第8話 花のためらい

 

「…段々部活とこの練習にも慣れてきたわ。」


 期末テストが終わって、夏休みに入る直前、いつものように野口は花との公園練習後にベンチに座って、呟いた。


 花はまだやり足りないのか、野口の前でリフティングをしていた。


「慣れるのはいいけど、ちょっとは私にも抜かせてよ~

 やればやるほど中々抜けなくなってきたんだけど~」


 花はリフティングをしながら、不満げに野口に言った。

 野口は何故かうなだれた。


「…その言い方、他人に聞かれたら、すげぇ誤解される気がするんだが…」

「?どういう意味?」

「なんでもねぇよ…」


 野口は大きなため息をついた。



 しばらくして、野口はずっと聞きたかったことを真面目な顔で花に聞いた。


「…小谷って、なんでチームに入らないんだ?」


 花はリフティングをしていたボールを手に取った。


「…まぁ、そろそろ話しといた方がいいか~」


 そう言って、花は野口の隣に座った。

 そして、誤魔化し気味に笑いながら、花は話し始めた。


「…中学ん時のチームでさ。

 私、1年から試合に出てたわけよ。

 自分で言うのもなんだけど、幼稚園の頃から結構本気でやってたから、実力があった訳だよ。」

「ホント自分で言うのもなんだな…」

「…茶化すなら、話やめるよ…」

「…ごめん。今のは俺が悪かった。」


 野口は花に余計なツッコミを入れたことを素直に謝った。

 花はフフッと笑った。


「で、1年の頃はさ。必死だったから、あんまり気にならなかったけどさ。

 やっぱり、やっかみっていうの?

 結構、嫉妬みたいな陰口みたいなのは言われるわけよ。

 私のせいで試合に出れなかった子達とかにさ。」


 野口は黙って、花の話を聞いていた。

 花は手に持っていたボールを足元に置き、足で転がながら、話しを続けた。


「とりあえず、気にしないようにして、私なりに一生懸命頑張った訳よ。

 そんで、2年の頃には全国大会で優勝して、MVPにもなったんだよ。」

「マジで!!そんなにすごかったんだ!?」


 野口は驚いて、思わず声を上げた。


「うん。

 あの時はうれしかったな~

 皆も泣いて喜んでさ~

 今まで言われてたこととかも吹っ飛んだよ~」


 花は昔を思い出すようにして、上を向いて笑っていた。


「んで、3年になるとキャプテンに指名されてさ。

 より一層、頑張った訳よ。

 今度も優勝するぞ!って。

 …でも、私って思ったら言葉にしちゃうタイプだから、反感買っちゃったのか、ちょっとチームのムードが悪くなっちゃったんだよね。」


 花は顔をまたボールに向けて、俯いた。


「そしたらさ~

 ある子に言われたんだよ~

 「花とサッカーするのは楽しくない」ってさ~

 …今まで散々陰口言われてきたけどさ…

 …その言葉だけは妙に辛くってさ…

 …思いっきり暴れちゃったんだよ。」

「…ちょっと待て。マジで?

 暴れたってどゆこと?」


 野口は思っていた話の流れと違っていて、聞かずにはいられなかった。

 花は笑って、野口に答えた。


「ははは~

 暴力とかはしてないよ~

 更衣室の物を蹴ったり、椅子を投げたり、とりあえず、うっぷんを晴らしたって感じだよ~」

「…な、なんかすげぇな…

 ある意味尊敬するわ…」


 野口はどうしてか感心していた。


「とまぁ、そんな感じでチームに居づらくなって、やめたって話。

 だから、野口が私とボール蹴るのは楽しいって言ってくれたのが、すっごい嬉しかったんだよ。」


 花は野口の方を向いてニコッと笑って、話し終えた。


 野口は考えているような真剣な表情をしていた。


「よくある話ではあるよな。チームスポーツしてると。

 違うチームでやろうと思えない理由ってのは何となく分かったよ。

 …要は怖いってことだろ?」

「そういうこと。

 ビビってるんだよ。私は。

 情けないけどね。」


 花はそう言って、立ち上がって、再びリフティングを始めた。


 野口は楽しそうにボールを蹴る花を見て、少し迷ったが、花に聞いた。


「…でも、サッカーはしたいんだよな?」

「うん!もちろん!」


 花はリフティングをしながら、即答した。


 野口はそんな花に話し始めた。


「…じゃあ、そのままだと小谷、その内、一杯一杯になって、余計辛くなると思うぞ。」

「ん~~どゆこと?

 良く分かんないんだけど?」


 花はリフティングをやめて、野口の方を向いた。


 野口は真面目な顔で花に言った。


「正直言って、試合に出れなくなって、陰口言いたくなる気持ちも分からんでもない。

 それは嫉妬からくるのもあるけど、悔しいって思いのが強くて、自分を慰めるための言葉だ。

 だから、本心であることは少ないんじゃねぇかな?」


 花は黙って、野口の話を聞いていた。


「届かない実力に対して、どうすればいいのか分かんなくなる時があるんだよ。

 その気持ちが一杯一杯になって、全然思ってもないことを言って、自分を慰めてしまうんじゃないかなと俺は思う。

 小谷もどうしたらいいのか分かんなくなって、一杯一杯になって、暴れたんだろ?

 そんなことは正直したくなかったんだろうけどさ。

 人間、一杯一杯になったら、本心とは違う形で吐き出しちゃう生き物なんだよ。きっと。」


 野口は立ち上がって、花にボールを要求した。


 花は野口の方にボールを蹴った。


「要はさ。

 このまま、サッカーしたいのにできないって状況が続いたら、暴れた時と同じような辛い思いをするんじゃないかって思ったんだよ。」


 野口は花にパスをしながら、言った。


 花は野口のパスをトラップして、俯きながら、野口に言った。


「…じゃあ、どうすればいいんだよ…!

 チームに入っても同じ目に会うかもしれないし、チームに入らなくても辛い目に会うかもしれないとか…

 そんなの…そんなの……たまんないんだけど…」


 花はそう言って、止まってしまった。




 野口はしばらく黙った後、花に話しかけた。


「…一番の解決方法は本気のチームに入ることだ。」


「本気のチーム?」


 花は顔を上げて、野口を見た。


「マジでやってるチームってのは陰口なんて言ってられない程、ベンチメンバー含めて、ポジションを狙ってくる。

 俺から言わせれば、陰口言ってる暇のあるチームなんて、本気のチームじゃない。

 全員が勝つためだけに練習する。

 そんなチームに入れば、それだけしんどいだろうけど、絶対に前のチームと同じ感じにはならんと思うぞ。

 てか、小谷は慣れあいのチームより、絶対にそういうガチのチームのが合ってるだろ。」


 花は野口の話を聞いて、一瞬ワクワクしたが、再び、俯いて野口に聞いた。


「…でも、そんなチームが都合よくあるの?」


 野口はニコッと笑って、花に言った。


「小谷が本気でサッカーがしたいなら、自分で探してみろよ!!

 そういうのも楽しいだろ!」


 花は顔を上げて、野口を見た。


 野口が何だかいつもと違う感じに見えて、不思議だったが、花もニコッと笑って、言った。


「うん!!そうする!!

 ありがと!!

 なんか元気出てきたわ!!」


 花は決心したような顔をしていた。


 野口はそういえばと何か思い出したように花に言った。


「明日のコサル行く?」

「野口が行くなら行くと思うけど、なんで?」

「いや、特に理由はないんだけど…

 最近行ってなかったから、久しぶりにと思ってな。

 なら、行くか。」

「おぉ!!行くぞ!!」


 花はやる気満々に強めのパスを野口に出した。


 続く

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