第48話 いつもの風景

 

「…で、愛が点取ったんだよ~

 良かったね~太一君~」


 練習試合が終わった翌日の昼休み、いつものメンバーで食堂でお昼ご飯を食べていた時に、花が新田に報告していた。


「知ってますよ…

 あいつ、すげぇ嬉しそうに俺に言ってきましたもん。

 うっとおしかったわ~」


 新田はうんざりした様子で肩肘ついていた。


「てか、愛ちゃんもサッカーしてたんだ~

 私知らなかったよ~」


 加奈がニヤニヤしながら、新田に言った。


「べ、別に聞かれなかったし、言う必要なかったじゃないですか。

 あいつ、加奈先輩の事、ちょっと毛嫌いしてる感じあるし…」

「そうだよね~

 多分、お兄ちゃんを取られたのが、悔しいんだろうね~」

「そ、そんなんじゃないっすよ~

 勘弁してくださいよ~」



 結局、加奈と新田はどうやらクリスマスの日に付き合い始めたらしく、それはいつものメンバーには周知の事実であった。


 付き合った理由は花にも分からなかったが、野口曰く、「はっきりさせとくことで、いじられるのを拒否したんじゃなかろうか。」とクリスマスデートの事が花達にばれたことで、加奈が腹をくくったのではとのことだ。


 確かに、正式に付き合ったことによって、クリスマスデートの事はいじりずらくなったのだった。


 加奈は中々の策士であった。



「愛って、ブラコンだったんだ。

 意外だわ。」

「だから、そんなんじゃないっすって!!」

「でも、二人とも性格はそっくりだよね~

 馬鹿正直っていうか、野性的っていうかさ。

 仲良いのも分かる気がするよ。」

「…もう、ホント勘弁してくださいよ…」


 この通り、最近では太一がいじられることが大半になっていたのだった。





「しかし、よく考えたら、そんな上手い2年の子が入ってきたって、珍しくないか?

 今まで何してたんだって話だろ?」


 野口がいじられることが減って、安心した様子で花に聞いたのだった。


「なんか、一人の子は太一君たちと同じ東京ユニバースにいたらしいよ。

 てか、よく考えたら、太一君と菅原君と同い年じゃん!

 篠田理恵って子、知らない?」


 ふと花は気付いて、太一と菅原に聞いた。


 菅原は覚えていない様子だったが、新田は覚えていた。


「あぁ~理恵か。

 知ってますよ。

 ギャルっぽい奴でしょ?」

「そうそう!

 やっぱり、知ってたんだ。」

「はい。何度か話したことありますよ。

 あいつ、目立つし。」

「へぇ~じゃあ、今度、理恵に太一君の事、聞いてみよ~

 覚えてるかってさ。」

「別にいいですけど、そんなに仲良かったわけじゃないし、多分、覚えてないんじゃないっすかね?」


 そんな会話を聞いて、加奈はニヤリとして、新田に言った。


「ふ~~ん。

 向こうは覚えてないかもしれないのに、太一君は覚えてたんだ~

 ひょっとして、好きだったの?

 太一君って、ギャルが好みだったのか~

 ごめんね~私、ギャルっぽくなくて~」

「ちょ、ちょっと、待ってください!

 こんなことまでいじられないとダメなんすか!!」


 野口は優しく微笑んで、太一に言った。


「太一。諦めろ。

 伊藤の彼氏になるっていうのはそういうことだよ。」

「えぇ~!!」


 谷もうんうんと頷いた。


「そうだな。太一が諦めるしかないな。」

「えぇ~~!!」


 菅は新田の肩を強く叩いた。


「…お前、彼女いるだけマシなんだぞ…」

「えぇと、なんか、すんません…」


 新田は菅の言葉が身に染みて、諦めた。


 菅原はズズズとお茶を飲んで、覚えてなくて良かったと思ったのだった。




「…とまぁ、その子は監督が嫌いで、フェリアドに入ったんだってさ~」


 新田が一通り、いじられた後、花が理恵のいきさつを話した。


「やめた理由がまんま、太一と啓太と同じじゃん。

 東京ユニバースの監督って、どんだけダメなんだよ。」


 野口は呆れた様子だった。


「いや、多分、合う合わないが激しいだけで、優秀な監督なんじゃないっすかね?

 一応、プロの選手も生み出してるわけですし。

 というか、太一と理恵って子が特別、変なだけですよ。」


 一応、菅原がフォローしておいた。


「…まぁ、啓太は太一につられてやめたようなもんだもんな。

 で、他の2年は何してたのかとか知ってるの?

 特に紗枝って子は滅茶苦茶上手いんだろ?」


 菅原の説明に野口は一旦、納得して、花に聞いた。


 花は少し考えてから、答えた。


「ん~~~~分かんない。

 まだ、入ったばっかだし。

 追々分かってくるんじゃないかな~」

「そりゃ、そっか。

 でも、今年も全国目指せそうで良かったじゃん。」

「うん!!頑張るよ~~!!

 今度こそ、優勝してやるんだから!!」


 花はそう言って、拳を突き上げた。


 野口は羨ましそうな顔で花を見つめるのだった。




「私、今日、練習休みだから、アキ、一緒に帰ろうよ。」

「おう。じゃあ、部活終わるの待っといてな。」

「はいよ~」


 二人は慣れた様子でいつも通り、一緒に帰る約束をするのだった。


 そんな二人の様子を見て、加奈は新田に言った。


「私は塾あるから、太一君、一人で帰ってね。」

「知ってますよ!!

 てか、啓太と帰るから、別にいいっすよ!!」

「ダメ!!一人で帰って!!

 私も一人で帰るんだから、彼氏も一人で帰らないと不公平じゃない!」

「な、なんでなんすか…」


 納得のいっていない新田に菅原が優しい笑顔で声を掛けた。


「伊藤先輩が言うなら、しょうがないよ。

 俺の事は気にするなよ。

 伊藤先輩だけに寂しい思いをさせるなんて、お前にはできないだろう?」

「啓太!お前、別の奴と帰るつもりだろ!!

 マジで、軽いいじめだろ!?」

「あはは~違うよ~

 軽いいじりだよ~」


 そんなこんなで皆は昼休みを楽しく過ごすのだった。




「お待たせ。」


 放課後、部活を終えた野口が門の前で携帯をいじりながら、待っていた花に声を掛けた。


「おっつ~じゃあ、帰ろっか~」


 そうして、野口は自転車を押して、花はその隣に並んで歩きだした。


 始めの方こそ、二人で帰ると谷や菅達のサッカー部の面々が冷やかしてきたが、もう、何度も二人で帰っていたので、その冷やかしもなくなっていた。


「今日はちゃんと、谷君、止めれたの?」

「まぁ、半々ってとこかな。

 いつも通りだよ。」

「ダメじゃん!!

 完膚なきまでに叩きのめさないと!!」

「…花って、浩介のこと、嫌いだっけ?

 何故にそこまで…」

「あはは~なんとなく~」

「そうですか…」


 二人はいつものように他愛もない話をしながら、帰っていた。




 日が沈みかけて、周りが軽く薄暗くなっている中、花がふいに憂鬱そうに伸びをした。


「あぁ~~なんか、もう1年もないんだね~~

 こういうことできるのも~~」


 野口は意外そうな顔をして、花に言った。


「花って結構、そういうこと考えるよな。」

「なによ~私だって、ちょっとは先のこと考えて、寂しくなったりするよ~」

「いやいや、花って、どっちかっていうと今を生きてる感じじゃん?」

「そんなことないよ~

 私はいつでも先を見据えて、進んでいるのだよ。」


 花はエッヘンと胸を張った。


 野口は笑って、花に言った。


「あはは。そうだな。

 俺より、一足先に社会人になるんだもんな。

 大人だよ。花は。」


 野口に褒められて、てへへと花は照れた。


 そして、花は少し真面目な顔で野口を見つめた。


「でも、やっぱり寂しくない?

 結構、私達って高校生活いい感じで楽しんでるじゃん?

 恋もして、サッカーもして、友達としゃべって、笑って…

 そういういつも見ている風景があと1年でガラッと変わるって思うとさ~」


 野口は花とは正反対に笑って、前を向きながら、花に言った。


「はは。そりゃ、ちょっとは寂しいけど、俺はどっちかっていうと楽しみの方が大きいかな?」

「楽しみ?」


 野口は少し迷ったが、はっきりと花に伝えることにした。


「…俺さ。実は整体師、というかトレーナー目指そうかなって思ってるんだよ。」

「えぇ~なんでまた?」


 花は初めて、野口の将来の事を聞いて、驚いた。


 野口は変わらず笑顔で、花に答えた。


「去年、ケガした時さ。

 川島さんの言う通り、身体の事、結構調べたんだよ。

 テーピングの巻き方とか、捻挫とか骨折の時の対処方法とか。

 そういうの調べてくと、全然知らなかったことがたくさんあってさ。

 そういうのをもっと前から知っときたかったなって思ったんだよ。」


 まっすぐ前を見て話している野口の顔が花にはカッコよく見えた。


「だから、そういうのを教えれる立場になりたいなと思って。

 …あと、もう一つ、理由があるんだけど…」

「なに?教えてよ。」


 野口は前を見ていた顔を花の方に向けた。



「花がプロになった時、専属トレーナーになって、俺が傍で支えてやりたいなって思ったんだよ。」



 花は野口の告白に顔を真っ赤にした。


 野口はそんな花を尻目に話を続けた。


「…まぁ、悔しいことに俺がプロになるのは難しいってのは分かってるからな。

 でも、サッカーは大学でも社会人でも続けるつもりだよ。

 今年だって、行けるところまで全力で頑張るつもりだ。

 …というわけで、俺はそんな将来が楽しみなんだよ。」


 花は野口の制服の裾を掴んで、立ち止まった。


「おぉ!どうした?」


 急に花に掴まれた野口は自転車のブレーキを掴んで、止まった。


 すると、花は顔を野口の耳に近づけて、囁いた。



「…アキ、大好き。」



 花は止まっている野口の前を歩きだした。


 そして、振り返って、ニコッと笑いながら、野口に言った。


「やっぱり、学校の帰り道は人多いからね。

 今日はこのくらいにしとくよ~」


 野口も顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに手で顔を隠しながら、歩き始めたのだった。


「…今のは、反則だわ…」


 続く

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