第2話 個人フットサル

 

「はぁぁぁ~~~」


 花は自宅ではけるだけの息をため息とともに吐き出していた。


(あんなこと言ってしまって、本人に思いっきり聞かれるとは…

 そして何より、私が大嫌いだったはずの陰口を聞かれるなんて…

 どんだけだよ…私…)


「はぁぁぁぁぁ~~~」


 花は何回目かもわからないため息をはいた。


「ただいま~」


 母、春子が帰ってきた。


「おかえり~」


 うなだれたまま、花は春子に答えた。

 その様子を見て、春子は来ていたスーツを脱いで、ハンガーに掛けながら花に言った。


「サッカーやめてからずっと呆けてるけど、今日はまた一段と激しく呆けてるわね」


 花は返事もせず、うなだれていた。

 春子は花の前に立って、話を続けた。


「あんまり、グチグチ言うつもりはないけど、せっかく高校生になったんだから、ちょっとは吹っ切れてほしいもんだわ。」


(…グチグチ言ってんじゃん…) 


 花は春子の言葉を無視するように、返事をしなかった。


 すると、春子はカバンをあさりだした。


「…そこで…」


 そして、カバンから一枚のチラシを取り出し、花の眼前に差し出した。


「これ、行ってみない?」


 花がチラシを見ると、そこには「個人フットサル」の文字が書かれていた。


「個人フットサル?何それ?」


 うなだれていた花がようやく体を起こして、春子に尋ねた。


「略して「コサル」って言ってね。

 普段フットサルしたいけど、人数とか時間の都合で出来ないって人が結構いるのよ。

 そこで、フットサルコートの運営側が参加者を募って、誰でもいいからやりたい人が集まって、フットサルするのよ。」

「てことは、知らない人といきなりフットサルするの?」

「そういうことになるわね。」

「ん~~なんか抵抗あるなぁ~

 そんなんで人って集まるの?」

「それが今結構人気でね。

 どこも予約で一杯になってるそうよ。」

「へぇ~」


 花は少しだけ興味が沸いた。

 フットサルはサッカーの練習で何度も経験していたため、それなりに自信があったからだ。


 しかし、知らない人とするのはちょっと嫌だった。


 春子は財布から5千円を取り出し、花に言った。


「お金は出してあげるし、お釣りも取っといていいわよ。」

「マジで!!」


 花は一気にテンションが上がった。

 しかし、裏があるのではとすぐに身構えた。


「その代わり、感想教えてね。

 次の特集でコサルについてやるから、実際に経験した人の感想が聞きたいのよ」

「なるほど。バイト代みたいなもんか。」


 ハルは納得して、その後、しばらくチラシを眺めた。

 花は少し考えた結果、コサルに行くことにした。

 お金はもちろん、何よりとにかく今は体を動かしたくて仕方がなかったのだ。


(もう知らない人とか関係ない!

 動きまくって今日のことは忘れよう!!)


 花は脳筋だったのだ。




「…ここかな?」


 花は自宅から歩いて5分程の国道沿いにあるフットサルコート&トレーニングジムBOCA(ボカ)に到着した。


(ジムだけかと思ってたら、フットサルコートもあったんだ。)


 こんなに近くにフットサルコートがあるのに花は驚いた。


 BOCAはコンビニくらいの広さで一階がトレーニングジムで二階がフットサルコートとなっている。

 外からは一階のトレーニングジムの様子がガラス越しに見ることができるが、二階のフットサルコートは高さもあり、中が見えにくいので、花は気づかなかったのだった。


 花は早速、中に入っていった。


 中にはトレーニングジム専用の部屋があったが、思っていたよりも狭く、半分くらいが受付と自動販売機、いすと机が並ぶ休憩室みたいな場所だった。


「すみません。8時からのコサルに参加したいんですが…」


 受付の男性店員に花は声をかけた。


「こんちわ~お客様コサルは初めてですか?」


 受付の男性は如何にもスポーツやってる体系をしており、愛想よく花に尋ねた。


「はい。初めてです。」


「じゃあちょっと、説明させてもらいますね。

 まず、今日必要なコサル参加料金は学生1000円です。

 ただ、二回目来るときは入会金として3000円が必要です。

 これは、一回目は体験という形で、コサルやってもらって、続けてきたいと思った段階で入会金を頂くためのシステムになってます。」

「なるほど。」


(レベルが合わなかったり、つまんなかったりしたら、入会金無駄になるもんな。

 よかった。とりあえず、今日は4000円プラスだ!)


 花はすごく納得して、プラス分の計算を自然としていた。


「もしこれでよければ、ここに名前と年齢を記入していただけますか?」

「はい。」


 花は店員に従い、必要事項を記入していった。

 その最中、花は店員に聞いた。


「今日、女の人は参加しますか?」

「ん~~と、今日は確か女性の参加はなかったかな?

 でも、女性の常連さんもいて、たまたま今日はいないだけですよ。」

「そうですか~」


 花はちょっと、女の人がいてほしかったが、まぁしょうがないと思った。


「これでいいですか?」

「OKです。じゃあ、1000円頂きます。

 女子更衣室は休憩所の奥の左手にあります。

 シャワーは自由に使って頂いて構いませんので、ドンドン利用して下さい」

「ども。」


 花は家が近いので、着替えは用意しておらず、既に動ける恰好をして、BOCAに来ていた。

 終わったらそのまま帰るつもりだったのだ。


「あっ、コサルは二階に上って、正面のコートでやりますので、8時までには近くにいて下さい。

 今空いてるから、コートに転がってるボール使ってアップしてもらってもいいんで。」

「分かりました。」


 一通り手続きが済んだ花は早速、二階に上って行った。


 二階に上ると正面と右側に2面の人工芝のコートがあった。

 コート以外のスペースに長椅子が数個並んでいて、コサルに来ているだろう人達が数人、シューズを履いたり、体操したり、携帯をいじったりして準備していた。


(二階でボール蹴るって初めてだわ。

 なんか違和感感じそう。)


 そんなことを思いながら、花は長椅子の空いたスペースに座り、持ってきたトレーニングシューズに履き替えた。


 花はサッカーやめてからも、近くの公園で一人リフティングをしたり、ランニングをしていた。

 どうしても体を動かしていないとムズムズしてしまう性格なのである。

 そのため、トレーニングシューズは既にかなり使い古されていた。


「よし!」


 シューズを履いた花は軽く屈伸をしてから、コートに入っていった。

 コートには既に何人か体操したり、ボールを蹴ったりしてアップをしていた。


 どうやら参加している人は会社帰りっぽい人が多く、20代くらいの人が1,2人、30・40代くらいが一番多くて、50代の人が2人くらいみたいだった。


 そのおそらく50代の一人はスキンヘッドでガタイが良く、かなりいかつい顔をしていた。


(…あの人にだけには近づかないでいよう。)


 花はそう思いながら、コートに転がっていたボールでリフティングを始めた。

 左右の足で軽快にリフティングを続けて、たまにフリックをして、自分の調子を確かめた。


「嬢ちゃん、やるねぇ~」


 花に一人の男が話しかけてきた。

 スキンヘッドの男だった。


「い、いや、そんな全然です…」


 リフティングをやめて、花は引きつった笑顔でスキンヘッドの男に答えた。


「がはは。そんなにビビんなくても良いって。

 わしは哲男(てつお)っていって、皆には「てっちゃん」って呼ばれてるよ。

 ここが出来てからの常連だから、分かんないことあったら、何でも聞いてくれや。」


 スキンヘッドの男は笑って、花に言った。

 どうやら、見た目より悪い人ではなさそうだった。


「あ、ありがとうございます。

 私は小谷春っていいます。

 よろしくです。」


 花はまだ少し怯えながらも、声をかけてくれる人がいて、少し気が楽になった。


「嬢ちゃん、若いよな~いくつだ?

 言っとくけど、口説いてるわけじゃねぇから。

 わしは奥さん一筋だからな!」


 てっちゃんはどうやらおしゃべりなようで、勝手になんでも話してきた。

 花は戸惑いながらも、てっちゃんに答えた。


「15です。今年、高校生になりました。」

「おぉ~若いな~

 あいつと一緒じゃねぇか。」

「あいつ?」


 花は早く話を終わりたかったが、ついつい聞いてしまった。


「あぁ、ここに良く来る奴でな。

 中学から来てるよ。

 普通、中学生はNGなんだけど、俺の口利きで参加させてたんだよ。

 すごいだろ?」

「あ、あぁ。はい。

 その人は今日来るんですか?」

「まだ、来てねぇけど、来るんじゃねぇかな?

 あいつも高校生になったから、部活がしんどい時は来ない時あるけどな。」

「そうなんですか。」


 花は同い年の子が来るなら、なんとなく来てほしいなと思った。


「8時からコサル参加の人、集合お願いしま~す!」


 そんな話をしていると、運営の人からの集合がかかった。


 皆、分かっているかのように運営の人を中心に円に並んでいった。

 それを見て、花も同じように円に加わった。


(…いよいよか…ちょっと、ドキドキするな…)


 花は緊張した面持ちで屈伸していた。


 丁度その時、ダンダンと階段を昇ってくる大きな音がした。


「アッキー、遅れてるよ~

 とりあえず、チーム分けするから、準備する前に並んで~」

「はい!」


 運営の人に声をかけられたその男はカバンを持ったまま、花の隣に入った。


 花は気にする様子もなく、ただただ屈伸していた。


 すると、男は花を見て、思わず声を出した。


「あれ?」


 花もその声の方を向いて、思わず声を出した。


「げっ!」


 その男は今日、花が意図せず、悪口を言ってしまった野口であったのだ。



 続く

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