将来のこと
第44話 スカウト
「花と香澄と麻耶、ちょっと来てくれる~」
3年生が引退した後の初めてのフェリアドFCの練習後、いつも通り、練習の動画を皆に見せている最中、川島は3人を皆と少し離れた場所に呼んだ。
「どしたんですか?」
花が不思議に思って、川島に聞いた。
「はい。これ。」
そう言って、花と香澄、麻耶、それぞれに小さな紙を何枚か渡した。
「なんすか?これ?」
花は見慣れない名前が書かれた紙を見つめて、不思議がっていた。
麻耶は直ぐに紙の内容が分かって、川島に聞いた。
「えっ!これって!!
「そ!
要はあんた達スカウトされたってこと。」
川島はニコッと笑った。
渡された紙の正体はクラブチームのスカウト担当からの名刺だったのだ。
「マジで!!やった!!」
麻耶は一人喜んでいたが、花と香澄は良く分かっておらず、ポケッとしていた。
川島はそんな二人を見て、ちゃんと説明することにした。
「実は関東予選から名刺もらってたんだけど、2年生のあんた達には内緒にしてたの。
とにかく、全国大会に集中してほしかったから。
まぁ、全国大会後も名刺もらったから、ちょっと増えたんだけどね。」
「えっと、つまりどゆことですか?」
花は首を傾げて、川島に尋ねた。
麻耶はそんな花を見て、直ぐに突っ込んだ。
「バカ!私達、プロのチームに誘われたってことだよ!!」
麻耶の言葉に花はようやく、事の重大さに気付いた。
「マジで!!
それやばいじゃん!!」
「そうだよ!!
やばいんだよ!!」
花と麻耶は顔を見合わせながら、語彙力の無い言葉を交わした。
川島はそんな二人を見て、笑った。
「あはは~
でも、スカウトされたってだけで、その先どうするかはあなた達次第だからね~
もし、興味があるなら、名刺に書いてある電話番号に各自、電話してね。
そういう風に私から伝えてるから。」
浮かれていた花はいつも通りの川島を見て、少し冷静さを取り戻した。
「…監督はどう思ってるんですか?
私達はプロでも通用すると思っていますか?」
同じく浮かれていた麻耶とずっと花を見つめている香澄は黙って、川島の返答を待った。
川島はニコッと笑って、花に答えた。
「うん!分かんない!!」
3人は思わず、ずっこけた。
「何ですか!!それは!!
ちゃんとアドバイス下さいよ!!」
「あはは~
だって、プロで通用するっていうのがそもそも良く分かんないし~
そもそも、あなた達はプロってどういうことか分かってる?」
川島は真面目な表情になって、3人に話し始めた。
「プロっていうのはサッカーだけして、お金もらうことだよ。
お金を払ってでも自分のプレーが見たいっていう選手にならなきゃいけないってこと。
自分のサッカーの実力だけで、生活していかなければならなくなる。
あなた達にはその期待だったり、重圧だったりを受け入れる覚悟がある?」
3人はゴクッと息を飲んで、何も答えられなかった。
しばらくした後、川島は表情を和らげて、3人に言った。
「…まぁ、そんな事言っといてなんだけど、実は女子のプロサッカー選手なんて数人しかいないんだけどね~
このスカウトだって、サッカーだけしろとは言わないと思うよ~
律子と瀬利と同じように仕事しながらのサッカーを想定してると思うから~」
川島の先ほど言った真面目な忠告とは裏腹のあっけらかんとした話に、3人はポカンとした。
「まだまだ、女子はアマチュアの選手がほとんどだってこと。
女子にもプロリーグが出来たけど、そのほとんどの選手はサッカー以外の仕事もしてるんだよ。
簡単に言うとね。
このスカウトは就職の推薦状みたいなものと思ってもらったらいいかな?
普通は勉強で就職すると思うけど、この場合はサッカーで就職するってこと。
サッカーの能力で職場を得ることが出来るってこと。
分かるかな?」
花と香澄はほぉ~と言いながら、何となく分かった感じだったが、麻耶は頭を抱えていた。
「まぁ、とにかく話だけでも聞いてみな。
あなた達のどういう能力を評価してくれたのかとかの具体的な説明は私よりもしてくれるはずだから。」
麻耶は川島の説明を聞いた後、ハッとして、少し言いづらそうに川島に聞いた。
「…香弥はスカウトされなかったってことですか?」
川島は麻耶を真剣な表情で見つめた。
「うん。そうだね。
GKってのは評価が難しいポジションでね。
香弥は身長がそれ程、大きくない。
もちろん、失点が少なかったのは香弥の的確なコーチングのおかげでもあるけど、そう言った目に見えない能力よりも、派手なセービングだったり、身体能力の方が評価されがちなんだよ。
そういうこともあって、香弥には声がかからなかったよ。」
「…そうですか…」
麻耶は複雑な表情で納得しつつ、川島に返事した。
花と香澄はそんな麻耶を見て、なんと声を掛けたらいいものか分からなかったのだった。
「なんか電話するって、緊張するわ~
香澄ちゃんはどうするの?」
香澄と一緒に帰宅していた花はもらった名刺を見ながら、言葉とは裏腹にウキウキしているようだった。
「私も電話しようと思ってますよ。
花姉さんと同じチームから声がかかってますし。」
香澄は花に寄り添って、言った。
花はそんな香澄の様子を見て、少し意地悪な質問をした。
「…もし、私が断ったら、香澄ちゃんも断ったりするの?」
「いや、そんな事はしませんよ?
こう言っては何ですが、ずっとサッカー続けれるなら、花姉さんは関係ないですよ。
もちろん、花姉さんと同じチームでサッカーしたいとは思ってますが。」
「そうなんだ。ちょっと意外…
てか、そうだよね。
香澄ちゃんもサッカーに関しては真面目だもんね。」
「もう!花姉さん!
サッカー以外の事も私、真面目にやってますよ!」
香澄は頬を膨らませて、怒った様子で花に言った。
花は取り繕うように笑って、香澄に言った。
「あはは~ごめんごめん。
でも、色々考えたら、ちょっと怖くない?
大学行かずにサッカーすると、つぶしが効かなそうというかさ~
サッカーなんて30歳そこらでできなくなるわけだし。」
香澄は笑いながらも、真剣な声色で花に言った。
「…そうかもしれませんね。
でも、私にとって、サッカーって存在意義なんですよね。」
「ん?存在意義って?」
「以前も言ったと思うんですけど、私、普段は暗くて、誰にも目を向けられない性格なんです。
でも、サッカーをしている時だけは私を見てくれる人がいる。
それが私にとって、とても幸せなんです。
だから、私はサッカーをしてないとダメなんです。
例え、どんなにしんどくて辛くても、私はサッカー無しでは存在できないんですよ。」
香澄の覚悟に花は少し不安に思った。
(…私は香澄ちゃんほどの覚悟を持てるかな…)
花が黙っているのを見て、香澄が心配そうに声を掛けた。
「…花姉さん?どうしました?」
「い、いや!香澄ちゃんってすごいなって思って!
私も負けてられないよ~」
「よ、良く分かりませんが、花姉さんも色々考えてるんですね。
素敵です。」
「…なんか最近、適当に褒めるようになってきてない?」
花は半分呆れた顔で突っ込んだのだった。
「…麻耶、あんた、スカウトされたの?」
双子のマヤカヤコンビが電車で帰っていたところに、香弥が麻耶に聞いた。
「げっ!なんで分かったの?」
麻耶はビクッとして、香弥を見つめた。
「双子なんだもん。
分かるよ。そんくらい。」
「…にしても、分かるの早すぎない?
さっき、話聞いたばっかなのに…
ばれるにしても、家帰ってからだと思ってたわ…」
「あんたは分かりやすいのよ。
で、なんかもらったんじゃないの?」
「そんなことまで分かるのか…
双子って怖い…」
麻耶はあまりにも的確に当てられて、ぞくっとしつつ、貰った名刺を香弥に見せた。
「おぉ~すごいじゃん~
聞いたことあるクラブチームじゃん。
良かったね~
あんた、頭悪いし、就職先が見つかって。」
「う、うるさいな!!
もっと言い方があるでしょ!!」
麻耶は口の悪い香弥に強めに突っ込んだ。
香弥が名刺を見つめる中、麻耶は香弥に何かを言いづらそうにモジモジしていた。
「…何?私はどうすんのか聞きたいの?」
「だから、なんでわかんのよ!」
「分かりやすすぎるでしょ。
どうせ、私が選ばれなかったことをちょっと後ろめたく感じてるんでしょ?」
「…まぁ、そういうことなんだけど…」
香弥はため息をついて、麻耶に言った。
「私はあんたと違って、頭いいから、普通に大学行くつもりだよ。
まぁ、うちは4人兄弟で私が長女になるから、バイトしながら通うつもり。
だから、あんたは気にせず、サッカー続けな。」
香弥の言葉を聞いて、余計に後ろめたく感じた麻耶は香弥に聞いた。
「…香弥はサッカー続けないの?」
香弥は再び、大きなため息をついた。
「そんなこと気にしてたの?
うちそんなお金ないのに、ここまでサッカーさせてもらってるだけで、もう十分なんだよ。
だから、あんたは私の分までサッカー楽しみなさい。
そんで、たんまりお金稼いでうちらを楽させてよ。」
麻耶は顔を上げて、決意に満ちた表情で香弥に言った。
「分かった!!
あんたの学費くらい、私が稼いでやるわよ!!」
香弥はニコッと笑った。
「私の分は良いから、弟達の分をよろしく頼むよ。」
続く
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