ではいられているのかも。
って、そもそもそこに含まれていないかもしれないのに私というやつは……。
「あ、見たことがあると思ったらやっぱりこのクラスだったのね」
「あ、お昼休みの……」
読書や勉強が好きそうな子だった。
授業中とかも背筋がぴん! としていそうな感じ。
「はい、お花に興味があるようだったから」
「え、いいの?」
「ええ。いつかは枯れてしまうけれど、捨てられてしまうよりマシだから」
上手く言えないけど汚れないようにしっかりとしてくれていた。
これなら運びやすいし、花にダメージがいくということもないだろう。
「ありがとう」
「ええ、それじゃあね」
目的を終えたら颯爽と去る感じ、いいね、格好いい。
「いまのは誰だ?」
「あ、さっき外で出会ったんだ」
「へえ、雨なのに物好きだな」
だけど今日の天候ならお昼か放課後かという違いでしかないからあの子は違う。
私は雨だろうがなんだろうがあそこに行くからあれだけど……。
「いまから私の家に来ないか?」
「大丈夫なの? 大丈夫なら行かせてもらおうかな」
「大丈夫だ、家族とだって会わなくて済むから安心してくれ」
まあそこは確かに会わないで済む方がいいけど、別に会ったら会ったで挨拶をして帰ればいいわけだから特に問題もない。
友達のお家に行くことってあんまりないから新鮮な感じがする。
あ、もちろん西尾さん以外の友達だってちゃんといるけどね。
何気に姉のお友達とも関わることがあるからひとりぼっちなんかではない。
外で食べているのだって誰かといられないからとかではなく、ただただあそこで食べたいだけだから問題ない。
「お邪魔します」
彼女はどうやらリビングで盛り上がりたくはないようだった。
寧ろ彼女の方が友達と一緒にいるところを見られたくないように思えてくる。
「はい」
「ありがとう」
こうして来てみると確かに彼女の言いたいことが少し分かった。
狭すぎるわけではないけど広くもないというそんな感じの部屋だ。
私の部屋はベッドが置かれていてもある程度の広さがあるからね。
「あ、時計そこに置いているんだ」
「ああ、ここなら転がったままでも確認しやすいからな。私は枕元に置いてくのは非効率なんだと思っているんだ」
「眠たい状態で動かなければならないからね」
それを使用しているということは起きなければならないわけだけど、そこでほんの少しの面倒臭さがなくなれば気分も少し変わってくるはずだ。
その最初のちょっとしたことが一日楽しく過ごせるかどうかに繋がってくるから無駄というわけじゃない。
「そういえばこの前電話がかかってきたけどさ、友達って他校にいるの?」
「いや? 同じ高校だぞ、年上だけどな」
「そうなんだ?」
「ああ、あんまり学校で話したりはしないから星谷からすればいるかどうか分からないだろうけどさ」
年上のお友達がいるというのは少し羨ましいな。
学校で会えるのとそうではないのとでは違ってくるから。
周りの声を気にせずにいられるのはもしかしたらその人のおかげかもしれない。
「ちょっ、えっ、な、なにっ?」
「髪、綺麗だな」
「あ、一応シャンプーとかリンスとか意識してやっているから……」
面倒くさくてもちゃんとドライヤーを忘れずにとか一応ね。
それでもやっぱり美容院にずぶずぶ――行っている人には勝てない。
そこで勝ったところでなにがどうなるというわけではないけど、他の子から求められるような子はそういうところも抜かりないんだろうなって。
「私はシャンプーで洗ったらそれで終わりだからなー」
「乾かしたりしないの?」
「しないな、ちゃんと洗ってるんだからそれでいいだろ」
「でもさ、もし少し意識を変えるだけで誰かが求めてくれるなら、どう?」
関わったことがある子なら彼女の魅力にもきっと気づく。
いまでも十分格好良かったり可愛かったりもするものの、そういうところをしゃきんとしたらどうなるのか気になるというのもあった。
あの男の子達が意見を変えるようなことになったら、ぐふふ、いいね。
「んー、この状態でも告白してくる人間はこれまでもいた――」
「嘘っ!? あ……」
「流石にその反応は傷つくぞ……」
「あ、ごめん!」
一度もされたことがない人間が偉そうに言うのはやめた方がいいと思いました
いやもう本当になんでこんな人によって違う結果になるんだろうね。
モテまくりとまではいかなくていいから少しぐらいは……ねえ?
「馬鹿にしたいわけじゃないからね? ただ、やっぱり告白される人はされるんだなって」
「ああ、まあ私にする人間は物好きだけどな」
「そんなことないよ、格好良くて優しいもん」
「格好いいか、……女としては格好いいじゃなくて……」
え、どうでもいいとか言うと思ったのにこの反応は可愛すぎる。
普段のそれもただの強がりの可能性も出てきた。
だって不満を吐いたところで勝手に周りがやめてくれるわけではないから。
だから自衛するためには強いんだぞー的な態度でいなければならないわけで。
「可愛いって言われたい?」
「……一応私だって女なわけだからな」
可愛いと言ったら絶対に素直に認めてくれなさそうだったから格好いいと言わせてもらった感じになるけど……。
「ほ、星谷はどうなんだよ? これまで言われたことあるだろ?」
「え、ないかなあ……」
「え、そうなのか? 意外だな」
残念ながらそんなことを言ってくれる同性すらいなかった。
お世辞でもいいから家族以外の人から一回ぐらいは言われてみたい。
「傷ついたから今日はもう帰るよ……」
「え、おい……」
「嘘だよ、お花を早くなんとかしなければならないから」
ただ植えるだけじゃ駄目そうだから母に任せようと思う。
私はそれを愛でるだけ、ときどき水をあげるだけ。
可愛げがないけど変に動くよりはよっぽどそこに存在してくれるはずだ。
なので、最強にいいとこ取りだけをしようと汚い自分が囁いていたのだった。
「こんにちは」
「こんにちは」
今日もなにかをするみたいだった。
私はそれをじっと見ることに集中する。
なんというか、あの子がいる付近は見ているだけでいい気持ちになれるから。
「いつもそこで食べているの?」
「うん、賑やかな場所が嫌いというわけじゃないんだけどね」
「そうなのね。でも、静かな場所が好きなら教室以外の場所でいいしょう?」
「うーん、一年生のときからここで過ごしているからねー」
話している間も手を止めないで効率よくできる子だった。
少し意外だったのはこうして話しかけてきたことと、話しやすいということだった。
「それよりお昼ご飯を食べなくていいの?」
「お昼は食べないようにしているのよ、食べてしまうと眠たくなってしまうから」
「え、だけどお腹空いちゃうでしょ?」
「お休みの日でもそんな感じだから、それこそずっと昔からそうだからいらないのよ」
へえ、私なんかこれを楽しみに学校に通っているぐらいなのに。
正直に言うと、西尾さんといられるとき以外はつまらなくもないんだけど……という感じだ。
授業中が好きなのは前にも言ったように内が静まるからいいだけ。
積極的に他者のところに行ける人間ではないからどうしても授業を受けて帰る、というだけになってしまうんだよなあと。
「あ、そういえばあなた、西尾さんとお友達なのね」
「うん、今年に入ってから関わるようになっただけだけど」
「少し羨ましいわ」
「あ、なら紹介しようか?」
「いえ、自分の力で近づかなければ意味がないことだから」
そういうこともきっちりしていないといけない性格なのかもしれない。
誰かに協力してもらうのはフェアじゃないから嫌なのだろう。
私だったら、できるならショートカットしまくるけどな。
というか、自力ではどうすることもできないからそれしかないんだ。
「今日はなにをするの?」
「特になにもしないわ、こうやって見ているのが好きなだけね」
「へえ、それはまた物好きですな」
「そう? 見ているだけで結構楽しいわよ?」
……きみを見て楽しんでいる自分がいるからあまり説得力もなかった――いや。
なにも植えられていない土を見ているよりも綺麗な女の子を見ていた方がいいに決まっているじゃないか!
「あと、土にも色々な種類があるからそれを考えているだけで楽しめるわよ」
「そ、そっか、あ、ご飯食べないとなー」
土が大好き少女にはついていけないからお弁当を食べることに集中。
やっぱり母が作ってくれるお弁当は美味しくて安心できて好きだった。
「いま引いた?」
「わぶ――ごほごほっ」
「あ、ごめんなさい」
一応数メートルの距離があったのに音もなく近づくのはやめておくれ……。
下手をすればいまのでこの世から去ることになっていたよ……。
「それより西尾さんは一緒じゃないのね」
「たまにしか来ないよ、会いたいなら教室に行くべきだと思うな」
「なるほど、つまり普段は別々に行動しているのね」
ん? うーん、確かにずっといるわけではないか。
それこそ午前中は移動教室のとき以外、近づいても反応すらしてくれない。
お昼休みからは普通に戻るけど、やっぱり追ってきてくれるわけではないと。
そう考えると友達なのかどうかも分からなくなってくるなこれ。
あ、いや、私が面倒くさい場所で食べているからというのもあるんだけどさ。
「仲いいの?」
「仲悪くはないよ? 部屋に入らせてもらったこともあるぐらいだし」
「誘ったり誘われたりする仲ということね」
なんだ、結局興味津々だということか。
彼女的にこれはアンフェアな行為ではないということらしい。
ただ私達がどんな感じなのかを聞いているだけだから当然か。
でも、私としても西尾さんの味方をしてくれる子が、本当のところを理解してくれている子が増えるのはありがたいことだからいいことだった。
それで自分がひとりぼっちになっても別に構わないぐらい。
自分といてくれた子が幸せそうならそれでいいんだよね。
「教えてくれてありがとう、参考にさせてもらうわ」
「う、うん」
なにに使うんだ……? と考えていたら今日は珍しく西尾さんが来てくれた。
名字も名前も知らない彼女と楽しそうに話しているところを見つつ、残りのおかずを全て食べ終えてしまう。
……たまに嫌いな物も入れられていてもそういうのも残さないようにしていた。
食べ物に感謝、作ってくれた人に感謝、だ。
「やっぱりお昼からは強いのね」
「ああ、そこが境界線なんだ」
「寝なくて済むようにもっと寝なさい、私なんて二十一時には寝るわよ?」
「私も二十二時には寝るんだけどな」
私は夜ふかしすることが結構多いから寝る時間というのは決まっていなかった。
そのときの気分次第で早くなったり遅くなったりもする。
遅くまで起きているときはドラマを見たりするし、動画を見ていたりもしていた。
地味に連絡がこないかなと待っているということでもあった。
「つか、私のこと知ってるのか?」
「少しだけだけれど」
「じゃあ悪い情報ばかり聞いてることだろうな」
「そうでもないわよ、ただ」
「ただ?」
彼女はこっちを見てから「あなた達が一緒にいられているのはなんだか意外ね」と。
意味が分からなかったからふたりで首を傾げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます