第10話 女子会 ~その1~

 

「…ふぅ…」


 夏休みの初旬、加奈は夏期講習を終えて、帰宅していた。


 すると、ポケットに入れていた携帯がブルルと震えた。


 加奈が携帯を見ると、花からのメールが届いていた。


「この前言ってた子、香澄ちゃんと私んちで遊ぶことになったんだけど、加奈も来ない?」


 加奈は既に花から香澄のことは聞いていたのだった。

 加奈はニコッと笑って、直ぐに返信した。


「行くよ~

 香澄ちゃんとお話したかったし~」


 そうして、加奈はそのまま携帯を見ながら、花からの返信を待った。


「了解。詳しい日時はまた連絡するね~

 では、公園練習行ってきます!」


 加奈は花の返信を確認して、携帯をポケットにしまった。




 すると、前方に自転車に乗って信号待ちをしている野口がいた。

 加奈は小走りで野口に近づいていき、野口に声をかけた。


「おっす~~野口君~」

「よぉ。奇遇だな。

 そっか、伊藤の家って小谷んちの近くだもんな。」


 加奈に声をかけられた野口は自転車から降りた。


「今から、花の練習に付き合いに公園に行くの?」

「そうそう。

 正直、部活終わったばっかだから、かなりしんどいんだけどな…」

「あはは。大変だね~」

「…あいつ、待ってるだろうけど、今日はゆっくり行くわ。」


 そう言って、野口は疲れていたこともあって、途中まで加奈と歩くことにした。




「…そう言えば、花にチームを紹介する件、本当に手伝ってくれたみたいだね。

 ありがと。」


 加奈は笑って、野口に言った。


「まぁ、俺もあいつくらい上手い奴があのままってのは、納得できてなかったからな。

 成り行きだよ。」


 野口はやや照れくさそうにしていた。


「いやいや。花がサッカーをまた始めようと思っただけでも、私は嬉しいんだよ。」


 加奈は本当に嬉しそうな笑顔だった。

 そんな加奈を見て、野口は加奈に聞いた。


「伊藤はなんでそんなに小谷にサッカーやらせたいんだ?」


 加奈は野口の質問に考えながら、答えた。


「う~ん…私って花のことが大好きなんだよ。

 だから、花がつまんなそうにしてるのって、嫌なんだよね。

 花ってホント、サッカー以外の時はつまんなそうだからさ。

 野口君も分かるでしょ?」

「それは分かる…

 小谷は顔にすぐ出るからな…」

「ははは~そうでしょ~

 それにちょっとね…」


 加奈は少しためらった様子を見せたが、野口の肩を軽く叩いて、言った。


「…まぁ、乙女にはちょっと色々ある訳よ~

 とりあえず、野口君には感謝してるってこと。」


 野口は何のことかさっぱり分からなかったが、追及はしないようにした。

 そして、野口は少し真面目な顔で加奈に言った。


「ただ、まだあいつがチームに入るかどうかは分かんないからな。

 後は小谷自身で決めることだと思うから、俺はこれ以上、何も手伝えることはないぞ。」

「まぁ、後は任せてよ。

 私も少しはあの子の背中を押してあげようかなって思ってるからさ。」


 加奈は胸を張って、野口に言った。


「そっか。

 それなら、しゃあなしであいつがチームにいつでも入れるように練習に付きやってやるか~

 そゆことで先に行くわ。

 じゃあな~」

「うん。じゃあね~」


 野口は自転車に乗り、公園に向かって走って行った。


 加奈はそれを手を振って見送った。




 花、加奈、香澄の3人で遊ぶ約束をした当日、花は電車で来る香澄を家まで案内するために駅の前で待っていた。


「いたいた~こっちだよ~」


 花が香澄を見つけて、手を振って、声をかけた。


「は、花姉さん!」


 香澄は花を見つけるや、直ぐに目をキラキラさせて、花へと走って行った。


「こ、こんにちわ。花姉さん!

 き、今日は誘ってくれてありがとう!!」

「こんちわ~

 そんな嬉しそうな顔されると、何か恥ずかしいわ~

 それにしてもなんか気合の入った恰好してるね~」


 香澄はヘアバンドをして、前髪をあげ、白色のワンピースの可愛らしい恰好をしていた。

 香澄は何故か照れながら、花に言った。


「だ、だって、花姉さんのお家に行くんだから、ドレスコードには気を付けないと。」

「い、いや、私んち、そんな豪邸じゃないからね?

 どんな家だと思ってるのよ。」


 花は浮かれている香澄に冷静に突っ込んだ。


「じゃあ、行こっか。

 加奈は暑いからって、家で待ってるよ。」


 そうして、花と香澄は花の家まで向かった。




「おぉ~いらっしゃ~い。

 ゆっくりしてってね~」


 花の部屋に到着すると、加奈がまるで自分の家かのようにくつろいでいた。


「いや、あんたの家じゃないんだから。

 それは私のセリフでしょうが…

 買ってきたアイスあげないよ…」


 花は呆れて、帰り際に香澄と買って来たアイスを取り出した。


「あはは。ごめんって~

 とりあえず、初めましてだね。

 伊藤加奈です。

 よろしくね~。」


 加奈はニコッと笑って、香澄に自己紹介した。

 香澄はカチコチに緊張しながら、加奈に返事した。


「あ、はい…

 さ、斉藤香澄です…

 よ、よろしくお願いします…」

「そんな緊張しなくていいって~

 私の時はそんなじゃなかったじゃん。」


 花は緊張している香澄を見て、笑いながら言った。

 香澄は花の服の裾を握って、恥ずかしそうにボソッと呟いた。


「は、花姉さんは憧れの人だったから、舞い上がってて…

 じ、実は私、すごく人見知りなんです…」

「そ、そうだったんだ。

 なんかそれはそれで見た目通りというかなんというか…

 まぁ、加奈はこんなだけど、すっごい良い子だよ。

 だから、大丈夫だって~」

「ん~一言多い気がするけど、まぁいいや。

 とりあえず、ゆっくりおしゃべりしながら、慣れてもらったらいいよ~

 とにかく、アイス頂戴よ~」

「はいはい。」


 そうして香澄は花にべったりとくっつき、対面に加奈が座って、3人でアイスを食べることにした。




「え~と、まず、始めに聞きたいんだけど…

 「花姉さん」って何?同い年だよね?」


 加奈はアイスを一口食べて、話を切り出した。


「そこからか~

 なんと説明してよいやら…

 香澄ちゃんはあだ名で呼ぶのが癖みたいで、結果、私のあだ名が「花姉さん」になった訳よ。」

「ほう。良く分からん。

 じゃあ、香澄ちゃん。

 私にもあだ名つけてよ~

 何でもいいよ~」


 加奈は香澄と仲良くなろうと、香澄に提案した。

 香澄はアイスのスプーンをくわえながら、加奈をじっと見つめて、少し考えた後、加奈に言った。


「…か、「カナリン」はどうですか?」

「おぉ~いいね~可愛らしいし。

 これからは私のこと「カナリン」って呼んでね。」

「わ、分かりました!カナリン!」


 少し慣れたのか、香澄は加奈を見ながら、はっきりと答えた。

 加奈は嬉しくて、花に向かって言った。


「この子、めっちゃ可愛いね!

 抱きしめたい!!」

「まだ、やめときなさい。

 もうちょっと慣れてからじゃないと。」

「そ、そっか。何か猫みたいだね…」


 加奈はまだ気になることがあったので、続けて香澄に聞いた。


「花が憧れの人って、やっぱり女子サッカー界では花って有名なの?

 一応、全国大会で優勝してるしもんね。」


 香澄は加奈の質問に身を乗り出して、加奈に説明し始めた。


「は、はい!

 それはもう有名ですよ!!

 優雅な柔らかいボールタッチに正確なシュート…

 まるで空からグランドを見てるかのような正確なスルーパス…

 どれをとっても一流の技術…

 それに何より、カッコいい…

 とにかくもうカッコいいんですよ!!カナリン!!」


 香澄の勢いに押されて、加奈はアハハと笑うしかできなかった。

 花は慣れたようで、アイスを口にしながら、加奈に説明した。


「香澄ちゃん、オンの時はいっつもこんな感じだから。

 気にしないで。」

「ははは~なんとなく分かってきたわ~」


 花もこの機会にと、香澄に聞いてみた。


「そういやずっと聞こうと思ってたんだけど、ひょっとして、香澄ちゃんって野口にディフェンスの仕方教えてもらってた?」

「は、はい。

 私、小学校からあっくんと一緒にサッカー始めたんで、それからずっとあっくんにディフェンスを教えてもらってました。

 なんで分かったんですか?」

「やっぱり。

 なんか距離の詰め方とか、読みとか似てるなと思って。」


 花は納得した様子だった。

 しかし、加奈はそんなことよりも気になることがあった。


「ちょっと待って。

 もしかして、あっくんって野口君のこと?」

「そうですけど…」

「へぇ~…そうなんだ…」


 加奈はニヤッと花を見た。

 花は絶対にそんな顔をするだろうなと思っていたので、そっぽを向いた。

 加奈は面白がって、香澄に聞いた。


「香澄ちゃんってさ。

 …実は野口君と付き合ってたりするの?」


 そっぽを向いた花がピクリと動いた。


「そ、そんなことありませんよ!!

 あっくんはただの幼馴染で、男女の関係とかではないですよ!!」

「そっかそっか~~

 花~だってさ~」

「なんで、私に言うのよ…

 別にどうだっていいよ…そんなこと…」


 花はふてくされたような顔をした。

 加奈はそれが面白くてたまらなかった。


 すると、香澄が花にピタッとくっついて、恥ずかしそうにしながら、言った。


「そ、それに私、男の人にはあんまり興味が無くて…

 どちらかというと女の人の方が魅力的に見えるというか…」


 加奈は香澄の様子を見て、愕然とした。


「は、花…あんた、まさか…」

「違うから…

 この子がそういう子ってだけだから…」


 花は呆れて、ため息をついた。

 加奈はホッとして、話を変えようと花に言った。


「結局、花は香澄ちゃんのチームに入るの?」


 香澄は目をキラキラさせながら、花を見つめた。

 花は慣れた様子で香澄を無視しつつ、加奈に答えた。


「今はまだ考え中。」


 香澄は目に見える形でがっくりしていた。

 加奈は香澄の様子が面白くて、笑った。


「あはは。まぁ、そんな簡単には決められないか~

 ちなみに香澄ちゃんのチームってどんな感じなの?」


 香澄は少し真面目な顔になって、考えながら、答えた。


「そうですね…

 一言でいうと、すごく厳しいです。

 コーチが元女子日本代表の人で練習内容がかなりハードですね。

 だから、実はやめてく人が多くて、いつも人数がギリギリなんですよね。

 でも、流石は理に適ってるというか、自分で考えないといけないところは考えさせてくれるというか…

 残っている人は皆真剣で、私はとても良いチームだと思っています。」


 加奈は香澄のちゃんとした答えに少し面食らって、香澄に笑顔で言った。


「へぇ~日本代表ってすごいじゃん。

 香澄ちゃんもサッカーのことだと真面目になるところが花に似てるね。」

「私が花姉さんに似てる?

 ホントですか!

 う、嬉しい…」


 香澄のうっとりとした顔を見て、花よりも分かりやすい子だなと加奈は思った。


「で、花はしんどそうだから、ためらってるってこと?」

「違うよ!!

 加奈も分かってるでしょ!!」

「はは。冗談だって。

 分かってるってば。」


 香澄は気になっていることを花に聞いた。


「花姉さんはどうしてサッカーをやめたんですか?」


 花は一瞬止まったが、誤魔化すようにすぐに返事した。


「ん~~それはおいおいね。

 それより、良かったら二人とも今日泊まってく?」

「おぉ~いいねぇ~泊まってく~」

「いいんですか?」

「いいよいいよ~

 加奈なんてしょっちゅう泊まってるから。」

「じゃあ、泊まります!!

 花姉さんと一夜を共にするなんて…」

「…私もいるんだけど…香澄ちゃん…」


 そうして、3人は花の家に泊まることになったのだった。 


 続く

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