第45話 決心

 

「いや~気づいたら、もうすぐ3年生になっちゃうね~」


 冬休みが終わって3学期に入ったある日、花と野口はサッカーの練習が無かったため、花の家で遊んでいたのだった。


「そうだな~なんかあっという間だったな~」


 慣れた様子で花を抱きかかえた状態で座っている野口はのほほんとしていた。


「そういや、気づいてた?

 俺ら、付き合ってから1年経ってるの。」


 野口がふと、なんとはなしに花に聞いた。


「そうか~そうだね~

 確か、1月3日だったもんね~

 なんか懐かしいや~」


 花も野口にもたれかかりながら、のほほんと答えた。


 そんな花の様子を見て、野口は安心した。


「なんかよかったわ。

 花が記念日とか大事にする方だったら、俺何にも用意してないから、ちょっと焦ってたんだよな~」

「そうなの?

 1月3日は私、大阪だったし、試合だったし、そんな事思いつきもしなかったよ。」

「…なんかそれはそれで、ちょっと軽く見られてる感じして、嫌だけどな…」


 野口は花の彼氏として、きちんと認識されているのか少し不安になった。


 花は笑って、野口に言った。


「あはは~なんでよ~

 でも、付き合った日は多分、ずっと覚えてると思うよ~」

「ホントかよ?

 若干、不安なんだけど。」

「だって、私、あの時のメール大事に保護してるから。

 あのあけおめメール。」

「マジで!?

 でも、またなんで?」


 野口は1年以上前のメールを保存してくれているのが嬉しかったが、別に特別なメッセージでもなかったので、不思議に思った。


 花は野口の顔を見上げた。


「あの時、私達、珍しく喧嘩した感じになってたじゃん?

 それがすんごい嫌だったの。

 でも、アキからメール来た時、物凄く安心したっていうか、アキに嫌われてなかったんだって嬉しかったの。

 だから、記念として残してるんだ~」


 花のニヘヘ~という笑顔が可愛くて、野口は花にキスをしたのだった。




「…キスしたのって久しぶりだね。

 相変わらず、ドキドキするわ~」


 花は笑って、野口にくっついた。


 野口は若干照れている様子だったが、誤魔化すように花に言った。


「まぁ、花は全国大会で忙しかったからな。

 てか、スカウトされたんだろ?

 これから余計忙しくなるんじゃないのか?」

「あはは~別にスカウトされたから忙しくなることはないよ~

 返事もまだ先だしね~

 いつも通りだよ~」

「そうなんだ。

 ちなみにスカウトされた人と話したんだっけ?」

「うん。ちょっと電話したら、うちまで来たよ。

 お母さんと二人で一緒に話聞いた~」


 花はテーブルの上にあるお茶を一口飲んだ。


「そっか。おばさん、サッカー雑誌の編集者だもんな。

 そういう話は詳しそうだな。」

「いや。お母さんはスカウト事情とか女子サッカー界の事とかは全然知らなかったよ。

 むしろ、雑誌のネタになるって、スカウトの人に話聞きまくってたもん。

 私とは関係ないこととかも。」

「そ、そういうとこは花の母親だな…」


 野口は少し呆れたのだった。


「で、花の事はなんて言われた?」

「え~と、とりあえず、滅茶苦茶褒めてくれたね~

 周りがよく見えてるだったり、周りを動かす力があるだったり、なんか色々言われたよ~」

「…ものすっごい大雑把だな。

 ちゃんと話聞いてたのか?」

「き、聞いてたよ!!

 ただ、ちょっと緊張してて、あんまり頭に入ってこなかったというかなんというか…」

「なるほどな。

 でも、ちゃんと評価してくれてるってことじゃん。」

「まぁね~でも、やっぱりちょっと迷ってるんだよね~」


 花は足をバタバタさせた。


「やっぱり、なんか大変だったりするのか?」

「ん~~まぁ、一つは大学に行くのが難しいこと。

 遠征とかが増えるから、普通の大学に通いながらってのが難しいみたい。

 あとはサッカーの能力的なところ。

 スカウトの人にも言われたけど、私って標準サイズの女の子だから、フィジカル面を鍛える必要があるな~と。」


 野口は花の話を聞いて、花を抱きしめる手を離して、後ろにあるベッドにもたれかかって、天井を見上げた。


「そっか~

 そりゃ~そうだよな~

 言ったら、高卒で社会人になるんだもんな~

 サッカー選手って聞こえはいいけど、リアルはそんな簡単なもんじゃないよな~」


 花も野口にもたれかかって、天井を見上げた。


「そうなんだよ~

 早めに将来が決まるってのも中々怖いもんだよ~

 それに…」

「それに?」


 花は少し迷ったが、真面目な顔で話した。


「それに…ちょっと期待してたことがあるんだよ。

 アキと一緒の大学に行って、一緒のサークルとか入って、一緒にお酒飲んだりして、ずっと一緒にいて…

 そういうことをちょっと考えてたりもしたんだよ。」


 花の言葉を聞いて、野口は笑った。


「ははは。俺もとうとう花にとって、サッカーと同じくらいの位置まで来たってことか~」


 花はムッとして、野口を見つめた。


「なによ~真面目な話してたつもりなんだけど~」

「ごめんごめん。

 じゃあ、俺の正直な気持ちを言っとくわ。」


 そう言って、野口はベッドに持たれていた身体を花ごと起こした。


「俺もサッカー選手の端くれだからな。

 もし俺にプロになれるチャンスがあったら、正直、恋愛関係とか全部捨てでもなりたいと思うよ。

 俺はそれくらいサッカーが好きだ。」


 花は黙って野口の話を聞いていた。


「だから、俺と遊びたいからって理由で断るのは、やめて欲しい。

 もちろん、そう思ってくれるのは嬉しいんだけどな。

 俺には手に入りそうにないチャンスを簡単に手放すんだったら、多分、ちょっと嫌いになると思う。

 まぁ、他の理由で断るんだったら、しょうがないとは思うけど。」


 花は野口の話を聞いて、俯きながら、言った。


「…もし、プロになったら、アキと一緒にいる時間が減っちゃうよ?

 それでもいいの?」

「何言ってんだよ。

 もし、大学行っても4年間、今みたいな時間が延びるだけで、お互い、社会人になったら、一緒だろ?

 早いか遅いかの違いだよ。」


「…アキは私と一緒にいなくても平気なの?」

「そりゃ、寂しいけど、大丈夫だよ。

 ちゃんとバイトして金溜めて、遠征先にも会いに行ってやるよ。」


「…筋トレばっかして、ムキムキになっちゃうかもよ?」

「おう!!俺も大学言ったらサークルじゃなくて、体育会系のサッカー部に入るつもりだから、負けねぇよ!!」


「…大学行って、浮気しない?」

「…逆に聞くけど、俺がそんなことできるタイプと思う?」 




 そんな問答を繰り返して、最後に花は野口に聞いた。


「…私、プロになれると思う?」


 いつになく弱気な花に野口は微笑みながら、聞いた。


「花はどんなサッカー選手になりたいんだ?

 サッカー選手として、どこまで行きたいんだ?」


 花は同じようなことを川島に聞かれたのを思い出した。


 そして、顔を上げて野口にはっきりと答えた。


「世界一!!」


 野口はニコッと笑って、花の頭を撫でた。


「おし!!

 なら、プロになれ!!花!!

 俺も花がどこまで行けるか楽しみだ!!」


「うん!!分かった!!」


 花は嬉しそうな顔で決心したのだった。


 続く

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