第36話 看病イベント

 

「くそ~~悔しいよ~~」


 決勝戦から1週間が経った日曜日、約束通り、野口の家に来た花はテーブルに突っ伏して、悔しがっていた。


「ま~だ、言ってんのかよ。

 何回も言ってるけど、良くやったって。」


 この1週間何度も聞かされているセリフに野口は呆れているようだった。


「そうは言っても、悔しいもんは悔しいの!」

「でも、ホントあのボランチの子、花の動きをよく捉えれてたよな。

 まるで何回も花とやってるみたいに慣れてる感じだったじゃん。

 対戦相手としては初めてだったんだろ?」

「…そうなんだよね。

 私もちょっと、驚いたもん。

 ていうか、麻衣って中学の時は私と同じトップ下だったし。」

「へぇ~それであんだけディフェンスに特化したボランチになるなんて、相当努力したんだろうな。」


 野口は試合を振り返って、素直に麻衣の事を褒めた。


 花は真剣な表情で頷いた。


「…うん。

 それは試合を通して、伝わってきたよ。

 あんなマジな麻衣を私は見たことが無かった。

 …だから、ちょっと分からなくなっちゃった…」

「分からなくなったって、何が?」


 野口の質問に少しためらいながら、花は答えた。


「…なんで、麻衣が陰口みたいなこと言ったのかなって。

 私、中学の時、麻衣とはそれ程仲良くなかったから分からなかったけど、試合してみると、そんな事言うタイプじゃなさそうなのにって、思ったの。」


 野口は花の言葉を聞いて、う~んと考えた後、花に言った。


「結構前に行ったけど、試合に出れなかったり、上手くいかないことが多かったりすると、心にもないことを言って、自分を慰めることがあるんじゃないか?

 要は中学時代、花の影で埋もれていく自分を慰めたかったんじゃないのかな。

 まぁ、だからと言って、擁護できることではないと思うけどな。」

「ん~~良く分かんないや。

 もういいや~考えたってしょうがないしね~

 なんか別の話しようよ~」

「…お前が言い出したんだろうが…」


 花の急な方向転換に野口は頭を抱えたのだった。




「そうだ!今日はアキの看病しに来たんだった!

 というわけで、看病と言えば、ゼリーだよね!!

 あ~んしてあげるよ~」


 野口は花の唐突な提案に呆れた様子だった。


「ゼリーって…別に風邪ひいてるわけじゃないし、ケガしてるの足だから、普通に食えるし。

 適当すぎやしないか?」

「別にいいじゃん!

 カップルっぽく、あ~んしてみたいんだよ~

 ほら、あ~ん!!」


 野口はしょうがないと目をつむって、口を開けた。


 花は持ってきたパックのゼリーの蓋を開けて、野口の口に入れた。


「はい。吸って~」


 野口は言われるがまま、パックのゼリーを吸った。


 花はウキウキしながら、野口に聞いた。


「どう?おいしい?」


 野口は微妙な顔をして、花に言った。


「…普通、こういう時のゼリーってスプーンで食べるタイプを選ばない?

 いや、うまいんだけどさ。」

「だって、こっちの方が栄養たっぷりなんだもん。」

「まぁ、いいや。

 とりあえず、ご馳走様。」


 野口は一応、花にお礼を言ったのだった。




「足の具合はどうなの?」


 花は自分用に買ってきたアイスを食べながら、野口に聞いた。


 野口は普通そっちをあ~んするだろと思ったが、口には出さずに花に答えた。


「一応、順調に治ってきてるよ。

 まだ、松葉杖はいるけどな。」

「そっか~私、骨折はしたことないから、分かんないんだけど、どんな感じなの?」

「どんな感じって…また、曖昧な…

 俺の場合、足だから、歩きづらいってだけで他は特に支障はないかな。

 あぁ~後、風呂がめっちゃめんどくさい!

 カバーしなきゃならんから、いちいち準備しないといけないんだよな~」

「そうなんだ。やっぱり、大変そうだね。

 私に手伝えることがあったら、何でも言ってよ~」

「あぁ。まぁ、今んとこ大丈夫だから、気にすんなよ。」


 野口は何だかんだ言いつつも心配してくれる花を見て、嬉しく思った。


 花はチラリと野口の勉強机の上に置いてあるノートパソコンを見た。


「暇だし、なんか動画見ようよ。」

「看病イベント短すぎやしないか…

 別にいいんだけど…」


 野口はため息をついて、ノートパソコンをテーブルの上に移動させて、起動させた。


 野口は足に負担がかからないようベッドの上に座っていて、やや前傾姿勢でパソコンを操作していた。


 それを見た花が野口の前に来て、ここぞとばかりに言いだした。


「操作しづらいでしょ?

 私がやってあげるよ~

 看病、看病~」

「…動画見たいって言い出したのは花なんだけどな…」

「もう!アキ、さっきから文句ばっかり言ってるよ~」

「すまんすまん。

 つい、突っ込んじゃうんだよ。」


 野口は頭を掻きながら、花に謝った。


 それならと花は動画サイトを開いて、ある動画を検索し始めた。


「何見るつもりなんだ?」


 野口が嫌な予感がして、花に聞くと、花はニヤリと笑った。


「心霊動画だよ~」

「やっぱりか~」


 野口は何もかもをもう諦めていた。


 そして、花は心霊動画を再生させると、ベッドの上に座っている野口の膝の上に座った。


「お、おい。」

「こんだけくっついてたら、怖くないでしょ?」


 花は野口の顔を至近距離から見つめて、笑って言った。


 野口は頬をポリポリ掻きながら、花を抱きかかえるようにしたのだった。




 花はアイスのスプーンをくわえながら、平気そうに心霊動画を見ていたが、野口はお化けが出る度にビクッと強く花を抱きしめて、怖がっていた。


 しかし、花も急に野口に抱きしめられる度に、違う意味でドキドキしていた。


 一つの心霊動画を見終わった後、ふぅ~と安堵の吐息を漏らした野口が花に言った。


「滅茶苦茶こえぇじゃん!!

 俺やっぱ、ダメだわ~」

「あはは~

 そうだね~結構怖かったね~」


 花は笑いながら、残ったアイスを見て、ふと思いついた。


「アキ、アイスいる?」

「おぉ~ちょうだい。」


 野口はようやく、普通のあ~んがしてもらえると思って、少しテンションが上がった。


「じゃあ、ちょっと待ってね。」


 そう言って、花はアイスを自分の舌の上に乗せた。


「なんで、お前が食うんだよ!」


 野口が当然のツッコミを入れると、花が振り返って、アイスを口に含みながら、野口にキスをした。




 いつもより長めのキスをした後、花はニコッと笑って、野口に聞いた。


「どう?おいしかった?」


 まさか、アイスを口移しされるとは思っていなかった野口は顔を真っ赤にして、花に返事した。


「…大人な味がしました。」


 花は嬉しそうに野口にもたれかかった。


「いや~初めて、口移ししたけど、これはなんかやばいね。

 ドキドキがすごかったよ~」

「花って、結構、積極的だよな。

 俺としては嬉しいんだけど、ここまでされると抑えが効かなくなりそうで怖いんだけど。」

「ん?抑えって、何のこと?」


 野口の自制心を全く、意に介していない花の言葉に野口は呆れて、笑った。


「そこまで清々しいと逆にありがたいわ。

 まぁ、追々な。」




 そうやって、二人がいちゃついてると野口の部屋のドアをノックする音がした。


「花ちゃん来てるんでしょ~

 入るよ~」


 姉、恵子の声に野口はこの状況を見られるのはまずいと、直ぐに止めようとした。


「ちょっと…!」

「どうぞ~」


 野口が止めようとしたのにも関わらず、花は野口にもたれかかった状態で恵子に言った。


 野口が呆然としている中、恵子が入ってきた。


「あっ!昭義!!

 なんてエッチィことしてんのよ!!」

「し、してねぇって!!

 花がくっついてきただけだって!!」

「恵子姐さん久しぶり~」


 恵子が野口に言い寄っている中、花はリラックスした様子で恵子に挨拶した。


 もう何度も野口の家に来ていたため、恵子とも仲良くなっていたのだった。


「久しぶり~花ちゃん~

 昭義にエッチなことされなかった~」

「う~ん…どっちかっていうと、私がしちゃったかも~」

「何それ~花ちゃん肉食系じゃ~ん。」

「あはは~どっちかっていうとそうかも~」


 楽しそうに会話する二人を他所に、野口は頭を抱えていた。


(…俺って、絶対、草食系だよな…)


 続く

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