第19話 クリスマス合宿

 

「…人工芝なのは、いいんだけど…

 …なんでクリスマスイブに合宿なんて…

 …滅茶苦茶寒いし…」


 フェリアドFCは12月24日から一泊二日、泊まり込みで合宿を行っていて、いつもよりは少し遠くの人工芝のコートを借りていたのだった。


 そんな中、花は肩をさすりながら、アップをしていた。


「ははは~毎年恒例だからね~

 毎年って言っても、2回目だけど~」


 川島も一緒にアップのランニングに付き合いながら、笑って、花に答えた。


「それにクリスマスにサッカーする人なんて少ないから、こうやって人工芝のコートを安く利用できるんだよ~」


 川島は何だか非常に楽しそうであった。


 花もなんだかんだ言いながらも、久しぶりの芝でのコートだということと、このチームでの泊まり込みの練習にウキウキしていた。


 花はテンションが上がって、つい口走ってしまった。


「それにしても監督はクリスマス一緒に過ごす人とかいなかったんですか~?」

「……バカ!!」


 隣で走っていたデビュー戦で花と交代した千里子が花の口を急いで塞いだ。


「………」


 川島の沈黙にフェリアドFC一同に緊張が走った。


 花はそんなに悪いことを聞いたのかなと不思議な顔をしていた。


 すると、川島が口を開いた。


「…まぁ、花は今年初めてだからね~

 許しといてあげるよ~」


 川島の言葉を聞いて、フェリアドFC一同は安堵の吐息を吐いた。


 そして、千里子は小声で花に説明した。


「…あんた、空気を読みなさいよ…

 …監督に色恋沙汰の話は絶対にしたら、ダメだからね…」

「…はい…そんなにダメでしたか?」


 花はケロッとした顔をしていた。

 花の様子を見て、分かってないなと千里子は頭を抱えた。


 その隣で走っていた双子の片割れ、CBの麻耶も小声で花に追加で説明した。


「…ちなみに「結婚」ってワードもNGだから…

 …大体、このクリスマス合宿だって、自分が寂しくならないようにしてるって噂もあるくらいだからね…」

「…あんたたち、聞こえてるわよ…」


 川島が花と千里子と麻耶の前を走りながら、呟いた。


 千里子と麻耶はギクッとした。


「よ~~し!!

 今日は最後のシャトラン、20本にしよ~と~」

「えぇ~~~!!

 このアホ共~!!

 余計なこと言うなよ~!!」


 フェリアドFCは3人に文句を垂れた。


「わ、私は初めてだからって、許されたじゃん!!

 悪いのはチサコ先輩と麻耶だよ!!」

「チリコだっての!!もうわざとだよね!?

 てか、私だって、そんなに悪いこと言ってないわよ!!

 決定的なこと言ったのは麻耶だよ!!」

「…多分、私だわ…ごめん…」


 最終的に素直に反省したのは麻耶だった。




 腹いせではないだろうが、合宿初の練習はハードなものだった。


 体幹トレーニング、個人技術、対人、チーム戦術、実践といつも通りのメニューではあったが、時間がいつもよりも長かったため、量が倍近くあった。


 そして、最後のシャトルランの時には皆は疲れ切っていた。


「はい!じゃあ、ラスト!

 シャトラン行くよ~~

 しゃあなしで10本でいいから~~」


 川島は皆の様子を見かねて、いつも通りの10本に切り替えた。


「おっしゃ!!

 皆、最後頑張ろ!!」

「オッケー!!

 最後まで、顔上げていくよ!!」


 20本、本当に走ると思っていたので、半分になって、皆は一層気合が入った。


 そうして、皆は走り切って、合宿初日の練習が終わった。




「オッケー!お疲れ~

 じゃあ、片付けたら、バスに乗ってね~

 ミーティングは宿泊所でするから~」


 川島はそう言って、片づけを始めた。


「人工芝はトンボしなくていいから、楽でいいよね~」


 花は嬉しそうに片づけをしていた。


「そうだよね~

 トンボって何気にしんどいしね~」


 同じ1年生のどんなポジションでもできる絵里も花に笑って言った。


 花はこの頃には皆とすっかり打ち解けていたのだった。


「そう言えば、今日はどこに泊まるんだっけ?」

「確か監督の母校って言ってたよ?」

「へぇ~学校に泊まれるんだ~

 なんか楽しみだな~」

「だね~」


 そんな話を楽しくしながら、片付けを進めるのであった。




「着いたよ~皆起きて~」


 バスを運転していた川島が目的地に到着したことを皆に言った。


 皆疲れて、バスの中ですっかり寝ていたのだった。


「おぉ~~普通の学校だ~~」


 バスから降りた花はとりあえず、なんとなく驚いておいた。


「なんだその感想は…

 花、いいから荷物おろすよ。」


 千里子が呆れた様子で花を急かした。


 着いた学校は川島が通っていた高校で、川島の口利きで宿泊する許可を得ていたのだった。


「今日は体育館に布団しいて寝るから、お弁当食べたら、その用意するからね~」


「は~~い。」


 そうして、フェリアドFC一同は体育館へと向かった。




 川島が体育館に入ると、布団が人数分、既に敷かれていて、お弁当とテーブルが用意されていた。


「あれ?」


 川島が不思議に思っていると、後ろから歳を召した男性がやってきた。


「久しぶりじゃな~由紀恵。」

「お久しぶりです~月島先生~

 いや、もう教頭先生か~」

「ははは~歳がいっただけじゃ~」


 川島はこの高校の教頭である月島昭雄(つきしま あきお)に挨拶をした。


「いやいや、まだ、お若いでしょ~

 ひょっとして、準備して下さったのですか?」

「あぁ~ワシは何もしとらんが、教頭権限で準備させといたわい。

 なんせ我が校初の日本代表選手の頼みとなればの~」

「ありがとうございます~助かります~

 じゃあ、皆、挨拶して。」


 川島に促されたので、キャプテンであるFW律子が挨拶し始めた。


「このような場所を提供して頂き、ありがとうございます。

 今日、一日お世話になりますフェリアドFCです。

 よろしくお願いします!!」

「よろしくお願いします!!」


 月島への挨拶を済ませて、皆は体育館の中に入って行った。




「じゃあ、とりあえず、お弁当食べましょうか。

 お弁当食べたら、近くの銭湯に行くから~

 それじゃ~いただきま~~す!!」

「いただきま~す!!」


 みんなはわいわいとお弁当を食べ始めた。


「それにしても、中々の待遇だよね~

 やっぱり、監督ってすごい選手だったんだね。」


 花はお弁当のウインナーを頬張りながら、隣で食べている香澄に言った。


「う、うん。

 私もよくは知らないんだけど、高校3年生の時に日本代表に選ばれたらしいよ。」

「高校の時に!?

 滅茶苦茶すごいじゃん!!

 でも、それならもっと有名になってもおかしくないと思うんだけど…」


 花は腑に落ちない顔をした。

 香澄は少し残念そうな顔をしながら、花に言った。


「じ、実は選ばれたんだけど、試合には出てないんだよ。

 代表練習中にケガしちゃったんだって。」

「ケガ?」

「うん…私も…というか皆もそこまでしか知らないし、あんまり監督が話したがらないから、聞かないようにしてるんだよね。」

「そうなんだ…」


 花はすごく気になったが、これ以上は何も聞くことが出来なかった。




 お弁当を食べた後、皆は近くの銭湯に向かった。


 皆はキャッキャッしながら、お風呂に入っていたが、花は何故か黙って、難しい顔をしながら、メンバーを見渡していた。


「花姉さん、どうしたの?

 なんか悩んでるような顔してるけど…」


 香澄が心配そうに花に尋ねた。


「い、いや…大丈夫だよ~

 何でもないよ~」


 そして、花はチラッと香澄の胸を見た。


 香澄の胸はメンバーの中で随一の大きさを誇っていた。


 花は大きなため息をついた。


 花はメンバーの中で一番、胸が小さかったことに気付いて、こっそりと傷ついていたのだった。




「さっぱりしたところでミーティングを始めます。

 じゃあ、いつも通り、練習の動画見ながら、皆で話し合ってね~」


 銭湯から帰って、川島はタブレットで今日の練習の動画を見せて、各自、反省点を考えるように促した。


 フェリアドFCのミーティングはいつも監督主体ではなく、選手主体のものである。


 練習の動画を見て、選手自ら考えさせることが川島の指導方法なのだ。


 もちろん、選手達が悩んでいる時には横からアドバイスをしたりするが、基本的には選手任せである。


 戦術内容は練習中に教えているので、詳しく説明する必要はなく、自分で考えることが何より楽しいと川島が感じているからだ。


 この指導により、フェリアドFCでは全員が自らの意見を発言するようになっている。


 選手達の自発性も成長しているのであった。




「は~い。ミーティング終了~

 じゃあ、9時には電気消すから、それまで自由にしていいよ~

 私は月島先生と話してくるから、余計なことはしないように頼むね~」

「は~~~い。」


 ミーティングが終了して、お待ちかねの自由時間となった。


 …とはいいつつも、皆疲れていたので、各々布団に寝転がって、話したり、携帯をいじったりしていた。


 そんな中、香澄は一目散に花の隣の布団を確保して、うっとりとした顔で呟いた。


「花姉さんとクリスマスに一緒に寝れるなんて…幸せ…」


 香澄とは反対側の花の隣にいる千里子が引いた顔で花と香澄に言った。


「…あんた達って、まさか…そういう関係なの?

 夜中に隣でアンアン言われたら、たまんないんだけど…」

「違いますよ~

 香澄ちゃんはいっつもこんな感じだから~

 起きたら、私に引っ付いてるかもだけど、気にしないで下さい。」


 花は慣れた様子で香澄を無視しながら、携帯をいじっていた。

 香澄は既に布団の距離を近づけて、ほぼ花に寄り添っていた。


 千里子はそんな余裕な花を見て、ちょっと意地悪そうな顔で花に聞いた。


「ひょっとして、花って、彼氏とかいるの?

 今も彼氏とメールとかしてんじゃないの~?」


 花は千里子の言葉にビクッと反応した。


 香澄はその反応を見逃さず、ガバっと体を起こした。


「は、花姉さん!!

 ホントですか!?」

「ち、違うって!!

 彼氏なんていないって!!

 加奈とメールしてるだけだってば!!」

「なんだ~カナリンですか~良かった~」


 香澄は安心して、再び花に寄り添って寝転がった。


 千里子は花に彼氏がいるかどうこうよりも香澄の様子に引いていた。


「…花…あんたも大変なんだね…」

「…変な同情はやめて下さい…サチコ先輩…」

「だから、チリコだっての!!

 絶対、わざとでしょ!!」


 その後もそんな話を楽しくしていた。


 しかし、花は香澄に少し嘘をついていた。


 野口にもメールを送っていたのだった。




 消灯時間が来て、皆が寝静まった頃、花はまだ寝付けないでいた。


 いつもとは違うメンバー、体育館での寝泊り、そんな環境にテンションが上がって、中々寝れなかった。


 花はムクリと起き上がり、そっと音を立て無いようにボールを持って、体育館を出た。




 外は真っ暗だったが、月が大きく、ボールがギリギリ見える程度には明るかった。


 花はリフティングを始めた。


 しかし、筋肉痛と暗いこともあり、中々リフティングが続かなかった。


(くそ~~100回できたら寝よ!!)


 悔しかった花は100回をノルマとして、リフティングを黙々と続けた。


「花。もうやめときなさい。」


 誰かに急に声を掛けられた花は驚いて、リフティングを失敗してしまった。


 ボールは声のする方に転がっていき、川島がそのボールを足で止めた。


「あ、あの!!ごめんなさい!!

 ちょっと寝れなくて!!」


 花は怒られると思って、慌てて言い訳をした。


 川島は笑って、ボールを足ですくい上げて手に持った。


「ここはコンクリートで負担が大きいから、ケガしやすいの。

 だから、もうやっちゃダメだよ。」

「は、はい!気を付けます!」


 花は許してくれると思って、安心した。


 川島はニヤッとして、花に言った。


「どうせ、あと100回やるまで続けるつもりだったんでしょ?」

「…だから、いちいち心を読まないでくださいよ…」

「ははは。花は本当に分かりやすいわ。

 私にそっくりだもん。」

「…そうですかね…」


 花はムスッとしながらも、川島とそっくりと言われて、どうしてか少し嬉しかった。


 川島は体育館の段差に座って、隣に座るよう花を促した。


 花は促されるまま、川島の隣に座った。


「花はさ…サッカー選手として、どこまで行きたい?」


 川島は優しく微笑みながら、花に聞いた。

 花は胸を張って、言った。


「そりゃ~やるなら世界一になりたいですよ~

 だって、日本女子サッカーは世界一を狙える位置にいるんだから~」


 川島は花の答えに声を出して笑った。


「ははは。やっぱり、花は私そっくりだよ。

 私もそうだったんだよ。

 この学校で世界一を目指して練習してたんだ~」


 川島は昔を思い出すように空に浮かぶ月を見ながら、話し始めた。


「この学校にはね。珍しいことに女子サッカー部があるの。

 私はキャプテンでそれはもう一生懸命練習ばっかりしてたの。

 おかげで勉強がおろそかになって、月島先生によく怒られたけどね。」


 川島がフッと笑ったのにつられて花も笑った。


「それでね~私は高校3年生で日本代表に選ばれたんだ~

 すごいでしょ?」

「それは聞きました。

 でも、ケガしちゃったって…」


 川島は笑いながらもちょっと悲しそうな表情で、花に言った。


「…膝をね…丁度、日本代表の練習の時にやっちゃったんだ。

 てか、練習のし過ぎで、その前から結構限界が来てたんだけどね…

 ちょっと、頑張りすぎたってこと…」


 花は黙って、月を見ている川島の横顔を見つめていた。


「そりゃ~悔しかったよ~

 なんせ、その年のWCで優勝したんだから~

 ケガさえしてなければ、あそこに私もいたのに~てさ~」


 川島は花の方を向いて、ニコッと笑った。


「だから、花。

 世界一を目指したいなら、ケガだけはしないこと。

 しっかりと人間の身体のことを勉強して、自分の状態を把握すること。

 これさえ出来れば、花なら世界一になれるはずだよ。」


 花は川島の話を聞いて、噛みしめて、力強く言った。


「はい!!」


 花が納得してくれたのを見て、川島は立ち上がって、花に言った。


「というわけで、今日はもう寝なさい。

 明日はこの学校の女子サッカー部と試合だからね~」


 そう言って、川島と花は体育館の中に向かった。


 花はふと気づいて、呟いた。


「…WCで優勝した時が高校3年生ってことは監督の歳って…」

「花…それ以上詮索すると…」


 川島は笑ってはいたが、明らかに怒っている様子だった。


 花はびくついて、口を手で塞いだ。


「よろしい。早く寝なさい。」


 そう言って、二人は体育館の中に静かに入って行った。


(…監督が皆に詳しいことを言わなかったのはそういうことか…)


 花は変に納得したのだった。


 続く

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