最後の選手権

第50話 麻衣との遭遇


「いや~なんかすごかったね~

 私達もあの中で働くんだ~緊張するね~」


 8月の夏休みのある日、花と香澄は選手権予選が始まる前にスカウトされたチームの紹介で卒業後、働くこととなっている会社を軽く見学した帰り道だった。


「は、はい。でも、花姉さんと卒業後も一緒にいられるなんて…

 感無量です…」


 香澄はうっとりした顔で花の腕をつかんでいた。


「しっかし、暑いね~~

 喉乾いたし、どっかでお茶しない?」

「いいですね!

 行きましょう!!」


 そうして、二人は良くあるチェーン店のカフェに立ち寄ったのだった。




 花はブラックのアイスコーヒー、香澄はカフェラテを頼んだ。


「花姉さん。砂糖入れないんですか?」


 花は香澄に聞かれて、ニヤリとした。


「私ももうすぐ社会人だからね…

 ブラックで飲むことにするよ…」

「無理してる花姉さん…素敵…」


 そんなしょうもない問答をして、空いている席を探していると、見覚えのある顔を見つけた。


「あれ?麻衣じゃん?」

「げっ!花!」


 麻衣は一人、席に座って、勉強をしていた。


「久しぶりじゃん!

 元気にしてた?」


 そう言って花は当然のように麻衣の隣の席に座った。


 麻衣は嫌そうな顔をして、しっしと手を払って、花に言った。


「なんで、隣に座るのよ!

 向こう行きなさいよ!!」

「いいじゃん。別に。

 ちょっと、話しようよ~」

「見て分かんないの?

 勉強してるのよ!

 邪魔しないでよ!!」


 麻衣が本当にうっとおしそうにしている中、香澄が麻衣を見下ろして、怖い笑顔で言った。


「花姉さんにあんなことしといて、その態度はちょっと無いんじゃないですか~」


 麻衣は香澄の様子にたじろぎながら、ため息をついて、無視して、勉強に集中することにした。


「ねぇ。麻衣。

 勉強の方はどうなの?

 行きたい大学行けそうなの?」

「…」

「私達ねぇ~

 今日、来年から働く会社に言ってきたんだよ~

 サッカーでスカウトされたの~

 すごくない?」

「……」

「西南FCの先輩達ってどうなったの?

 プロになってる人もいるんじゃないの?」


 花の話を無視し続けた麻衣だったが、我慢が出来ず、花に言った。


「だから、邪魔しないでって言ってるでしょうが!!

 そういうところが嫌いなのよ!全く!!」

「ご、ごめんって!!

 久しぶりに麻衣に会えて、ちょっと嬉しかったんだよ。」


 花は麻衣に叱られて、笑いながら、謝った。


 花の言葉を聞いて、何とも言えない気持ちになった麻衣はもう勉強を諦めて、ペンを置いたのだった。




「…で、あんたらはスカウトされたチームの会社に行ってきたと…

 それを自慢したい訳?」

「違う違う!

 そういうわけじゃなくて…

 いや?そうかも?」


 麻衣は大きなため息をついた。


「…あんたさ…女子サッカー選手の年収がどれくらいかって知ってる?」

「えっと…知らない…」

「平均240万とか言われてるよ。

 まぁ、プロ契約の場合、カテゴリがあって、一番高いカテゴリで年俸460万以上、一番下のカテゴリで年俸270万以上、そんなもんなんだよ。

 本当に稼ごうと思ったら、自分でスポンサー契約を勝ち取るか、よっぽどの成績を残さないといけない。

 そんな世界にあんたらは入るんだよ。」


 麻衣は説明した後、コーヒーを一口飲んだ。


 花は麻衣の丁寧な説明に驚いた。


「…麻衣…なんで、そんな詳しいの?」

「それが私がサッカー辞めた理由の一つでもあるから。」


 麻衣は即答した。


「自分の好きなスポーツの事情くらい知っときなさいよ。

 ただ上手いだけじゃ、生き残れない世界なんだよ。

 プロっていうのは。

 だから、別に私はあんた達がプロになろうが、羨ましいなんて、これっぽっちも思わないよ。」


 麻衣は花に説教出来て、すっきりした様子だった。


 花は麻衣をキラキラした目で見つめた。


「麻衣ってすごいね!!

 マジ、勉強になったよ!!」

「はぁ?」


 麻衣は花の様子に呆れた。


「…やっぱり、そういう世界も知っとかないといけないよね…

 もうちょっと、頑張るわ。私。」


 花の素直に指摘を受ける姿勢に麻衣はイラッとした。


「まぁ、あたし等に勝っといて、あっさり負けるあんた達じゃあ、たかが知れてると思うけどね。」

「やっぱり、知ってたんだ!!

 てか、絶対、私たちの試合の動画見たよね?

 どうだった?」


 花は麻衣の顔に近寄って、聞いた。


 そんな様子を香澄はムッとしながら、見つめていた。


 麻衣は花の勢いに気おされて、そっぽを向いた。


「…あんたは層も薄いのに、どんな試合でも全力で行き過ぎなんだよ。

 私から言わせたら、エースの自覚が足らない。

 怪我した時も点差はあったんだから、直ぐにボールを離せば良かったんだ。

 時には動かない戦い方もあるんだよ。」


 花は麻衣の言葉を真面目な顔をして、うんうんと頷きながら、聞いていた。


 香澄は花の否定ばかりする麻衣をムッとした表情で睨みつけていた。


 麻衣はそんな香澄の視線に苛立って、香澄の方を向いた。


「香澄?だっけ?

 あんたもあんたでボール取るのは上手いけど、もっと攻撃参加しないとダメでしょ。

 今時、守備専のボランチなんて生きてけないんじゃないの。」

「な、なんで、あなたにそんなこと言われないといけないんですか!?

 大きなお世話ですよ!!」

「私、ボランチだったけど、結構、点取ってたよ?

 あんたらとの試合の時も決めたし。

 あんたはどうなんだよ?」


 香澄は言い返すことが出来ず、グヌヌとなっていた。


 麻衣はフッとしたり顔で、香澄を見つめた。


 花は麻衣の話を聞いて、感心しながら言った。


「麻衣って、やっぱり、サッカー好きだよね?

 めっちゃタメになること言ってくれるもん。」


 麻衣はふいに花に褒められて、戸惑った。


「な、何言ってんのよ!?

 サッカーなんて嫌いだよ!」

「嘘だ〜

 サッカー好きじゃなきゃ、そんな観察出来ないよ〜

 素直になりなよ〜」

「う、うっさい!!

 もう!あんたら、ウザすぎ!!

 私、帰るから!!」


 そう言って、麻衣は勉強道具を片して、カフェを出ようと立ち上がった。


「ちょっと待って!麻衣!」


 花も立ち上がって、麻衣を止めた。


「何?まだ、なんかあんの?」


 麻衣は本当にうっとおしそうにしていた。


 花はポケットから、携帯を取り出して、ニコッと笑った。


「アドレス教えてよ。」

「死んでも、嫌。」


 麻依は直ぐに振り返った。


 花はそんな麻衣の肩を掴んで、駄々をこねるように頼み込んだ。


「いいじゃ〜ん!!

 麻衣くらいなもんなんだよ〜

 こんなに説教してくれる人〜

 頼むよ〜」


 麻衣は気付くと店の中の視線が集まっていたので、しょうがなく、携帯を取り出した。


「言っとくけど、私から送ることないからね!

 送ったとしても、メチャクチャ否定してやるから!」


 花は麻衣のメールアドレスを登録して、ニコッと笑って言った。


「おう!よろしく頼むよ〜」


 そして、麻衣はそそくさとカフェを出て行ったのだった。




「…花姉さんはなんで、あんな人のことをそんなに気にかけるんですか?」


 麻衣が去った後、香澄はストローを咥えながら、納得のいっていない顔をした。


 花は不味そうに、苦手なブラックコーヒーを口にしていた。


「…私、麻衣のこと嫌いじゃないんだよね。

 なんでかは分かんないけど。

 それに麻衣の言ってたことって、全然間違ってなかったでしょ?」

「…それはまぁ、確かに。

 サッカーに関しては真面目な人だっていうのは分かりますけど、中学校の時のことがあるわけじゃないですか?

 よく、そこまで割り切れるなって。」


 香澄はまだ納得していないようだった。


 花は笑って、香澄をなだめるように言った。


「だから、あれは私も悪かったんだって。

 それにお互い、あの件については話し合ったしね。

 もうなんとも思ってないよ。」


 香澄はまだまだムゥとしていた。


 花はしょうがないと香澄の頭を撫でた。


「逆に考えるとさ。

 麻依がいなかったら、私達、一緒のチームにいなかったかもだよ?

 私、香澄ちゃんに会えてホントに幸せなんだもん。

 そりゃ、許せるってもんでしょ?」

「は、花姉さん…」


 香澄はようやく納得したのか、嬉しそうな顔をして、カフェラテを飲み干したのだった。




「くそぉ〜あいつらのせいで、ろくに勉強できなかったじゃん…」


 麻衣はつかつかとイライラした様子で帰宅していた。


 すると、携帯がブブブと震えた。


 麻衣が携帯を見ると、花からのメールだった。


「花だよ〜これからよろしくね〜

 じゃんじゃんご意見下さいな〜」


 麻衣はため息をついて、仕方なく花のメールアドレスを登録した。


 そして、夕暮れの空を見上げて、麻衣は思ったのだった。


(…くそ!!サッカーしたくなっちゃったじゃん!!)


 続く

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