第55話 プロとしての自覚
「じゃあ、1回戦のスタメン発表するね~」
関東予選を順調に勝ち抜いて、1位で通過したフェリアドFCは全日本U-18女子選手権大会の会場となるJ-GREEN堺に前乗りしていた。
そして、相変わらずの大部屋で川島は1回戦のスタメンを発表していた。
「GKから…」
1回戦のスタメンはいつものレギュラーメンバーの大半が選ばれず、ベンチを温めていたメンバーが多く選ばれた。
その大胆なスタメンにメンバー一同、驚いていた。
スタメンに選ばれなかったFWの多恵が川島にムッとしながら、言った。
「監督~私、スタメンじゃないんすか~」
川島はニコッと笑った。
「1、2回戦は連戦になるからね。
去年の反省を踏まえて、1回戦はできるだけ、レギュラーメンバーを温存させてもらうよ。
人数は少ないけど、私達はメンバーを温存できるくらい層が厚くなって、強くなってるんだよ。
それに来年のことも考えると、1、2年生にできるだけ経験を積ませたいからね。」
「なるほど。温存か…」
多恵は温存という言葉に納得して、少しニヤついた。
「温存って言っても、うちのメンバーはまだスタメンになる気ばっかりの子達だから、活躍次第では2回戦もスタメンになるかもしれないよ~
だから、今回、ベンチの子達も絶対に集中を切らさないでね。
いっつも言ってるけど、ベンチの方が良く試合全体が見えるから、勉強のつもりで明日はちゃんと見ときなさい。」
川島は笑いながらも、厳しめの言葉で多恵に注意しておいた。
多恵は慌てて、愛に詰め寄った。
「愛!!明日は必要最低限の得点でいいからね!!
勝てばいいだけだから!!」
「なんすか、それ!!
滅茶苦茶、点取ってやりますよ!!」
「えぇ~~やめてよ~~~
私も試合に出たいよ~~」
二人のやり取りに他のメンバー、笑ったのだった。
川島もフッと笑って、少し真剣な表情で話し始めた。
「試合に出るレギュラーメンバーは久しぶりのスタメンの子達をしっかり、フォローしてあげてね。
特に花と香澄と麻耶はアマチュアとはいえ、来年からはプロのリーグで戦うんだから、その自覚を持ってプレーしてね~
あなた達はもう、そういう立ち位置にいることを理解しておくこと。
分かった~?」
「はい!!」
花と香澄と麻耶は真剣な表情で川島に答えた。
「よろしい!!
じゃあ、今日は早めに寝ること~
とりあえず、ミーティングは以上で~す。
お疲れ様~~」
そうして、1回戦前のミーティングが終了したのだった。
「花。ちょっといい?」
ミーティング終了後、皆が散らばっていく中、川島は花を呼び止めた。
「はい?何ですか?」
花が川島の方に寄って行くと、川島はいつもの笑顔で言った。
「ねぇ。花。
多恵と愛のプレーをどう感じてる?」
突然の質問に花はう~んとしばらく考えて、答えた。
「え~と、多恵は背はそんなに高くないんだけど、前線からの守備が上手い。
あと、シュートも上手くて、必ず、枠に入れてくれる。
それに戦術理解度が高くて、練習通りに動いてくれる感じですかね?
だから、結構、合わせやすいです。
どっちかていうと律子先輩に似てる感じかな?」
「うんうん。よく理解してるね。
じゃあ、愛は?」
川島は頷きながら、再び花に聞いた。
「愛はな~説明しづらいんですよね~
野性的っていうか、動物的っていうか…
本能で動いてる感じだから、セオリー通りじゃないんですよね~
なんでそんなところにいるのってのが、多々ありますもん。
でも、なんでか点を取ってくれるんですよ~
面白い子ですよね~」
「あはは~分かる~
そうなんだよね~
考えてプレーするんじゃなくて、感覚的にプレーするからね、あの子は。」
「そうなんですよ。
でも、フェリアドって、どっちかっていうと考えながらプレーするチームじゃないですか?
だから、始めの方は適応できるのかってちょっと、心配になりましたよ。
まぁ、なんだかんだ馴染んでるんで良かったですけど~」
花があははと笑いながら、川島に話した。
すると、川島は少し真剣な表情になった。
「じゃあ、プロって多恵みたいなタイプと愛みたいなタイプ、どっちが多いと思う?」
また、質問かと花は若干うんざりしながらも、川島に答えた。
「やっぱり、多恵みたいなタイプじゃないですか?
プロにはやっぱり、サッカー理解度が重要でしょ。
実際、律子先輩もプロになりましたし。」
「…いや、私個人的にはプロには愛みたいなタイプが多いと思ってるよ。」
「えぇ~そうかな~~」
花は疑うような目で川島を見つめた。
「FWに重要なのって、結局、得点を決めることなの。
その過程はどうであれね。
だから、プロのFWには戦術どうのこうのじゃなくて、ここに居れば、点が取れるって、頭じゃなくて身体で覚えてる選手ばっかりなんだよ。
もちろん、戦術ありきの選手もいると思うけどね。」
花はふ~むと川島の言葉を黙って聞いていた。
そして、川島は花に笑って言った。
「私が言いたいのはね。
プロになるんだったら、愛みたいなタイプに合わせる必要があるってこと。
だから、明日の試合、愛を飼いならしてみなよ。
そしたら、選手として、もう一つレベルが上がると思うよ。」
花は川島の言葉を聞いて、やる気に満ち溢れた顔をした。
「はい!!」
翌日、会場ではフェリアドFCの全国大会1回戦が始まっていた。
普段とは違うスタメンだったが、久しぶりに抜擢されたメンバーが躍動して、フェリアドFCペースで進んでいた。
そんな中、花は愛の動きに合わせようと、集中している様子だった。
始めの方は愛へのパスがずれることが多く、中々、上手くつながらなかった。
(ん~~~飼いならすたって、どうすりゃいいんだ?)
花はとにかく、愛の動きに注目して、試合を続けた。
前半の中頃、花はセンターライン付近で凛音からボールをもらった。
マークにつかれていたが、花は右アウトサイドの柔らかいボールタッチでターンして、相手を振り切った。
花が顔を上げると、愛は思いっきりオフサイドのポジションにいた。
(…しゃあないな~)
右サイドを見ると、紗枝が上手く、SBとCBの間に顔を出していた。
花は絶妙なタイミングとコースでスルーパスを出して、紗枝が上手く抜け出したのだった。
紗枝はGKと1対1になったが、中央、愛がフリーだったので、マイナスにクロスを上げて、愛は押し込むだけのシュートを決めた。
「おっしゃ~~~!!!」
愛が大喜びして、紗枝に近寄って行って、紗枝とハイタッチした。
「あざます!!紗枝先輩!!」
「うん!良くあんなとこにいましたね!
ナイッシュー!」
花も近寄って、愛の頭を強く撫でた。
「良くやった!!
てか、あんなオフサイドポジションにいたのって、ああいうクロスが来るって分かってたの?」
「いや~なんとなくここに居たら点取れるかなって~」
愛は笑いながら、嬉しそうにしていた。
花は愛の言葉に何かが分かったような気がした。
(そっか。愛はボールをフリーでもらうためとかじゃなくて、ゴールするために最も効率のいいところにいるんだ…)
花はニヤリと笑った。
「オッケー!!愛!!
今日はあんたにドンドン、パス出すから~」
「よろしくお願いします!!」
それから花は愛を探すのではなく、どこにパスを出せば、ゴールがしやすいかだけを考えるようにした。
そして、花はやや左サイド寄りの相手ペナルティエリア手前でボールをもらうと、ダイレクトでGKとCBの間にグラウンダーの速いクロスを入れた。
すると、愛が飛び出して、そのクロスにピンポイントで合わせて、再び、ゴールネットを揺らした。
「ナイスクロスっす!!
あざます!!」
愛は直ぐに花に走って寄ってきて、ハイタッチした。
「分かったわ~
あんたは探さない方がいいんだ~
いいとこにパスするだけでいいんだわ~」
「な、なんすか?それ?」
愛はキョトンとした顔をしていた。
ベンチに座っている川島はうんうんと笑いながら、頷いたのだった。
(しっかし、もう愛に合わせるなんて…
やっぱり、花は私の想像を超えてくるわ~
あぁ~楽し~~)
その後もフェリアドFCの勢いは止まらず、終わってみれば、6-0の完勝で全国大会1回戦を終えたのだった。
続く
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