第53話 野口の挑戦

 

「やったりましたよ!!」


 フェリアドFCの関東予選1回戦が終わった翌日の昼休み、食堂で高らかと新田が拳を掲げていた。


 そう、サッカー部の二次トーナメント1回戦で新田が2得点の活躍を見せて、勝利したのだった。


「やったね~フェリアドも愛のおかげで勝てたし、昨日は新田兄妹、大活躍だね~」


 花は拍手をしながら、新田を称えた。


「いや、ホント、太一よくやったよ。

 その調子で次も頼むな。」


 野口も拍手しながら、新田を手放しで褒めた。


「まぁでも、次は京帝だからな…

 どんだけ太一がワンチャンスをものにできるかにかかってるだろうな。」


 谷がクールな表情で、冷静に新田に忠告した。


 太一は拳を掲げたまま、意気揚々と言った。


「任せて下さいよ!!

 京帝相手でも俺はやったりますよ!!」

「調子に乗りすぎ…って言いたいとこだけど、太一はそれくらいが丁度いいかもな。

 期待してるよ。」

「はっはっは~俺らも太一に負けてられないぞ!」


 菅原と菅も京帝と試合ができる嬉しさからか、リラックスした様子で話していた。


 花はニヤッとして、加奈に言った。


「加奈も彼女として、嬉しいんじゃないの~

 彼氏がこんなに頑張ってるんだったら~

 なんか言ってあげなさいよ~」


 加奈はん~と考えながら、新田を笑いながら、見つめた。


「カッコよかったよ~太一君~

 でも、身近に全国3位の子がいるからさ~

 もうちょっと頑張って欲しいかな~」

「加奈先輩は素直に褒められないんすか~

 くそ~絶対、次も点取ってやる!!」


 新田は加奈に嫌味を言われて、更に奮い立った様子だった。


「あはは~ホント、太一君は分かりやすくて、楽しいわ~」

「…あんたはもうちょっと、優しくしてあげなさいよ…」


 花は加奈の相変わらず意地悪な態度に呆れた。


「アキも頑張ってね。

 私も試合だから、見に行けないけど、応援してるよ。

 ケガだけには気をつけなよ!」


 花は香澄とは違って、素直に野口を応援した。


「おう!!花も頑張れな。

 勝っても負けても、連絡するよ。」

「うん!オッケー!

 期待して待ってるわ~」


 二人の和気あいあいとしたやり取りを見て、新田は羨ましがった。


「加奈先輩!これっすよ!

 こういうやり取りを俺もしたいんすけど!」

「あはは~皆の前では恥ずかしいから、絶対ヤダ~

 二人きりの時にしてあげるよ~」

「嘘だ~二人きりの時も同じ感じじゃないっすか~」

「…太一…駄々こねてる子供みたいになってるぞ…

 そういうとこがダメなんだって…」


 そんな感じで昼休みが楽しく過ぎていくのだった。




「やっぱり、芝は良いすね~」


 試合当日、サッカー部は会場へと到着して、嬉しそうに新田が話していた。


「そうだな。二次トーナメントまで勝ち抜いたご褒美みたいなもんだな。

 1回戦も芝でやりやすかったしな。」


 菅原も新田に同意していた。


 そんな二人の会話を聞いて、野口は少しうざそうな顔をした。


「…お前らは中学から芝でばっかやってただろうからいいけど、俺らみたいな貧乏チーム出身はずっと土だったんだからな。

 なんかムカつくわ…」

「な、なんで怒ってんすか?

 野口先輩だってコサル行ってたから、芝には慣れてたでしょうが。」

「ははは。まぁ、冗談だよ。

 ちょっと余裕そうなお前ら見て、からかいたくなっただけだよ。」


 そう言って、野口は笑いながら、二人の先を歩いて行った。


 新田と菅原はキョトンとした顔をして、顔を見合わせた。


「…野口先輩って、あんな冗談言う人だっけ?

 ひょっとして、緊張してんのかな?」

「いや、そんな感じには見えないけど…

 流石にいつもとは違う感じにもなるんじゃないのか?」

「…まぁ、そうだよな…

 …負けたら、先輩達は引退だもんな…」

「…あぁ。絶対、負けたくないよな…」


 二人は野口の様子を見て、更にやる気が出てきたのだった。




「緊張してる奴いるかもしれないけど、俺たちに失うもんは無い!

 最後とか引退だとかは忘れろ!!

 とにかく走って、走って、声も出しまくれ!!

 そしたら、緊張なんて無くなる!!

 とにかく、前半だ!!前半、集中!!」


 円陣を組んで、キャプテンの菅が皆に声を掛けていた。


 皆、真剣な表情で菅を見つめていた。


 そして、菅は大きな声で叫んだ。


「よし!!行くぞ!!!!!」


「おぉ!!!!!」


 円陣が解かれて、各自、ポジションに散らばって行く中、野口は太一に耳打ちした。


「太一。中央のCBがでかくて速いから、お前、サイド気味に張ってろ。

 開始直後、俺がボール取ったら、お前のいる方にでかいパス出すから。」

「えっ?そんな上手くいきます?」

「まぁ、やってみようぜ。」


 野口は笑って、ポジションに向かった。


 新田も半信半疑でポジションについたのだった。




 ピィ~~~~~




 試合開始のホイッスルが鳴り、京帝ボールから始まった。


 京帝がゆっくりと落ち着いて、ゲームを進める中、早速、ギアを上げる中央のFWへの縦パスが出された。


 それを読んだ野口が見事にボールをカットした。


 カットした野口は直ぐに右サイドの裏へとロングパスを出した。


 そこに走りこんだ新田がスピードに乗ったまま、トラップして、右サイドを突破した。


(…マジで来た!!)


 相手SBとCBのギャップを突いた新田はそのままゴールまで全力でドリブルしていった。


 途中、相手CBに追いつかれたが、強引に右サイドのゴールライン手前までボールを持って行った。


「マイナス!!」


 トップ下の谷がペナルティエリア内まで走りこんでいた。


 新田はCBのプレッシャーを振り切って、谷へとグラウンダーのマイナスの速いクロスを上げた。


 ドンピシャのクロスが谷へと向かってきて、もう一人のCBに寄せられながらも、谷はダイレクトで合わせた。


 しかし、GKが素早い反応で横っ飛びして、谷のシュートをセービングした。


 ボールはゴール横へと外れて、コーナーキックとなったのだった。




「おしぃ!!!

 オッケー!オッケー!!

 ナイス太一!!浩介!!

 いけるぞ!!」


 野口、新田、谷の連携からの素晴らしい攻撃にメンバーは勇気をもらい、大きな声を出していた。


 一方で新田、谷、菅原は違った思いでいた。


(…あれが決まらないのか…!!)


 相手はシード校で、選手権の試合はこれが初めて、3人とも点を決めるなら、序盤だと考えていた。


 その思惑が見事に決まったプレーなだけに驚きと悔しさを滲ませていた。


 その中で、野口は周囲に細かく声を掛けながら、ワクワクした顔をしていた。


(…こうじゃなくちゃ、この試合の意味がねぇ!!)




 いきなりの攻撃に面食らった京帝だったが、その後は徐々にペースを握り始めた。


 しかし、野口の読みが冴えわたったポジショニングと、菅原と谷のテクニック、新田の本能的な動きによって、堂々と渡り歩いていた。


 その他のメンバーも集中したプレーを見せて、白熱した戦いが繰り広げられていた。


 結局、攻め込まれてはいたものの、前半は失点0で終えたのだった。




「勝てるぞ!!

 このまま、集中していくぞ!!」


 ハーフタイム中、菅が手をパチパチと叩きながら、皆を鼓舞していた。


 野口が椅子に座り、ドリンクを飲んで、一息ついているところに谷が声を掛けた。


「昭義。今日、調子抜群だな。

 いつもの顔になってるわ。」

「なんだよ?いつもの顔って?」

「いつもの憎たらしい顔になってるって言ってんだよ。

 公式戦では中々見たことなかったんだけどな。

 調子の良い証拠だよ。」

「そんな顔してるか?俺。」


 野口は自分の顔を掴んで、引っ張った。


 そんな野口を見て、谷はフッと笑った。


「珍しいことに今日は攻められてるけど、俺も楽しいわ。

 勝つぞ。昭義。」


 野口は立ち上がった。


「あぁ!!絶対、勝つぞ!!」




 ピィ~~~~~


 そして、後半開始のホイッスルが吹かれた。


 後半も京帝に攻め込まれる展開は変わらなかったが、両チームともに疲れが見えたことで少しオープンな試合になってきた。


 そのため、野口達にもチャンスがあったが、京帝ディフェンスを破ることが出来ず、逆に京帝にも決定機を作られたが、間一髪のところで野口が身体を投げ出して、防いでいた。


 この試合、野口は神がかった活躍を見せており、京帝にも焦りの色が見え始めた。


 試合は終盤に入り、京帝はメンバー交代で攻めの枚数を増やして、一気に攻勢を掛けてきた。


 すると、センターライン付近で菅原が上手くボールを奪った。


「浩介先輩!!」


 菅原はすぐさま、谷へとボールを預けた。


 谷は2人に囲まれながらも、細かなボールタッチで一人交わして、前を向き、新田へとスルーパスを出した。


 そのスルーパスが新田へと渡ったが、CBに寄せられた状態だった。


 新田は構わず、シュートを打ったが、キーパー正面でキャッチされてしまった。


 すると、キーパーはすぐさまロングフィードをして、カウンターを狙ってきた。


 その正確なロングパスが京帝FWにピタリと収まった。


 野口はそのFWと1対1の形となり、すぐさま遅らせるディフェンスを選択した。


 京帝FWはスピードに乗って、一人で抜こうとしてきたが、それを読んだ野口が足を出して、ボールに触れた。


(…取った!!)


 しかし、野口の足に当たったボールはクリアするまでには至らず、ポンポンと弾んで、サイドへと流れていった。


 京帝FWがそのままボールを追って、ボールに追いついた。


(これだけサイドにずらせれば…)


 野口が少し追う形にはなったが、プレッシャーは掛けれているのと、ゴールまでの距離と角度があったため、野口はこのままサイドへと追いやろうとした。


 が、京帝FWはその弾んだボールをダイレクトでボレーシュートした。


「なっ…!!」


 ドライブ回転のかかったシュートは左隅のゴールネットを揺らした。




 ピィピィ~~~~




「おっしゃ~!!!」


 京帝メンバーが大はしゃぎして喜んでいる中、野口は呆然とゴールに吸い込まれたボールを見つめていた。




「切り替えろ!!!

 まだ、時間あるぞ!!

 最後まで、諦めんなよ!!!」


 菅がボールを急いで、取って、センターへと蹴った。


「おぉ!!

 まだいけるって!!顔上げろ!!」


 メンバーが大きな声で切り替えている中、未だ呆然としている野口の背中を菅がバンと強く叩いた。


「アッキー!!!

 まだだろ!!!

 しゃんとしろ!!!」


 野口はハッとして、顔を叩いた。


「おぉ!!!

 いくぞ!!!!」




 ピッ…ピッ…ピィ~~~~~~


 その後、最後の攻撃をしたものの、結局、ゴールを割ることが出来ず、0-1のまま、試合終了のホイッスルが吹かれた。




 負けはしたものの、京帝相手にここまで粘った野口達には周囲から大きな拍手で称えられていた。




「…野口先輩…すんません…

 …俺が…俺が…点取ってれば…」


 試合終了後、新田は泣きながら、野口に謝っていた。


 野口は笑いながら、何も言わずに新田の肩をポンと叩いた。


 菅は嗚咽を交えながら、泣いて、キャプテンマークを菅原に渡していた。


「…だのじかっだ…ありがどな…

 …あど、だのんだわ…」


 菅原も泣きながら、何も言えず、キャプテンマークを受け取った。


 谷は黙ってずっと、空を見上げていた。




「…お前、泣くかと思ってたわ。」


 谷が野口と一緒に帰っている時に野口にボソッと言った。


 野口はすっきりした顔で笑った。


「ははは。あんだけのゴラッソ決められたら、どうやったって無理だろ。

 あんだけ善戦できたことで満足できたよ。」


 谷もフッと笑った。


「まぁな。俺も開始直後のやつ、絶対決まったと思ったからな。

 あれ、止められたら無理だろ。」

「あれな!!

 滅茶苦茶、予定通りだったのに!!

 キーパーヤバすぎだろ!!」

「あぁ。ありゃ、おかしい。」


 二人は傷をなめ合うように試合を振り返っていた。


 そして、野口が遠くを見ながら、呟いた。


「…でも、あれがプロになる奴との違いなんだろな…

 …あそこで決めるのがプロだし、あそこで止めるのがプロなんだろな…」

「あぁ。そうだな。」

「俺、最後の奴、ボール触ったじゃん?

 もうあれで止めた気になってたからな。

 それが俺の限界ってことなんだろうな。」

「…お前は昔から、そういうとこあるよ。

 途中なのに上手くいった気になってる時あるよ。

 それはお前の習性みたいなもんだから、もう治らんだろうがな。」

「…それはもうちょい早めに指摘してくれよ…」


 野口はクールな谷の一言に思わず、突っ込んだ。


 谷はククッと嫌な笑い方をした。


「どうせ、これからも大学行っても、社会人でもサッカーとかやる気なんだろ?

 俺もそのつもりだから、今度は対戦できるかもな。」

「おぉ~それ楽しそうだな。

 ぜってぇ負けねぇわ!!

 でも、社会人になったら、同じチーム入んね?」

「なんでだよ?

 別に同じチームじゃなくてもいいじゃん。」

「いや、お前とは大人になってもずっと1対1したいんだよ。」

「マジかよ…勘弁してくれよ…」


 谷は言葉では嫌がりつつも、表情は穏やかだった。


 二人はこれからの事ばかりを話して帰った。


 高校での思い出話はできるだけしなかった。




 楽しかったサッカー部の思い出を話し出すと、二人とも泣いてしまうと思っていたからだ。




 こうして、野口の高校でのサッカーは終わりを迎えたのだった。 


 続く

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