第4話 再対決

 

「…なんで、あいついないんだよ~」


 2回目のコサルにやってきた花は折角練習してきたのに野口が来ていなくて、がっかりしていた。


 野口のいないコサルはそれはそれで楽しいのだが、モヤモヤが完全に晴れることは無かった。


 数試合こなして一息ついているところにスキンヘッドのてっちゃんがやってきた。


「おぉ~嬢ちゃん!

 今日も来てるんだな~

 よっぽど、あいつにやられたのが悔しかったか~?」


 てっちゃんは少し意地悪そうに笑いながら、花に言った。


「えっ!なんで分かるんですか!?」

「マジでそうだったんか?

 半分冗談のつもりだったんだが…

 まぁ、あの日の様子を見てると、相当意識してるのは分かったからな~」

「そ、そうですか…そんなでしたか…」


 花は無我夢中で野口に向かって行っていたことが少し恥ずかしくなった。


「でも、なんでそんなあいつに勝ちたいんだ?

 この前初めてやったんだろ?」


 てっちゃんは何の気なしに花に聞いた。


「それは…単純に悔しいんですよ…

 大好きなサッカーで負けたって思ったら、いてもたってもいられない性分で…

 てか、フットサルなんだけど…」


 花はそっぽを向いて、小声でてっちゃんに答えた。

 花の様子を見て、てっちゃんは笑って、言った。


「がはは!そりゃいい!

 負けず嫌いってのは成長する一番のエネルギーになるからな!

 よし!!おっちゃんが手伝ってやるよ!!」

「い、いや、それは…」


 花はてっちゃんの提案に少しためらった。


「なに、あいつのことなら任せろ!!

 あいつの癖とか弱点とか教えてやるからよ!!」

「お願いします!!」


 花は弱点というワードに直ぐに飛びついた。


「おし!!じゃあ、隣のコート空いてるから、そっちでやろう。」

「勝手に使っちゃっていいんですか?」

「いいのいいの。

 ダメってとこもあるけど、ここはそういうとこ緩いから。」


 そうして、二人はボールを持って、隣のコートに入って行った。




「…まず、あいつはな。

 ずっとこれまでDFをやり続けてて、経験からくる読みが鋭い。

 そして、良くも悪くもディフェンスの優先順位に忠実だ。」

「ディフェンスの優先順位?」


 花はボールを足元において、聞きなれない言葉について、てっちゃんに聞いた。


「教えてもらったことないか?

 守る時、一番最初に狙うべきはなんだと思う?」

「え~と、前を向かせないとか?」

「それは3番目だな。

 ディフェンスってのはマーカーにボールが渡る前から始まってるんだよ。

 一番良いのはそもそもマーカーにボールを渡さないことだろ?

 だから、優先順位の一番はまず「パスカットを狙うこと」だ。」

「なるほど。」


 花は思ったよりちゃんと教えてくれるなと感心しながら、てっちゃんの話を聞いた。


「で、2番目は「トラップの瞬間を狙うこと」。

 トラップってのはミスしやすいポイントだからな。

 それで嬢ちゃんもこの前やられたろ?」

「…はい…」


 花は思い出して、悔しくて拗ねたように小さな声で答えた。


「3番目にそれでも取れなかった場合に嬢ちゃんの言った「前を向かせないこと」がくる。

 前を向かれた場合は「遅らせること」とかあるけど、ここらへんは人やチーム戦術によるな。

 つまり、あいつは常にポジションとマーカーの体勢とかを意識しながら、パスカットを狙って、取れなかったら、トラップの瞬間を狙ってくるんだよ。」

「…それって、あいつはDFとして完成してるってことじゃないですか?

 弱点でもなんでもないじゃないっすか。」

「いや。それがそうでもないんだな。」


 てっちゃんは笑って、話を続けた。


「大体、常にパスカットを狙うなんて、リスキーなんだよ。

 ミスったら、それだけで抜かれるからな。

 トラップの瞬間を狙うのもそうだ。

 行けるときは行く、ダメな時は引く。

 まぁ、そこらへんを経験による読みでカバーしてるのがあいつなんだけどな。」

「じゃあ、ダメじゃないっすか。」

「まぁまぁ、まだ話は終わってないんだよ。

 要はこっちがわざと間違った経験を与えてやりゃ良いんだよ。」

「間違った経験?」


 花はどゆこと?といった顔をしていた。


「嬢ちゃん。

 次、あいつとやる時はダイレクト、もしくはツータッチでのパスを心がけてみな。

 嬢ちゃんはパスも正確だし、出来るだろ?」

「…それじゃあ、抜けないじゃないっすか…」


 花は若干ふてくされ気味に言った。


「あいつを抜くためのエサと思えばいいんだよ。

 そうすれば、あいつはこの前のことを反省して、パスに徹してるんだなと思うだろう。

 そしたら、あいつはそのパスをカットしにこんな感じに距離を詰めて来るようになる。

 ここがねらい目だ。」


 てっちゃんは花に接近して、ゆっくりとパスカット狙う姿勢をとった。


「こうやってパスカットとか、相手に詰める時ってのは股を開いてることが多い。

 そしたら、この股を抜いちまえばいいんだよ。」


 花はてっちゃんに促されて、てっちゃんの開いた股の間にボールを通した。


「わしもDFだから、分かんだけど、股抜かれるのがDFにとって、一番屈辱だからな。

 そりゃ、嬢ちゃんの気も晴れると思うぞ。」


 てっちゃんはニヤリと笑った。


「なるほど!すごい!分かりやすい!!

 てっちゃんさんって、どっかでサッカー教えてるんですか?」

「はっは~それ程でもねぇよ~

 あいつにサッカーを教えたのがわしだからな!

 まぁ、試しにちょっと練習してみっか!」

「はい!!」


 そうして、てっちゃんと股抜きの練習をするのであった。




 翌週の水曜の晩、花は意気揚々とBOCAにやってきた。


「おぉ~嬢ちゃん!きたな!」

「ども~」


 すっかり仲良くなったてっちゃんとアップを始めた。


 すると、野口が今度は遅れずに階段を上ってきた。


「嬢ちゃん…いよいよだな…」

「…うん…!!」


 それを見て、花とてっちゃんはニヤリと笑ったのだった。



 チーム分けがされて、当然、花は野口とは違うチームにわざと入るようにした。

 てっちゃんも花と同じチームになった。

 1試合目から、野口のチームとの対戦となった。




 花はてっちゃんに言われた通り、無理に野口に突っかかることはせず、ダイレクト、少ないタッチでのパスを心掛けた。

 野口は以前とは違う様子の花に警戒しながら、様子を伺っているようだった。


(…なんか狙ってる感じするな…)


 野口はとりあえず、様子見と花に対して、あまり距離を詰めることはしなかった。


 1試合目はそうやって、野口がそれ程詰めてこなかったので、花は仕掛けることなく、そのまま試合は終了した。




「…なんか気づかれてる?」


 休憩中、汗を拭きながら、花はてっちゃんに言った。


「あいつは勘も鋭いからな。

 なに、失敗しても何度でもやりゃ良いんだよ!

 練習通りいくことのが少ねぇんだから!」

「…うん…そうだね…!」


 花は真剣な表情でてっちゃんに答えた。




 そして、野口との2試合目が始まった。


 序盤、徐々に野口が距離を詰めてくるのが花にも分かった。


 花は集中し、来るべき瞬間を待っていた。


 すると、花のチームが押し込まれている中、キーパーがボールをキャッチして、カウンターのチャンスの場面、花にボールがやってきた。


 花はちらっとサイドのフリーの味方を見た。


 それを後ろから見ていた野口が一気に距離を詰めて、サイドへのパスをカットしに来た。


(ここだ!!)


 花はボールをダイレクトで足裏でなめて、野口の股の間に見事に通した。


 そうして、そのままキーパーと一対一になり、正確にインサイドでサイドネットを揺らした。



「よっしゃあ!!!」


 花は女子高生とは思えない声とともにガッツポーズをした。


「嬢ちゃん、やったな!!

 うめぇなしかし!!」

「うん!!

 やったよ!!」


 花はてっちゃんとハイタッチを交わした。


「アッキー、やられてんじゃん!!」

「いや、今のは普通にうめぇよ~」


 周囲からは花と野口に対するちょっとした歓声が沸いていた。


 そして、花は野口がどんな顔をしているかなとニヤリとしながら、見た。


「今のはやられたわ~

 ちきしょ~」


 野口は悔しそうな笑顔で花に声をかけた。


 花はあれっと、何か腑に落ちない感じになった。

 もっと笑顔なんて見せずに悔しそうにすると思っていたのだ。


「次はやられねぇからな!」


 ぼ~としている花に野口は笑って言った。


 その言葉に花も笑って返した。


「次も絶対、抜いてやるから!!」


 続く

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