第41話 決着


「皆、動画見ながらイメージしてね~

 どうやったら、西南FCユースのハイプレッシャーを交わすことが出来るか。

 アドバイスは練習で教えてあげたでしょ~」


 2回戦、前日の夜、大部屋で前回西南FCユースと対戦した動画をフェリアドFCメンバーに見せながら、川島が話していた。


「はい。じゃあ、千里子。

 どうやったらいいと思う?」


 川島は動画を見ている千里子を指名して、聞いた。


「…動きながら、詰めてきた相手に対して、マークをずらしてボールをもらうこと。

 それとワンタッチ目を足元に置くんじゃなくて、動かして、マーカーに引っ付かれないようにすること。」


 千里子は真面目な顔で答えた。


 川島は笑って、うんうんと頷いた。


「その通り。

 その場で止まってたら、相手もプレッシャーに来やすいからね。

 常に動きながら、ボールをもらうことを意識すること。

 トラップも相手のいない方向に動かすこと。

 こういうのは花が得意だね。」


 花は真剣な表情で動画を見つめながら、答えた。


「そうですね。

 ただ、麻衣の場合、動きのフェイントを入れてくるんだよな~

 詰めてきたと思ったら、詰めて来てなくて…

 だから、今度はボールもらう直前まで麻衣の動きを見ながら、判断しようと思ってます。

 詰めて来てなかったら、足元にトラップ。

 詰めて来てたら、逃げるようにボールを動かす。

 そんな感じのイメージを持ってます。」

「うん!そのイメージは大事!

 皆も一緒ね。

 全部が全部、プレッシャーを掛けに来ることは不可能だから、常にマーカーの位置を把握しておくこと。

 いつも言ってるように顔を上げて、プレーすることね。」

「はい!!」


 その後も動画を見て、皆、どうやったら勝てるかをイメージするのであった。




 翌日、いよいよ、西南FCユースとの大一番がやってきた。


「今日は余計なことは言わないでおくね~」


 試合前、川島はいつもとは違った様子で、皆に話しかけていた。


「昨日の晩、皆で話し合ったから、私から言うことはあんまりないの。

 とにかく、楽しんできなさいってだけ。」


 フェリアドFCメンバー一同は決意に満ちた顔をしていた。


 川島はそんなメンバーを見て、ニコッと笑った。


「イメージ通り、動けないことも多いし、ミスも少なからず出ます。

 だけど、これだけは守ってね。

 絶対、下を向かないこと。

 それさえできれば、もっとサッカー楽しくなるよ~

 じゃあ、頑張ってらっしゃい!!」


「はい!!!」




 整列して、お互い握手していく中、花は麻衣と握手した。


「ごめんね。待たせて。」


 花が麻衣に一言言ったが、麻衣は無視した。


 しかし、麻衣の気迫に満ちた表情はこの試合にかける思いを物語っていた。


 花はそれを感じ取って、ぞくっとした。





「…皆知ってた?

 実は去年の全国優勝って、関東の1位なんだよ。」


 律子が円陣を組んで、メンバーに話し始めた。


「てことは今年、関東1位の西南FCユースを倒せば、全国優勝も目に見えてくるってこと。

 これ、燃えてこない?」


 律子はニヤリと笑って、皆に言った。


 皆もそれに応じて、同じように笑った。


「というわけで、今日は決勝戦だと思って、戦おう!!!

 行くぞ!!」

「おぉ!!!!」




 ピィ~~~~~~


 そうして、試合開始のホイッスルが吹かれた。


 前回同様、高いラインでのプレッシャーをかけてくる西南FCユースであったが、フェリアドFCは常に動き回り、マーカーの狙いどころを外していった。


 そのため、前回とは違い、一方的な展開にはならず、フェリアドFCも相手陣地内への侵入がスムーズにできていた。


 しかし、相手は百戦錬磨の西南FCユース、上手くいかないところも皆で声を掛けながら、決定的な場面をフェリアドFCに作らせることは無かった。


 花も麻衣の以前にも増して強いプレッシャーに四苦八苦しているようだった。


 両者、中盤でのボールの取り合いが続き、膠着状態となっていた。




 そんな中、花へとボールが渡った。


 麻衣はあえて、距離を詰めずに花がターンするのを待ったが、花はボールをピタッと足元に収めて、身体だけ反転させて前を向いた。


(…くっ!見えてたの!?)


 この試合初めて、花に前を向かれた麻衣は無理に取りに行こうとすると、抜かれると思い、遅らせるディフェンスを選択した。


 一瞬の麻衣の戸惑いを花は見逃さず、花は麻衣の股を通して、FWの汐音へとパスを出した。


 見事にパスが通り、花はパスを出したと同時に走り出して、汐音とワンツーする形になった。


 背後を取られたものの麻衣も必死で花を掴んで、決して、フリーにはさせなかった。


 花は麻衣に掴まれながらも、汐音のリターンをもらって、倒れこみながら、シュートした。


 シュートは惜しくもポスト横へと外れて、ゴールキックとなった。




「くそ~~!!もうちょいだったのに~!!」


 花が膝をついて、悔しがっていると、麻衣が手を差し伸べた。


 花は麻衣の手を掴んで、身体を起こした。


「ナイスディフェンス!

 麻衣がいなかったら、決めれたのに~」


 花は笑いながら、麻衣に声を掛けて、ポジションに戻って行った。


 麻衣は花の言葉に歯ぎしりした。


(…あんたはいつもそうだ…

 …いつも、楽しそうにサッカーして……)





 麻衣はサッカーが嫌いだ。




 小学校から始めたサッカーだが、入ったチームが厳しく、ミスに対する叱責が多かった。


 そのため、麻衣はいつもミスしないように、怒られないようにビクビクしながら、プレーをしていた。


 才能があったのか、試合には出させてもらっていたり、サッカーが上手いからこそ仲良くしてくれる友達もいたりして、中々やめることが出来ず、ズルズルとサッカーを続けていた。


 そんな中、中学校に上ると、麻衣は衝撃的な出会いをした。


 小谷花という存在だ。


 花は麻衣が今まで見てきた誰よりも上手く、誰よりも楽しそうにサッカーをする少女だった。


 花はミスをしても、常に前を向いて、ひたむきにプレーして、コーチにも口出しする気の強さがあった。


 麻衣は自分とは全く異なる人間と出会って、初めて、嫉妬したのだった。


(…私はこんなにビクビクしてるのに、あんたはなんで、そんな顔でサッカーができるの…?)


 麻衣は初めて、負けたくない人間に出会った。


 自分は周りの人間の後押しだったり、周囲の環境のせいで嫌々やってるのに、楽しそうにしている奴に負けるなんて、惨めでしょうがないと麻衣は思ったのだった。




 しかし、花はドンドンと成長していき、中学2年で全国MVPとなった。


 花との距離が離されていくことを実感していく毎日に、麻衣の心は荒んでいった。


 そして、中学3年生のある日、麻衣は更衣室でたまっていたうっ憤を吐き出したのだった。



「花と一緒にサッカーすんのって、つまんないよね。」



 それから花がサッカーをやめて、麻衣は試合に出れるようになった。


 しかし、麻衣の心が晴れることは無かった。


 むしろ、モヤモヤすることの方が多くなった。


 中学3年で全国ベスト4になった時、チームメイトから麻衣は言われた。


「麻衣のおかげで、楽しかったよ~」


 その言葉は麻衣にとって、屈辱以外の何物でもなかった。



(…花がいれば優勝できたのに、楽しかったって…

 …私はあんた達を楽しませるためだけにサッカーしてるの?)



 気持ちとは裏腹に麻衣はユースへと順調に上がっていき、必死で練習して、ポジションをボランチに変更した。


 何故なら、花と比較されたくなかったからだ。


 そんな思いすら惨めに感じて、高校2年の頃にはもう辞めようと本気で考えていた。


 そんな時にファミレスでジャージを着た花に出会った。



 麻衣は花がサッカーに戻ったことを知って、今までにない気持ちの高ぶりを感じた。



(…まだ、私はあんたに勝つチャンスがあるんだ…!)



 それから、フェリアドFCの事を調べまくった麻衣は、皆がいつでも見れるようにと川島が動画サイトに試合動画をアップしているのを見つけた。


 麻衣は試合動画を何度も何度も見て、花の動きを研究した。


 必ず、いつか花と勝負できる日が来ると、麻衣は確信していたのだ。



(…私は花に勝って…絶対に勝って…

 …勝たないと……私は……!!)




 ピィピィ~~~~~~


 試合はスコアレスのまま、前半終了のホイッスルが吹かれた。


 まさしく一進一退と言った好ゲームが繰り広げられていた。


「オッケーオッケー!!

 負けてないよ!

 行ける行ける!!」


 千里子が大きな声を出して、メンバーを鼓舞していた。


「うん。いい感じだね。

 でも、気を抜いたらダメだよ。

 いつもより運動量の多い戦い方をしてるから、集中を切らすと一気にしんどくなる。

 とにかく、試合に没頭すること。

 アドレナリンでスタミナをカバーする感じね。」


 川島は笑いながらも真剣に皆にアドバイスした。


「はい!!」


 花はドリンクを飲みながら、ふぅと一息ついていた。


「花姉さんは落ち着いてますね。

 なんか頼もしいです。」


 香澄が声を掛けると花はニコッと笑った。


「いや~今日はなんか楽しくて、今年一番楽しいかも~」

「今日1月4日で、今年マジで始まったばっかなんだけど…」


 千里子は普通に突っ込んだのだった。




 そして、後半が始まった。


 後半も膠着状態が続いたが、西南FCユースの攻撃時、麻衣は花のお株を奪うかのようにサイドに流れていった。


(なんで、そこに麻衣がいるの!?)


 左サイドのペナルティエリア手前で麻衣がボールをフリーで持った。


 花が急いで麻衣の方に向かうが、千里子が大きな声でそれを止めた。


「花はそっちマークして!!」


 千里子が麻衣の方へ詰めていき、花はそこをカバーするように戻って行った。


 千里子が麻衣へと向かって行ったところを入れ替わるように麻衣は中へとカットインした。


「やばっ!!」


 麻衣はカバーに入った花に詰め寄られながらも、思い切ってミドルシュートを放った。


 強烈なシュートはゴール右隅へと突き刺さり、西南FCユースが先制点を取ったのだった。




「おし!!!」


 麻衣は珍しく大きなガッツポーズをとった。


 西南FCユースメンバーが喜ぶ中、GK香弥はボールを直ぐに取って、中央へと蹴った。


「切り替え!!今のはしょうがない!!

 まだまだ、行けるよ!!

 声出してこ!!」


 香弥はパンパンと手を叩いて、チームメイトを鼓舞した。


「おぉ!!」


 フェリアドFCは全く、動じる様子もなく、キックオフを直ぐに始めた。




 得点した後も下がることなく、高いラインは保持して、西南FCユースはフェリアドFCに向かって行き、一貫性を持ったサッカーをしていた。


 フェリアドFCも多少運動量は落ちつつも、冷静に対処して、何とか得点を取ろうと動き回っていた。


 しかし、中々得点が奪えずに時間が過ぎていった。


 少し焦り気味になったフェリアドFCは長身の汐音へのロングパスが増えていき、パスがずれて、ボールロストすることが目立ってきた。


(このままじゃ、ダメだ…)


 右SHの知世が強引に縦に突破して、ペナルティエリア手前まで進攻したが、相手に止められて、キープしていた。


 知世は焦って、無理やりクロスを上げようとしたが、花がそれを止めた。


「知世先輩!後ろ!!」


 花が右サイドに流れてきて、知世からボールをもらおうとした。


 知世は一旦花に戻した。


「上げて!!花!!」


 汐音が中央で叫んだ。


 麻衣はセンタリングを上げさせるかと一気に詰めてきた。


 花はダイレクトでセンタリングを上げると見せかけて、左足で身体を開かせてトラップして、華麗に麻衣のプレッシャーをかいくぐった。


「くそっ!!」


 麻衣が追いかけるが、その前に花は直ぐに左足でクロスを上げた。


(…ここならいけるでしょ…!!)


 クロスは汐音の方ではなく、逆サイドへと向かって行った。


 そこを絶妙なタイミングで抜け出した律子がダイレクトでボレーで合わせた。


 GKも触ることが出来ず、ボールはネットへと吸い込まれていった。




「うし!!」


 花はガッツポーズをして、律子の方へと向かって行った。


 汐音、千里子も律子の方へと駆け寄って行った。


「流石、律子先輩!!

 ボレーうますぎでしょ!!」

「いや~結構長い距離走ったから疲れた~

 花も良く見えてたね~

 ナイスボール!!」

「私もいたんだけど…」

「汐音はすげぇマークされてたじゃん!

 あれしかなかったよ!!

 いや、ホントナイッシュー!!」


 4人は抱き合って喜んだ。


 西南FCユースが呆然とする中、麻衣はゴールに入っているボールを拾って、センターへと走って行った。


「取り返すよ!!

 絶対、勝つよ!!!」


 西南FCユースは麻衣の気合の入った声に呼応して、集中した顔つきに戻ったのだった。


「おぉ!!!!」




 試合は終盤に入り、フェリアドFCペースになりかけたが、西南FCユースも譲らず、行ったり来たりのややオープンな展開となっていた。


 両チームともよく走っていたため、運動量が落ちて、マークがずれて、フリーでボールを持つことが多くなってきたのだった。


 しかし、中でも麻衣は運動量が落ちず、花のマークだけでなく、全体をカバーするようにボールを奪っては自ら前へとドリブルするシーンが増えてきた。


 そんな中、高い位置で麻衣がボールを奪って、得意のミドルシュートを打とうとした。


 が、香澄が身体を入れて、麻衣から上手くボールを奪った。


「なっ!!」


 香澄も運動量が全く落ちておらず、二人分のマークをしていたのだった。


「花姉さん!!」


 ボールを奪った香澄は直ぐに花へとパスした。


 花はフリーでボールをもらって、カウンターになった。


 花はスピードに乗って、一気に前へと進んでいった。


 それに応じて両サイドの律子、知世も猛ダッシュで上がって行った。


「花!!」


 汐音が相手を背負いながら、パスを要求した。


 CB二枚が汐音に寄って行ったのを見て、花はそのまま一人でボールを持って行った。


 CBの片割れ、藤田美琴が汐音に引っ張られすぎたと花の方へと急いで寄って行った。


 そして、ファールしてでも止めようと美琴はスライディングして、花のボールを取りに来た。


 花はスピードを落とさず、ボールを浮かして、そのスライディングを見事に交わした。


 そのまま一人で持ち上がって行った花だったが、汐音についていたCB田辺真紀がカバーに入ってきて、ペナルティエリア手前で花に追いついた。


(相変わらず、早すぎでしょ…!!)


 花は一旦、ボールを止めて、チラっと真紀が花に来たことによってフリーになっていた汐音の方を見た。


 真紀が一瞬、汐音のサイドに重心を動かしたと同時に花は逆方向へとダブルタッチで汐音を抜き去った。


 抜いた瞬間に花はシュートを放った。




 シュートはGKの手をかすめて、サイドネットを揺らした。




「はぁはぁ!よっしゃ!!!」


 花はセンターラインからほぼ一人で走り切ったため、ヘロヘロになりながらもガッツポーズをとった。


 すると、汐音、律子、千里子、知世、香澄が寄ってきて、花を皆で抱きしめた。


「やったね!!

 ちょっと、あんたすごすぎるよ!!」

「だから、私もいたんだけど!!

 でも、いいや!!

 よくやった!!」

「うますぎだよ~

 私もダッシュで走ってたのに~」

「花姉さん!!大好き!!」


 フェリアドFC全員がものすごい勢いで喜んでいた。




「まだだ!!

 まだ時間あるよ!!

 早く!!」


 麻衣はGKにボールを要求して、早く試合開始するようにメンバーに促した。


「おぉ!!

 まだいけるよ!!

 最後まで諦めんなよ!!」


 西南FCユースもまだ、全く諦めていなかった。




 その後、西南FCユースが一気に攻勢をかけてきたが、フェリアドFCは焦ることなく、セーフティーに試合を進めた。


 最後に西南FCユースのキャプテン三島結城が苦し紛れのシュートを放ったが、ゴール上を越していった。



 ピッピッピィ~~~~~



 そして、試合終了のホイッスルが吹かれたのだった。


 続く

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