第31話 選手権予選 開始

 

「いよいよ、明日、選手権予選が始まります。」


 フェリアドの練習後のミーティング中、川島はメンバーに真剣な表情で話していた。


「というわけで、今から明日のスタメンを言っときます。」


 メンバー一同は緊張している様子だった。


「GKは香弥、DFは右から栄子(えいこ)、瀬利(せり)、麻耶、里佳子(りかこ)ね。」

「はい!」


 名前を呼ばれた者は返事をして、各々、控えめに喜んでいた。


「MFは右から知世、ボランチに香澄、左は絵里、トップ下は…」


 花はゴクリと息を飲んだ。


「花。FWは汐音と律子ね。」


「はい!!」


 花は大きく返事をして、小さく拳を握った。


「…以上。

 いつも言ってるようにベンチも含めて、メンバー全員で戦っていくから、スタメンじゃない子達もしっかり準備するようにね。

 むしろ、ベンチメンバーの方が試合全体をよく見ることができるから、皆に指示してあげて。

 交代する人も観察した結果を試合に出せるよう、とにかく、全員が試合に集中すること。

 がっかりしてる暇なんてないから、覚悟しててよ~」

「はい!!」


 スタメンに選ばれなかった者も川島の言葉を聞いて、気を引き締めていた。


「じゃあ、今日はゆっくり寝ること!

 明日はとりあえず、楽しみましょう~

 お疲れ様~」


「ありがとうございました!!」


 そうして、選手権前の最後の練習が終わったのだった。




「明日は頼むよ!!花!!

 私がいるんだから、気持ちよく私が入れるようにしといてよ!!」


 ミーティング後、千里子は花の肩を強く叩いて、激励の言葉を送った。


「もちろん!!任せて下さい!!

 千里子先輩もちゃんと準備しといて下さいよ!!」

「おっ、珍しくちゃんと名前呼んでくれたじゃん。」

「私だって、最後くらいはちゃんと呼びますよ~」


 花の適当な返事に千里子は呆れながらも、笑って花に言った。


「明日が最後みたいに言わないでよ…

 …まぁ、可能性が無くはないからね。

 最後にならないよう頑張るぞ!!」


 千里子の様子を見て、花は考えなしに「最後」と言ってしまったことを少し後悔した。


 しかし、花は笑って、千里子に返事した。


「はい!!

 目指すは優勝だから、まだまだ、千里子先輩が受験に失敗するくらいまで、長く頑張りますよ!!」

「あんたは一言多いんだよ!!」


 千里子は慣れた様子で花に突っ込んだのだった。




 その日の晩、流石に公園練習はせずに早目にベッドについた花は緊張しているのか、中々寝付けないでいた。


(…明日、負けたら、先輩達とは最後になっちゃうのか…)


 すると、携帯がブブブと震えた。


 花が携帯を手にすると、野口からメールが届いていた。


「いよいよ、明日だな。

 どうせ、ワクワクして寝れないんだろうけど、早く寝ろよ~

 とにかく、頑張ってな~

 お休み~」


 花はフフッと笑って、少し悩んでから、野口に返答のメールを送った。


「今、電話してもいい?」


 メールを送った数分後くらいに、再び、携帯が震えて、花が携帯を見ると、野口からの着信だった。


「もしもし?」

「おぉ~お疲れ~

 やっぱり、寝れてないんだな~」


 電話越しに野口の声を聞くと、何故か安心して、自然と笑顔になる花だった。


「まぁね~

 ちょっと聞いてほしいことがあってさ~」

「ん?もしかして、緊張してるのか?

 らしくない。」

「らしくないって、私だって、緊張することくらいあるよ~」

「あはは。そりゃそうだよな。

 久しぶりの公式戦だしな。」

「まぁ、それもあるんだけど…」


 花はゴロっと体勢を変えて、少しだけ真面目な表情になった。


「…もしかしたら、明日が先輩達とサッカー出来る最後かもしれないとか思っちゃってさ。

 絶対、先輩たちのためにも勝たなきゃって、ちょっと緊張しちゃってるんだよ。」

「…なるほどな。

 花にしてはちゃんと考えてるんだな。」

「…アキ、明日、試合なのに喧嘩したいの?」


 花は笑顔ながらも、怒ったふりをして野口に言った。


「冗談だって!

 でも、気持ちは分かるよ。

 俺も1年から試合に出させてもらって、去年も似たような感じだったしな。」

「そうだよね。

 アキもやっぱり緊張したの?」

「そりゃ、それなりにな。

 でも、俺の場合、先輩どうのこうのはあんまり考えなかったかな?」

「そうなの?」

「あぁ。だって、高校なりたてで、まだそんなに付き合いがあった訳でもなかったし。」

「そっか~

 私は丁度1年間一緒にいたから、先輩の事とかめっちゃ好きなんだよね~

 しかも、フェリアドの先輩にとって、これが最初で最後の公式戦になるから、余計にね~

 考えちゃうんだよ~」


 花は目をつむって、足をバタバタさせながら、話した。


「早々に負けちゃったら、最後まで公式戦に出れない先輩も出てくるかもしれないし、何より、先輩とサッカー出来なくなると思うとさ~

 怖いんだよね~」


 野口は考えているのか、しばらく、返答がなかった。


「アキ?どしたの?」


 花が返答がないので、ムクリと体を起こして、野口に聞いた。


 すると、野口から返答が返ってきた。


「花って、誰のためにサッカーしてる?」

「えっ?誰のためって…」


 花は野口の質問にう~んと悩んで、答えられなかった。


「俺は自分のためだけにサッカーしてるよ。

 自分が勝負してる相手に勝ちたいからってだけでサッカーしてる。

 だから、正直、先輩のために勝ちたいって気持ちは俺には良く分かんないんだ。」


 花は野口の言葉を黙って、聞いていた。


「すげぇ極端かもしんないけど、サッカーしてる時に先輩の事とか考えてる暇とかなくない?

 結果として、負けて先輩とサッカー出来なくなるかもだけど、それはそん時に考えることじゃないかなと俺は思ってる。

 まぁ、モチベーションの持ち方なんて、人それぞれだけどさ。

 だから、俺が緊張するとしたら、上手くプレーできるかな~とか相手強いかな~とか当たり前の緊張しかできないんだよな~」


 電話越しではあるが、花には野口が笑っているように感じた。


「結局、サッカーしてる時はどうやったら勝てるかしか考えられなくなるんだからさ。

 それが楽しくてサッカーしてるんだろ?

 要は先輩とのあれこれってのは、今、考えることじゃなくて、今は明日の試合を楽しみにしとけってことを言いたかったんだよ。」


 野口の話を聞いて、花は起こしていた身体をボスンとベッドに倒した。


「うん…そうだね…

 ありがと~長い話だったから、ちょっと眠くなれたよ~」

「…ちゃんと聞いてた?

 そんな校長先生の話みたいなリアクションされるのは嫌なんだけど…」


 花は笑って、野口に言った。


「あはは。でも、ホントにありがと…

 電話してよかった…

 明日、頑張るね…」

「おう。頑張れ。

 じゃあ、お休み。」

「…お休み。」


 そして、しばらくどちらが切るかどうかのお約束はなく、花が本当に眠くなってきたので、花の方から電話を切って、眠りについたのだった。




 試合当日、フェリアドFCは試合会場となる人工芝のコートへとやってきた。


「おぉ~滅茶苦茶きれいな芝だ~」


 花は嬉しそうな顔で人工芝のコートを眺めていた。


 一方、他のメンバーはいつもとは異なる公式試合独特の雰囲気に戸惑っている様子だった。


 その中でも律子、汐音、千里子、香澄はリラックスしているようで、淡々と準備を行っていた。


「香澄ちゃんは意外と緊張してないんだね?」


 花が一緒にアップをしていた香澄に聞いた。


「はい!私は花姉さんとサッカー出来れば、それだけでいいので!!」


 花は苦笑いしながら、やっぱりかと納得した様子だった。


 そして、試合の開始時間は刻一刻と近づいて行った。




「スタメンは昨日言った通りね~

 じゃあ、楽しんでらっしゃいな~」


 川島は試合前に笑いながら、物凄く適当な説明をした。


「えぇ~なんか相手の特徴とか弱点とか、こういうプレーしろとかもっとないんですか~」


 千里子が思わず、川島に文句を言った。


「あはは~1回戦の相手の情報なんて、持ってないし~

 それに戦術は練習で嫌って程、教えてるでしょ~」

「いや、それはそうかもだけど、初めての公式戦で緊張してる子もいるんだしさ~」

「そりゃ、緊張するに決まってるじゃん。

 初めてなんだから。」

「…監督、真面目にする気あります?」


 千里子は川島の適当な態度にムッとして、言ってやった。


 川島はなおも余裕の笑顔で千里子に答えた。


「大真面目だよ~当たり前じゃん~

 でも、千里子みたいに緊張してない子達もいるでしょ?

 顔を見れば分かるよ~

 その子達が何をすればいいかを分かってるくらいはさ。」


 川島はニヤッとして、皆に言った。


「まぁ、1回戦なんて勝つに決まってるから。

 それくらい皆の事、信じてるってこと。

 だから、私から言えることは一つだけ。

 楽しんできなさい!!」


「はい!!」


 川島の言葉を聞いて、皆は少しだけ緊張がほぐれたのか、元気に返事したのだった。




 コイントスの結果、試合は相手ボールからの開始となった。


 そして、コートに入ったフェリアドFCは円陣を組んで、キャプテンの律子が一言話した。


「まぁ、監督はいつも通りあれだからさ。

 私達で考えてプレーしろってことだよ。

 緊張してる子もいると思うけど、どうせミスなんてするもんなんだから、絶対に下を向かないこと。

 それだけは忘れないでプレーしよう。」


 律子の言葉に皆が頷いた。


 そして、律子が号令をかけた。


「いくぞ!!」


「おぉ!!!!」


 試合開始直前、花は律子、汐音、香澄に声を掛けた。


「あのさ。多分、この4人が一番緊張してないと思うから、皆の緊張をほぐすように開始から4人で一気にプレッシャーかけに行かない?」

「いいね。それ。オッケー!」

「了解。」

「分かりました!花姉さん!!」




 ピィ~~~~~




 試合開始のホイッスルの後、相手はボランチにバックパスをした。


 そこを汐音と律子が全力でプレッシャーをかけにいった。


 二人にいきなり詰め寄られて、慌てたボランチは相手左SBにパスを出した。


 そこを右サイドハーフの知世ではなく、花が全力疾走でプレッシャーをかけにいった。


 相手は中央の花がサイドに移動したことによって空いた中央のスペースに苦し紛れにパスを出した。


 そこを香澄が読んで、ボールをカットした。


「香澄ちゃん!!」


 花はパスカットされた相手の裏を抜けようと、香澄にボールを要求した。


 香澄は花の要求通り、相手左SBとCBのギャップを抜いて、花へとボールを出した。


 見事にそのスルーパスが決まり、花はGKと1対1となった。


 相手GKは直ぐに花に詰め寄ったが、花は冷静にループシュートを打った。


 そのボールはきれいな弧を描いて、ゴールへと吸い込まれていった。



 ピィピィ~~~



 そうして、開始1分も経たない内にフェリアドFCは先制点を獲得した。


「よし!!狙い通り!!」


 花は拳を握ってガッツポーズした。


「ナイッシュ~花~」

「よくやった!!

 もう一点、もう一点!!」


 ベンチメンバーは早速の先取点に喜び、はしゃいでいた。


 そして、余裕の表情を浮かべた花、汐音、律子、香澄の4人はハイタッチを交わした


「いや~これまた上手いこと決まったね~」

「私も空いてたんだけど…」

「ははは~ごめん。汐音先輩。

 お先です~」

「流石!!花姉さん!!美しいシュートでした!!」


 いきなりの先取点にぽか~んとした他のメンバーに対して、律子は大きな声を掛けた。


「皆、まだまだ行くよ!!

 声出してこ!!」

「おぉ~~~!!」


 すっかり、緊張のほぐれたメンバーを見て、実は川島が一番ホッとしていたのだった。




 試合は8-0のフェリアドの圧勝で終わった。


 気付けば、花はハットトリックを達成していた。


「皆、お疲れ~

 だから、言ったでしょ~

 大丈夫だって~」


 川島は余裕の笑顔で皆に言った。


「そんなこと言って、監督が絶対、一番安心してるくせに~」

「まぁ、安心してないと言えば、嘘になるね。」


 川島の言葉に皆、楽しそうに笑っていた。


「…と言っても、まだ1回戦です。

 まだまだ道は長いです。

 今日で公式戦の雰囲気になれてくれたと思うけど、これからもっと厳しい戦いが続きます。

 だから、気を抜いちゃダメ。」


 川島は皆を引き締めるように真面目な表情で言った。


 そして、最後に川島は笑って、言った。


「とりあえず、今日は皆よく頑張った!!

 おめでとう!!

 明日からまた頑張りましょ~!!

 以上!!」


「ありがとうございました!!」




「…またフルで出れなかった~」


 花は帰り支度をしながら、悔しそうにしていた。


「はっはっは~今日は初めから飛ばしてたもんね~

 おかげで私も2G1Aさせてもらえたわ~

 これなら、次は私がスタメンかな~」


 千里子は満足気に花に言った。


「そんなの私だって、ハットトリックしたんだから、次も私がスタメンですよ~」

「はは~いつだって私がいるんだから、今日みたいに全力を出していいってことだよ。

 その方が私の出る時間が長くなるし~」


 千里子の何気ない一言が花にとって、無性に頼りに感じた。


(そっか。私がダメでも千里子先輩がいるもんな…)


 花は何だかムズムズして、笑って千里子に言った。


「今度こそ、フルで出てみせますよ!!

 チコ先輩!!」


「惜しい!!「リ」が足りない!!」


 続く

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