第22話 すれ違いの結末

 

「おっす!!あけおめ!!」


 来たる1月3日の夜中、いつもの公園にて、厚手のベンチコートを着て、雪だるまのような防寒対策完璧な恰好で花が自転車でやってきた野口に元気よく挨拶した。


「おす。あけおめ。

 てか、お前、すごい格好だな~」


 野口も暖かい恰好はしてきたが、ジャージを重ね着して、ネックウォーマーを付ける程度で、花ほどではなかった。


「いや~今日は話長くなるかな~って思って。」

「…そういうところはホント隠さないというか、なんというか…」


 野口は呆れながらも、笑っていた。


 野口はとりあえず、自転車を止めて、カバンから小さな箱を取り出した。


「とりあえず、これお土産。

 もみじ饅頭。」

「おぉ~広島っぽい!!

 サンキュー。一緒に食べながら、話そっか。」

「お土産なんだが…まぁ、いいか。」


 そう言って、二人はベンチに座った。




 しばらく、二人でもみじ饅頭を食べながら、少し沈黙が続いた。


 二人ともいつも通りにしようと考えていたものの、やはり気まずさは隠せなかった。


 意を決して、花がその沈黙を破った。


「…この前はごめん!!

 …なんか、自分の考えを押し付けちゃうようなこと言っちゃって!!」

「いやいや、なんでお前が謝るんだよ!!

 俺が悪かったんだって!!」


「いや、私が…」

「いや、俺が…」


 二人して、ベンチに座りながら、謝り合った。


 二人はまるでシーソーのように頭を上げ下げしていたのだった。


 このままでは埒が明かないと、花が手を野口の口に押し付けた。


「ちょっと待って!!

 …私から話していい?」


 野口は口に手を当てられたまま、頭だけ頷いた。


 そうして、花は手を元に戻して、話し始めた。


「…あのさ。

 あの時、あんなに野口のこと問い詰めたのはさ…

 私が野口の事、もっと知りたかったからなんだよ。

 野口がいつもどんなことを感じながら、サッカーしてるのかなって…」


 野口は真剣な表情で、黙って花の話を聞いていた。


「正直、私と野口とではサッカーに対する気持ちが違うって分かってる。

 …だからこそなのかな?

 すんごく知りたくなったの。野口の気持ちが。

 …同じ思いにはなれないけど、共有はしたかったというか…

 …結局、押し付けるような言い方になっちゃって、ホントにごめん!!」


 最後に花は頭を下げて、両手をパンと野口の前で合わせて、謝った。


 野口は何か気恥ずかしくなって、顔を赤くしてしまった。


 しばらく、野口は顔を花に見せまいと後ろを向いて、一旦、気持ちを落ち着かせた。


 そして、再び、花の方を向いて、真面目な表情で話した。


「…俺って、普段あんまり本気で怒んないじゃん?

 なのに、あん時、なんであんなにイライラしたんだろって、あれからずっと考えてたんだよ。

 一人でさ…」


 野口は笑って、花に聞いた。


「初めて小谷が俺に言ったこと、覚えてる?」


 花は野口を見て、すぐさま答えた。


「覚えてるに決まってるじゃん!

 だから、あれも謝ってるじゃん!!」

「ははは。そうじゃなくてさ。

 「ドMで根暗」って、まぁ、ドMの方は置いといて、根暗っては正直、自分でもそう思っててビックリしたんだよ。

 良く分かったなって。」

「そうかな?

 あれから野口と結構長い間、話してるけど、根暗って感じしないけどな~」


 花は納得のいっていない顔をした。


 野口は笑いながらも、少し真剣な表情に戻って、花に言った。


「俺さ。実はサッカーで負けた時とかでも自分のせいで負けてない時って、全然、悔しくないんだよ。

 例えば、俺とは関係ないところで点を取られて負けた時とかさ。

 表向きは悔しい風を装うんだけどな。

 自分は負けてなかったとか、自分は上手くやったとか、思うんだけど、性格上、別に誰かのせいにするわけでもないから、そういう時っていつもしょうがないって思うだけなんだ。」


 野口は夜空に浮かぶ月を見上げた。


「…でも、帰ってから思うんだよ。

 こんな中途半端な気持ちでサッカーが上手くなるわけないって…

 誰にも勝てないって…

 帰ってからネチネチ考えるんだよ。

 気持ち悪いだろ?」

「…別に気持ちは悪くないけど、あんまり私はそういう気持ちにはなったことは無いかな。」


 花は野口の横顔を見ながら、正直に自分の気持ちを話した。


 野口は自嘲気味に笑って、花の方を向いて、話を続けた。


「…逆に自分のせいで負けた時は悔しいよりも申し訳ないって気持ちの方が大きいんだよ。

 だから、小谷に本気で悔しいって思ったことあるか聞かれて、ドキッとしたんだ。

 俺って、そう言えば悔しいって思ったことないんじゃないかって。

 本気でサッカーしてないんじゃないかって。

 …そんでモヤモヤした気持ちをつい、小谷にぶつけちゃったわけだよ。

 そういうわけで、悪かった。ごめん!!」


 そう言って、野口は花と同じように頭を下げて、パンと花の前に手を合わせた。


 花はきちんと野口が自分の気持ちを教えてくれたのが、嬉しくてたまらなかった。


 花はにやけた顔で腕を組んで、野口に言った。


「うむ!許す!!

 てか、野口がそういう気持ちだったんだって、分かって素直にうれしいわ。

 ありがとね。」


 野口は照れくさそうに誤魔化し気味に花に言った。


「なんで、お前はそんな偉そうなんだよ…

 まぁ、小谷は俺とは正反対のような奴だから、あんまり共感はできなかったと思うけどな。」


 花は頭を振って、野口に答えた。


「ううん。

 それでも、野口の気持ちが分かったよ。

 誰かの気持ちが分かるって、私、大好きなんだよね。

 なんだろ?なんか、嬉しくなるんだよ~

 分かる?」


 野口は微笑みながら、花に言った。


「まぁ、分からんでもない。

 俺も小谷の気持ちが分かって、すっきりしたし。

 そうやって、自分の気持ちを素直に言えるのは小谷のホントに良いところだよな。

 俺、お前のそういうところ憧れてるもん。」


 花は野口の言葉に嬉しくなって、野口に言った。


「私も野口のお人好しなとことか、誰にでも優しいところとか、変なとこで恥ずかしがったり、悩んだりするところとか好きだよ。

 それに、野口には感謝してるんだよ。

 私の練習に付き合ってくれたり、香澄ちゃんを紹介してくれたり、本気のサッカーチームが合うってアドバイスくれたり。

 …よく考えたら、助けられっぱなしだよね。私。」


 野口は恥ずかしさの限界が来たのか、赤くなった顔を背けた。


「…もうやめて…はずい…」


 もう花は気持ちを抑えきれなかった。




 花の中の風船がはじけ飛んだ。




「…私、野口の事が好き。」




 野口が花の方を見ると、顔を真っ赤にして、俯いていた。


 野口にはそんな花が愛おしく、今までにない気持ちになった。




 そして、野口の風船も爆発した。




 野口は花を横から抱きしめた。




 花は驚いて、つい野暮なことを言ってしまった。


「な、何?どしたの?

 臭いよ!私!!」


 野口は顔を見られまいと、強く抱きしめながら、花に言った。


「…寒くなったんだよ…」


 花は恥ずかしくなりながらも、抱きしめられて嬉しくなり、野口の胸に顔をうずめた。


「…そっか…」




 しばらくした後、野口が花の耳元で小さな声で囁いた。


「…俺も小谷のことが好きだ…」


 花は野口の言葉を聞いて、どう表現したらいいのか分からないくらい嬉しくなって、野口の服をギュッと握った。


「…うん…ありがと…」




 5分くらいたっただろうか、二人は黙って抱きしめ合った後、段々冷静になってきた野口が花を抱きしめている手を離した。


「急にごめん!!

 辛抱たまらなくなった!!」


 しかし、花は決して、野口の胸から顔を離さなかった


 野口は流石に恥ずかしくなっていて、花に言った。


「…恥ずかしくなってきたんだけど…」


 花は野口の服を更に強くギュッと握って、言った。


「…まだ、寒いから…もうちょっとだけ…」


 野口はポリポリと顔を掻きながら、また、花のことを強く抱きしめた。




 花と野口はちょっとしたすれ違いを通して、ようやく、彼女、彼氏の関係になったのだった。


 続く

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