第47話 新チーム始動

 

「フフフ…この時をどれだけ待ったか…」


 新チームでの初の練習試合の前日の練習後、ミーティングをしている最中、汐音の影に隠れて、ずっとベンチだった新3年生のFW下村多恵(しもむら たえ)がスタメンに選ばれて、不敵な笑みを浮かべたのだった。


「…怖いよ。多恵。」


 多恵の隣にいた同じくスタメンに抜擢された左SBの竹下結衣(たけした ゆい)が不気味がっていた。


「まぁでも、気持ちは分かるよ~

 私も久しぶりのスタメンだもん。」


 左SHの絵里は多恵の気持ちを汲み取ってあげていた。


「あはは。そうだよね。

 私も皆とするの楽しみだわ~

 どんなことできるかな~」


 花も笑いながら、新たな面々と試合をするのを嬉しそうに話していた。


「3年生いなくなって、去年とはかなりメンバー変わったもんね。

 私と花と香澄とマヤカヤコンビくらいじゃない?

 去年と変わらないの?」


 右SBの3年生、新垣真智(あらがき まち)も花に賛同した。


「そ、そうですね。

 でも、やっぱり、サエチンは早速、スタメンになりましたね。」


 香澄は2年生の紗枝を当然のように「サエチン」と名付けていたのだった。


 紗枝はそれを聞いて、恥ずかしそうに俯いた。


「か、香澄先輩…やっぱり、サエチンは恥ずかしいです…」

「あはは~サエチンってば、恥ずかしがっちゃって~

 いいじゃん、サエチン~

 可愛いよ~」


 そう言って、すっかりフェリアドFCに溶け込んだCBの理恵が紗枝の肩を抱いた。


 そんな理恵を見て、花が声を掛けた。


「そういう理恵もスタメンになってんじゃん。

 なんか、理恵って見た目に寄らず、クレバーなプレーするよね~」

「なんすか~見た目に寄らずって~

 花っち先輩、ひどいっすよ~」

「…あなたはもうちょっと、先輩に敬意を示しなさい…」


 紗枝は軽い対応の理恵が苦手なようだった。


「…ていうか、ミーティング中ですよね?これ。

 こんな話してていいんですか?」


 凛音は雑談をしている皆に注意した。


「まぁ、新しい人が多いし、どういうプレーが得意とかってのは話し合っててもいいと思うよ?

 じゃないと、試合してもバラバラな動きになっちゃうからね。」


 川島が笑いながら、横やりして、アドバイスする形で凛音を諭した。


 凛音はそれならと皆に言った。


「…私は誰よりも走れる自信があります。

 ただ、まだ監督のいうような頭を上げたプレーが出来ません。

 だから、スタメンに選ばれなかったんじゃないかなと思ってます。

 …以上。」


 凛音のクールな説明におぉと皆は拍手した。


 凛音は拍手されたのが恥ずかしくて、顔を赤くしながら、理恵に話を振った。


「り、理恵もほら!!」

「私?そうだな~

 私、実はちょっと前まで東京ユニバースユースにいました~

 てか、関東予選、フェリアドと試合して勝ちましたよ~

 全国大会は1回戦で負けちゃったけど~」

「マジで!?

 あぁ~花がケガして出れなかった時だ!!

 そう言えば、見覚えがあるような無いような…」


 麻耶がじ~と、理恵を見ながら思い出そうとしていた。


「あはは~私、試合に出てたんですけど~

 監督が何でもかんでも言う通りにしろ~って人でなんか嫌になってやめたんです~

 だから、川島監督みたいな人は新鮮で楽しいです~」


 軽い感じに理恵が答えていて、皆は苦笑いした。


「…ちょっと変な子が入ってきたね?」

「あはは~麻耶っち先輩もひど~い~」


 そんな中、コホンと紗枝が座りながらも、ピシっとした姿勢で皆に話し始めた。


「私は足の速さとドリブルには自信があります。

 ですので、足元に出してくださっても良いですし、裏にも走りますので、皆さん、お見知りおきを。」

「サエチンは固いな~

 もっと柔らかくいきなよ~」

「や、やめなさい!」


 理恵は紗枝の顔をつんつんしながら、いじるのだった。


 それをため息をつきながら、呆れた様子で凛音は見ていた。


 フェリアドFCメンバー一同は何となくだが、新メンバーの2年生達の関係性が分かった気がした。


「愛は?

 どんなプレーが得意なの?」


 花は隣に座っていた愛に声を掛けた。


 愛は俯きながら、何故か悔しそうな顔をして、答えた。


「…わ、私も理恵先輩と同じ東京ユニバースのジュニアユースにいました。

 というか、お兄ちゃんと同じなんですけど…」

「あぁ~そういや、太一君もJリーグの下部組織にいたって言ってたわ。

 東京ユニバースの事だったんだ~」

「はい…でも、私はユースには上れませんでした…

 足元の技術が無いと…」


 愛はぎりっと歯を食いしばって、顔を上げた。


「…でも!!私はゴールするのが得意です!!

 チームでも、ちゃんとゴールだけは取ってました!!

 だから、皆さん、どうかよろしくお願いします!!」


 愛の話を聞いて、皆は拍手して、愛を激励した。


「オッケー!!

 じゃあ、一杯、パス出したげるよ~」

「うん!

 試合が楽しみだね~

 よろしくね~」


「み、皆さん…!!」


 愛は嬉しくて、泣きそうになっていたが、多恵が冷静に突っ込んだのだった。


「…いや、なんか、愛がスタメンみたいになってるけど、明日、私がスタメンなんだけど…」




 いよいよ、新メンバーで初めての試合前、川島は皆に話していた。


「さて、今日は新しい人、多めで試合するけど、基本は去年ベンチにいたメンバーがほとんどだから、私は全く心配してないよ~

 ベンチにいる子達はイメージしまくってたからね。

 自分が出たら、どんなプレーができるかってのをさ~」


 皆は顔を上げて、真剣な表情で川島の話を聞いていた。


「紗枝と理恵はフェリアドで初めての試合になると思うけど、この試合で何ができるかを考えながらプレーしてね。

 とにかく考えること。

 それで楽しくなるから。」


 そして、川島はベンチメンバーにも声を掛けた。


「いつも言ってるけど、今日、ベンチの子達もチームメイトだけじゃなくて、相手のプレーを見て、自分ならどうやってプレーするかを考えながら、試合を見て。

 練習試合だから、全員出すつもりだよ。

 だから、しっかり、イメージすること。」


 最後に川島は笑って、皆に言った。


「それじゃ~試合を楽しんで~

 いってらっしゃい!」

「はい!!!」




 フェリアドFCの面々は整列しに行こうとしたが、ふと気づいた。


「…あれ?そう言えば、新しいキャプテンって誰だっけ?」


 花が皆の顔を見ると、全員顔を振って、知らないと言った様子だった。


 中々、整列できないメンバーを見て、川島はプププと笑いをこらえていた。


 麻耶が怒って、川島に言った。


「監督~~!!

 気づいてたなら言ってよ!!

 誰がキャプテンで行けばいいんだよ!!」


 川島は笑いながら、皆に一言だけ言った。


「あはは~それは自分たちで決めることだよ~

 早く決めな~」


 麻耶は何て責任放棄だと、くぅ~と怒りの表情を浮かべたが、いつもの事だったので、諦めて、皆と話し合った。


「えぇ~時間もないことだし、多数決でいこ。」


 そんな麻耶を見て、花と香澄と香弥は笑って言った。


「麻耶がキャプテンしてよ。」

「うん。私もそう思います。」

「あんたでいいよ。早く先頭行って。」


「ちょ、ちょっと!!そんな適当でいいの?」


 花は麻耶の背中を押しながら、言った。


「多分、監督が言いたいのはキャプテンてのは自然になってるもんってことじゃないかな?

 あんたがキャプテンで誰も文句は言わないよ。」


 麻耶は花に押されて先頭に立った。


 麻耶が整列したメンバーを見ると、皆笑って、麻耶を見つめていた。


 麻耶ははぁとため息をついて、覚悟を決めたのだった。


「…絶対、あんたら、めんどくさかっただけだろ…」




 そして、試合が始まった。


 対戦相手は去年、関東予選まで勝ち抜いていた中々強いチームだった。


 しかし、去年のスタメンだった花、香澄、マヤカヤコンビ、真智の貫禄あるプレーでフェリアドFC優勢で試合が進んだ。


 また、去年までベンチだったメンバーもスムーズにゲームに溶け込んで、各々、得意なプレーを存分に発揮していた。


 特に新メンバーの二人、紗枝と理恵が驚くほど、チームになじんでいたのだった。





 すると、香澄が高い位置でボールをカットした。


「サエチン!!」


 香澄は直ぐに右サイドを駆け上がっていた紗枝の足元にボールを預けた。


 ペナルティエリア手前で、紗枝はスムーズに左足でトラップして、相手DFと対峙する形になった。


 花はペナルティエリア内の狭いエリアで待っていたが、細いパスコースしかなかった。


(…私にパスしてくれたら、面白いけど、紗枝なら縦突破するかな?)


 花が息をひそめて待っていると、紗枝は一旦、縦にステップを踏んで相手をずらして、左足アウトで花にパスした。


(おお!!ホントに来た!!)


 花は密集地帯で丁寧に足元にトラップして、相手CB、ボランチに囲まれる形となった。


 すると、紗枝が花の方に向かって走りこんできたのが、花の視界の端で見えた。


(…!!)


 花はターンしてシュートすると見せかけて、足裏でボールをちょんと後ろにやった。


 相手は完全に花のシュートを防ぎに来ていたので、全くの意識の外へのボールについていけなかった。


 そのボールに走りこんだ紗枝が反応して、完全にフリーで縦に突破して、中央に早いクロスを上げた。


 花に寄っていた相手DFはFWの多恵をフリーにしてしまい、多恵がクロスに合わせて、簡単に先制点を取った。


 完璧に相手を崩した流れの中の得点が、新チーム初の得点となったのだった。




「おぉ~~上手いね!!

 紗枝!!

 あのパスコース良く通したね!!」


 花は得点した多恵にではなく、紗枝に近寄って、ハイタッチした。


「い、いや、花先輩がボール欲しそうな顔してたから…」


 紗枝は照れながら、ポジションに戻ろうとしていた。


「おい!!

 私が決めたんだけど!!」


 多恵があまりにもスルーされるので、二人に近寄って、少し強めに花と紗枝にハイタッチした。


「あはは~分かってるって~

 ナイッシュ~~多恵!!

 新チーム、一発目、おめっとさん!!」

「よ、よく合わせてくれました!

 ありがとうございます!!」





 その後もフェリアドFCの勢いは止まらず、今度は左SHの理恵からのクロスを花が合わせて、追加点を決めた。


 更にはまたもや花が紗枝とのコンビネーションから1点を追加して、3-0とした。


 一方、守備でも安定した守りを見せていた。


「麻耶っち、そこ強く行っていいよ~

 カバー入るから~」


「真智先輩~

 もうちょい、絞って~」


「カスミン、内きって~

 サイドに出させて~」


 CBの理恵の軽い感じながらも的確な指示が飛び交っていた。


 そんな理恵とCB組みながら、麻耶は思った。


(練習の時から思ってたけど…この子…

 滅茶苦茶、上手い…!!

 そんで、やりやすい…!!

 下手したら、瀬利先輩よりも…)


 麻耶は理恵との連携に確かな手ごたえを感じていたのだった。




 前半はその後、紗枝も1点を取って、4-0で終えたのだった。




「オッケ~皆やるねぇ~

 でも、まだ気を抜いたらダメだよ~

 じゃあ、後半はベンチメンバー出すからね~」


 川島は嬉しそうに笑いながら、交代を告げた。


 紗枝は去年から入っている2年生の内村早苗(うちむら さなえ)と交代することになった。


 そして、ボランチの同じく去年からのメンバーである本田香織(ほんだ かおり)と交代して凛音が、FWの多恵と交代して、愛が出ることになった。


 凛音は今までSBだったので、川島に聞いた。


「私、SBしかやったことないんですけど、ボランチってどうすればいいですか?」


 川島はニコッと笑って、凛音に言った。


「自分で考えてみな?

 最悪、ボール触らなくてもいいよ~」

「えっ!!」


 凛音は川島の適当なアドバイスに思わず、声を失った。


 川島は笑いながら、凛音に言った。


「ただし、顔は絶対上げること。

 チームメイトだけじゃなくて、相手がどう動いているか、フィールド全体を見てごらん。

 そしたら、自分のやれることが分かるはずだよ。」

「…はい…」


 凛音は川島の言葉を半信半疑ながらも、信じることにして、フィールドに向かったのだった。




 後半が始まって、メンバーが入れ替わったことによって、少し、流れが相手ペースになった。


 だが、古参のフェリアドFCは流れがずっと、同じになるとは思っていなかったので、冷静に対処して相手をいなしていた。


 その陰で、中々ゲームに入り込めない二人がいた。


 愛と凛音だ。


 凛音は初めてのボランチでどうポジションを取ったらいいのか分からず、四苦八苦していた。


(…くそ…!!

 なんで、ボランチなんか…!!)


 必死にボールを追いかけるも、ボールが取れなくてイライラした凛音は一旦、落ち着こうと深呼吸した。


 そして、監督の言う通り、フィールド全体を見回した。


(…普段、ボールばっか見てるけど、皆、結構、動いてるんだな…)


 すると、相手SBにボールが渡った。


(…ここにいたら、私だったら嫌かな…)


 そんな意識でフラ~と凛音がサイドに流れていくと、凛音の元へとボールが転がってきた。


「えっ!」


 相手が取りに来ようとするが、凛音は必死にキープして、見事にボールを奪ったのだった。


「凛音!!」


 そして、呼ばれるがまま、凛音は花へとパスをして、花がシュートを放った。


 しかし、惜しくもゴール横にずれてしまった。


「くぅ~~ごめん!凛音!!

 ナイスカット!!」


 花はぼ~としている凛音とハイタッチを交わした。


 凛音はその時、思った。


(…今の滅茶苦茶気持ちよかったんだけど…!!)


 川島は凛音を見て、うんうんと頷くのであった。




 試合はそのまま4-0で進んでいって、終盤、中々決定機を作れない花が高い位置でボールをもらった。


 そして、前を向くと、FWの愛が見当たらなかった。


(…えっ?)


 パスを出す相手が見つからなかった花は比較的、フリーだったこともあり、ミドルシュートを放った。


 しかし、距離が遠かったので、GKにはじかれてしまった。


(…チッ!コースがあまかっ…)


 その瞬間、GKがはじいたボールをいつの間にか出て来ていた愛が押し込んで、追加点を決めたのだった。




「おっしゃ!!!」


 大喜びの愛は花に近寄ってきて、ハイタッチした。


「花先輩、ナイッシューです!!

 ごっそさんです!!」


 花は愛を撫でながら、笑った。


「いやいや!!

 愛!!すごいね!!

 なんで、あんなとこにいたの!?」

「えっ?

 なんとなくですけど?」

「なんとなくて!!

 まぁ、いいけど!!」


 花は呆れながらも喜んで、愛の事を理解した。


(この子は考えながらプレーしてないんだ!

 本能で点を取るタイプの選手なんだ!!)


 しかし、花は自陣に戻りつつ、思ったのだった。


(…でも、これって監督が嫌いなタイプっぽいけど…

 大丈夫なのかな?)


 続く

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