第28話 「野口別れさせ隊」解散

 

「ちわっす!!小谷先輩!!」


 「野口別れさせ隊」結成から、1カ月程たった頃、新田はBOCAのコサルにやって来て、花に元気よく挨拶した。


「おぉ~また来たね~

 いつも元気だね~新田君は~」


 コートで柔軟体操していた花は慣れた様子で新田に挨拶した。


 その横にはムッとした顔の野口がいた。


「…だから、お前はなんでいつも花にだけ挨拶すんだよ…

 俺にも挨拶しろよ。

 てか、順番的には俺に先に挨拶するのが普通だろうが…」

「あ、いたんすか?

 野口先輩。ちわす。

 それより、小谷先輩。

 この前のレアルの試合見ました?」


 新田は愛想無く野口に挨拶して、直ぐに花に話しかけた。


 野口は拳を握りしめて、今にも殴り掛かりそうだった。


「す、すみません。野口先輩。

 いつも太一が失礼な態度とっちゃって。」


 新田と一緒に来ていた菅原がすぐに野口に謝った。


 野口はため息をついて、菅原に言った。


「…まぁ、もう慣れたけど、ムカつくもんだな。

 啓太も大変だな。

 こんな奴のお守りばっかりで。」

「ははは。まぁ、僕も慣れましたよ。

 不本意ながら…

 でも、野口先輩とフットサルできるのは楽しいんで、それだけは感謝してますけどね。」

「ホント、啓太はいい奴だよな~

 太一の後だと、感動すら覚えるわ。」

「そこまでですか。

 太一がよっぽどってことですね。」


 野口は新田とは仲良くできていないが、代わりに菅原とはかなり仲良くなっていたのだった。




「じゃあ、コサルの人集まってくださ~い。」


 そうこうしている内にコサルが始まった。


 もちろん、新田はわざと野口とは別のチームになるように並び、早速、対戦することになった。


 花は野口と新田とも別チームになっていた。


「小谷先輩!!見てて下さいよ!!

 今度こそ、野口先輩をぶち抜いてみせますから!!」


 新田は花に向かって、意気揚々と言った。


「あはは~まぁ精々頑張んなぁ~」


 花は余裕そうな顔で笑って、新田に手を振った。

 そして、花は野口に向かって言った。


「アキも負けんなよ~

 抜かれたら、ジュースねぇ~」

「なんでだよ!

 素直に俺も応援しろよな~」


 野口はうんざりした顔をした。


 そして、試合が始まった。




 新田はボールを持つと、積極的に野口に仕掛けていったが、その前に野口と同じチームに入っていた菅原が新田を阻止する形でボールを取りに来た。


 菅原に寄せられた新田は上手く抜け切ることが出来ず、菅原が寄せることで空いたスペースにパスを出した。


 そこを読んでいた野口が見事にパスカットして、そのままフリーでシュートを決めた。


 新田は怒った様子で菅原に詰め寄った。


「いつもいつも邪魔すんなよ!!啓太!!」


 菅原は呆れた様子で、菅原に言った。


「だって、お前、絶対に野口先輩の方に行くじゃん。

 それを利用しない手はないよ。

 分かりやすすぎるんだって。

 ちょっとはフェイク入れるなりしないと。」

「うるせぇな~

 分かったよ!!今度は野口先輩の方には行かねぇよ!!」


 新田は悔しがりながらも、菅原の言葉に反論はしなかった。


 そして、試合が再開され、再び、新田がボールを持つと、性懲りもなく、また野口の方へとドリブルしていった。


 それをまた読んでいた菅原が横からボールをかっさらって、一旦、落ち着かせるため、バックパスした。


「なんで分かったんだよ!!啓太!!」

「だから、分かりやすすぎるんだって。

 言葉のフェイントじゃなくて、動きのフェイントを入れろよ…」


 野口はそんな二人を見て、いいコンビだなと素直に感心していた。


 外から見ていた花は楽しそうに笑っていたのだった。




「…結局、一回も抜けなかったじゃねぇか…」


 コサル終了後、BOCAの休憩所で新田はうなだれていた。


「まぁでも、俺らチーム相手じゃない時は結構、点とってたじゃん。

 とりあえず、それで我慢しとけよ。」


 菅原がなだめるように新田に言った。

 しかし、新田は納得していない様子だった。


「俺も何度かやばかったしな。

 啓太のアドバイス聞いて、ちゃんとフェイク入れるようになったから、正直読みづらかったし。

 太一って、啓太の言うことはちゃんと聞くよな?」


 野口も正直な感想をスポーツドリンクを飲みながら、新田に言った。


 新田はぷいっとそっぽを向いて、拗ねた様子で野口に答えた。


「…啓太は間違ったこと言わねぇもん…」


 野口は新田の様子を見て、吹き出した。


「あはは。お前らって、いいコンビだよな。」


 横にいた花もうんうんと唸っていた。


「そうだよね~

 新田君はガンガン仕掛けるタイプのFWで、菅原君は守備はもちろんだけど、全体を見る能力が高いパサータイプで、二人の相性ってかなりいいよね。

 同じチームだったら、アキも危うかったんじゃないのかな?」


 そんな花の言葉を聞いて、少し面食らった菅原が思わず言ってしまった。


「…小谷先輩って…実は結構賢いんですね…」

「え~と、これはひょっとして、バカにされてるのかな?」


 花は笑ってはいるものの少し怒った様子で、菅原を睨んだ。


「違います、違います!!

 すごい冷静な分析してるなと思って、びっくりしたんです!!

 流石だなと!!」


 菅原が慌てて、言い繕った。


「花はサッカーの知識に関してはすごい良く知ってるぞ。

 いい監督に恵まれてるしな。

 俺より博識なんじゃないかな?」

「アキったら~そんな褒めても何も出ないよ~」

「それ以外の知識がどうかは知らないけどな。」

「こらこら。アキ君。

 1年生の前で怒らせないでね~」


 そんな二人のやり取りを見て、新田はより一層拗ねるのだった。




 その帰り道、野口、新田、菅原の3人は花を家まで一緒に送っていた。


「流石にこの人数だったら、安心だわ~

 皆、ありがとね~」

「いえ!!男が女を送るなんて当たり前の事っすよ!!」


 新田が花に元気よく言った。


 そうして、歩いていると新田が花の家の前の公園を見つけて、ニヤリとした。


「伊藤先輩から聞いたんすけど、小谷先輩と野口先輩って、二人でこの公園で練習してるんすよね?

 俺らも混ぜて下さいよ!!」

「えっ?」


 花と野口は何故か驚いて、立ち止まってしまった。


 菅原はいきなりの新田の提案に呆れた顔でもう止まらないなと諦めていた。


「二人だけだと、大した練習できないじゃないっすか!

 4人になったら、いろんな練習できるし、どうっすか?」


 新田はウキウキした顔をしていた。



 野口は新田の言う通りだとは常々、思っていた。


 しかし、本音では公園練習だけは二人きりでやりたかった。


 だから、野口は新田の言葉に何も言えないでいた。



「ごめん。新田君。

 かなり夜遅くまでやるし、あんまりうるさくしたらダメなんだよ~

 だから、ごめんね~」


 花が手を合わせて、新田に謝った。


 新田は笑いながらも明らかに気落ちした様子で花に言った。


「そ、そっすか…」


 その様子を見て、菅原がしょうがないとため息をついて、誤魔化し気味に笑って言った。


「そうですよね~

 ただでさえ太一はうるさいのに、迷惑ですよね~

 でも、コサルはまた参加させてもらいますね!」


 新田も顔を上げて、笑って言った。


「そ、そうだよな!!

 また、コサルにはじゃんじゃん来るんでよろしくっす!!

 野口先輩も覚悟しとけよ!!」

「その声がうるさいって言ってるんだよ!

 てか、野口先輩に対して、もうため口になってから!

 じゃあ、僕ら先帰りますね~

 お疲れ様です~」


 そう言って、菅原は自転車に乗って花の家とは逆方向に走り出して行った。


「お、おい!!

 置いてくなって!!」


 その後ろを挨拶もせず、新田も自転車で追いかけたのだった。




「…ちょっと、話してこっか?」


 野口と二人きりになった花は公園を指さして、野口に提案した。


 新田の提案から、ずっとぼ~としていた野口がハッとして、慌てて花に答えた。


「お、おう!そうだな。」


 そして、二人は公園のベンチに座った。




「…アキの今考えてる事、当ててあげよっか?」


 花が足をブラブラさせて、ニヤニヤしながら、野口に言った。


 野口はギクッとして、心を読まれないよう、そっぽを向き、吹けない口笛を吹いた。


「アキ、4人の練習の方が絶対効率がいいのに、自分が二人きりでやりたいからって、断るのはどうなのかな~って思ってるのでしょ?」


 野口は顔を真っ赤にして、両手で顔を隠した。


「…その通りです…

 …本気でサッカー上手くなりたいんだったら、絶対4人の方がいいのになと…」


 野口の様子を見て、花は吹き出した。


「あはは~やっぱり~

 アキも案外分かりやすいよね~」


 野口は何も言い返すことが出来なくて、ため息をついた。


 そして、気になっていたことを野口は花に聞いた。


「…花は良かったのか?

 …このまま二人の練習でも。」

「うん!全然いいよ!

 むしろそれ以外は考えられないね!」


 花は胸を張って、即答した。


「だってさ。

 別にサッカーの技術面に関しては、ちゃんとフェリアドで教えてもらってるし、アキだって、部活で教えられてるでしょ?

 公園練習ではメンタル面を鍛えてるんだよ!」

「メンタル面って?

 そんな練習してるっけかな?」


 野口は不思議そうな顔をした。


 花は笑って、話を続けた。


「してるよ~

 アキと二人だけの時間を過ごすと気持ちが高ぶるっていうか、安心するっていうか、そういう気持ち的なとこが整ってくるんだよ~

 だから、他の人と公園練習するなんて、嫌なんだ~」


 花の言葉を聞いて、嬉しくなって、野口も笑った。


「ホントに花はすごいな。

 ホント…そういうとこは大好きだわ。」


 花は野口を見つめて、優しく言った。


「ありがと。

 私もアキのそういう私の事で悩んでくれるところ、大好きだよ。」


 そうして、見つめ合った二人は優しくキスをしたのだった。




「…ついでだから、思ってる事言っとこうかな。」


 二人寄り添って、ベンチに座っているところに野口が言い出した。


「なによ、急に?

 なんか怖いんだけど?」

「ははは。そんなんじゃないって。

 ただ、俺が情けないってだけの話だよ。」


 野口は笑って、花を見つめながら、話した。


「実はさ、花が太一と話してるの見るとちょっとイラッてしてるんだよ。」

「えぇ~何故に太一君?

 良く分かんないんだけど?」


 花は本当に分かってないような顔をしていた。


 そんな花を見て、少し呆れながらも話を続けた。


「まぁ、何だ…

 花が他の奴に取られるのが嫌なんだよ。

 だから、明らかに花に好意を寄せてる男と話してるところ見ると、焦っちゃうんだよ。

 そいつの事、俺より好きになるんじゃないかってさ。

 要は嫉妬してるってことだよ。

 情けないだろ?」


 花はん~~と考えてから、恥ずかしそうに野口に言った。


「…それ言ったら、私も他の人にアッキーとか呼ばれてたり、香澄ちゃんと仲良くしてたりするとイラッとしてるよ?」

「えぇ~そうだったんだ!

 そんなこと思ってたなんて、ちょっと意外だったわ。」


 野口は普通に驚いていた。


「まぁ、彼女になってからは逆に優越感というか、そういうのを感じるようになったけどね。」

「…そういうとこは想像通りだわ。」


 野口は苦笑いした。


「でも、アキって基本的に怒んないというか、イライラすることも少なそうなのにね。」


 花は何とはなしに野口に言った。


 野口は花の言葉を聞いて、即答した。


「それくらい、花の事が好きになっちゃったってことだよ。」


 花はどうしてか、さっきよりもすごく恥ずかしくなって、顔を赤くした。


 野口はそんな花を見て、フッと笑った。


「でもさぁ~高校生の内に付き合って、結婚まで行くってほとんどないって聞くじゃん?

 だから、どっかでいつか別れることがあるのかなとか思っちゃってるわけよ。

 基本、俺ってネガティブだからさ。」


 花は恥ずかしくなったことを誤魔化すようにおどけた顔で野口に言った。


「私の事、捨てちゃうの?」

「さっき、キスしたばっかで別れ話するって、人格やばいだろ。」


 野口は花に突っ込んだ。


 そして、二人は声を出して、笑った。


 野口は笑いが収まった後、花に言った。


「まぁ、ネガティブなのもダメだから、俺は俺でとにかく今を楽しむことにしてるよ。」


 花は少し悩んだ様子を見せてから、上目使いで野口を見つめた。


「…将来の事、期待しちゃダメ?」


 野口は思わず、花にキスしようとした。


 すると、花は口に手を当てて、それを防いだ。


「キスは一日一回って決めてるの!」


 野口は面を食らったが、吹き出して笑った。


「あはは。ゲームみたいに言うなよ。」


 そして、野口が油断した瞬間、花が野口にキスをした。


 野口が不意を突かれて、戸惑っていると花が言った。


「…これは昨日してないから、昨日の分…」 


 こんな感じで、この二人は二人きりになると異常にイチャイチャしだすのだった。




「昨日、告白して、振られました。

 なので、「野口別れさせ隊」は解散します。」


 翌日の昼休み、新田が加奈、谷、菅、菅原を食堂に呼んで、唐突な報告をした。


「えっ!!マジで!?

 俺も知らなかったんだけど!!

 てか、いつしたの?」


 菅原は驚いて、新田に聞いた。


「昨日の夜。メールで。」


 新田は感情のないロボットのような口調で、菅原に答えた。


 谷と菅は驚いて、声も出ない様子だった。


 加奈も驚いていたが、むしろ、申し訳なさそうな感じだった。


「…えぇ~と…こんな早く告白すると思ってなかったよ…

 なんか、ごめんね?

 急かすようなことしちゃって…」


 新田はフッと遠くを見るような目で、加奈に答えた。


「いいんすよ。そんな気を遣わなくても。

 所詮、俺なんてこんなもんなんですよ…」


 自暴自棄になっている様子の新田を見て、加奈は慰めるように聞いた。


「いやいや、新田君は悪くないと思うよ?

 てか、なんでこんな急に告白したの?」


 新田は拗ねた様子で加奈に答えた。


「…昨日、コサルに行ったんすよ…

 そんで、帰りに公園練習に俺らも参加させてって聞いたら、小谷先輩から、ダメって言われたんす…

 そんな先輩見てたら、もうこれ以上やっても距離縮まらないかなって思って…

 男らしく、最後はちゃんと気持ち伝えて終わりたかったんすよ…

 それだけっす…」


 新田の正直な気持ちを聞いて、皆黙ってしまった。


 菅原ですら、掛ける言葉が見つからなかった。


 すると、責任を感じた加奈が新田をフォローした。


「だ、大丈夫だよ!新田君!!

 女の子なんて他にもたくさんいるしさ!

 それに新田君、カッコいいし、サッカーも上手いしで、絶対、他にいい人見つかるって!!」


 新田は俯いていた顔を上げて、加奈を見つめた。


「…俺、そんなカッコいいすか?

 てか、伊藤先輩も可愛いっすよね?」

「えっ?」


 加奈は思わず、たじろいだ。

 新田は身を乗り出して、急に加奈に詰め寄った。


「伊藤先輩って、何が好きなんすか?

 どんな男がタイプっすか?

 好きな食べ物は?」

「えぇ~~と…あれ~ちょっと皆~他にフォローの言葉は~?」


 戸惑っている加奈に谷が冷静に言った。


「…まぁ、しょうがないんじゃないか…

 人の気持ちなんてそんなもんだろ。

 それに案外お似合いだと思うぞ。」

「えぇ~」


 更に菅も加奈に笑いながら、言った。


「はっはっは~人を呪わばなんちゃらってやつだな~」

「えぇ~」


 菅原さえも諦めた様子で加奈に言った。


「…太一は熱しやすく冷めやすいタイプなんです…

 …諦めて下さい…」

「菅原君まで!?マジでぇ~!?」

「伊藤先輩ってば、教えて下さいよ~」


 そうして、加奈の結成した「野口別れさせ隊」はそうそうに解散したのだった。


 続く

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