第12話 フェリアドFC


「小谷春です!よろしくお願いします!!」


花は香澄の紹介で女子サッカーチームのフェリアドFCの体験参加に来て、自己紹介していた。


「はい。よろしくね。

 今日は体験だけど、いつも通りの練習するから、頑張ってついてきてね。

 他の皆も気を抜いたら許さないからね~」


フェリアドFCの監督、川島由紀恵(かわしま ゆきえ)が笑顔ながらも厳しい言葉を皆に投げかけた。

川島は30代前半のような風貌で、花が思っていたよりも若そうに見えた。


「はい!!」


フェリアドFC一同は一斉に返事した。


香澄は花を見ながら、嬉しそうに目を輝かせていた。




フェリアドFCは創設2年目の新しいチームで、現在所属している人数は15人。

高校1、2年生で構成されている。

練習所のグランドは市営施設の土のグランドで、その時々で場所が変わるそうだった。

お金の関係上、民間の施設を借りることが難しいのだった。




(一体、どんな練習するんだろ~楽しみだな~)


ある程度、香澄から説明を受けていたため、花は緊張しつつもワクワクした気持ちが大きかった。


「じゃあ、軽くグランド2往復した後、いつも通りのアップして~

 花には香澄がアップの仕方教えてあげといて~」

「分かりました。」


そうして、早速、練習が始まった。


グランドを入って往復しながら、香澄はその後のアップの仕方を花に教えてあげた。

アップのほとんどが動的ストレッチ、所謂、動きながらの柔軟だった。


花は前に所属していたチームでやったことのあるものばかりだったので、直ぐに覚えた。


「OK。次、体幹行くよ~」


アップが終わると、休憩することなく体幹トレーニングが始まった。


花はフィジカルトレーニングはあまりやったことが無かったので、ここは中々しんどそうだった。


「花!腰下がってるよ!

 もっと上げて!!」

「は、はい…!!」


花はプルプルしながらも、精一杯ついていった。


(…他の皆が平気そうなのに、負けてられるか!!)




そうして、トレーニング終了後、いよいよボールを扱う練習に入った。


「まず、左右の足裏タッチでグランド1往復ね~」


これは花にとっては簡単なものだと思っていたが、川島から指摘が入った。


「花~顔下げちゃダメ~

 顔を左右に振りながら、全体を見ながら、ボール触って~」

「は、はい~」


花は顔を無理やり上げて、周りを見るように頑張ったが、足元のボールが離れていき、上手くいかないことが多々あった。


「花~背中が曲がってるよ~

 もっと、姿勢はまっすぐにして~」


花は返事をすることもままならず、他の皆に必死にくらいついて言った。


「OK。次、左右のインサイドタッチで。

 花~次も顔を絶対に下げちゃダメだよ~」

「は…はい!!」


そうして、個人技術の練習が進んでいった。




「はい。一旦、水とって~」


川島は個人技術の練習後、皆に休憩を命じた。


花ははぁはぁ言いながら、持ってきたスポーツドリンクを飲んだ。


(…話には聞いてたけど、既に結構きついな…)


「は、花姉さん、大丈夫?」


香澄は心配そうに声をかけた。

花はドリンクを飲み込んで、笑って答えた。


「ぷはっ!大丈夫!!

 しんどいけど、なんか懐かしい感じがして、楽しいよ!!」

「花姉さん…素敵…」


香澄は何故かうっとり花を見ていた。




「休憩終わり~次、二人一組でインサイドパスから~

 まず、右サイド想定で~」


次にパス練習に入り、花は香澄と組んだ。


「右サイド想定って何?」


花は初めて聞いた言葉を香澄に聞いた。


「えっとね。自分が右サイドにいると思って、トラップの仕方を考えるんだよ。

 例えば、ボールちょっと蹴ってくれる?」


香澄に言われて、花は香澄にパスを出した。


香澄は花に向いていた身体を開かせて、トラップした。


「あっ、なるほど。

 右サイドにいたとしたら、そうやってトラップしないと前向けないもんね。」


花は香澄の動きを見て、練習の意図を理解した。


「そういうこと。

 他にも受け方あると思うけど、とりあえず、自分の中で考えるのが大切だって言われたよ。」


香澄は楽しそうに花に説明した。

すると、川島が二人に近づいてきた。


「ついでにこの練習もできるだけ、顔を上げること。

 というか、全部の練習で顔を下げないこと。

 慣れるまで時間かかると思うけど、頑張ってね~」


川島はそう言って、他の人達の練習を見に行った。


「確かにしんどいけど、理に適ってる気はするね。」

「そうでしょ~」


そうして、パス練習は進んだ。




パス練習が終わり、鳥かご、シュート練習、ミニゲームと練習が進んでいった。


花は慣れない様子ではあったが、中学までの経験値を生かして何とかついて行っていた。


そして、随所でテクニックの高さをフェリアドFCに見せつけていた。




そうして、ミニゲームが終わった後、最後の練習が始まった。


「はい。じゃあ、ラスト!

 いつもの行くよ~」

「はい!!」


花ははぁはぁと息を切らせながら、香澄に聞いた。


「…いつものって…?」

「えっと、最後はシャトルランを10本だよ。」

「…ま、マジか…」

「し、しんどいと思うけど、がんばろ!!」

「…おっしゃ!!やったる!!」


ここまで来たらと、顔を叩いて花は気合を入れた。


 


しかし、花はバテバテで最後の方は見るも無残な姿になっていた。


(…ここまでブランクがあるとは…他の皆は最後まで走り切ってたのに…!!)


花は悔しそうな顔で最後は仰向けに倒れこんでいた。


「はい。今日は終了~お疲れ様~」


そんな花を見下ろすように川島は花に声をかけた。


「皆~片付けお願~い。

 ミーティングは外でやるから~」

「は~い。」


他の皆が慣れた様子で片づけをしていたので、花も立ち上がって、よろよろとしながらも手伝った。


その様子を川島は楽しそうに見つめていた。




片付け後、グランドの外で皆が集まり、ミーティングが始まった。


「はい。じゃあ、これで今日の動画見ながら、皆で話し合って。」


そう言って、川島は今日の練習風景を撮影していたタブレットを皆に見せた。


皆は寄り添って、真剣な表情で動画を見て、お互いの意見を言い合っていた。


「あんた、この時、寄せが甘いって!!

 そのせいで点取られてんじゃん!!」

「私はカバーリングに備えてたんだから、難しいでしょ!!

 それにあんたからの指示もなかったし!!」

「それくらい自分で判断してよ~」

「何よ~」


ほとんど喧嘩のような言い合いだった。

花は喧嘩が多いってこういうことかと、苦笑いしていた。


そんな花に川島が声をかけた。


「花。ちょっといい?」

「はい。」




そうして、皆から少し離れた場所に移動して、川島は花に手を差し伸べて、言った。


「ほい。じゃあ、今日の参加料の500円。」

「えぇ~~体験でお金取るんですか!?」

「当たり前じゃない~

 新規チームは常に資金不足なんだよ~」


花は呆れながらも、しょうがないと川島に500円払った。

お金を受け取った川島はお金を数えながら、花に聞いた。


「…どうだった?今日の練習は?」

「…正直、もっとできると思ってました…

 悔しいです…」


花の悔しそうな顔を見て、川島は声を出して笑った。


「あはは。そんな返事が来るとは思ってなかったよ~

 流石、全国MVPだけあって、負けず嫌いだね。」


花は少し恥ずかしくなって、ふてくされ気味に答えた。


「そ、そんなの…普通ですよ…普通。」

「ふふ。これまで体験に来た子はね。

 しんどかったとか、楽しかったとか言ってたけど、これだけ本心をさらけ出してくれる子はいなかったよ。

 つまり、花はちょっと変わった子ってこと。」


川島はニヤッと笑いながら、花に言った。

花はぐぬぬとなりながらも、言い返せなかった。


そして、川島は話を続けた。


「練習中ずっと、顔を上げるように言ってたけど、何でだか分かる?」

「そりゃ~周りが見えてないと適切なプレーができないからじゃないんですか?」

「その通りなんだけど、私が思うにね。

 その方がずっとサッカーが楽しくなるからなんだよ。」


花はうん?と首を傾げた。


「サッカー90分の間にボールを保持してる時間ってどんくらいか知ってる?」

「え~と、かなり短いとは聞いたことがあります。」

「うん。実は1分って言われてる。

 じゃあ、サッカー90分の間に走ってる距離って知ってる?」

「ん~~ハーフタイムの平均距離では5、6㎞って出てるのは見かけたかな~?」

「良く知ってるね。

 大体9㎞から12㎞って言われてる。

 90分に10㎞走れって言われたら、スポーツやってたら結構余裕で走れる距離なんだよね。

 それじゃあ、例えば、90分の間にボールは1分しか触れない、走れる距離も限られてるって考えた時、サッカーって何に一番時間を取られてると思う?」


花はずっとサッカーをやってきたけど、そんなことは考えたことが無かったので、難しい表情でう~んと考え込んだ。

川島は笑いながら、花の答えを待っていた。


そして、花は答えを出した。


「…考えてるんじゃないですかね?

 どうやったらフリーでボールがもらえるかとか、どうやったらボールが取れるかとか、どうやったらゴールできるかとか…

 そういう時間が長いと思います。」


川島は花の答えに嬉しそうにして、花に言った。


「そう!私もそう思う!!

 多分、答えは一つじゃないと思うんだけど、私もサッカーで一番重要なのって、「考える」ってことなんだと思ってる。

 流石、花!分かってるじゃん!!」


川島は若者のような口調で、花に言った。


(この監督、一体、いくつなんだ?)


花は口に出して、聞こうとは思わなかった。


「でね。

 要は周りを見てないと考えることもできないじゃん?

 ボール持ってる時も、持ってない時も常に全体を見て、考えてプレーする。

 そして、自分の考えてた通りに人とボールが動いて行ったら、それが滅茶苦茶楽しいんだよ!」


川島は本当に楽しそうにしていた。

花もなんだかワクワクした。


「だから、私の練習では顔を上げるように心掛けてるってわけ。

 理解してくれた?」

「はい!」


そして、川島は真剣な表情で花に言った。

 

「あとね。私はスポーツ選手を育てようと考えてるの。

 どんな時でも、スポーツ選手っていうのは下を向いちゃダメなの。

 どんなに批判されても、どんなに失敗しても、どんなに負けても…

 絶対に下を向いてはダメ。

 その責任がスポーツ選手にはある。

 だから、もし私のチームに入るなら、その覚悟はしておいてね。」


花は川島の言葉を聞いて、体がぶるっと震えた。


恐らく、武者震いというやつだと花は感じて、笑って返事した。


「はい!!もちろん!!」


川島はニコッと笑って、花に入会手続きの用紙を渡した。


「月謝のこととか書いてるから、一応、親御さんと相談してね。

 ちなみに入会金はもうもらったから、いらないからね。」

「えっ?」


花が用紙を見ると、入会金500円と書かれていた。


「じゃあ、始めに渡した500円て参加料じゃなかったんですか?」

「あはは~どうせ入るだろうなと思って。

 親御さんに反対されたら、ちゃんと返すよ~」

「何ですか。それは…」


花は川島監督という人間がどういう人間か少し分かった気がした。

そして、花は自信満々な顔で川島に言った。


「じゃあ、ちゃんと持っといて下さいよ!

 意地でも入りますから!!」


川島は楽しそうな顔で花に答えた。


「ようこそ。フェリアドFCへ。

 これから、よろしくね。」



そうして、花は再びサッカーを始めることとなったのだった。


続く

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