第5話 サッカーができない理由
「…結局、あの一回しか抜けなかった…」
コサル終了後、花はむすっとしながら、呟いた。
「はっは~
あの後、昭義(あきよし)の奴、かなり警戒してきたからな~
股抜き以外もやっとくべきだったな!
それはまた次回だな!
お疲れさん!!」
てっちゃんは笑って、花に声をかけて、帰って行った。
花もため息をつきながらも、帰り支度を整えて、BOCAを出た。
すると、入り口前の駐輪場で今まさに自転車に乗ろうとしている野口がいた。
「よぉ。今日はやられたよ。
やっぱ、うめぇな。」
野口は笑って、花に話しかけた。
花はイラッとして、そっけない態度で野口に言った。
「…でも、一回しか抜けなかったし…
嫌味にしか聞こえないよ…」
野口はまだ、何か怒ってんなと困った様子で頭をポリポリ掻いた。
「…小谷って、歩いて帰ってんの?
こんな夜中に大丈夫なのか?」
「うん。5分くらいだし。別に大丈夫だよ。」
花は何ともない様子で野口に答えた。
野口は少し考えて、花に言った。
「5分でも流石にこの時間に女子高生一人はあぶねぇだろ。
送ってやるよ。」
時間は22時で確かに一人で帰るには心許なかった。
(まぁ、話したいこともあるし、送ってもらうか…)
「じゃあ、お願いしようかな。」
花は野口の提案に乗った。
野口は自転車を押しながら歩き、花は野口の前を歩いていた。
花はずっと気になっていたことを野口に聞いた。
「…あのさぁ。
私のこと、怒ってないの?」
「え?なんで?」
花が振り返ると野口はさっぱりわからんと言った顔だった。
花は半分呆れて、再び前を向いて、野口に言った。
「…だって、根暗だのドMだの言っちゃったわけじゃん。
普通、怒るでしょ。」
野口はう~んと考えながら、答えた。
「…いや、割とあってるなと思っただけで、怒るようなことじゃないだろ。」
「えっ!ドMなの!!」
花が思わず、立ち止まって振り返った。
「いやいや!「ド」がつくほどではねぇからから!!
SかMかって言われたら、Mだろうなってだけだよ!!」
野口は慌てて、良く分からない弁明をした。
「そ、そっか…
まぁ、それならいいんだけど…」
花は若干引いた顔で、また前へと歩き出した。
しかし、花は思い出して、直ぐに振り返って、怒った様子で野口に言った。
「じゃあなんで、初めてのコサルの時、あんな見下すような顔で笑ったんだよ!!
すげぇむかついたんだけど!!」
「えぇ~そんな顔してたか?俺?」
「してたよ!!
てか、女子にマジで取りに来たのも怒ってたからじゃないの?」
「えっ?手加減してほしかったの?
全然そんな風に見えなかったんだけど…」
野口はあっけらかんと答えた。
「見てた感じ、物足りなさそうだったから、マジでやっただけなんだが、それで怒ってたのか。
そりゃすまんかった。」
花は野口の言葉を聞いて、自分の気持ちを見透かされたような気がして、なんだか恥ずかしくなり、顔を赤くした。
そして、顔を見られまいと前を向いて、歩き始めた。
「…いや、まぁ、本気で来てくれるのは嬉しいから、別にいいよ…
それよりもあの顔だよ!!
憎たらしいったらないんだから!!」
野口はそんな顔してたかと思い出そうと考えた。
「ん~~マジで、そんな顔してた覚えはない。
まぁ、多分、楽しかったんだよ。
小谷くらい本気で相手してくれる人、コサルにはいないからな。
だから、無意識に笑ってたんだろな。」
野口の何気ない一言を聞いて、花は立ち止まった。
野口も急に立ち止まった花にぶつからないよう慌てて、止まった。
「…今、なんて言った…?」
花は前を向いて、俯きながら野口に言った。
「いや、だから、小谷とボール蹴るのは楽しいって言ったんだよ!」
野口は聞こえなかったかなと思って、少し大きな声で言った。
花はしばらく、肩を震わせて、黙っていた。
野口はおかしいと思い、花の前に行き、顔を覗き込んだ。
すると、花が声を殺しながら、涙を流していた。
「えっ!!ちょっと待って!!なんで!!
俺、何か悪いこと言った?」
野口はとりあえず、自転車を止めて、あたふたした。
花は顔を赤くして、それでも涙が止まらなかったので、そっぽを向いて、野口に言った。
「う、うるさい!!こっち見んな!!」
花はこの時、なんでサッカーができないのかを思い出した。
中学3年のあの時。
「花って、上手いからって調子乗ってるよね~」
練習後、更衣室から聞こえてきた陰口を聞いて、花はまたかとうんざりした。
正直、こういうやっかみとか嫉妬の声というのは前々からよく言われていたので慣れっこだった。
花はとりあえず、着替えるのは後にしようと更衣室を離れようとすると、また、更衣室から聞こえてきた。
「…てか、花と一緒にサッカーすんのって、つまんないよね。
なんかマジすぎるっていうかさ~」
その言葉を聞いて、花はピタリと止まった。
(私は勝ちたいって思って、一生懸命プレーしてるだけなのに…
勝ったら皆、楽しいって思ってくれると思ってたのに…)
(…私がサッカーすると、皆つまんなくなるの?)
(…私はサッカーしちゃダメなの?)
色々な思いが花の頭を駆け巡り、泣きそうになった。
しかし、涙をこらえて、更衣室のドアノブに手をかけた。
少し迷ったが、花は意を決して、バタンと力強く開けた。
…そして、暴れたのだった。
花はあの時どうして、暴れてしまったのか。
それはきっと、泣きたくなかったからだ。
花は今、どうしてサッカーができないのか。
自分がサッカーをすると、周りの皆が楽しくなくなってしまうんではないかと思っているからだ。
「小谷とボール蹴るのは楽しい。」
野口の言葉を聞いて、自分もサッカーをしていいのだと、許された気持ちになった。
それが嬉しくて、思わず泣いてしまったのだった。
花は涙を落ち着かせようと、一旦、深呼吸した。
「…ふぅ~~
あはは~~泣いちゃったよ~~
大丈夫。うれし泣きだから。」
花は泣き止んで、笑って、野口に言った。
「うれし泣きって…
俺にはもう何が何だか分からんのだが…」
野口は泣き止んだ花を見て、安心したが、まだ困った顔をしていた。
「ははは。そうだろうね~
まぁまぁ、なんか野口に取られまくった腹いせに困らせたかっただけだよ。」
「なんだよ~それ~
結局、嘘泣きってことかよ~
勘弁してくれよ~」
野口は呆れて、止めていた自転車を進ませた。
そうして、花の家の前に二人は到着した。
「今日は送ってくれて、ありがとね。」
「本当に近いんだな。
俺んちも同じ方向だし、全然、いいよ。
じゃあな。」
そう言って、野口は自転車に乗っかった。
「ちょっと待って。」
花は出発しようとする野口を止めた。
「何?
もう意地悪はやめてくれよ。」
野口はうんざりした様子で花に言った。
「あはは。そんなんじゃないって。
携帯のアドレス教えてよ。」
「アドレス?別にいいけど。
また、急になんで?」
花は少し恥ずかしそうにしながらも笑って、野口に言った。
「まぁ、なんだ…
できるだけ、あんたがコサルに来る日を把握しときたいんだよ。
私も野口とボール蹴るの楽しいからさ。」
野口の顔が何故か赤くなった。
「そ、そういうことなら…」
かくして、一方的に嫌われたと思って、一方的にわだかまりは作った花の一人相撲はこれまた、一方的に終わりを迎えた。
その代わりに野口というコサル仲間ができたのだった。
続く
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