花がサッカーを始めるまで
第6話 花と野口
「…とまぁ、案外、悪い奴ではなかったみたいなんだよ。」
休日、花は加奈の家に遊びに来て、野口との一件を話していた。
「ほぉ。そりゃよかったね~
何にせよ、花がまたボール蹴り始めて、私は嬉しいよ。」
お菓子を食べながら、加奈はニコッと笑った。
「でも、別に今までだって、一人でボール蹴ってたよ?」
「そうかもだけど、一人でやるのと複数でやるのとで、全然違うでしょ?
花は直ぐに顔に出るからね。
サッカーやめてからの花はホントつまんなそうだったからさ。
今はあきらかに楽しそうだもん。」
「そ、そうかな?」
加奈に何でも見透かされている気がして、花は少し恥ずかしくなり、ごまかし気味にお菓子を頬張った。
「それにしても、男子とメールするなんて、花らしくない。
ひょっとして、好きになっちゃったの?」
加奈は意地悪そうな顔で花に聞いた。
「…絶対、そう言うと思ってたわ…
昨日今日でそんな直ぐに好きになる訳ないじゃん。
ただ単にあいつをもっと抜けるようになりたいだけだよ。」
花はうんざりした顔で加奈に答えた。
「そうなんだ。
花らしいっちゃらしいけど、なんかつまんないな~
まぁ、花に彼氏ができたら、もっとつまんないんだけどね~」
「…ホントに人の幸せを願わない人だよね…あんたは…」
「いやいや、そういうんじゃなくて、私と遊んでくれなくなるじゃん。
だから、つまんないってことだよ。」
「それはそれで、自分勝手すぎるでしょ…」
花は呆れて、紅茶をずずずと一口飲んだ。
「そんな話は置いといて、サッカーチームは探してるの?」
加奈は一番聞きたかったことを花に聞いた。
「…いや…まだちょっと、サッカーを始めるには体ができてないというか…
もうちょっと準備が必要というか…」
花は顔を伏せて、言いよどんだ。
加奈はため息をついて、花に言った。
「そんなこと言って、要はビビってるってことでしょ?
態度の割には気が小さいんだから。花は。」
「う、うるさいな~
私だって、色々考えてるんだよ!!」
花は怒って、お菓子を口いっぱいに頬張った。
そんな花の様子を見て、加奈は頬杖つきながら、笑った。
「まぁ、まだ早いか。
あんなことがあった訳だし、ゆっくり決めたらいいと思うよ。」
「なら、初めからビビってるとか言うなよ~」
「ははは。ごめんごめん。
楽しそうな花を見てたら、いじめたくなっちゃった。」
「…ホント、なんでこんなんと友達なんだ…」
そんな感じで二人の女子会は続いた。
翌週の水曜、学校からの帰宅中に慣れた様子で花は野口にメールした。
「今日、行く?」
すると、部活前だったのか、すぐに野口から返事が返ってきた。
「今月はもう金がないから、行かないな。」
花はなんだとつまらなそうな顔をして、野口に返事した。
「そっか。じゃあ、私は行くわ。」
「じゃあ、聞くなよ!」
野口からすぐに返信がきて、花はつい笑ってしまった。
そうやって、野口とのやり取りを繰り返す内にメールではなく、学校で直接話すようになった。
「今日、どうすんの?」
「あぁ~昨日の練習がすげぇしんどかったから、今日は多分行かねぇわ。」
「なんだよ~今日こそ抜いてやろうと思ってたのに~」
「はは。まだまだ簡単には抜かせねぇよ。」
「てか、今朝のレアルの試合見た?」
「見た…もうダメだな。
優勝はねぇわ。」
「いや、バルサが負けたら、分かんないって!!」
「流石にアラベスには負けんだろ~」
共通の話題もあり、直ぐに二人は仲良くなっていったのだった。
その二人の様子を遠くから加奈はニヤニヤしながら見ていた。
いつも野口の隣にいる谷はいつも全く興味なさそうなクールな顔で、携帯をいじっていた。
「はぁ~~疲れた~~~」
野口が部活から家に帰って、リビングで一息ついていた。
「おかえり~昭義、あんた知ってる~この辺で変質者が出たって話~」
野口の大学生の姉、恵子(けいこ)がファッション雑誌を読みながら、野口に言った。
「何それ?知らねぇ。」
「なんか~女子高生が襲われかけたらしいよ~
友達から聞いて、めっちゃ近いじゃんって、びっくりしちゃった~
私も怖いわ~」
「…姉貴は大丈夫だろ…」
野口がボソッと呟くと、恵子は持っていた雑誌で野口の頭を叩いた。
「いてっ!」
「今のはあんたが悪い。」
そう言って恵子は立ち上がって、自室に向かった。
野口は叩かれた頭をさすりながら、ふと思い出した。
(そう言えば、あいつ、今日コサル行くって言ってたな…
…てか、俺とか関係なしにいっつも行ってるけど…)
野口はとりあえず、シャワーを浴びようと浴室に向かった。
シャワーを浴びながら、野口は花のことを考えていた。
(…いや、流石に大丈夫だろ…家も近いし…)
シャワーを浴びて、夕飯を食べながらも、野口はまだモヤモヤしていた。
夕飯を食べ終わり、時刻は21時30分。
今、BOCAに向かえば、丁度コサル終了時刻である22時にギリギリ間にあう時間であった。
野口は時計をチラチラ見ながら、腕を組んで自室の椅子に座って、考えていた。
「あぁ~もう!!」
そう言って、野口は立ち上がったのだった。
「いや~~今日も楽しかった~~」
花はコサルが終わって、すっきりした顔をしていた。
そうして、いつものようにサッと帰り支度を済ませて、帰ろうとBOCAを出た。
すると、すごい勢いで自転車が走ってくるのが見えた。
キキィ~~
自転車は花の前で止まって、息を切らせた野口が花に言った。
「はぁはぁ…
いや~~今日はコサル行こうと思ってたんだけど、間に合わなかったか~
しょうがないから、家まで送ってやるよ…」
花はあっけにとられていた。
「いやいや、野口、全くフットサルの準備持ってきてないじゃん。」
「えっ?いや…それは急いでたからで…
レンタルで済まそうと思ってたんだよ。」
野口はごまかすような笑顔で花に言った。
花はなんだこいつと不思議そうな顔をした。
「そうなんだ…まぁ、別にどうでもいいけど…
じゃあ、送ってよ。」
「お、おう。
ここまで来たんだしな。」
そう言って、二人は花の家まで歩いてくのだった。
「…お前、俺いない時、いつも一人で帰ってんの?」
野口は送っている途中、花に聞いた。
「当たり前じゃん。歩いて5分だよ?
よっぽどのことが無い限り、一人で帰るよ。」
花は腑に落ちない顔をして答えた。
「いやいや、5分と言えど、あぶねぇだろ!
お前んちの前の道は人少ないし!暗いし!」
野口は何故か慌てた様子だった。
野口の様子を見て、花は気付いた。
「…まさか最近出た変質者の話してる?
あれ、もう捕まったよ?」
「えっ?マジで?」
「うん。
日本の警察なめたらダメでしょ。
てか、最近って言っても先週の話だし。」
「うそ!?先週!!」
野口は呆然とした後、恵子を恨んだ。
(姉貴…なんて今更な話をしやがんだよ…)
野口はため息をついて、うなだれた。
花は何の気なしに野口に聞いた。
「ひょっとして、心配になって今日、来てくれたの?」
「い、いや…それは…」
野口は必死に言い訳を探したが、見つからず、答えられなかった。
花は意地悪な笑顔で野口に言った。
「…ひょっとして、あんたって私のこと好きなの?」
野口は頭を抱えて、うんざりした様子で言った。
「ちげぇよ…なんてことを平気で聞くんだ。お前は。」
「ははは。冗談だよ。
それにしても、そんなに心配してくれなくてもよかったのに。」
花は野口が困っている様子が面白くて、笑った。
野口は笑ってる花の様子を見て、悔しそうな顔をした。
「くそ!
俺は何にもしないで後悔するより、何かしてから後悔する方がいいと思う性分なんだよ!
だから、気になったら、何でも行動しちゃうタイプなんだよ!
畜生~姉貴め~」
花は野口の言葉を聞いて、呟いた。
「野口って…いい奴なんだな。」
「…なんか、腹立つからやめて…」
「なんでよ!
素直な感想を言っただけなのに!」
「いや、だまされたような感じで自分に腹が立ってんだよ…」
「なんじゃそら?」
花は訳が分からないと言った顔で、野口は恥ずかしそうにうなだれていた。
野口は思いついて、顔を上げて、花に言った。
「俺がコサル行かない時はできるだけ、お前も遠慮してくれない?
気になるんだよ。」
「えぇ~嫌だよ~
ただでさえ誰かとボール蹴る機会が少ないのに~
野口がいっつも来てくれたらいいじゃん。」
花は野口の提案を速攻断って、むしろ野口に要求した。
「流石に欠かさずは無理だよ!
金そんなにないし。
てか、小谷はなんでそんなに行けるんだよ?」
「私はお母さんの仕事の協力として行ってるから、お金出してくれるんだよ。」
「なんだそれ?
小谷の母さんって何やってんの?」
「サッカー雑誌の編集者。」
「マジで!!すげぇ!!
なんて雑誌?」
いつの間にやら、本題から外れて、花の母、春子の話になっていた。
しばらく、春子の話をしている内に花の家の前まで到着していた。
そして、野口は本来の目的を思い出した。
「…いやいや、そうじゃなくて!
だから、コサル行くのは俺が行く時だけにしてほしいって話だ!」
「だから、嫌だって!
私、コサル無い時、一人であそこの公園でボール蹴ってるんだよ?
寂しくない?」
花はそう言って、花の家の前にある公園を指さした。
野口はそれを聞いて、花に新たな提案をした。
「じゃあ、俺が金なくて、コサル行けない時は公園の練習に付き合ってやるから!」
花は野口の提案を聞いて、腕を組んでしばらく考えた。
そして、花は野口に言った。
「…それじゃあ、毎日、付き合ってよ?」
「へっ?」
野口は呆然とした。
そんな野口を尻目に花は話を続けた。
「コサルって週に2回だけじゃん。
正直、もっと誰かとボール触りたいなって思ってたんだよ~
だから、出来るだけ、私の公園練習に付き合ってくれるなら、野口がコサルに行かないときは行かないようにするよ。」
「ちょっと待て。
それ、俺めっちゃしんどくない?」
「いいじゃん。
野口も練習量が増えて上手くなれるし、私ももっと上手くなれるし。
最高の提案だよ!」
花はニコッと笑って、野口に言った。
野口は部活+花の練習に付き合うのが毎日続くのかと、体が耐えられるのかと悩んだが、笑っている花を見ると断れず、結局、折れた。
「…分かったよ…
部活終わったら、連絡するから、それでいいか?」
「うん!
じゃあ、よろしくね~」
そう言って、花は手を振って、自宅へと入って行った。
野口は本当に大丈夫だろうかと不安になり、ため息をついて、自転車に乗って、帰って行った。
そうして、野口にとっては過酷で、花にとっては楽しい、二人の練習が始まることとなった。
続く
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