第20話 すれ違い

 

「花。確か、明日サッカー休みだったよな?」


 冬休みに入って間もない頃、花の父、賢人が夕飯を食べながら、花に尋ねた。


「うん。明日はサッカー無いよ~

 どして?」


 花は夕飯を食べ終えていて、ソファーでくつろぎながら答えた。


「いや、明日うちのチームで試合があるんだけど、人数少なくてさ。

 助っ人で来てくれないかなと。」

「お父さんのチームに?別にいいけど、私が出ていいの?」

「大丈夫。公式戦じゃないし。

 女の子が出ても何の問題もないよ。」

「いや、そういう意味じゃなくて、おっさんばっかりでしょ?

 私、無双しちゃうよ?」


 花は自信満々な顔で賢人に答えた。

 賢人はチラッと花の隣で座って、踏ん反りかえっている春子を見て、呆れながら呟いた。


「…その強気な態度は誰に似たんだか…」


 そうして、花は賢人の助っ人として、試合に出ることになったのだった。




 試合当日、花は賢人の車で地元のグランドにやってきた。


「…土かぁ~

 予想はしてたけど、人工芝でやったばっかだから、なんだかな~」


 花は残念そうに不満を垂れていた。


「贅沢言うなよ。

 芝のグランドって高いんだぞ~

 おっさんの草サッカーならこれで十分なんだよ。」


 賢人は荷物を降ろしながら、不満タラタラの花に言った。


 二人が準備をしていると、続々と賢人のチームと相手チームの人達もやってきた。


 すると、相手チームにスキンヘッドのいかつい男がいるのを花が遠くから発見した。


(うわ~~嫌だな~~ん?)


 花が目を凝らして良く見ると、そのスキンヘッドの男は知った顔だった。


 花はスキンヘッドの男に走って近づいていき、声を掛けた。


「てっちゃん!!

 てっちゃんも草サッカーやってたんだね~」


 そう、スキンヘッドの男はBOCAの常連、哲男だったのだ。


「おぉ~嬢ちゃん!!

 奇遇だな~嬢ちゃんも今日やるのか?」

「うん!

 お父さんの助っ人で来たの。」


 知った顔がいて、テンションの上がった花は嬉しそうに哲男に説明した。


「こら!哲男てめぇ!!

 いつの間に許可なく、うちの花と知り合いになってたんだよ!!」


 後ろで賢人が哲男に喧嘩を吹っ掛けるように言った。


「嬢ちゃん、賢人の娘だったのか!?

 がはは~全然似てねぇな~」

「うるせぇ!!

 花!!こいつには近寄んじゃねぇよ!!

 ヤクザ顔がうつるぞ!!」

「なんだぁ~?

 誰がヤクザ顔だ?こら?」


 賢人と哲男はバチバチと睨みあった。


 花は二人の様子を見て、笑って言った。


「あはは。

 二人とも知り合いだったんだ~

 仲いいね~」


「良くねぇよ!!」


 賢人と哲男が声を揃えて、花に言った。


 あまりにもシンクロしていたので、花はまた笑った。




 そんな問答をしていると、一人の男が花に近づいてきた。


「あれ?小谷じゃん?

 小谷も今日、試合出るの?」

「おぉ~野口までいるのか!!

 すごい偶然もあったもんだね~」


 花は哲男に続き、野口まで来て、驚いた。

 野口も笑って、驚いていた。


「俺は親父の助っ人で来たんだよ。」

「私と一緒だ!!

 私もお父さんの助っ人で来たんだ。

 そこにいるのが私のお父さん。」


 そう言って、花はまだ哲男を睨んでいる賢人を指さした。

 野口はマジかと言った顔で、しょうがなしで哲男を指さして、花に言った。


「…俺の親父はそいつだよ…」

「えぇ!!

 てっちゃんって野口のお父さんだったの!?」


 花は今日は驚いてばかりだった。


「コサルでいつも一緒だったのに、全然気づかなかったよ。」

「…俺が親父を避けてたからな…

 …保護者同伴で来てると思われたくなかったんだよ…」


 野口は気恥ずかしそうに言った。

 花はそんな野口を見て、笑った。


「てか、俺も賢人さんが小谷のお父さんだったとは知らなかったよ。」

「うちのお父さんのこと知ってるの?」

「ああ。親父の昔からの知り合いだよ。

 知り合いってか、ライバルってか…

 いっつも二人で言い合ってるよ。」


 野口は呆れた様子で二人を見ていた。


「そうなんだ~ということは野口って、草サッカー初めてじゃないんだ?」

「まぁな。

 親父に無理やり参加させられたりしてたよ。」


 そんな和気あいあいとした二人を尻目に、まだ賢人と哲男はガミガミと醜く言い争っていた。


 花ははぁ~と呆れて、賢人の腕を引っ張って、言った。


「もう!お父さん!!

 いい加減、アップするよ!!」


 野口も哲男の腕を引っ張った。


「…親父。こっちももう行くぞ。」




 そうこうしている内に試合が始まった。


 花はFWで賢人がトップ下をやっていた。


 両チームとも初心者らしき人も混じっていて、所謂レクリエーション的な試合となっていた。


 ある4人を除いて…


 流石は花の父親なのか、賢人が両チームで最も上手く、華麗に何人も抜いたりしていた。


 しかし、哲男がマンマーク気味でガチガチにぶつかりに行っていたので、中々、決定的な仕事が出来ていないでいた。


「てめぇ!!ファールだろ!!」

「笛なってねぇんだから、文句言うんじゃねぇ!!」


 二人は試合中も言い合っていて、花と野口は恥ずかしくなった。


 かくいう花と野口も二人も割とガチでやり合っていた。


 ただ、それは賢人と哲男と違い、いつもの公園練習でやっているようなクリーンなやり合いだった。


 花がボールを持つと、野口ががっちりと身体をぶつけに来て、前を向かせなかった。


(わかっちゃいたけど、サッカーでも中々抜けないな…

 キープするのがやっとだよ…)


 花は抜けないのは承知だったため、キープしながら、左右にボールを散らしていた。


「おい!!哲男!!

 てめぇ、女の子相手にマジにやるなんて、息子になんて教育してんだよ!!」

「うるせぇ!!

 あの二人はあれでいいんだよ!!」


 ボールに関係ないところでも言い合っている二人を見て、花と野口は恥ずかしくて仕方がなかった。




 自分のところで勝負するのは厳しいと感じた花はフリーランで野口を引き寄せることにした。

 そして、その空いたスペースを花チームのもう一人のFWが抜け出した。


 GKと1対1となったFWがしっかりと決めて、花チームが先制した。


「おっしゃ~~!!よくやった~~!!」


 賢人は大喜びして、得点を決めた選手を抱きしめた。


「昭義!!嬢ちゃんにつられすぎだろ!!

 しっかりしろよ!!」

「いや~すまんすまん。

 ただ、俺一人で二人見るのはきついって~」


 野口は例の嫌な笑顔で哲男に言った。


 花はそんな野口を見て、違和感を感じた。




 試合は結局、2対1で花チームの勝利となった。


 賢人と哲男は試合後も言い合っていたが、花も野口も慣れたのか、無視して片づけを勧めていた。


「何気にサッカーを小谷とするのは初めてだったけど、良く考えてプレーするんだな。

 意外だったわ。」


 野口が花の隣でトンボを掛けながら、言った。


「意外って何よ~

 まぁ、監督にいっつも周りを見て、考えてプレーするように言われてるからね。

 その成果が出てきたのかな?」


 花は胸を張って、憎たらしい笑顔で野口に言った。


「くそ~その顔腹立つわ~

 俺も2点も決められて、反省することが多かったわ。

 もうちょい頑張らないとな。」


 野口は言葉とは裏腹に笑って言った。


 花は野口の様子を見て、また違和感を感じた。


「今日も公園練習するか?」


 そんな花を他所に野口が花に聞いた。


「そ、そうだね。

 ちょっとやり足りないし、じゃあ、終わったらそのまま公園でやろっか~」

「了解。

 俺は自転車だから、ちょっと遅れると思うから。」


 そうして、二人はいつも通り公園練習を約束をしたのだった。




「いや~何だかんだ試合の後はきついな~」


 公園練習を一通り終えて、疲れた様子で野口がベンチに座りこんだ。


「えぇ~情けないな~

 私はもっとできるよ~」


 花は野口の前でリフティングをしながら、平気そうに言った。

 とは言うものの疲れからか、中々リフティングが続かないでいた。


 そんな花の様子を見て、野口は笑って言った。


「ホント、小谷は負けず嫌いだよな~」


 野口の言葉を聞いて、花はリフティングを止めた。


 そして、ずっと感じていた違和感について、野口に言った。


「…あのさ、野口って、本気で悔しいって思ったことある?」


 野口は少し黙った後、花に言った。


「どういう意味だよ?」


 花は真剣な表情で野口に言った。


「だって、野口って私に初めて抜かれた時も、試合に負けた時も、全然悔しそうな顔しないんだもん。

 だから、野口って実はちゃんと本気でサッカーしてないのかなって…」

「悔しいに決まってるだろ。

 顔なんて自分では見えないから分からんけど、負けて悔しくないわけないだろ。」

「でも、あんたいっつも笑ってるんだよ?

 なんていったらいいか分かんないけど…

 正直、少なくとも私は負けてそんな顔はできない。」

「それは人によるだろ。

 俺は悔しいけど、笑っちゃうタイプってだけだろ。

 まぁ、普通の人とは違うってだけだよ。」

「ホントに?

 私には野口の本心が分からない。

 私には野口はボール蹴ってるだけで楽しそうに見えるよ。

 それって、本気でやってるわけじゃないんじゃないの?

 勝ちたいって思ってやってるわけじゃないんじゃないの?」


 花に一方的に言われた野口は俯いて、小さな声で呟いた。


「…なんで、お前にそんなこと言われなくちゃいけないんだよ…」


 そう言って、野口は自転車に乗って、帰って行った。


 花は俯いて、野口を止めることなく黙ってしばらく立ち尽くしたのだった。


 続く

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