第14話 野口の弱点

 

「試合。残念だったね。」


 9月の初旬、夏休みが終わり、いつもの公園練習中、花は野口に言った。


 1回戦は勝ったものの、2回戦で2-1と惜しくも負けてしまい、早くも野口の選手権は終わってしまったのだった。


 しかし、野口は悔しがることもなく、リフティングをしながら、冷静に花に答えた。


「まぁ、3年生には悪いけど、今年はそんなに行けないだろうなと思ってたからな。

 でも、来年、再来年はいいとこまで行けると思ってるよ。」


 花は強がっている様子もない野口にムッとして言った。


「…少しは悔しがりなさいよ。

 前からそういうとこあるよね。野口は。」

「そりゃ、試合に負けたんだから、悔しいに決まってるだろ。

 でも、引きづっててもしゃあないし、今できるのは次に備えることだけだろ。」

「…なんか、大人ぶってる感じがして、好きじゃないわ。そういうの。」

「小谷はホントに負けず嫌いだもんな。

 そこは俺も見習わないといけないとは思ってるよ…」


 野口はリフティングをやめ、転がっているボールを見つめて、何か考えてる様子だった。


(…野口は野口なりになんか反省するところがあるんだろな…)


 花は流石にいつもよりも元気のない野口を見ながら、思った。


 そして、花は野口にそっと近づいていき、こっそり野口からボールを奪った。


「よし!!

 それなら、私があんたを悔しがらせてやるよ!!

 勝負だ!!」


 花にはっぱをかけられた野口は笑って答えた。


「はは。いつも小谷のが悔しがってんじゃん。」

「う、うるさい!!

 いいから、1対1やるよ!!」

「はいはい。」


 そう言って、野口は真剣な表情でディフェンスの姿勢をとった。




「…ふぁ~~眠い…」


 昼休み、弁当を食べた後、花は眠気眼であくびをしながら、飲み物を買いに廊下を歩いていた。


 連日のフェリアドFCの練習と公園練習に慣れては来ていたが、それでも疲れは中々取れないのであった。


 すると、廊下で携帯をいじっていた谷が花に声を掛けた。


「よぉ、小谷。

 ちょっといいか?」

「ん?どったの?

 谷君が声を掛けてくるなんて、珍しい。」


 花は目をこすりながら、谷に返事した。

 谷は携帯をポケットにしまい、花に聞いた。


「小谷って昭義と夜練習してんだよな?」

「…なんかその言い方いかがわしいね…」

「…お前は馬鹿か。」


 谷は表情を崩さず、冷淡に花に突っ込んだ。

 谷はため息をついて、話を続けた。


「まぁ、いいや。

 いつもどんな練習してるんだ?」

「どんな練習って、二人だけだからね。

 基本、1対1ばっかしてるよ。」

「ふ~ん…

 それって、ガチでやってる?」

「もちろん!!

 私はガチガチでやってるつもりだよ!!

 でも、中々抜けないんだよね~」


 花は悔しそうに爪を噛んだ。

 谷は花の返事を聞いて、何かを考えている様子だった。


「昭義はちゃんと体ぶつけて取りに来てる?」


 谷がえらく質問してくるので、不思議に思い、花は谷に言った。


「そこらへんはちょっと遠慮してるのか、きれいにボールだけ取ろうとするね。

 しかし、なんでまたそんなこと聞くの?」


 谷はやっぱりかとため息をついて、花に言った。


「なるほどね。

 いや、あいつ最近調子悪い…てか、調子自体は悪くないんだけど、弱点が悪化してるというかなんというか…

 まぁ、理由は何となく分かったけどな。」

「野口の弱点?

 なにそれ!?教えてよ!!」


 花は弱点というワードに飛びついた。

 谷は楽しそうな花を見て、少しだけにやついた。


「昭義は良くも悪くもきれいにボールを取ろうとするんだよ。

 あいつ、身体が小さいから、体ぶつけると負けるってのがあって、読みとポジショニングでだけでディフェンスする癖があるんだ。」

「野口って結構大きくない?」

「いや、172cmはCBにしては小さい方だよ。

 それに小学校の時はクラスで一番小さかったからな。

 中学でそれなりに大きくなったけど。

 だから、昔から体をぶつけないディフェンスが癖になってんだよ。」


 谷の話を聞いて、花は納得がいかない様子で更に谷に聞いた。


「でも、試合見たけど、結構ちゃんと体ぶつけてたと思うんだけど…」

「それはパスカットして、キープする技術があっただけだよ。」

「う~ん…それじゃあ、きれいにボール取れるんだったら、問題ないんじゃないの?」

「それが常にできるんならな。

 パスカットが出来なかったり、きれいにボールを取り切れないことのが、試合では多いからな。

 そこで大事になるのが球際の強さなんだよ。」

「…なるほど。球際の強さか。

 なんとなくわかったわ。」


 花は納得した様子だった。

 谷は真剣な表情で追加の説明をし始めた。


「そう。昭義のやつ、そういうところが弱いんだよ。

 五分五分のボールをいかに自分のものにできるかが、ディフェンスではかなり重要になるんだが、あいつはそこで一歩引いてしまう癖があるんだよ。

 時にはファールしてでも無理やり行かないといけないところも引いてしまう。

 DFなんて一番ファールするポジションなのに、あいつほとんどファールしないからな。

 そこがあいつの弱点ってわけだよ。」


 谷の説明を聞いて、花は気付いて、谷に聞いた。


「もしかして、私との練習でそれが悪化したってこと?」

「多分な。」


 谷は何も気にする様子もなく、冷淡に答えた。

 花は自分のせいで、野口に悪影響を与えてしまったと落ち込んでしまった。


 谷はそんな花の様子を見て、フォローしようと花に言った。


「まぁ、何だ…

 だから、昭義にちゃんと言っといてよ。

 女だからって容赦すんじゃねえよって。

 逆にお前からぶつかってけばいいんだよ。」


 谷の言葉を聞いて、花はハッとして楽しそうな笑顔で谷に言った。


「そうか!!その手があったじゃん!!

 任せてよ!!

 こうなったら、ガンガンおっぱいあてに行くよ!!」


 谷は花のデリカシーの無い一言に思わず、声を出して笑ってしまった。


「ぷはは。おっぱいって…

 小谷、お前面白いな~」


 すると、トイレに行こうと教室から出てきた野口が楽しそうに話をしている花と谷を見かけた。


 野口はその様子を見て、心中穏やかではなかったが、声を掛けることもなく、トイレに向かった。




 その日の部活中、野口はずっとモヤモヤした気持ちでいた。


(…なんで、こんな気になるんだよ…)


 練習をいつも通りこなしてはいたが、野口は少しイライラしていた。


「じゃあ、5対5のミニゲームするぞ!」


「はい!!」


 野口と谷は別チームとなっていた。


 対戦中、谷にボールが渡ると、野口は勢いに任せてボールを取りに行った。


 谷は虚を突かれ、野口の勢いに負けて、倒れこんだ。


 結果、野口のファールとなった。


「わ、悪い!!大丈夫か!?」


 野口は倒れていた谷に手を差し伸べた。

 谷は笑って、野口の手をつかんだ。


「やりゃできんじゃん。

 それでいいんだよ。

 もっと、ガンガン来いよ!」


 野口は谷に言われて、自分の悪いところが分かったような感じがして、谷に笑って答えた。


「おう!!

 めっちゃ倒してやるよ!!」


「それはダメだろ…」


 谷は冷静に突っ込んだ。




 練習後、野口と谷は自転車を押して、歩いて一緒に帰っていた。


「昭義は優しすぎんだよ。

 もっと、ガンガンぶつかって行かないと。」

「分かってるって。

 いっつもそれ言うよな。」


 野口は谷に散々説教されて、うんざりした様子だった。

 谷は不思議に思って、野口に聞いた。


「でも、それにしても今日は良かったよ。

 なんかあったのか?」


 野口はギクッとなりながらも、誤魔化し気味に答えた。


「い、いや。ちょっとイライラしててな。つい。」


 谷はいつもと違う様子の野口を見て、何の気なしに聞いた。


「それって、まさか、俺と小谷が楽しそうに話してたのを見たからとか?」

「そ、そんな訳ないじゃろ!!」


 野口は思わず、変な口調で食い気味に返事した。

 谷は吹き出して、声を出して笑った。


「ははは。マジかよ~

 お前、そんなことでイライラしてたのかよ~

 昭義って案外、束縛するタイプなんだな~」

「だから、違うって!!

 そもそも付き合ってねぇし!!」


 野口は慌てて、言い訳した。

 谷は面白くて、まだニヤニヤ笑っていた。


「そうか~小谷か~

 安心しろって。俺は小谷のこと何とも思ってねぇから。

 まぁ、小谷の方がどう思ってるかは知らないけどな。

 俺カッコいいから。」

「…お前はホント人の弱み握ったら、とことん攻めてくるよな…」


 野口はもう諦めて、頭を抱えていた。


 谷はふと思い出して、野口に聞いた。


「そういや、今日も小谷と練習すんの?」

「まぁな…もう茶化すなよ…」


 野口はうんざりした様子だった。


 そんな野口を見て、谷はにやついて言った。


「そうか…

 ひょっとしたら、今日はおっぱい触れるかもしれないぞ。」


「なんじゃそら?」



 続く

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