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Nora
01話.[お互いさまだな]
「西尾さん起きて」
これが五度目の声かけだった。
でも、全く起きてくれないという状態だった。
別に放っておいても自分が損するわけではないけど、こうして見てしまった以上は放っておくことができないから仕方がない。
これで遅れたら、恨むならそういう人間性の自分を恨むしかなかった。
「……なんだようるせえな」
「次の授業は移動教室だからもう行かないと遅れちゃうよ」
それにも負けずに言いたいことを言っていく。
ここで負けてしまったら私も遅れてしまうから頑張らないといけない。
「あー……そういえばそうだったか――って、他はもういねえんだな」
「うん、話すにしてもあっちで話すだろうからね」
とりあえずこれで目標は達成したから次の目標を達成するべく移動を始める。
まるでゲームをしているみたいだった。
どんどんとしなければならないことができるのは本当にそれっぽい。
「ふぅ」
なんとか遅刻することなく済んでよかった。
そのかわりにすぐに授業が始まってしまったけど、正直、授業中の方が静かだから好きだ。
賑やかなところも嫌いではないものの、やっぱり静かな方が内も静まって落ち着ける。
授業が終わったら教室に戻って少し休憩。
だけどあまりゆっくりもしていられないからお弁当袋を持ってこれまた移動を開始した。
「よいしょっと」
嫌われているとか、友達がいないとか、決してそういうことはない。
ただ、なんとなくお昼休みぐらいはひとりで過ごしたくてよく外まで来ている。
たまに近くを鳥が歩いたり猫が歩いたりするからそれを見ているだけでも結構楽しい。
あとはこれ、お母さんが作ってくれたお弁当を味わって食べられるのがよかった。
というか、話しながら食べてしまうのはなんだか違う気がするんだ。
「よう」
「あれ、珍しいね」
「昼ぐらいになれば眠たくもなくなるからな」
西尾
今年初めて同じクラスになったぐらいの関係だ。
それでもああして起こしたりするときもあるからこうして会話することも結構ある。
「卵焼き貰うぞ」
「え、あ!」
満足気に笑って「ひとつぐらいいいだろ」と。
そういう問題ではないのだ、メインディッシュにするぐらいの存在なのだ。
それを食べられてしまったら計算が狂ってしまうからよく考えてしてほしかった。
「どうしてあんなに寝ちゃうの?」
「午前中はどうしても眠たくなるんだよな、二十二時には寝てるのにいつもあれなんだ」
「え、そうなんだ? 夜ふかししているかと思ってた」
「しないよ、そんなことしても朝起きられなくなるだけだから」
下手をすれば寝ているばっかだと言われてしまう彼女だけど、残念ながらその彼女にテストの結果などで勝てたことがなかった。
もしかしたら家では勉強をしているから疲れて翌日に響いてしまうのかもしれない。
それかもしくは、単純に朝が激烈に苦手……というだけかも。
「ふふ」
「なんだよ?」
失礼だったからごめんと謝る。
いやあ、それにしても西尾さんは可愛いなあ。
言葉遣いはちょっと男の子っぽいけど、やっぱり女の子って感じがする。
「眠くなくなると言葉遣いも柔らかくなるよね」
「これでも普通の女子みたいには喋れてないけどな」
「そんなのは自由だからいいんだよ、校則にそういうのが書いているわけではないからね」
きょ、今日は珍しく戻ったりはしないようだった。
そうすると自分が決めていたあれのせいでお弁当を食べることができないんだけど……。
あ、別に一緒にいるのが嫌だとかそういうことではないんだよ?
ただ、来るにしても食べ終えてからにしてほしいかな~なんて考えてしまう。
……だって一緒にいると私の方から話しかけたくなっちゃうんだもん。
「それよりいつもありがとな、星谷がいてくれてるおかげで授業に出席できてるから」
「いつも遅れそうになっているわけではないでしょ? それに、気づいてしまったら放っておけないだけだよ」
こんなことは誰だってする。
私がわざと行くタイミングをずらしていなければそもそも気づいてすらないのだ。
そうしたら彼女は自力で起きて移動を開始するか、そのまま寝て遅刻してしまうかの二択で。
だから私のこれは別に褒められるようなことではなかった。
「なにか困ったことがあったら言えよ? 昼休みぐらいからなら動いてやるから」
「お礼をしてほしくてしているわけではないからなあ」
ありがとうと言ってもらえるだけで十分だ。
自分で自分を褒めておけば十分幸せな気持ちになれるからいい。
まあ、悪いことをしているわけではないから恥じる必要はないだろう。
彼女の言い方は大げさだけど実際に出席できなかった、ということはないんだから。
「それより早く食えよ」
「お喋りしながら食べないようにしているんだ、作ってくれた人に失礼だし」
「え、それ星谷が作ったやつじゃないのか?」
「当たり前だよ、私だったらここまで上手く作れないよ」
だからこそ卵焼きを楽しみにしていたんだよ。
それを言ったりはしないけど、とにかく彼女は「そうなのか」と口にして横に座った。
それからこっちを見て「ゆっくり食べてくれ」とも。
無限というわけではないから食べてしまうことにした。
「って……」
お昼休みになっても結局寝てしまっている西尾さんを見て苦笑いをしたのだった。
「ただいま」
今日は少しいいことがあったからすぐに母に話したかったのにいなかった。
お買い物か、お友達と遊んでいるか、そのどちらかだと思う。
「おかえり」
「あ、お姉ちゃんただいま」
何気に成人している姉がいてくれたから今日あったことを話しておく。
こういうのは聞いてもらいたい病だから仕方がない。
姉も多分慣れっこだと思うからきっと怒られることはないだろう。
「あー、たまに寝ることが好きな子っているよね」
「お姉ちゃんの同級生にもいたの?」
「いたいた、その割には頭がよくてね」
それはもしかしたら西尾さんのお姉さんなのかもしれない。
なんてことはないけど、やっぱりいるんだなと。
西尾さんのすごいところは頬杖をつきながら寝られるところだ。
怒られているところは見たことがないから目を閉じているだけなのかも。
「ずっとテストの結果で張り合ったよ」
「か、勝てました……?」
「いや? どうしても勝てなかったなあ……」
姉はぶつぶつと呟きつつ階段を上がっていった。
まだ部屋に戻るのも微妙だったから手を洗ってリビングへ。
飲み物をぷはあと飲んで、ソファに座ったら……。
「ぐー……」
ここでなら普段の西尾さんの気持ちもよく分かる。
柔らかくて、背中を安心して預けられて、寝ても体が痛くならないそんな最高の家具。
母も姉も風邪を引くよ程度しか言ってこないから延々と休むことができてしまうんだ。
それでもお腹は空くし、やっぱり誰かと話していたいから難しい。
寝てしまったらその時間も確保できなくなってしまうからね。
「ただいま!」
「わー!?」
……耳元で爆音が聞こえてきたら誰だって驚く。
冗談抜きで立っているときの自分の身長ぐらいは飛んだと思う。
「ははは! 元気な娘だね」
「お、おかえり」
「ただいま! いまご飯作るからね!」
なにも持っていないということはお友達の家に行っていたということか。
私もそうやって大人になっても遊べるような関係を作ってみたいな。
そのときになってみないと分からないけど、姉はいまでも中学のときのお友達と遊ぶことがあるからまあ……できないということはないだろう。
遠ざけるような性格でもないし、嫌われているような人間でもないし。
表はともかく裏でどうかは分からないけど、マイナス思考をする必要はない。
「
「え、いいのっ?」
「うん、もう新しいの買ったから」
ときどきこうして姉からなにかを貰うことがあった。
ご飯を食べた後だったからより幸せな気持ちに。
ただ……。
「部屋が汚いなあ……」
こっちはそうやって整理をしてきてないからどんどん物が溜まっていく。
どれに対してもそれなりに愛着が湧いているから捨てたりしたくないんだ。
だけどこのままだと、私の部屋をきっかけにゴミ屋敷になってしまう。
……気づいてしまったのなら仕方がない。
明後日はお休みだからその日を使って片付けようと決めた。
あ、もしかしたら捨てるより多少はマシな結果になるかもしれないと期待する。
「――ということなんだけど、土曜日……どうかな?」
気に入る物がある感じもしないけど誘わせてもらった。
仮にこれで断られたとしてもそれは仕方がないことだと片付けることができる。
別に常時誘いを断られているというわけでもないんだから暗くなるなよ私っ。
「行けばいいのか?」
「うん、あ、手伝ってほしいとかそういうことじゃないから安心してよ。私はただ、もしかしたら捨てなければならない物の中で西尾さんが気に入る物があるんじゃないかって考えてて……」
と、考えていたのになんか早口になってしまった。
「分かった、じゃあ土曜は星谷の家に行くよ」
「知っているよね?」
「ああ、知ってる」
よし、これで少しは生き残らせることができる。
話もまとまったことだし、早速今日から片付けを始めてしまうことにした。
別に足の踏み場もない部屋~というわけでもないから急ぐ必要はないんだけどね。
「なにやってるの?」
「片付けだよ、ちょっと荷物が増え過ぎちゃったから」
「舞菜の物欲がすごいと言うより、正直、私があげすぎちゃったね」
「でも、ありがたいことだからね」
収納スペースがあるからそこにしまえば実は捨てる必要もなかった。
だけどどうしても貰った物や気に入った物は見える場所に置いておきたいという考えがあって困っているのだ。
それにどうせ収納スペースに押し込んでしまうぐらいなら……。
「もしかして捨てちゃう?」
「……全部じゃないけど」
うぅ、そんな目で見ないでおくれっ。
私だっていつまでも手元に残しておきたいよ!
服とかだってお金がかかっているわけだし、自分だけなら手に入れることさえできなかった。
それでも、取捨選択しなければならないときがきているんだ。
「それなら数個持って帰ってもいいかな?」
「うん、この子達だって本来の持ち主のところに戻れて嬉しいだろうから」
おお、それなら分かりやすくわけて置いておくことにしよう。
元々は姉の物が多いから姉的にも懐かしい気持ちに浸れるのではないだろうか?
突っ込んだり、捨ててしまったりするぐらいならやっぱり物達も嬉しいはず。
それに姉は物をきちんと綺麗に扱う人だから昔の物なのにいまでも綺麗、なんてことが多いからね。
「あ、……友達にあげようかなって」
「それならそれで捨てるわけではないんだからいいことだよ」
やりにくさも消えるわけだから私としてもありがたかった。
それからも数時間ぐらいは片付けに時間を使い、明日西尾さんが急に来ても問題にならない感じにはしておいたのだった。
「ひとつ、いいか?」
「うん」
西尾さんを連れて戦場に来ていた。
ここから先は早い者勝ちのゲームだ。
取られてしまっても遅い自分を恨むしかない――なんてね。
「荷物少ないな」
「え、そう?」
「ああ、もっとあるのかと思ってたぞ」
これは一応少ない部類に含まれるらしい。
というか、朝なのに今日元気なのは学校じゃないからなのかな?
あんまり好きじゃないんだとしたら変に聞いたりしない方がいいのかもしれない。
「あ、この中からなにか欲しい物があったら持っていってよ」
まとめておいたからあげられない物を選ばれて気まずくなるということもない。
「じゃあこれかな」
「え、時計?」
少し失礼な反応だったかなと不安になっていたら「私の部屋にはないんだよ、貰っていいということなら貰っていく」と彼女は言った。
そうか、いまは携帯があるから必要なかったということか。
それでもあればもっと確認が楽になるからいいと、わざわざ買うぐらいではなかったから貰えればその点でもいいと。
合っているかは分からないけど、つまりそういうことなのかな?
「あ、じゃあどうぞ」
「ありがとな」
……この余った十点ぐらいの物はやっぱり捨てずに収納スペースに突っ込もうと決めた。
物は少ないらしいからきっと大丈夫なはずだ。
捨てなければならないという状況になった際に動けばいい。
「それより部屋に入ったのは初めてだな」
「西尾さんの部屋と変わらないよね?」
「いや、私の部屋より広くて羨ましいぞ」
彼女の部屋には入らせてもらったことがある。
風邪で休んだ際にプリントを届けてほしいと頼まれたからだったけど、そのときはまだあんまり仲良くもなかったから地味に緊張したなあと。
何故か渡して終わりではなく、部屋にまで入ることになってしまったからそわそわがやばかったのはよく覚えている。
「それに私の部屋にはベッドもない状態であれだからな」
「西尾さんは布団派なの?」
「実はそうなんだよ、布団の方がよく寝られるんだよな」
「私は硬いから少し苦手かな……」
フローリングだったからその上に布団を敷いて寝たらばきばきになりそう。
あ、だけど夏はその冷たい部分に足を置けば気持ちが良さそうだ。
残念ながらエアコンが設置されている部屋というわけでもないし、ベッドであれば床に足をつけながら寝るというのも難しいから夏だけは羨ましく思う。
「うざかったらごめんね? なんで布団でよく寝られているはずなのに学校では……」
「ああ。んー、もっと寝なければ足りないのかもな」
「ご、ごめん、気になるとすぐに聞いちゃうんだよね」
それでうざがられたこともあった、友達が離れていったこともあった。
でも、学習能力がないということはないから中学くらいからは直すことができた。
それからは友達とも仲良くできたし、学校自体も楽しくなったから満足している。
「いや、星谷が言っていることはもっともだからな、あれではよく寝ていると言われても信じられる人間も少ないだろ」
「そ、そっか」
「まあ、単純に寝ることが好きだって面もあるんだよ、その間だけはごちゃごちゃ考えなくて済むからな」
分かるかも、実際にソファに座っているときは私もそうだから。
正直、余裕がないと家族とのお喋りだって楽しめないから強制的に切る必要があるんだ。
なので、寝るということがそれに一番適しているというわけで。
「なるべく不快な気持ちにはさせないようにするから自由にさせてくれ」
「あ、いいんだよ、私は……気になっただけだから」
突っ伏して寝ているわけでもないし、それで怒られて授業を止めているわけでもない。
ただ、私としては頭がいいんだから悪く言われないように気をつけた方がいいなって思う。
休み時間は突っ伏して寝ることもあるからそれで自由に言う子がいるんだよね。
「それに星谷がいてくれないと授業に出席できなくなるからな」
「はははっ。うん、これからもちゃんと起こすよ」
それぐらいなら大して苦労もしないし私でもできることだ。
余裕がなくなればできなくなってしまうものの、いまはそこまでないというわけではないからきっと大丈夫なはず。
「だ、だからさ」
「あ、悪い、電話がかかってきたから出てもいいか?」
「どうぞ」
いいか、こんなことを言わなくても。
義務感みたいなのが出てきてしまったら困ってしまう。
私は自分の意思で私といたいからという理由で来てほしいのだ。
「終わったぞ、それでなにか言いたかったんだろ?」
「ううん、私もありがとって言いたかっただけだよ」
「はは、じゃあお互いさまだな」
彼女はお友達に呼ばれたからということで時計を持って出ていった。
残された私はベッドにうつ伏せになってうーうー唸る。
多分、言ったら壊れてしまっていた。
そういうべたべたした関係が一番嫌いだと思うから。
……聞いてもらいたいのにこういうときに限って姉も母もいないという寂しさ。
なので、ある程度の時間まで寝てしまうことにした。
西尾さんがああ言っていた気持ちがよく分かってなんか胸が痛かった。
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