第9話 ライバル?

 

「こんちわ~よろしくお願いしま~す。」


 翌日、野口との約束通り、BOCAにやってきた花が元気よく受付にコサルの料金を出した。


「はい。

 じゃあ、いつも通り、2階正面のコートでやるから、よろしくお願いします。」

「は~い。」


 花は受付を済まして、そのまま慣れた様子で二階へと上がっていった。


 すると、野口が既に2階の長椅子に座って準備をしているのが見えた。


「今日は早いね…」


 花が野口に声を掛けようと近寄っていくと、いつもと様子が違っていたので、立ち止まった。


 野口は隣に座っている同い年くらいの女の子と楽しそうに話していたのだった。

 女の子は前髪が長く、目を伏し目がちにしているおとなしそうな子だった。


 野口は固まっている花に気づいて、声を掛けた。


「よぉ。今日は俺のが早かったな~」

「う、うん。そうだね。」


 花はなぜか棒読み気味に返事した。

 すると、野口の隣にいた女の子が野口の服の裾を握って恥ずかしそうにしながら、野口に言った。


「あっくん。あの…」


(…あっくん…だと…)


 花は聞きなれない呼び方に心中穏やかではいられなかった。

 野口は特に気にする様子もなく、花に女の子を紹介した。


「あぁ、そうだな。紹介するよ。

 こいつは斉藤香澄(さいとう かすみ)って言って、俺とは小さい頃からの知り合いだよ。

 同い年で所謂、幼馴染ってやつになるかな?」


(…幼馴染…だと…)


 花はどうしてかショックを受けて、未だ固まっていた。

 野口はそんな花を不思議そうに見て、花に言った。


「どうした?

 小谷ってそんな人見知りだっけ?」

「い、いや。ごめん。

 ちょっと、ぼ~としてただけ。」


 花はハッと我に返って、一旦、深呼吸して、自分を落ち着かせて、自己紹介しようとした。


「こんちわ~私は…」

「こ、小谷花さんですよね?」


 花が言い終わる前に香澄が花の名前を言った。

 花は驚いて、香澄に答えた。


「えっと~あれ?

 なんで知ってるの?」


 香澄は伏し目がちな目をキラキラさせながら、花に近づいて、花の手を握った。


「じ、実はファンだったんです!!」

「は、はい?」


 花は、香澄の勢いに驚いて、戸惑った。

 香澄はついやってしまったと、握っていた手を放して、モジモジしながら、説明した。


「じ、実は私もサッカーやってて、覚えてないと思うんですが、何度か花さんと試合やったことあるんです。

 そ、それで、あんまりにも上手で素敵だったんで、あこがれてたんです。

 全国大会でも優勝して、本当すごいです!!

 だ、だから…その…今日はよろしくお願いします!」

「そ、そりゃどうも…

 こちらこそ、よろしく。」


 花は香澄があまりにも褒めてくれるので、気恥ずかしそうに頭を掻いた。


(見た目の割にグイグイ来るけど、良い子?なのかな?)




「コサルの人集まってくださ~~い。」


 そうして話している内にコサルが始まろうとしていた。


「女子は同じチームにならないよう隣同士にならんでね。」


 受付の人に言われるまま、花と香澄は隣同士に並んだ。

 そして、チーム分けがされて、野口は花と同じチームになり、香澄は別のチームとなった。


 順番により、1試合目から香澄との対決となった。




「…ねぇ、大丈夫なの?あの子?」


 花はこっそり野口に聞いた。

 野口は笑って、花に言った。


「大丈夫。

 フットサルはあんまりやったことないと思うけど、ああ見えて、結構やるからな。

 お前こそ、気を抜くなよ。」

「…野口がそう言うなら…」


 花は半信半疑ながらも香澄をチラッと見た。

 すると、慣れた様子で前髪を分けて、スポーツ用のヘアバンドをして、伏し目がちだった目をキリッと上げて、今までとは全く違った真剣な表情になっていた。


 花はそんな香澄を見て、ワクワクして、笑った。


(…どんなプレーするのかな…楽しみだな…)


 ピィ~~~~


 そして、早速、試合が始まった。




 始めにボールをもらった野口が右サイドにいた花にパスをすると、素早い動きで香澄が花との距離を詰めた。


(早い!!)


 距離を詰められた花は前を向けず、後ろにいる野口にボールを返した。


 その後も香澄は全体のバランスを取りながら、花のチームに素早いプレッシャーをかけ続け、ミスを誘発し、香澄のチームが一点を取った。




「…なるほど、そういうプレイヤーか…

 守備的MFって感じだな…」


 花は汗を拭いながら、呟いた。


「なっ?結構やるだろ。」


 野口はいつもの嫌な笑顔で花に言った。


「あんたね…こっちが1点取られたんだから、笑ってないで、もっと頑張りなさいよ!!」

「えっ?俺笑ってたか?」

「…もういい。」


 そんな問答をしている内にゲームが再開した。




 ゲームは香澄チームの勢いが強く、花チームが攻め込まれていたが、野口がボールを奪取して、カウンター気味に花にボールが渡った。


 すると、香澄が素早く花にプレッシャーをかけに来た。


(いっつも野口と1対1やってるんだから、女の子には負けられないよ!!)


 花はボールを足裏で止めて、距離を詰めてきた香澄の股を抜いた。


 花はそのままGKと1対1になるかと思いきや、抜かれつつも香澄が花の腕に手をかけながら、最後までくらいついてきた。


(…この…!!)


 香澄のプレッシャーがあり、体勢を崩した状態でシュートを打ったが、何とかインサイドでゴールのサイドネットを揺らした。


 しかし、花はそのまま倒れこんでしまった。



「ご、ごめんなさい!!」


 香澄がすぐさま、花に駆け寄って手を差し伸べて、謝った。

 花は笑って、香澄の手を取り、グイッと体を起こした。


「良いって!

 今のはファールじゃないよ。

 もっと、ドンドンきていいよ!!

 全部抜いてやるから!!」


 香澄は嬉々とした顔をして、花に言った。


「は、はい!!」





「いや~~斎藤さんってスタミナすごいね~~

 最後の方は中々抜けなかったよ~~」


 コサル終了後、BOCA1階の休憩室で花は香澄と野口、3人で談笑していた。


「で、でも、やっぱり、花さんはすごいです…

 女の人にこんなに抜かれたのって初めてです…」


 香澄はモジモジしながらも、嬉しそうにしていた。

 花はいつもとは違う充実感で一杯になっていた。


「野口と違って、女の子同士だから、遠慮なく体ぶつけてくれるし、すごい楽しかった~

 また、来てよ~斎藤さん。」

「そ、そんな…香澄でいいですよ…」


 試合中とはうってかわって、弱気そうな香澄を見て、花は笑った。


「ははは。じゃあ、香澄ちゃん。

 これからもよろしくね~」


 香澄は花の言葉を聞いて、嬉しくなり、一層モジモジした。

 そして、香澄は顔を伏せて迷っていたが、意を決して、花にお願いした。


「あ、あの…「花姉さん」って呼んでもいいですか!?」


「は、はなねえさん?

 い、いや、好きに呼んでくれたらいいけど…

 なんで、同い年なのに?」

「だ、だって、サッカーが上手くて、言動もカッコよくて、お姉さんって感じで…

 だから、「花姉さん」って呼ばせてください!!」

「わ、分かったよ…」


 花が了承すると、香澄は一層嬉しそうな顔をした。

 花は何だか照れくさい顔をしていた。

 野口は香澄のことを花に説明した。


「香澄は昔から、なんかしらのあだ名をつけたがる奴なんだよ。

 俺のことを「あっくん」って呼ぶのもこいつくらいだよ。

 見た目はおとなしそうだけど、変なとこで図々しいというか…

 よろしくやってくれよ。」

「な、なるほど。

 中々変わった子だね。」


 花は野口が「香澄」と下の名前で呼んでいることに若干の引っ掛かりを覚えたが、とりあえずは気にしないようにした。


「とにかく、まぁ、二人が仲良くなって良かったよ。

 誘ったかいがあるってもんだ。」

「香澄ちゃんって、野口が誘ってくれたの?」

「ん?まぁ…そういうことだな…」


 野口はどうしてか言いよどんだ。

 花がそんな野口を不思議そうに見つめていると、香澄が花に言った。


「は、花姉さん…

 花姉さんって、所属しているチームってないんですよね…?

 じゃあ、私の居るチーム、「フェリアドFC」って言うんですけど、良かったら入りませんか?」

「えっ?」


 花は香澄の提案に驚いた。


「じ、実はあっくんに良かったらチームに誘ってほしい奴がいるって聞いて、今日来たんです!

 ま、まさか、憧れの花姉さんだったなんて、びっくりでした!

 今日一緒にやってみて、核心しました!

 間違いなく私達のチームは花姉さんに合うと思うんです!!

 だから、是非!!」


 香澄は花の手を握って、試合中のようなワクワクした楽しそうな顔をしていた。


「ちょ、ちょっと待って!

 一旦、落ち着いて!!」


 花は香澄の勢いに戸惑っていた。


「ご、ごめんなさい…つい…」


(この子はオン・オフの違いが激しいな…)


 そして、花は落ち着いて、香澄に言った。


「えっとね。香澄ちゃん。

 今日のところは香澄ちゃんと友達になれたということで、チームのことは少し考えさせて。

 私も私なりの理由があって、チームに入ってないんだよ。

 だから、もうちょっと待ってくれる?」

「は、はい!分かりました!!花姉さん!!」


 香澄は花の友達という言葉が嬉しくて、握っていた手をより一層強く握った。

 花もなんだか嬉しくなって、ニコッと笑った。


「てか、野口もそういうことなら私に言っといてよ~

 言っといてくれたら、もうちょっと心構えとかできるじゃんか~」

「いや、香澄も変わったところあるから、小谷と仲良くできるか分かんなかったんだよ。

 でも、その心配はなさそうで良かったよ。」


 野口は二人の様子を見て、安心しているようだった。


「…あっくんはもう少し、私を信じてくれてもいいのに…」

「悪い悪い。

 まぁ、結果良ければなんとやらってやつ?」

「…まったく、もう…」


 花は二人の会話を聞いて、少しイラッとしたのだった。


 続く

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