第15話 デビュー戦

 

「明日だっけ、練習試合?」


 9月の中旬頃、公園練習中に野口がボールをパスしながら、花に聞いた。


「そうなんだよ!

 サッカーの試合、久しぶりだわ~

 楽しみだ~」


 花は嬉しそうに野口からのパスをトラップして、返事した。


 そんな感じでパス交換しながら、二人は話すのだった。


「にしても、フェリアドってリーグとかカップ戦とかは出てないのな。」

「うん。まだ創立2年目で人数も少ないし、経験もまだまだだからって、監督が言ってた。

 というか、お金が無いってさ。」

「監督って、女子日本代表なんだろ?

 もっと人集まりそうなもんだけどな~」


 花は難しそうな顔をして、野口に言った。


「…いや、あの人の練習きついし、結構難しいことするから、香澄ちゃんの言う通り、やめてく人が多いみたいだわ。

 てか、あの人、ちょっと変だし…」

「そ、そうなのか…

 てか、試合には出れんの?」

「まぁ、練習試合だしね。

 全員出すって言ってたよ。

 もちろん、スタメンがいいけどね~」

「そういうとこはホント強気というか、わがままというか我が強いよな。小谷は。」

「当たり前じゃん!

 私、FWだし!」


 花の自信満々な顔に野口は小声で言った。


「…確かに、小谷はキャプテンには向いてないよな…」

「…なんか言った?」

「いえいえ。何も。」


 野口はこれ以上は何も言うまいと口を閉ざしたのだった。




 練習試合当日、花はベンチに座って、ムッとしていた。


 花はスタメンではなかったのだった。


 川島はそんな花の様子を見て、笑って声を掛けた。


「花は直ぐ顔に出るから面白いよね。

 なんで、私がスタメンじゃないんだって思ってるでしょ?」


 花は川島に見透かされたのが恥ずかしくて、納得している風を装って、答えた。


「…分かってますよ。

 まだ、私には体力が戻ってないし、チームに入ったばっかりだからですよね。」


 川島は試合を見ながら、花に言った。


「まぁ、それもあるけど、現状、一番チームとしての戦力が高いメンバーがスタメンになってるだけだよ。」

「…そういうとこ、監督って厳しいですよね。」


 花は川島の冷静な言葉を聞いて、余計悔しくなった。

 川島はチラッと花を見て、また、笑って聞いた。


「花、今、FWの律子(りつこ)ばっかり見てるでしょ?

 そんで、私ならこうするのにってばっかり考えてるでしょ?」


 花はまた見透かされたと思って、川島に少し強めに言った。


「もう!人の心をいちいち読まないでくださいよ!!」

「ははは。ごめんごめん。

 人間観察も監督の仕事の内だからね。」


 そして、川島はベンチの皆に向かって言った。


「他の皆も多分、同じポジションの人に注目してると思うけど、私はどっちかというと、相手チームの人の動きを全体的に見てほしいと思ってるよ。

 自分たちのチームの動きは私たちが一番よく分かってるはずでしょ?

 だから、試合に出ている人には見えない目線でベンチにいる私たちが相手チームの癖だったり、スタイルだったりを観察しなきゃいけないの。

 それを試合に出ている人に伝えたり、自分が試合に出た時に利用すること。

 そういうことを心掛けて、試合を見てね。」


 花は今まで考えたこともなかったことを言われて、感心した。


(…確かに、私たちが戦ってるのは自分のチームメイトとではないもんね…)


 そうして、視点を変えて花は試合に集中した。


 しかし、川島は思いついたように花には更に難しい注文を投げかけた。


「あっ、花はまだチームに入って間もないから、チームメイトの動きも見て、それぞれの特徴を把握しといてね。」

「え~結局、両方見なくちゃいけないじゃないですか~」

「ははは。本当は自分のチームメイトの調子の良しあしも見ないといけないから、両方、というか全体を見なくちゃいけないんだよ。

 まっ、それは監督の仕事なんだけどね~」


 花は川島の楽しそうな顔を見ながら、半分呆れて、川島に言った。


「…川島監督って、そういうとこがあるせいで、人が集まらないんじゃないんですか…」


「ははは…それを言われるとつらいな~

 花も人間観察が上手じゃん。」


 川島は誤魔化し気味に笑って、答えたのだった。




 ベンチにいる皆が集中して、試合を見守る中、フェリアドFCは右サイドハーフの村上知世(むらかみ ちせ)からのクロスをCF(センサーフォワード)の長身、渡辺汐音(わたなべ しおん)がヘッドで決めた。


「知世、ナイスクロス!!汐音、ナイッシュー!!」


 試合に出ているメンバーもベンチメンバーの皆も立ち上がって、喜んだ。


 そうして、試合が進む中、川島は真面目な顔で花に聞いた。


「花。これまでの試合を見て、うちのチームのことどう思う?」


 花は真剣な表情で試合を見ながら、答えた。


「いいチームだと思います。

 チーム全体の意識が一緒というか、なんというか…

 攻め方を皆が理解してる感じです。」

「ほぉ。攻め方ってのは?」


 川島は更に花に問い詰めた。

 花は迷いながらも、それに答えた。


「ん~長身の汐音先輩が軸になってて、左右のサイドからクロスを上げての攻撃と、汐音先輩のポストプレイからスピードのある律子先輩の裏抜け、この二つ攻め方を徹底してる…

 そんな感じがします。」

「うん。中々良く見えてるね。

 花。サッカー見るのも好きでしょ?」

「はい。めっちゃ見ます。」

「やっぱり。

 まだ、ちょっとしか見てないのにもうチームの特徴を捉えられてるもん。」


 川島は感心するように花に言った。

 花はいや~と嬉しそうに照れながら、頭を掻いた。


 川島はついでに花に聞いた。


「じゃあ、ディフェンスはどう思う?」


 花はディフェンスの方をぐっと見つめながら、答えた。


「え~と、GKとCBの双子コンビ、香弥(かや)と麻耶(まや)が声を出しまくって…てか、喧嘩してるようにしか聞こえないけど、それで統率してる感じですかね?

 あとはボランチの香澄ちゃんがめっちゃ走って、ボールを刈りまくってる感じ?」

「う~ん。オフェンスの時と違って、雑な説明だね~

 まぁ、花は元々FWだもんね。

 しょうがないか。」


 川島はちょっと期待外れみたいな顔をしていた。

 花はぐぬぬと悔しそうにしていた。


 川島は花に丁寧に説明し始めた。


「うちのディフェンスは4バックで、両サイドバックに絞ることを意識させてるよ。

 クロスに対しては中央のカヤマヤコンビで処理できるから、絞らせることで間を抜かれて、GKとの1対1にできるだけ持ち込ませないようにしてる。

 だから、ボランチの二人にも縦パスを入れられないよう常に背中の意識を忘れないように言ってるよ。」

「なるほど。」


 花は分かった風な顔をしていたが、実はそれ程理解してなかった。


 もちろん川島は花があまり分かっていないとは気づいていたが、今回はまぁ、と追及はしなかった。




 ピィ~~~~


 試合は1対0のまま、前半終了のホイッスルが鳴った。


「後半はベンチメンバー全員出すから、花とトップ下の千里子(ちりこ)と交代、左サイドハーフとSB(サイドバック)を交代ね。

 真智(まち)が右SBに入って、里香子(りかこ)が左SB、左サイドハーフに絵里(えり)ね。

 GKも交代ね。」


 川島は計5人の交代メンバーを指示した。


「私、トップ下ですか?

 あんまりやったことないんですけど。」


 花は若干、不安そうにして川島に言った。

 川島は笑いながら、花に言った。


「大丈夫。花はもう私たちのチームの攻め方を知ってるから、やれるよ。」


 川島に言われて、少し自信が出て、花はよしと顔をパンパンと叩いた。

 花と交代する船場千里子(せんば ちりこ)が花に手を出して、言った。


「私の代わりに出るんだから、死ぬまで走んなさいよ!!」


 花は千里子に激励されて、更に気合が入り、出された手を強めに叩いた。


「はい!!まちこ先輩!!」


「ちりこだよ!!

 いい加減、名前を覚えなさい!!」


 千里子は強めに突っ込んだ。


 花は人の名前を覚えるのが、苦手だった。




 そうして、花はグランドに上った。


 花はしばらく周りを見渡して、思った。


(…サッカーのグランドってこんな広かったっけ…

 …でも、戻ってきたんだ…)


 1年以上、フィールドから離れていた花にとって、広いグランドに吹く風、土の感触、皆が走った記憶を刻んだように薄くなった白色のライン、試合開始までの独特な雰囲気、その全てが懐かしく、愛おしく感じた。


 花はワクワクが止まらず、開始の笛が待ち遠しかった。




 ピィ~~~~


 そして、後半開始のホイッスルが鳴った。


 フェリアドFCからのキックオフのボールが早速、花の元へとやってきた。


 花は柔らかくトラップして、とりあえず、様子見と右SBにボールをパスした。


 もうそれだけで花は楽しくて、思わず、笑顔になっていた。


 しかし、いつまでも楽しんでられないと花は集中して、直ぐに真剣な表情に切り替えた。




 前半の様子を見ていた限り、相手がサイドを空ける傾向にあったため、結果、サイドからのクロスから点を決めることができた。


 しかし、試合が進むにつれて、相手の両SBが開き気味にディフェンスしてきたので、簡単にはクロスを上げさせてもらえず、追加点を取れずにいた。


 そのことをベンチメンバーは試合を見ながら、感じていたため、やろうとしていることは決まっていた。




「花姉さん!」


 香澄からのパスをセンターサークル付近でもらって、花は前を向いた。


 日頃の練習で前を向いてのプレーが板についていた。


 そして、花は左サイドハーフの板垣絵里(いたがき えり)が走っているのが見えた。


(分かってるじゃん!!)


 花は開いている相手のSBとCBの間を通すスルーパスを出した。


 見事に通ったパスを受けた絵里はフリーでクロスを上げた。


 が、上手くFWに合わせることができず、相手DFにクリアされてしまった。


「OK!!OK!!

 花!!絵里!!

 それでいいよ!!続けて!!」


 川島は花と絵里に大きな声で褒めた。



 花はこの時、思った。


(…考えてた風にゲームが進むって…めっちゃ面白いじゃん!!)



 そうして、調子に乗った花は再びボールをもらうと、詰めてきた相手ボランチをタイミングをずらしたワンタッチで抜いて、今度は右サイドへとスルーパスを出した。


 これはパスが長すぎて、上手くいかなかった。


「すみません!!でかすぎた!!」


 そう言って、花は右サイドの知世に言ったが、知世は気にするなと親指をぐっと立てた。



 試合はフェリアドFCのペースで進み、押し込んでいた。


 しかし、相手陣地中央で花がボールをもらうと、相手のダブルボランチが挟み込む形でアタックしてきた。


「うわっ!」


 二人に囲まれた花は何とかキープするものの苦し紛れのパスミスで相手にボールを取られてしまった。


 すると、カウンターでDFラインが高くなっていた裏に大きなボールを出され、相手FWが抜け出した。


 GKとの1対1となり、そのまま、冷静に決められて、追いつかれてしまった。




 花は自分のせいだと思い、呆然とした。


 そこに香澄が花の肩を叩いて、言った。


「花姉さん!!ごめん!!フォロー遅かったね!」

「えっ。」


 花は逆に謝られて、戸惑った。


「花!!今のは気にしないでいいよ!!

 取られてもいいから、ドンドン仕掛けてって!!」


 FWの今井律子(いまい りつこ)も花に声を掛けた。



 花がチームメイトを見ると、誰一人、下を向いているメンバーはおらず、声を掛け合っていた。


 今まで花が所属していたチームとは明らかに異なっていた。



「スポーツ選手は下を向いたらダメ。」



 花は川島の言葉を思い出し、そういうことかと分かった気がした。


 そして、笑って皆に言った。


「ごめん!!

 今度は抜くから、どんどんボール頂戴!!」




 試合はそれからもフェリアドFCペースで進んでいたが、相手ディフェンスの頑張りもあり、中々点が取れず、残り5分となっていた。


 そこにCBの樫田麻耶(かしだ まや)から、バイタルエリアにいる長身FW汐音の元へとロングボールが出された。


(ここだ!!)


 花は裏抜けを狙う律子とタイミングをずらして、汐音の少し左に走りこんだ。


 汐音は花の意図をくみ取って、ヘディングで花の方に上手く落とした。


 花はそのボールをダイレクトで右足で合わせて、シュートした。


 アウト気味にカーブのかかったシュートは右サイドネットを揺らした。



「よっしゃ~~!!!」


 花は雄たけびを上げた。


「よくやった!!花!!」

「今のは上手すぎ!!」

「花姉さん!!素敵!!」


 チームメイトも花に駆け寄って、一緒に喜んだ。


 花は嬉しくて、嬉しくて、くぅ~~となっていた。


「最後まで集中して!!

 しっかり!!まだまだいけるよ!!」


 川島は笑いつつも、チームに喝を入れた。




 試合は結局、終了間際に左サイド絵里からのクロスから、律子のスーパーボレーがさく裂して、3-1でフェリアドFCの勝利で終わった。




「…律子先輩…何もあんなゴール決めなくても…

 私のゴールがかすんじゃったじゃん…」


 花はトンボを掛けながら、律子にむすっとしながら言った。


「はっはっは~

 あれは気持ちよかったわ~

 私、ボレー得意なんだよね~」


 律子は上機嫌で花の隣でトンボを掛けながら、言った。


「でも、流石だね~

 やっぱり、伊達に全国MVPじゃないね。

 デビュー戦にしては上出来でしょ。」


 すると、千里子がトンボを走ってかけながら、やってきた。


「でも、花のパスミスから失点だからね~

 スタメンはまだまだやれないよ~」

「…チサト先輩、意地悪ですね…」

「だから、チリコだっての!!」


 そう言って、千里子は走り去っていった。


「ははは~千里子は安定感があるし、走れるからね~

 花はディフェンスとスタミナが課題かな~」

「…はい。それは自覚してます…

 でも、絶対スタメンになってやりますよ!!」


 花は上を向いて、拳を握りしめていった。

 律子はちょっと意地悪そうな笑顔で花に言った。


「花、FWもできるから、私も油断できないんだよね~

 だから、あんまり頑張らなくていいからね~」

「…私が言うのもなんですけど、ここの人達って、ホント負けず嫌いしかいないですよね…」


 花はちょっと呆れつつも、どうしてか嬉しかった。


 花は試合を通して、チームメンバーの思いを感じて、これまで感じたことのない充実感とやる気に満ち溢れるのであった。



 続く

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