第35話 東京予選 決勝
「皆~昨日の疲れが残ってると思うから、ちゃんとアップしてね~」
決勝戦当日、試合会場に到着して、川島がフェリアドFCメンバーに準備を促した。
「は~~い。」
皆リラックスした様子で返事をした。
会場では先に3位決定戦が行われていた。
花が黙々と準備をしていると、懐かしい声で声を掛けられた。
「久しぶり~花~」
花が声のする方を見ると、西南FCユースのキャプテン、三島結城(みしま ゆうき)とCBの二人、田辺真紀(たなべ まき)、藤田美琴(ふじた みこと)が歩み寄ってきていた。
「おぉ~お久しぶりです~」
花は嬉しそうな顔で三人に返事した。
花は中学時代、同学年とは上手くいっていなかったが、先輩とはそれなりに仲が良かったのだ。
「いや~花がサッカー辞めたって聞いて、ビックリしてたんだよ~」
「ちょっと色々ありまして~」
「でも、また、サッカー始めたみたいで良かったよ。
しかも、また、一緒にサッカー出来るんだからね。」
「そうですね。私も嬉しいです。」
花は何年かぶりにも関わらず、先輩たちが気軽に話しかけてくれて、何だか嬉しかった。
「とはいっても、今日は対戦相手としてだけどね~
まっ!お互い頑張りましょ~
じゃあね~」
「はい!よろしくお願いします!!」
そうして、3人は西南FCユースの集まるところへと向かって行った。
「…何だか、余裕な感じがして、ムカつくね~」
花と先輩の会話を聞いていた千里子がムッとした顔で花に言った。
「まぁ、関東大会出場は決まってるし、勝っても負けてもって感じなんじゃないですか?
全国常連ですしね~」
花は楽しそうな顔で千里子に言った。
千里子は更にムッとした顔になった。
「花、あんたもまさかそんな風に思ってるんじゃないでしょうね?」
「そんな訳ないじゃん。
むしろ、油断してくれた方がこっちとしてはやりやすいしね。
戦略的な社交辞令ですよ。」
花はクククと笑っていた。
「…戦略的な社交辞令って、なんだよ…」
千里子は呆れた様子で、突っ込んだのだった。
「…親父まで来なくて良かったのに…」
野口は観客席で足を組んで、頬杖を突いていた。
「がはは~何言ってんだよ!
嬢ちゃんの晴れ舞台、俺が見に来ないでどうすんだよ!」
哲男が下品な笑いをして、野口の肩を強く叩いた。
野口はうんざりした様子で、ため息をついた。
「親父はあいつの何なんだよ…」
「そりゃ~ワシが嬢ちゃんを育てたといっても過言ではないからな~」
「いや、過言だよ…はぁ~うるさそうだな~」
野口は訳の分からない哲男の言い分にうなだれるのであった。
「さて、いよいよ決勝だね~
まさか、ここまで来れるとは思ってなかったよ~」
試合前、川島はいつものように笑いながら、皆に言った。
千里子はため息をついて、いつもの突っ込みをした。
「全国に連れてくって言ったのは監督でしょうが~」
「あはは~まぁね~
冗談はさておいて、いつもとは違う連戦の疲れがあるから、疲れた時の対処法も考えれるようにしてね。
いつものようには身体が動かない可能性も考えておくことってことね。」
川島は少し真面目な顔で皆に忠告した。
「しんどくて足が止まった時、どうやって上手くペースダウンするか、それを自分達で考えてみて。
身体が動かなくても、声は出せるし、フィールドを見渡すことくらいはできるでしょ?
だから、どんなにしんどくても顔は必ず上げること。絶対に下を向かないこと。
これだけは忘れないでね。」
皆は真剣な表情で川島の話を聞いていた。
「で、相手の特徴は昨日見たと思うけど、高いラインでのハイプレッシャー。
それをどう攻略するか。
皆、考えて来てると思うから、それを楽しんできて。」
最後に川島はニコッと笑って、皆に言った。
「以上!
それじゃあ、東京で一番になってこようか~」
「はい!!!」
そうして、メンバーはコートに向かったのだった。
整列して、対戦相手との握手を交わす中、花はニヤリと笑って、麻衣と握手した。
「よろしく。麻衣。」
麻衣も小さな声で返事した。
「…よろしく。」
麻衣は睨むような目つきで花を見つめて、過ぎ去っていった。
「正直、私、結構疲れてるけど、全国大会は連戦になるからね。
それを見据えると、監督の言う通り、疲れてる時の動き方ってのをこの際、勉強するつもりで頑張ろう~」
円陣を組んで、律子は笑いながら、話していた。
そして、皆を見回しながら、律子は力強く言った。
「ただし!!もちろん、今日は勝つけどね!!
お~~し!!
それじゃあ、行くぞ!!!」
「おぉ!!!」
ピィ~~~~~
コイントスの結果、ボールはフェリアドFCからで、試合が始まった。
試合開始から、ハイプレッシャーで西南FCユースは襲い掛かってきた。
フェリアドFCはそのプレッシャーから、バックパスが多くなり、DFまで戻って、大きくクリアする形が増えて、中々ボールを相手陣地に持っていくことが出来なかった。
皆、予想はしていたが、いざ、体験してみると、想像以上の圧力に感じてしまったのだった。
花はこの状況を打開しようとボールをもらうが、麻衣に素早く寄せられて、キープはするものの中々前を向くことが出来ず、サイドに散らすことしかできなかった。
(…それなら…!)
「香澄ちゃん!」
花は香澄にボールを要求した。
要求通り、香澄からボールが出た瞬間、麻衣が寄ってきたのを感じた花はワンタッチ目でターンして、麻衣を交わそうとした。
しかし、麻衣は寄ってくると見せかけて、止まっていたのだ。
大きめに出したワンタッチ目のボールと花の間に体を入れられて、麻衣にボールをきれいに取られてしまった。
「くそっ!」
その後もフェリアドFCの防戦一方の展開となってしまっていた。
「…花、研究されてるな…」
野口は試合を見ながら、ボソッと呟いた。
「そうだな~嬢ちゃん、動きが読まれとるな~
相手さんのボランチがマンマーク気味についとるし。」
哲男もうんうんと頷いていた。
「花は基本、寄せてきた相手をワンタッチ目で相手を抜くタイプだからな。
あぉも読まれてると、やりづらいだろうな。」
野口は歯がゆそうに観戦していた。
(…麻衣の奴、寄せて来たり、寄せてこなかったり…やりづらいな…)
花も麻衣の術中にはまっていることを察していた。
どうすれば、と考えている中、DFラインの横パスをカットされて、西南FCユースFWのキャプテン三島に得点を許してしまった。
「おっしゃ~~!!」
西南FCユースが喜ぶ中、律子は全員に声を掛けた。
「ドンマイ!!ドンマイ!!
今は流れ悪いから、セーフティーに行こう!!
切り替えて!!」
「おぉ!!」
フェリアドFCの誰一人、下を向くものはいなかった。
前半は西南FCユースのペースで進んだが、フェリアドFCは何とか、0-1で持ちこたえた。
ハーフタイム、川島は真剣な表情で、皆に言った。
「うん。よく我慢できてる。
サッカーてのは流れがあるから。
我慢してれば、絶対にうちの流れが来る。
その時を狙おう。」
「はい!!」
花はスポーツドリンクを飲みながら、考えていた。
(…どうすれば、麻衣を抜ける…)
そんな花に川島は声を掛けた。
「花。今、どうやったら、あのボランチの子を抜けるか考えてるでしょ?」
花はうなだれながら、答えた。
「疲れてる時に心読まないでくださいよ…」
「あはは~やっぱり。
一応アドバイスしてあげると、ちょっとボランチの子を意識しすぎてるね。
いつもの花なら、もっと全体見てるでしょ?」
花はハッとした顔で川島を見つめた。
川島はニコッと笑って、花に言った。
「うん。分かったみたいだね。
別に花があの子を抜かなくてもいいんだよ。
もっと、自由に動いてみなよ。」
「はい!!」
ピィ~~~~
後半開始のホイッスルが鳴った。
相変わらず高いラインを保ちつつ、攻め込んでくる西南FCユースに苦しむフェリアドFCだった。
香澄が中央で何とかボールを奪って、花を探すと、花は中央ではなく左サイドに向かって走っていた。
「香澄ちゃん!左!」
香澄は要求されるがままに左サイドの律子にボールを渡した。
律子がボールをキープしていると、花が律子の後ろに回り込んで、追い抜かした。
「くっ!ボールは私見る!!」
花を追いかけていた麻衣はボールを持っている律子に詰めて、花のマークをサイドバックに受け渡した。
スムーズな受け渡しに花へとボールを出せないでいた律子は麻衣と対峙する形となった。
「中央!汐音先輩!」
花がサイドに動くことで麻衣がサイドにつられたため、中央の汐音へのパスコースが空いていた。
(なるほど…!)
律子は汐音へとパスを出して、そのまま汐音へと向かって行った。
汐音は相手DFを背負いながら、ボールをキープして、走りこんできた律子に戻した。
律子はダイレクトで左サイドのSB(サイドバック)とCB(センターバック)の間を通した。
そのまま左サイドを走りこんでいた花に通って、この試合初めて、西南FCユースのDFラインを突破した。
花は左サイドを駆け上がり、ペナルティーエリア手前まで持ってきたが、CBの真紀が猛ダッシュでカバーに来て、追いつかれてしまった。
花がシュートの体勢に入って、ボールを軽く前に出した。
真紀はスライディングでそのシュートコースを防ぎに行った。
その瞬間、花はマイナスにボールを出した。
そこに走りこんでいた律子がフリーとなっていて、ダイレクトでシュートを放った。
しかし、後ろから麻衣が滑り込んで、ギリギリのところでシュートを防いで、ボールはゴールの上を越えたのだった。
フェリアドFCの今までで最高の流れだったが、惜しくもゴールを割ることはできなかった。
長い距離を走ったため、息を切らしながら、花は倒れこんでいる真紀に手を差し伸べた。
「はぁ、はぁ…真紀先輩、ちょっと、早すぎやしませんか?」
真紀は花の手を取り、体をぐっと持ち上げて、ユニフォームで汗を拭った。
「はは。今のはやばかったわ。」
二人はニヤリと笑って、ポジションに戻って行った。
一方、麻衣は自分が防いだのにも関わらず、悔しそうな表情で花を睨んでいた。
その後、花が左右のサイドと入れ替わったり、フリーランを多用することでパスコースを生み出して、フェリアドFCは流れを掴んだ。
しかし、あと一歩のところで、中々ゴールを奪うことが出来ず、また、連戦の疲れと走る距離が長くなったこともあり、花は後半の中頃にバテて、交代してしまった。
左サイドハーフの律子も花との連携で入れ替わる動きが多くなり、ヘロヘロになっていたため、交代することとなった。
試合は花と律子が交代した後もフェリアドFCの必死のディフェンスもあって、終盤まで、失点を許さなかったが、最後にFKでFWの結城に見事に決められてしまった。
結果、0-2でフェリアドFCは負けてしまったのだった。
「ありがとうございました!!」
試合後、フェリアドFCのベンチで、西南FCユースが挨拶を行っていた。
挨拶後、交代されたことにムスッとしている花の元に麻衣が近寄ってきた。
「…あと2試合できるんだから、負けないでよ…」
それだけ言い残して、麻衣は去って行った。
花は何のことやら良く分からない顔をしていた。
そんな花を見かねて、川島が笑って花に言った。
「あはは~頑張れば、関東予選と全国大会で2試合できるってことだよ。
あの子も相当な負けず嫌いだね~」
「あぁ~そういうことか。」
花は川島に言われて、ようやく理解したのだった。
理解して、花は笑ったのだった。
(麻衣も楽しみにしてくれてるってことか…
なんか嬉しいかも…)
続く
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