第51話 野口の意地

 

「おっ!おはよ~谷~~」


 夏休みが終わったある日の通学中、花は谷が前方を歩いているのを見つけて、声を掛けた。


「おう。おはよ。」


 谷はクールな表情で花に返事した。


「あれ?てか、なんで自転車じゃないの?」

「…自転車が壊れたんだよ…

 最悪だわ。だから、電車で来たんだよ。」

「あはは~そりゃ、災難だったね~

 それでアキとは別に来たんだ。」

「そういうお前こそ、伊藤はどうしたんだよ?」

「加奈は生徒会に入ってるから、先に行ってるんだよ。

 よくやるよね~」


 二人は仲良く、雑談をしながら、学校に向かうのだった。




「サッカー部も順調に勝ち進んでるじゃん。

 次、1次トーナメントの決勝でしょ?」

「まぁな。お前も次、東京予選の決勝なんだろ?

 順調じゃん。」

「ふふん。まぁ、全国3位の実力ってやつよ~

 今年シードだったから、楽だったし~」


 花はえっへんと胸を張って、自慢した。


 谷はそう言えばと気になっていることを花に聞いた。


「今年に入ってから、昭義の気合というか、熱意が半端ないんだけど、小谷、昭義になんか言ったの?」

「そうなの?

 公園練習ではいつも通りだけど…」


 花はう~~んと考えたが、思い当たる節が無かった。


「ちょっと、分かんないや。

 そんなにすごいの?」

「あぁ。なんか鬼気迫るって感じだな。

 まぁ、そのおかげで順調に勝ち進んでるのもあるんだけどな。」

「ふ~ん…なんだろ?

 何かあったのかな?」


 花は気になってしょうがなかったのだった。




「ねぇ。アキ。

 谷から聞いたんだけど、今年のアキは気合がすごいって言ってたけど、なんかあったの?」


 その日の公園練習後、二人寄り添ってベンチに座ってる中、早速、花は野口に聞いたのだった。


「ん?そうかな?

 まぁ、最後の大会だしな。

 そりゃ、気合も入るってもんだろ?」


 野口は平然とした様子で花に答えた。


「えぇ~それだけ~?

 ホントに~?」

「なんで、そんな疑うんだよ…

 花だって、今回ラストなんだから、気合入ってるだろ?

 それと同じだよ。」

「…まぁ、それを言われると確かにそうなんだけど…」


 花は珍しく何か野口に隠されているような気がして、若干不安になった。


「それより、日曜日、決勝だろ?

 俺ら土曜が決勝だから、先に勝っといて、応援に行くよ。」

「おぉ~マジで~やった~

 じゃあ、絶対勝ってよ~

 負けてから見に来るとか気まずいし。」

「…お前には慰めるっていう選択肢はないのか…

 まぁ、勝つから、大丈夫だよ。」


 野口は呆れながらも、自信を持った顔をしていた。


 花はそんな野口を見て、何故か照れくさくなったのだった。




 土曜日、野口の言う通り、サッカー部は見事に1次トーナメント決勝を勝ち抜いて、2次トーナメントに駒を進めた。


 そして、日曜日、野口は約束通り、花の試合を見に来たのだった。




 野口が会場の観覧席で見やすい席を探していると、覚えのない声で名前を呼ばれた。


「野口君じゃん!

 久しぶり~」


 野口が声の方向を見ると、やはり、見覚えのない顔で野口は困惑した。


「あ、あの…え~と…」


 そんな様子を見た声の主は笑って、野口に言った。


「そっかそっか。覚えてないか。

 私、フェリアドの卒業生。

 1回だけあってるんだけど、忘れたよね?

 千里子っていうの。よろしく。」

「あぁ~花からよく話を聞いてます。

 わざと名前間違えて、楽しんでるって。」

「…あいつ、やっぱりわざとだったのか…

 …分かってたけど…」


 千里子は野口から真相を聞いて、イラッとした。


 野口は折角だからと千里子の隣に座って、千里子に聞いた。


「花が心配してましたよ?

 まだ、チーム決まってないのかって。」

「ぐっ…それを言われると頭が痛いね…

 今日も暇だから、一人で観戦だからね…

 ちょっとやばいよね…

 華の大学生だよ?私…」


 千里子はズ~~ンと落ち込んだ様子になった。


 野口は苦笑いを浮かべて、話を変えようと千里子に言った。


「そ、それにしても、フェリアドは強いですね。

 3年生が卒業して、チームが一新されても余裕で関東大会決めてるし、今日も勝ちそうなんでしょ?」


 千里子は顔を上げて、切り替えようと頬を叩いて、野口に答えた。


「そうだね。

 相変わらず、層は薄いけど、新しい子達が上手くてね。

 去年よりも強いと私は思ってるよ。

 ちょっと、悔しいけどね。」

「はは。分かります。

 自分がいなくなった方が強くなるのって、なんか嫌ですよね。」

「そうそう。

 でもやっぱり、勝ってほしいなって思うんだよ。

 不思議なもんだよね~」


 千里子が話に聞いていた通り、初対面でも話しやすい人で野口は安心した。


 そんな他愛もない話をしていると試合が始まったのだった。




 試合はフェリアドFCペースで進み、早速、花の個人技から、1点を先取した。


「うま!!良くやった!!花!!」


 野口は立ち上がって、大きな声で喜んだ。


 花は野口の声が聞こえたのか、野口の方に向かってガッツポーズした。


 観客席の視線が野口に集まって、恥ずかしくなって、直ぐに俯いて座ったのだった。


「あはは。つい、声出ちゃうよね~

 てか、あの子はちょっとすごいね。

 貫禄が出てきたわ。」

「…そうですよね…

 …プロになるんですもんね…」


 野口は笑いながらも、何か考えた様子でグランドを見ながら、呟いた。


 千里子は野口の様子を見て、ニヤリと笑った。


「はは~さては彼女がプロになるのが、悔しいのか~

 野口君もサッカーしてるもんね~

 彼女には負けたくないよね~」


 野口はそのまま笑顔でグランドを見ながら、黙った。


 千里子がからかいすぎたかと不安になっていると、野口が口を開いた。


「…まぁ、悔しいっていえば、そうかもしれませんね。

 それよりも、これからも花の傍にいるためにも俺は頑張らないといけないなと思ってるんですよ。

 常にあいつとは対等の立場でいたいんです。」


 千里子は野口の真面目な言葉に面食らって、何も言えなかった。


「去年、川島さんに言われたことがあるんですよ。

 「花は日本代表になれる」って。

 その時はそれ程、間に受けてなかったんですが、どんどんそれが現実味を帯びてきて、ちょっと焦ってるんですよね。

 と言っても、自分がプロになれるほどの器じゃないことも自覚はしてて…

 こんなこと、千里子さんに言ってもしょうがないですよね。

 すみません。」


 野口は笑いながら、思いの丈を話して、千里子に謝った。


 千里子は野口の話を聞いて、笑って言った。


「いいじゃん。いい関係じゃん。

 うらやましいよ~私もそういう彼氏欲しいよ~」

「うらやましいっすか?

 どっちかっていうと悩んでるって話したつもりなんですけど?」


 千里子はため息をついた。


「はぁ?だって、彼氏彼女だけど、お互いライバルみたいな意識があるってことでしょ?

 それって、最高じゃない?

 永遠と成長できるじゃん。

 なれ合いのカップルじゃなくて、私は理想的だと思うけどな~」


 野口は千里子の言葉にハッとした。


(…そういえば、花がコサルで、俺に勝ちたいって理由から、俺達って始まったよな…)


 野口は吹っ切れた様子で千里子に言った。


「…そうですね。

 花も俺に勝ちたいって思ってくれてたら、嬉しいっすわ。

 1対1じゃあ、まだ負けないですし。」


 千里子は肩肘ついて、羨ましそうに野口を見ながら、言った。


「…いいなぁ~誰か、男の子紹介してよ~」


 野口は笑って、千里子に言ったのだった。


「あはは。まずはチーム探しましょうよ~」


 続く

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