第10話 魔物騒動 その3


 まだ開店前だったのか、お客さんは誰もいなかった。

 僕にとっては好都合だ。


 僕達は席に着くと、パウリナの母親であるアルマさんがお茶を運んできてくれた。

 僕はお礼を言い、お茶を一口飲んでからパウリナに改めて説明する。


「パウリナ、彼女はヨーコ。最近あった魔物騒動の犯人で、僕はお目付け役としてしばらく行動を共にすることになったんだ」

「ふ〜ん……。またギルドに任されたの?」

「まあ、そういうこと」


 パウリナは納得した様子で頷くと、ヨーコの方へ顔を向けた。


「はじめまして、わたしはパウリナ。両親と一緒にこの食堂を営んでいるわ。これからよろしくね、ヨーコちゃん」


 そう言って彼女はヨーコに向かって、握手を求めるように手を差し出した。

 ヨーコはその手を握り返しながら、返答する。


「はじめまして、あたしはヨーコ。妖族よ。こちらこそよろしく、パウリナ」

「え? ヨーコちゃんって、妖族なの?」

「ええ、そうよ」

「獣人族に見えるけど、違うの?」

「魔獣化したらわかるけど、後で見せてあげるわ」


 パウリナの素朴な問いに、ヨーコは答える。

 この辺りじゃ見ない種族だから、パウリナの疑問はもっともだ。


 それに今の彼女の姿は、獣耳にシッポが一本だから、そう思ってしまっても無理はない。


 二人は手を放し、ヨーコは僕の方に目を向ける。


「ところで……さっきナナリーさんが言いかけてたことの説明だけど、ちゃんとしてくれるのよね?」

「うん、話すよ」


 するとそこに、パウリナの父親のデルさんが、焼き菓子が盛られた皿を持ってきた。

 僕はそれをつまみながら説明する。


「ヨーコ。君は『魔王』を知ってる?」

「? 何よ突然? 当然知ってるわよ。『四天王』の一人にして、魔物使い達の頂点。それに数々の逸話があるから、生ける伝説とまで呼ばれた御方でしょ?」


 ヨーコは頭に疑問符を浮かべながらも、そう答えた。

 その答えに頷きながら、僕は続ける。


「そう。……で、彼女には弟子がいた。その弟子というのが……」

「ここにいるアルスなのよ」

「へぇ〜、そうなの。…………え? 本当に??」


 パウリナが割り込んで、ヨーコに事実をさらりと告げた。

 彼女は驚いた様子でこちらを見る。

 とても信じられないといった表情だった。


 そんな彼女を見ながら、パウリナが僕の説明を引き継ぐ。


「本当よ。アルスには、『魔王の弟子』という肩書きがあるの。だからギルドからの信頼度が高いの。解った?」

「……まあ、なんとなくは」


 ヨーコは未だに困惑しながらも、理解したように頷いた。


 ……人前でその肩書きを言われるのに、まだ慣れないな。


 そう思いながら、僕はこの話題を切り上げた―――。




 ◇◇◇◇◇




 その後食堂が開店時間を迎えた後も、僕達は他愛ない話をしていた。

 まだ客足がまばらだから、パウリナは休憩しててもいいらしい。


 するとアルマさんがやってきて、パウリナに話しかける。


「パウリナ。食材が少し足りなくなってきたから、買い出しに行って来てくれない?」


 そう言いながら、パウリナに必要な食材の書かれたメモを渡す。

 パウリナはそれを受け取ると、席から立ち上がる。


「わかったわ。それじゃあ、行って来るわね」

「……待って。あたしも手伝うわ」

「ありがとう、ヨーコちゃん」


 ヨーコは立ち上がりそう申し出た。

 パウリナはその申し出に感謝し、二人で買い出しに出掛けて行った。


 一人残った僕はテーブルの上の食器を片付け、食堂の手伝いをすることにした―――。




 ◇◇◇◇◇




 お母さんから頼まれたお使いを終えて、わたしとヨーコちゃんは帰路へと着いていた。

 わたし達の腕には、買った物の袋が抱えられていた。


 買い物している最中に、お互いに色んなことを喋っていた。

 ヨーコちゃんとのお喋りはとても楽しくて、いつまでもこうしていたいと思い始めていた。


 だから……。


「……ねえ、ヨーコちゃん」

「何、パウリナ?」

「もし良かったらでいいんだけど、さ……わたしと、その……と、友達に、なってほしいなあ、って……」


 告白するよりも恥ずかしくなって、言葉が尻すぼみになってしまった。

 いや、告白なんて生まれてこの方一度もしたことなんてないけど……。

 未遂なら、まあ……じゃなくて。


 恐る恐るヨーコちゃんの顔を窺うと、ヨーコちゃんは驚いたような顔をしていた。


「……あたしでいいの? 自慢じゃないけど、その……あたしって同年代の友達なんていなかったから、どういうモノか分からなくて……」

「奇遇だね。わたしも同年代の友達は……アルスしかいないけど、同性ってなると一人もいないから。お互い様だね」

「そうね……」


 ヨーコちゃんはフッと微笑むと、わたし達の肩が触れ合うかどうかといった距離まで身体を寄せてきた。


「これからよろしくね、パウリナ」

「こちらこそ、ヨーコちゃん」


 ―――こうしてわたしは、後に大親友となるヨーコちゃんと、同性として始めての友達になった。




 ◇◇◇◇◇




 買い出しから戻ってきた二人は、まるで十年来の親友のような雰囲気を醸し出し、仲良くなっていた。


 買ってきた物が入った袋を手渡しつつ、パウリナは両親に提案する。


「お父さん、お母さん。ヨーコちゃんをウチに住まわせてもいいかな?」

「あたしからも、お願いします」

「お願い。お父さん、お母さん」


 そう言って、二人揃って頭を下げる。


 ……買い出し中に何があったんだ?


 困惑する僕を他所に、デルさんとアルマさんは相談する。


「俺はいいけどよ、オマエはどうだ?」

「賑やかになるのはいいことだし、いいんじゃない?」


 両親の肯定の言葉を聞き、二人は顔を上げる。


「よかったね、ヨーコちゃん!」

「ありがとう、パウリナ!」


 二人は手を取り合い、満面の笑みを浮かべながらはしゃぐ。


 ……本当に、何があったんだ?




 ◇◇◇◇◇




 その日の夜。

 あたしはパウリナと一緒にお風呂に入っていた。


 買い出し中に色んな事を話している内に、パウリナと仲良くなり友達になった。

 あたしには同年代の友達がいなかったから、新鮮な気持ちだ。


 それに、この家に住まわせてもらうことになったのも感謝してる。


 お互いの体を洗いあい、一緒に湯船に浸かりながら、あたしは隣のパウリナを見る。

 日中は服を着ていたからわからなかったけど、パウリナは着痩せするタイプらしい。


 あたしは自分の慎ましやかな胸元を見て、パウリナの平均よりやや大きい胸元を見ながら、アルスの前ではしなかった質問をする。


「ねぇ、パウリナ」

「ん〜?」

「パウリナって、アルスのことが……好きなの?」


 するとパウリナは、見るからに動揺した。


「な!? なななな、何を言ってるの!? そ……そそそそ、そんな訳ないじゃない!?」

「ホント〜?」

「ほ、本当よ!?」

「それじゃあ……」


 そう言ってあたしは、パウリナの双丘を揉みしだく。

 あたしの突然の蛮行(?)に、パウリナはくすぐったそうに身を捩る。


「ちょっ!? ヨーコちゃん、くすぐったいよ!」

「言え〜、白状しろ〜」


 あたし達は、湯船の中ではしゃぐ。

 お風呂を出て部屋に戻った後でも、あたしはパウリナをからかい続けた。


 そして夜が更けていき、あたしはパウリナと同じベッドで眠りに就いた―――。


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