さかこい半々
@kandenEFG
花と野口の始まり
第1話 最悪の始まり
「…上手い……いや、それはダメでしょ…」
4月の中旬、時刻は朝とも夜とも呼べない5時頃、新聞配達のバイクの音が遠慮気味に通り過ぎていった。
まだ真っ暗な中、リビングのTVだけが光っていた。
花はTVの前で電気もつけず、一人静かな声で呟いていた。
TVには
花は真夜中に実況解説の音量はミュートにし、一人、この微妙なカードを観戦していた。
現在、レアルマドリードはリーグ2位、1位バルセロナと勝ち点差5の状況で、格下15位のエスパニョール相手にはどうしても勝ちたい状況であった。
しかし、スコアは1対1、残り10分で、なかなか決定機を作れないでいた。
「マジ…ホント…頼むよ・・・!」
花は両親が起きないように静かに呟いた。
残り5分、レアルマドリードMFカゼミーロが自軍バイタルエリアに侵入してきたエスパニョールからボールを奪取した。
「よし!!」
花はもう、つぶやきのレベルではない大きさで声を荒げた。
ボールを奪取したカゼミーロはすぐさまロングフィードし、左サイドに流れたベンゼマの前方のスペースへ。
ベンゼマはスピードを落とすことなくトラップし、相手ペナルティエリア手前迄持っていく。
エスパニョールDFも必死で戻り、ベンゼマを捕まえた。
シュートコースを塞がれたベンゼマだったが、またぎフェイントを一回入れて、DFを一瞬動けなくし、左足でシンプルにクロスを上げた。
そこに待ち受けていたのはエース、クリスティアーノ・ロナウド。
エスパニョールDFもついていたが、その頭1個分程、高い打点でボールを捉えて、ゴール右下に叩き込んだ。
「きたーーー!!!!」
花は思わず、大きな声を出しながら、万歳した。
その時、二階からドアが開く音がした。
「あっ…」
二階から何者かが下りてくる音を聞きながら、花は気づくと正座していた。
そして、ドアがバタンと強く開いた。
「はぁぁぁ~~~なぁぁぁぁ~~」
「はい。ごめんなさい。」
花はきれいな姿勢で土下座をした。
「ホントにマジで、次やったら、WOWOWの契約解除するからね。
マジで。」
花の母、春子は、その一言だけ残して、2階の部屋に戻っていった。
(二回、マジって言ってたな…
…これはマジだわ…)
花は母の態度に次はないことを悟り、対策を考えようと思ったが、ひとまず、続きを見ることにした。
結局、試合はそのまま2対1でレアルマドリードの勝利で終わった。
(よしよし。まだまだ試合数はあるし、逆転優勝あるぞ!これ!)
時間は午前6時になったところ。
(眠いけど、今から寝たら、100%遅刻するな・・・)
既に太陽が昇って明るくなっていた。
「ふぁ~~」
遅刻せずに無事、学校にたどり着いた花だったが、午前中の授業はほとんど意識がないまま終わり、昼休みとなっていた。
「…で結局、寝ずにそのまま学校に来たと…
そりゃあくびも出るわ」
いつも一緒に弁当を食べている伊藤加奈(いとう かな)はあきれた様子で続けた。
「高校生になったばっかりなのに、その調子じゃあ、留年するよぉ~」
「大丈夫~
そうならないように成績優秀な加奈様にすがって、教えてもらって、効率的に要領よく生きてくから。」
花はまだ眠そうな表情で情けないことを言いながらパンを頬張った。
「よく言うわ~この子は。」
加奈は笑いながら、冷淡に話す。
「陰口言われたからって、暴れてサッカーやめた人が要領よくできるかね?」
花は頬張ったパンを若干喉に詰まらせながら言った。
「あんたねぇ~
よく平気で人のトラウマえぐれるね!」
「まぁ、言いたい事言えるとこが、親友っぽいでしょ?」
「いい感じで言い過ぎだわ!」
花と加奈は小学校からの親友で、お互い遠慮がない関係である。
隙の多い花は加奈に結構ズバズバと言われる立場なのであった。
「そういや、部活は何にするの?」
加奈がなんとなしに花に聞いた。
「ん~~とりあえず、帰宅部かな~
今のところ、やりたいことないしなぁ~加奈は?」
「私は勉強頑張りたいから、帰宅部のつもり。
ほらやっぱり、勉強頑張りたいから」
加奈は花と違って、漫然と帰宅部ではないと伝えたいがために、二度、繰り返した。
(単純に、やな奴だよなぁ…)
花はなぜ、こんな奴と親友なのだろうと思った。
「サッカー好きなら、またやればいいのに。」
加奈は少しだけ真面目な声で言った。
「前のチームでは暴れたけど、今時サッカーチームなんていくらでもあるしさ。
違うチームでまた頑張ればいいじゃん。
この機会にサッカー以外に目を向けるのもアリだし…
例えば、恋とか…」
「ちょっと飲み物買ってくる。」
加奈の話をさえぎって、花はそう言って、教室を出た。
(逃げたな…)
加奈は少し心配そうな顔で弁当の続きを食べた。
(違うチームかぁ…でもなぁ…)
花は歩きながら、考えていた。
(ダメだなぁ…こんな後ろ向きだったかなぁ…私…)
顔を下に向けながら、自動販売機まで歩いていた。
「…今日のレアルの試合見た?」
花は思わず顔を上げた。
「見てねぇよ。どこと?」
廊下で二人の男子が話していた。
「エスパニョール。」
「微妙すぎるだろ!
深夜に起きてまで見ねぇわ!」
花は自分で見ながらも、そうだろうなと思った。
「それが熱かったんだって!
特にカゼミーロのボール奪取とロングパスやばかったから!」
うんうんと花は思いながら、二人の前を通り過ぎた。
(私以外にあの試合見た人いたんだ…野口だっけ?
確か同じクラスだったような。)
花は珍しい人もいるもんだと思い、特に話しかけることもなく、自動販売機に向かった。
「加奈、今日どっかよって帰らない?」
放課後、花はいつも一緒に帰っている加奈を誘った。
「ごめん!今日、クラス委員会があるのよ。」
加奈は成績優秀であることから、いきなりクラス委員長となっていた。
意外と責任感が強く、周りにはまだ猫をかぶっているため、適任だと花は思っていた。
「どのくらいで終わりそう?」
「一時間くらいじゃないかな。」
「OK。じゃあ、宿題でもしながら待ってるわ。」
「ホントに?ありがとう!
じゃ、ちょっとまっててね。」
そう言って、加奈は教室を後にした。
「さて…」
花は今日出された宿題を出して、早速取り掛かった。
花はやることはやる女だったのだ。
「…終わった~
まぁ、まだ始めの方だし、こんなもんかな」
加奈が帰ってくる前に花は宿題を終わらせることができた。
ふと、暇になって窓の外を見ると、グランドでは野球部やラグビー等の運動部が練習していた。
…が、やはり花の目に入るのはサッカー部だった。
サッカー部はミニゲームをしているようだった。
(ん、あれは…)
その中に昼休み、レアルの試合の話をしていた野口昭義(のぐち あきよし)がいた。
その野口が、相手のスルーパスを見事にカットして、すぐさま前方でフリーの味方にパスし、アシストをした。
「おぉ~今日のカゼミーロみたいじゃん。」
花はつい呟いた。
(結構うまいな。DFかな?
すごい声出してるし。)
その後も、花はぼ~とサッカー部の練習を見ていた。
(いいなぁ…私もしたいな…)
花は中学3年生の春にサッカーをやめた。
中学2年生で全国大会優勝、更にはMVPに選ばれるほど、順風満帆なサッカー人生を歩んでいた花だったが、中学3年の春の練習後のことだった。
「花って、試合に出てるからって、調子乗ってるよねぇ。」
更衣室から聞こえてきた陰口に激怒し、殴る蹴る…まではしなかったが、とにかく暴れまわってしまった。
後日、当然のように居心地が悪くなったため、所属していた西南FCを退団したのだった。
どうして、あの時、あんなに暴れてしまったのか…
どうして、謝ってでもチームにい続けなかったのか…
どうして、違うチームでもいいからサッカーをやらないのか…
…どうして、こんなに好きなサッカーができないでいるのか…
サッカーをやめてからはそんなことばかり考えるようになっていた。
「…ほんとに、何やってんだろ。私…」
ガラッ
「お待たせ~て何みてんの?
かっこいい男子でも探してんの~?」
センチな気分を完全にぶち壊した加奈が教室に入ってきた。
「んなわけないでしょ。」
「そだね。サッカーにしか興味ない花に聞いた私がバカだったね~」
「…ホント、マジでなんでこんなんと友達なんだろうか…」
花は加奈と友達であることを少し後悔した。
「そうだ!」
加奈が何かを思いついた。
「あれやってよ。サッカー性格診断!
あれ私、好きなんだよね。」
サッカー性格診断とは、花がサッカーのプレーを見て、その人の性格を当てるという中学の時、加奈と一緒に何度かやった遊びだった。
「今、そんな気分じゃないんだよね…」
「帰りにアイス、奢ったげるから。」
「そ、そんなにしてほしいの?
アイス奢ってくれるならやるけど…」
花はそれ程までに期待されていることに驚きながらも、アイスラッキーと思い、加奈に付き合うことにした。
二人はグランドに目を向けた。
「でも、今、休憩中かぁ~」
「大丈夫!さっき見てたから!
もう診断済みです!
だから、アイスはもらうよ!」
花はグランドに背を向けて、加奈に向かって必死に訴えた。
(お前もそんなにアイスが欲しいのか…)
加奈は少し呆れた。
そして、花はグランドに背を向けたまま、加奈にサッカー性格診断の結果を話し始めた。
「野口って知ってるでしょ?同じクラスの。
あいつはねぇ~ズバリ…」
花は力強く言った。
「ドMで根暗だね!
多分、DFなんだけど、DFは大抵ドMです。
そんで、ああいう声すごい出す奴というのは家では静かで、根暗なんだよ」
「ドMで根暗かぁ~」
突然、予想外の方向から声が聞こえてきた。
瞬間、花は振り返り、グランドの方を見ると、その声の主が野口であること確認し、絶望した。
「あぁ…あの…その…なんで…?」
花があまりにもあたふたしているので、加奈は吹き出してしまった。
「ボールがここまで飛んできたから、拾いに来ただけだよ。」
そう言って、ボールを足ですくって拾い上げた。
「ドMで根暗かぁ~」
野口は残念そうに同じ言葉を呟いた。
「いや、あの…!」
花は何か言わなければと、必死に言葉を考えていた。
「野口~!練習再開するぞ~!」
「うっす!!」
「ちょ、ちょっと待って!」
花が止める間もなく、先輩に呼ばれた野口はさっさと行ってしまった。
しばらく、花は固まり、笑いをこらえる加奈のぷぷぷという声だけが教室に響き渡った。
「…加奈ぁぁ~~どうしよう~~~」
花は半分泣きながら、加奈に助けを求めたが、加奈は必死で笑いをこらえていた。
「…い、いや…花があんなこと言うとは思わなくて…タイミング良すぎだし…
ぷぷっ…とりあえず、私が言えることは…
ハーゲンダッツ奢ったげるわ…」
加奈はもう笑っていた。
「…あんたは本当に…」
花は親友の態度に怒りそうになったが、加奈に悪いところは全くないため、どうすることもできなかった。
「まぁ、もう笑うしかないじゃん。
元気出してこう!!」
「…そだね…
ハーゲンダッツじゃなくていいから、2個奢って…」
「あはは。お腹壊すって~」
「もう、なんでもいいから出したい気分なんだよ!!」
花は自分でも何を言っているのか分からなかった。
これが花と野口の初めての会話となったのだった。
続く
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