第五話 それぞれの思惑

亡き朋と進みし者

 名古屋の商業地区の一等地にある十二階建ての貸しビルの半分の階がサン・ソース・システムズと言う会社の名前で埋められていた。通称でもなく、看板には普通に略して3Sと掲示されていた。

 その場所に俺の会うべき人物。大河内星名って男が居るらしい。俺は初対面だが、翔子先生は違うようだったけど、その事実を知らない。ただ、藤原の名を使えば、大抵どこの企業の重役でも面会できると翔子先生が言うから、その権威を俺は借りたにすぎないと思っていた。

 車が駐車場へ止められると俺は運転手がドアを開けてくれる前に自分からそれを開いて出ていた。そして、着いてきた愁先生のNSYへ近づき、

「愁義兄貴、神無月先輩、段取り通り、お願いしますよ」

 俺が愁先生を義兄貴と呼んだのに神無月先輩には義兄貴敬称付き下の名で呼ばなかった事に少し不満の顔をして、俺に見せるが今はそれどころじゃない。

「ええ、慎治君が思うとおりの事が運ぶように尽力しましょう」

「それじゃ、行ってきます」

 翔子先生の処へ戻って、

「藤原翔子社長、お待たせしました。参りましょう」

「やっ、やめえください、慎治君。慎治君にその様に呼ばれてしまいますと、はっ、恥ずかしいです。普通に、翔子とお呼びください」

「えぇ~、それは無理ですよ、なんたって本当の事ですから。だったら、翔子先生の方がいいですね?」

 からかい顔でそう先生に言いながら移動する事を促し、建物内に向かった。

 正面玄関から入り、受付嬢の処へ翔子先生と俺は歩み寄る。大抵どこの企業でも受け付けは女性が多く、品が良く美人または可愛人材を配置する物だ。男の性か目がその受付嬢の方を見ていた。

「慎治君、お惚けにならないでください、もぉ」とちょっぴり不満な表情をする翔子先生。

 別に見とれていた訳じゃないけど、釈明するつもりなかったし、先生を喜ばせる言葉をこんな処で言葉にするつもりもない。贔屓目に見なくとも翔子先生は一般で言う美人や可愛人と格が一つ以上だろうし・・・、あの藤宮詩乃さんに関しては段違い。そういう意味では藤宮・・・、詩織も詩乃さんと同格とは行かないがそれに近い段階。彼女ももう少し、歳を重ねれば、詩乃さんの様になったのだろうか?そういえば、本人が名を特別視していたから一度も俺は彼女の下の名を口にした事なかった、っけな。

「慎治君、わたくしの言葉お聞きしているのかしら?」と俺が胸中で考え事をしている最中に翔子先生に呼ばれ、吾に還る。

「そっ、それよりも本当に会えるんですか?」

「あら、慎治君はわたくしをご信用して下さらない訳ですか」

「そっ、そんなことないっすけど」

「わたくし、藤原科学重工の藤原翔子と申します。大河内星名様と御面会をしたいのですが」

「あと三十分、十七時半まで会議がありますのでお待ちいただけるのなら、お取次をいたしますが」

「はい、それでよしなに」

「そちらの方も同伴されるのでしょうか?」

「はい、藤原科学重工統括企画管理局の八神慎治ともうします。今日は藤原社長の補佐として同行させていただきましたので、よろしくお願いいたします」

 以前、翔子さんが俺を勧誘した理由の部門がその統括企画管理。藤原科学重工は維新後の財閥とは別系統で成長した企業だが今ではその国内外へ及ぼす影響力は他の産業界で著名な大企業と肩を並べるほどだった。

 初めは産業機械の研究・開発からだったが、業績を上げる度に少しずつ製造する機械の分野を広げて行き、翔子先生や貴斗の祖父で俺がいた聖稜高校の理事も務めていた藤原洸大氏の代で更に急成長を遂げ現在では分野毎の研究所を十二施設も構え、連結子会社数は六百を超えていた。

 多くの子会社を無駄なく維持してゆくのは難しい。各子会社が利益はそこそこだが赤字を一度も出した事がない。そうならない様に案件、改善などを的確な指示を出すのが統括管理部という本社にある営業部で、俺をそこへ配属させたかったらしい。しかもその中の海外進出子会社担当として。

「それでは時間まで談話室でお待ち下さい。大河内社長へお取次出来ましたらお呼びいたします」

 受付が誰かを呼ぶとその社員に連れられて談話室へと向かった。俺は移動中、視線だけを動かして、親友の久慈直人とばったり出くわさないか注意を払っていた。

 部屋の中に通され翔子さんと二人になった時、

「今さら、こんな事を言うのもおかしいかも知れないけど、翔子さん、本当に研究所止めても良かったのか?」

「本当に今さらですわ。ですが、慎治君があの時にお言いになった通りに、研究それ自身を凍結したわけではございません。詩乃小母様を素体にしました研究を終わらせたにすぎないのですから、慎治君がご心配なさるほどの大きな影響は御座いませんよ。これで慎治君のお考えした通りになるのであれば・・・」

「翔子さんは憎くないか?大河内星名って奴を?そいつの所為で貴斗が死んだのかもしれないんだぜ?」

「憶測で、物をお言いにってはいけませんよ、慎治君」

 翔子さんは悟った風に言うし、表情も冷静だった。だけど、その顔の中に隠れる先生の寂しさと悲しさが同居した想いを俺は感じずにはいられない。

「俺の考えと行動が間違っていなければ、大河内は本当の事を教えてくれるだろうな、間違いなくね」

「あらっ、凄くご自身が在るのですね」

「でなきゃ、こんな事をしでかそうなって思わないさ」

「それよりも、しんじくん・・・その・・・」

「どうかしたん?」

 翔子さんは俺達が呼ばれるまで俺の知っているあの四年間の貴斗の事を聞かせて欲しいと頼まれた。断る理由はない。先生にとっては遠くで見守る事しか出来なかったあの頃の俺の心に色濃く残るアイツの話。人は良い思い出よりも、心理的に嫌な思い出の方が記憶として残るらしい。母さんからその理由の説明を確りと聞いていたから、説明は難しくなかった。でも、今、ここで語るつもりはない。

 俺の話しは大学へ受験せずに進学できるのにも拘らず、試験で進学する羽目になったアイツと藤宮のその頃の様子から始まり、貴斗がバイトを始めた理由や、藤宮が貴斗と同じ場所で仕事をしたいって言った時のアイツのとった態度とその後に俺が考えたどうして、頑なにアイツが同じ場所で藤宮と一緒に働きたくなかった訳を語っていた。数少ないアイツの親友とのやり取りで少しずつ、改善されてゆくアイツの性格の変化や、貴斗も親友と口にする宏之との関係と隼瀬と距離を取っていた心境を大きな出来事毎に聞かせてあげようとしたけど、時間的に受験当日までの話しで、談話室へ俺達を通した社員が再び、現れ面会が可能となったので十二階の会議室へ案内される。社内を移動中、俺は愁先生に電話を入れて、俺の計画の準備を始めてもらった。

「では、しばらく、こちらでお待ち下さい」

 会議室へ入って行った社員を見ながら、

「慎治君、ご緊張しておりません?」

「大丈夫だって、俺は何百人、何千人の前だって平気な顔して、演説できる男だぜ。たった、一人の男に会うってだけなのに緊張なんてするもんですか」と、言いつつも本当は物凄く緊張していた。思い上がりじゃないけど、俺の行動一つ、間違えば事態が終息とは逆の方へ進んでしまうと思ったからだ。

『貴斗、宏之。俺とお前らの大切な連中を守る為に勇気を呉れっ!』と心の中で自分を奮い立たせると同時に、中に入る様に促された。

 同行してくれた社員と入れ替わる様に中に入るとそこには二十台に見える女の人と、多分、目的の男が立っていた。???大河内星名ってもう、五十過ぎているんだろう?とても、そうは見えなかった。十歳以上は若く思える。なんで、俺の周りにはこんなにも実年齢よりも若く見える連中が多いんだ?


源太陽

 会議室へ最初に入って来たのは八神皇女氏のご子息、慎治青年の方だった。本当に生きていたのですね。どうして、彼がここへ赴いたのかそれは私が思っている事と本当に一緒なのだろうか?果たして、彼を助けた事は私へどのような答えを呉れるのであろう?どのような裁きを下すと云うのであろう。

「槙林君、君は席をはずして呉れないでしょうか?いいえ、今日の就業時間も終りですし、上がってください」

 彼女は私と、入って来た二人へ一礼して、出て行くと会議室の扉を閉めてくれた。

「どうぞ、おかけ下さい」

「いや、俺はこのままでいい」

「そうですか、で、私に一体どのようなお話を持ってきたのでしょう」

 失礼かもしれませんが、私は二人へ背を向けて、窓枠に両手を広げて突きたてると暗くなった外を、やんわりと振り始めている雪と走る車の眺めを見ていました。

「大河内さんっていいましたね?大河内さん、海外で研究しているアダムってしっているかい?」

 慎治青年は私へそう訊ねる。彼は私がその事を知っていて聴いているのであろう。なら、無理に嘘を吐く利は何処にもありませんでした。

「ええ勿論です。何せ、その研究のフィードバックが我が社の利益の一環になっておりますので」

 私の返答に彼は虚を突かれた様に一瞬冷静さを見失った様な仕草を見せました。彼の驚きからすると、私の経営する会社の中の医薬・医療機器が藤原科学重工の資本で動いている事を知らないのでしょう。

 青年は直ぐに平常を取り戻し、私へ向ける言葉を続けました。

「俺は初め、その研究がどのような物か知らなかったし、それが俺の大事な親友達の命を奪っていたなんて想像もできなかった。だけど、その研究の始まりが、その研究に携わっていた人物が研究に対する不満か何かから、それを停めようと試みたんだろうな。それに深く関係する者達に心的苦痛を与える事を考えた。多分、初めは命を奪う事なんて考えていなかったんだろうよ。だけど、だけど・・・、そいつはよりにも寄って、俺の大事な親友達の命を・・・」

 青年は私を憐れむ様な眼で、言葉を吐き続けていた。

「貴方の話と私とどのような接点があるのでしょう?話が見えませんが」

「そうかい?源太陽。その研究に携わっていた人物で、二十年前に死んだって事になっている人物」

 私は私の本当の名前を聞かされても、私が一度、死んだ事を口にされても、動じる事はありませんでしたが、

「藤宮詩乃って人の名前聞いた事ないですかねぇ?」

 彼は言葉を停めて、私の表情の変化を伺っているようでした。彼がそういう態度をとっているのが見えていたが故に貌の変化を抑える事に必死になる。

「その方が、何か?」

「ふぅ~~~ん、そう。彼女が今、どうなっているか気にならないんだ?」

 それを耳にして私は己の心内を曝け出さずには居られませんでした。

「へぇ、どうして、大河内さんがそんな顔をする訳ですかねぇ?知らないでしょう?藤宮詩乃って方を?あんたが白を切るのはご勝手だが、藤原翔子さんがここへ俺と同伴してくれた理由を考えた方がいいんじゃないのか?」

 この青年は判っているのか?私が貴斗青年や詩織嬢を見殺しにした事、香澄嬢へ二人の処へ追う様に仕向けた事を。春香嬢の殺しの罪を詩織嬢へなすりつけた事を・・・。

「八神さんと言いましたね?貴方は、貴方が語る友人の命を奪ったのは私とでもいいたいのでしょうか?証拠もなく」

「証拠なんぞ、どうでもいい」

「それがなければ、私を法的に捕まえる事も、裁く事も出来ませんが?貴方自ら私を裁くと云うのでしょうか?」

「そういう言い方は、認めたな?あんたが犯した罪を・・・。本当は大河内さんあんたを殺したいくらい恨めしいよ。でも、そんなやり方であんたの命を奪っても、俺の大事な親友は還ってこないし、あいつ等はそんな事望んじゃねぇンだよっ!だから、俺はあんたにっ!!!」

 慎治青年は激情を顔にも声にも表し、そう私へ訴えかけた。、その時、・・・。


Code‐R1

 私、藤原龍一は急ぎ、シンガポールから日本へ帰国していた。日時にして、二〇一一年の十二月二十二日。エアポートから成田エクスプレスを利用し、東京へ戻る事にした。移動の最中に八神慎治が不穏な動きを見せたと連絡を呉れた知り合いへ、現状の確認をする為に電話を掛けていた。

「くっ、どういうことでしょう?携帯電話が使えません・・・」

 仕方がなく、周囲を見回し、公衆電話を捜しました。携帯電話の普及の所為、街中で公衆電話を捜す事は難しいですが、エアポートや駅なら容易でした。

 受話器を上げ、Credit cardを入れて、携帯電話で相手の連絡先を確認せずとも記憶に乗っている番号通りの順にDial-Buttonを押しました。五、六度目の呼び出しで相手側が出てくれます。

 私が自身の名前を告げただけで、どのような用件でお掛けしたか、相手は理解してくれていました。彼の話しで、大河内星名は日本から不在の為に八神慎治はまだ、星名と接触していないとの事。ただ、どうして、八神慎治は星名に会おうとしているのかその理由は判らないとの事でした。

 その様な理由、私が知る必要はありません。彼が何を望んでいましょうと、私が弾く結末に全て導くだけですから。

 星名は国外に出ている事は確認取れました。驚いた事に彼は私と入れ違う様にシンガポールへ飛んでいたのです。私もまた、向こうへ戻り、星名へ接触するか、成田の入国管理局で張り込みをして、彼が戻るのを待つか・・・。選択は簡単でした。また、入れ違う可能性がないとは言えないし、向こうに戻っては麻里奈に捕まりかねなく、私の計画が阻止されてしまうでしょう。なら、こちら、日本で待つしかありません。こちらに居れば、麻里奈が戻ってきた際に彼女との接触を極力避けられるでしょうし。

 色々な思いを秘め、一日、二日と成田空港で待ち続けました。

 二十四日の夕刻。相当の冷え込みを見せますここ千葉県成田市の新東京国際空港。窓から空を見上げると白い綿の様なものがちらちらと降りてきていました。

 彼、大河内星名よりも先にこちらへ戻って来たのは麻里奈でした。しかも、光姫を伴ってです。私は苦渋の思いで一端、空港から遠ざかろうとしました。その時、

「龍一か?おおやっと携帯電話につながったぜ。なんで今まで出なかったんだよっ!」

「そう言われましても、電池切れでなくとも、使えなかったのですから仕方がないです。で、いかがされたのでしゅうか?」

「大河内っての成田には来ないぜ。今朝、関空から名古屋に戻ったみたいだ。八神と言う人物もお前の妹さんと一緒に名古屋へ向かっているようだとよ」

「シッット。情報有難うございます。私も向かいますので、では」

 私は自分の失態に気が付いて己に悪態を吐くと電話の相手に礼を言いまして、名古屋へ向かいました。名古屋・・・、今、大河内が経営する会社の本社がある処。急がなければ。

 今度こそ成田エクスプレスを利用しまして、東京へと戻りました。

 新幹線の時刻表を見て、十五分後に出発するのが在りましたので、急いで、乗り場へと向かいました。

 改札口に携帯電を翳しまして、Suicaで通ろうとしたのですが、Errorが出てしまいまして、通り抜ける事ができませんでした。財布から取り出しましたSuica-cardも矢張り、駄目でした。売り場で購入するには時間が足りません。

「ファッツ・ザ・ヘルッ」と再び悪態を口にする私。この様な処でUNIOの特権を使用する事は憚れますし、悩んでいるうちに乗ろうとしていた新幹線に間に合わない時刻となってしまいました。

 東京駅からでしたら麻里奈の自宅のマンションまで遠くありません。なら、私のMotor-cycle、HONDAのCBR1000RXRで名古屋へ向かいましょう。

 私は急いで東京駅から山手線で池袋方面へと向かい、池袋で降りますと外へ飛び出し、TAXIを捕まえまして、マンションへ向かいました。

 乗り込みましたTAXIの窓から上空を眺めますと、空を舞う雪の量が増しているようでした。

「どうかしました、お客さん?まっ、ここでは雪が珍しいから仕方がないでしょう」

「ええ、そうですね」と無感情に返答をする私。

 麻里奈のマンションへ到着しますと、一万円札を運転手へ渡しまして、お釣りを頂かず、直ぐに地下駐車場へと走り出していました。

 中途半端な積雪の為に路面が滑りやすい様です。しかし、私はMotor-cycleで名古屋に行きます事を変更するつもりはありません。

 RXRの椅子下の収納庫からGlobeとHelmetを取り出し、急ぎ装着すると何時もならします、暖気をせずに愛馬を動かそうとEngineに火を入れました。携帯と言い、駅での事と言いまして、何か作為的な事を感じますが、無事に私のRXRは走り出して呉れるようですね。

 首都高五号池袋線から三号渋谷線を経て東名高速道路へ入り、名古屋を目指しました。

 首都高へ入る時、ETCのLaneを既定の速度で通過したのですが、Gateが開きませんでした。しかし、Motor-cycleの事故防止の為に侵攻を塞ぐBarとBarの間が開いていて下さったから通過する事は可能でした。

 東名へのってしまうと私はRXRを一気に加速させまして法定速度を無視し時速240kmで走りだしました。大凡一時間半、午後五時を少し過ぎた頃に目的地に辿り着けるでしょう。

 雪が降り続いています所為か、夜の帳の堕ちる時間が早かった。私の走行先を照らしますHead-lightの光。その光源に照らされます雪が私の視界を大幅に狭まらせましたが、意識を運転に集中させれば危険はいかようにも回避できる自信は在りました。Tireから伝わります路面の状況変化もちゃんと感じ取りまして、走行を安定させながら先を急ぎます。

 静岡市を過ぎたあたりから、紅い回転灯と煩わしい音が私の背中を追い掛けているようでしたが、それを無視して、走り続けました。かなりしつこく、浜名湖を通り過ぎるまでそれは続きましたが、諦めたのか、それとも、雪による路面悪化の為、事故を起こして、追いかけられなくなったのか知りませんが、私を追う音と光が止んでいました。しかし、一層、雪の降る勢いは増す一方です。

 この降る雪の為、低速で走る車が多くなり始め、一番右側の車線には車が居なくなり、240kmの速度で前方の車を追い越しながら走り続ける動作が減ると安心した矢先、前方に怒りがこみ上げてきますほど、低速で走る車が在りました。回避しきれません。私はそう思い、とった行動は更に加速させ、前輪を浮かせ前方の車をよじ登り、突き進むと云う手法を・・・、off-roadでもあるまいし、それは無理です。

 危険を承知で重心を移動させ、RXRを出来るだけ左に傾けさせ、何車線も切る様に左へと抜けました。

 雪で滑る路面、転倒寸前で、今度は逆に切り態勢を直しまして、また、右車線奥へ戻りました。私は一歩間違えば命すら落としてしまいかねません、運手をしましても、平然と走り続けました。

 RXRのDigital時計の時刻を見ますと、五時を過ぎてしまっています。ですが、名古屋市内まで後、三十キロほどです。気を緩めず、走り続けましょう。

 名古屋JCTから二号東山線へ移り、中区を目指しました。

 新洲崎JCTのETC出口から降りようとしました時も矢張り私のETCが反応してくれず、Gateが開いてくれませんでした。

 まあ、その様な事は機械の不具合の所為で在って私の責任ではありません。ですから、無視しまして、通り過ぎますと、前方には何台もの警察車両が警告灯を回し、まるで私を待ち構えていたかのように待機していたのです。

 私の通れる隙間はどこにもありませんでした。今度こそは、高速道路で思いました、前輪を浮かせ車を乗り越える手段を本当に講じ、一台の警察車両のBonnetを踏みつぶしてやりますと、怒号や罵声が私へ降り注いできましたが、私は私の目的を遂行する事に集中しすぎてその声は届いていません。

 ここまで来る間、幾度となく警察機構に私は追われていました。私はただの速度違反やその他、交通規則違反で追いかけてきているのだろうと思いまして、深く考えませんでした。しかし、それは私の愛すべき方だった、神宮寺麻里奈が私の行いを停めようと仕向けました抑止だと知る事は一生ありません。

 降りた場所から少し戻りまして、伏見の方へ向かいます。そこに大河内星名が経営する3S本社の建物が存在している筈です。

 何処から湧いて来たのでしょう、また、警察車両が私を追いかけてきている様ですが、どんなに頑張りましても、私に追いつく事は不可能です・・・。

 二〇一一年十二月二十四日、土曜日、午後五時一八分。降りしきる雪の中、私は3S本社前に立ち、RXRを正面に駐車したまま中へ駆けこみました。

 まだ残っていました社員を捕まえまして、柔和な笑みで大河内がまだいるのか、何処に居るのかを尋ねまして、私の望んだ返事が戻ってきました時、その社員の腹に回りから判りませんように拳銃を突きつけまして、その場所に案内して下さいと脅しました。

 教えられました場所は会議室。本来そのような場所の多くは防音設備などが整っていまして、扉が開いていません限り、中の声が漏れてくるような事はありませんでした。ですが、私は中でどのような会話が行われているのか知っていたのです。どのような、Trickを使用していますか、説明してあげられませんのはご了承いただきたい。

 私は会話の内容を知っていましたが故に、会議室の観音扉を堂々とあけまして、言うのです、

「それでは、こまるのですよ。貴方には死罪を持ってでしか何者へも償えないのですからね。そして、貴方を裁く事が出来ますのは私だけです。それを許されているのは私だけなのです」と尊大に語り入るのです。

 私は拳銃の矛先を案内して下さった方から、大河内星名・・・、ではなく源太陽に向けていました。その場に我が愛しき妹の翔子と更に愛しかった弟の親友でありました八神慎治が居る事を知りつつも。


最後の舞台へ上る役者達

 銃を源太陽に向ける藤原龍一。対面の翔子だけが驚き、慎治も太陽も冷静だった。その二人の心境とは、

慎治

 やっぱり来るんじゃないかと思っていた。あれが貴斗の兄貴なんだな。R1が誰かってうすうす気づいていた。シンガポールの研究所であんたがアダムの技術を持って助かった事を知ってからな。

 しかし、あの何者にも屈せず、己の意志を通そうとする冷徹さと、場を律する強さを兼ね備えた双眼。あれは記憶喪失だった貴斗が俺や宏之達と会った頃のアイツの目と一緒だったな、いや、寧ろ、貴斗の方がまだ優しく見える。

太陽

 遂に私の処へ辿り着いたのですね?私を裁くために。そうです、貴方でしか私を停められません。目の前の偽善を語る彼では私の中の僕の衝動を停められはしないのです。さあ、今私へ向けるそれの引き金に力を込め、自身では止められない私の中の僕の怨みを打ち砕いてください。


 死を持って裁かれる事を望む太陽と、死を持って罪を償う事を許さない慎治。そして、太陽の望みを叶えようとする龍一。緊迫感で張り詰めた空気の中、最初に口を開いたのは八神慎治だった。


慎治

 貴斗の兄貴の行動を見て、呆れる仕草を見せてやると俺は、

「記憶が戻った時の貴斗、たしか、龍一さんだったっけ?あんたの事を凄く自慢げに話していたのによ。人を殺した奴は、死罪でしか許されないってか?そんな考えしか出来ない人だったなんて、すげぇ~~~がっかりだ。アイツ、あんなに嬉しそうな顔して、あんたの事を俺に聞かせてくれたのにな・・・」

「しっ、慎治君、貴斗ちゃんは、貴斗ちゃんはわたくしの事をどのように慎治君に語ってくださったのでしょう?」

 目を輝かせ、俺にそんな事を尋ねてくる翔子先生。場を考えて欲しい・・・。

「あのなぁ、翔子先生?いま、めっちゃ、シリアル・・・、シリアスな展開だ、って事、わかってる?」

 先生の所為で俺までぼけちまいそうになるよ。俺の言葉に不満そうな顔を造る翔子先生。俺の事を言い出すと周りの状況を全く考えなくなる家の姉貴と似ている。姉と違って押しが強そうに見えないから、こういう場合は無視するしかないな。

「龍一さんにはこの人を殺させやしないよ。そんな事、貴斗達が望んでいないからな」

 俺は言葉を出しながら、銃の射線軸と大河内星名の間を割って入っていた。身長もほぼ同じ、撃てば俺に命中する位置だ。



龍一

「確かに貴方の言葉通り、慈愛に満ちました愛しき我が弟、貴斗はその様な事を望まないでしょう。詩織君も、香澄君も同様に・・・、しかし、これは、生きる者としてのけじめなのです」

 弟の親友と言われていました存在、八神慎治。彼が私の弟の心情を深く理解して下さる事は嬉しい事でした。しかし、死者が生者を裁く事は出来ませんし、死者の本意を語る事など出来る筈もないのです。ですから、私は彼の虚言に惑わされたりしません。銃口の位置を変えませんで、

「そこをどきなさい。どきませんと撃ちますよ、貴方ごと」

「どうせ、どかなくとも撃つんだろう」

 慎治はまた呆れた様に溜息をついて、その態度を仕草にもし、私へ見せて下さいました。


慎治

「龍一お兄様、おやめ下さいっ!藤原の名を落とす気ですかっ!」

 翔子先生は俺をかばって呉れる積りなんだろうか?俺の前に出て手を広げ仁王立ちしてくれた。しかし、頭を確実に狙っている貴斗の兄貴の銃の構えだから身長差がある俺と先生じゃ意味が無いやな。それに、龍一さんは肉親でも己の道を邪魔する者なら構わず始末しそうな眼をしている。それを停められるの本当は貴斗だけなんだろうけど、その代わりを出来るのは今、俺しかいない。

「先生、辞めとけよ。多分、翔子先生でも躊躇わず撃つぜ、先生の兄貴は」

 場が場だからだろうか、俺が翔子さんの事を何度も先生って言っても怒る様な仕草をしなかったのは幸い、なのか?まあ、それはいいけど、俺は言葉を龍一さんへ向けながら、翔子先生を脇によけた。


龍一

「翔子、私には家柄などどうでもいい事です」と妹を見ながら答えをかえしまして、また、視線を貴斗の親友へ戻しました。

「ええそれと、貴方の言葉通りです。貴方は貴斗だけでなく、私の事もよく判ってくださるのですね?なら、無駄に足掻く事をしませんで目の前の人物から引いてください。いらぬ手間を省かせていただきたい。私が重ねる罪を増やさせないでいただきたいです」

 貴斗の親友には手を掛けたくありませんでしたし、それが目的ではありませんでしたから、最後通牒を彼へ渡しました。しかし、

「それは、きけねぇ相談だ」

 私が本気で在る事を判っている風でも、彼はその場所をどこうとしてくれません。では、仕方がありませんね。その様な思いで私が引き金を引こうとした時に、彼は言うのです。



慎治

「おお、マジで殺る気だね。でも、俺はまったく殺される気がしないな。俺の悪運ってのを見せてやるよ。それに俺の背中には鉄壁の守護神様とその仲間達が付いていてくれているんだ。死ぬもんかっ!!!」

 俺は今までいろんな場所でその場を凌ぐ為に虚勢を張ったけど、今回は今後一生する事がないだろう程の大見得を切っちまっていた。


龍一

 何とも自信に満ちた言葉、そして、その態度。しかし、どんなに大きく出た処で、生身の人が拳銃の力に抗えるはずも在りません。

 私が彼の言葉の後、再び引き金に力を込めようとした時に彼の背後に貴斗、私の愛した弟が、私を睨んでいる様に、憐れんでいる様な姿が見えた気がしました。見えたのは弟だけではありません。弟同様、愛しき歳の離れた幼馴染達が・・・。

「いや、その様な筈が・・・。ただの幻覚です・・・」と呟き小さくかぶりを振ってその幻想を払う私。そして、撃鉄が降りる音が会議室に響くのです。

 表情には出しませんでしたが、驚かずに居られませんでした。確実に八神慎治の額中央を狙った筈ですのに、彼の頭を掠めませんギリギリで中空を奔り、部屋の壁へ突き刺さっていました。

 私の行動に堂々としています彼にも驚きですが、顔に凄味を効かせまして弾が出尽くすまで引き金から手を離しませんでした。それが弾切れになると、直ぐに弾倉を交換して、また、彼、八神慎治を狙う。然し何れも、弾丸は彼を避け、煙を吹きながら壁に突き刺さるだけでした。

 在り得ません、三本も在りました予備のCartridgeが尽きかけようとしていたのです。本当に彼の口にします強運、それとも貴斗が、詩織君、香澄君が私の行動を諫めようとしまして、彼に奇跡を起こさせているのでしょうか?

 奇跡、その様なまやかしなどにっ!私は残り二発しかなくなったと気が付いた時、零距離ならば、そう考えまして、彼の処へ一気に間合いを詰め、王手を掛けようとしました。そして、気付くのです愛しき彼女を自分の手で傷付けてしまった事で、己の愚かさを。

 動き出してしまった私を私自身では止められない状況下で、私と八神慎治との間に、

「リュウリュウっだめぇぇえっ!」

 私の愛称を必死で叫びながら二者間へ割り込んできた方はシンガポールへ置いて来た筈の麻里奈でした。伸ばして緊張させていましたい腕を弾が銃口より出る前に無理やり下に降ろしました。

 硝煙を登らせながら乾いた音が部屋中へ響く。そして、私の目の前をコマ送りの様に腹を抱えながらゆっくりと倒れこんでゆく麻里奈。彼女が倒れた処から床一面に広がる彼女の命。暫らく何が起きたのか判断つかなく動けない私。

 私は銃を握ったまま、麻里奈へ近づきまして、彼女を抱き起こしたのです。

「麻里奈っ、まりぃーっ!なぜに、どうしてです」

「貴斗君との約束を忘れないで・・・、それに私だって龍一に恨みとかで人を殺させたくないもの・・・」

 胃から逆流してきたと思われます、彼女の血が唇から滲み、血が付いていません手で彼女は私の頬へ手を伸ばしてきたのです。私が彼女のその手を握り締めた瞬間、麻里奈は笑みを浮かべ、瞳を閉じたのでした。力を失くした彼女の首がだらりと傾く。

「うをぉぉおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおぉおおぉぉぉおぉおおおおっ!きさまのせいだぁああっ!」

 誰のせいでもありません、私自身の所為だと言いますのにその怒りの矛先を麻里奈が庇った相手へ向けてしまっていたのです。愛する者を奪われる気持ちと言う感情を理解し、それを止められようとしません自分自身に気が付いたのです、源太陽がそうであったように・・・。

 私は最後の一発になってしまいました拳銃を八神慎治へ向けていたのです。

「それじゃ、俺を殺せないな、フッ」

 私を嘲笑するが如く鼻で笑う貴斗の親友。私がその嘲りの意味を理解するのに暫らくかかりまして、引き金に力を込めていたのです???指を何度引いても硬い感触がしないのです。私は自分の構える両手を暫らく凝視しました。

 在る筈の物が、そこにないのです。私が握っていましたはずの武器(Partner)、Night-Hawk-customが。

「貴様の所為じゃないでしょ、貴様の所為じゃ」とその様なお言葉と一緒に後頭部に軽い痛みを数回感じました。余りの想定外に思考がFreeze、次の動作まで間が開いてしまいました。

「龍一の捜し物ってこれでしょう」

 私は振り返りまして、

「まりな?もう、幽霊になってしまったのですか?」

「あんた、そういう非科学的な事信じないでしょっ?」

 笑いながら、そう返事を戻して呉れるのは紛れも在りません、神宮寺麻里奈なのです。彼女は私のNight-Hawkの銃口を握りながら、その存在を示す様に彼女の顔近くで振っていました。状況が理解できていません顔をぽカ~ンとしました表情を彼女へ見せていますと、勝ち誇ったような笑みを漏らす彼女はそれを説明してくださります。

「じゃじゃぁ~~~ん、これよ、これ。最近のってホント凄いわよ。こんなに薄くて至近距離だってのに貫通しないだもん。まあ、肋骨くらいは折れちゃったかもだけど」

 麻里奈はその様に口にしまして、深い櫻色のSuits上のButtonを外し、更にその下の血みどろになってしまいました?黄色のBlouseの中央のButtonだけを降ろしまして、その中を指でさしていたのでした。薄手のBulletproof-shirt(防弾着衣)、ですか?まさか、人工蜘蛛糸(ちちゅうし)。確かその人工繊維の名をspiron(スパイロン)と言っていたと思います。

 皆様は知らないかもしれませんが蜘蛛と言う動物はその体内に柔軟性と衝撃吸収性を兼ね備えた支柱糸、柔らかいが切れにくい蜘蛛自身が巣内を移動するときに使う縦糸、巣の中に獲物を生け捕りにする為で柔らかく粘着性のある横糸、柔軟性はそこそこで最も強度が在る炭素鋼糸の四種類もの糸を持っている。

 衝撃を吸収しやすく柔らかい支柱糸や強度のある炭素鋼糸を人工的に造ると言う研究は随分昔からされており、近年実現できそうな段階まで来ていたのでしょう。

 その二種の人工糸をより合わせ作り上げたのがスパイロンだった筈です。絹のような細さでステンレス鋼よりも、丈夫である素材です。細いが故に織物を織るのと同じように服を作れますその素材なら、防弾服も可能でしょう。しかし、貫通こそ免れましても、その衝撃までは押さえられません。麻里奈が言います通り肋骨だけでは済まされない筈です。なら、そこまで衝撃を吸収します素材がその下にでもあるのでしょうね。

「流石に、ここを狙われちゃったら私もこうしていられないでしょうけど」と私が思考を整理していますと、麻里奈は私のNight-Hawkの銃把を握りますとその銃口を彼女の蟀谷に当て、引き金に力を入れる様に見えました。

「やっ、やめてください。まりなっ!」

 私は慌てて、彼女のそれを奪おうとしますが、彼女は私をさらりと躱しまして、冷たい目を向けるのです。そして、

「龍一、判るでしょう?誰も嫌なの。大切な誰かを奪われる事は・・・」

「私の負けです」

 両手を頭の脇まで上げまして、溜息を吐き、諦めた態度を示しました。

 その後、麻里奈は映画などで使用されます疑似血の詰まった袋を持っていました事と、口の中にもそれを詰めた簡単に噛み砕けます飴を含んでいた事を教えて下さいました。

「しかし、私を精神的に行動不能にしますこの考え、これが君の策略なら、君は飛び抜けました策士ですね。八神慎治君。貴斗の陰が君の裏に見えてしまいました時から私の負けが決まっていたと云う事でしょう」と彼の方へ振り返って言いました。何のことやら、さっぱりと両手を上げて示します弟の親友。

「確かに、龍一さん、あんたが現れる様な気がしていたけど」

「違うわよ、リュウ。あんなお最後の別れみたいなメール貰えばアンタが何をしようとしたなんか直ぐわかるわよ。この単純バカ。本当に貴斗君の事となると頭ん中、お花畑になっちゃうんだから・・・。八神君、このバカがそこの人との話しをおっちゃってごめんなさいね。コイツ連れて行くから。あとはよろしく!」

「まってください、マリー。もう私は彼をどのように、このようにしますか、興味を失くしてしまいましたが、慎治君の考えを見届けることくらいはさせていただきたい」

「ごめんね、八神君、リュウが我儘言って」


慎治

「別にかまわないっすよ。それに龍一さんは後で話があるからな」

 銃を乱射され、本当は怖かった。おしっこちびっちまいそうになっていた。しかし、俺は強がってキザったらしく、前髪を指で払い上げる格好を付ける仕草をして見せた。貴斗が昔俺に教えてくれたお呪いみたいなものを思い出し、小さく呟いた。

「メイク・ミー・クール」

 他人にとってはただの英単語を並べた言葉かもしれない。でも、俺にとっては俺に勇気を呉れる親友の言葉だった。そして、もう一人の親友、宏之がいつも口癖のように言葉にしていた『どうしようもねぇ時は開き直るしかねぇだろうよ』を俺自身にも言い聞かせたんだ。

「横やりが入って本台からそれちまったな。臆さず、待っていてくれた事に感謝するぜ。だけど、もうちょっとまっていてくれよ」

 俺は携帯電話を取り出して愁先生に入れていた。

「愁の義兄貴。こっちの準備は整いそうだから、もう、上がってきてもいいぜ」と大河内星名には聞かれないくらいの声量で会話した。

「で、八神慎治君でしたね。そこの藤原龍一氏は私の罪は死でしか償えないと云いました。君はそれを否定している様ですが、なら私にどの様にしろと?私に出頭しろとでも」

「家の母さん、大河内さん、あんたもよく知っている人、八神皇女。その母さんがよく口にするだよ。医は仁なり、ってさ。俺は医者を目指していた訳じゃないから、その言葉の重みなんて知らなかった。確かにあんたは俺のダチの命を奪ったかもしれない。でも、俺はあんたを調べているうちに知った。アンタがそれ以上に多くの人の命を救ってきた事を、アンタ自身の手で、あんたの起こした事業で、あんたの目の届かない処でも誰かの命が救われてきた事を。俺の親友達の命は、俺の知らない連中の命なんかよりも大事だけど、自分の思いだけで、他人の命の重さを天秤に掛けちゃいけない。だから、母さんはあんたの命を救ったのさ・・・。ここからは俺の考えで、誰もが等しく殺人の罪を犯した者が死罪。俺にはとてもそうは思えない。どうしようもない屑や、精神的責任能力がないって事を言い逃れの口実にして死罪を避ける様な連中は国の税金で態々生かしてやる必要ねぇけど、あんたの様に稀に生きる事で罪を償える奴だっているとおもんだよ。これからも、あんたがより多くの人の命を救う事で」

「私がそれを拒否したらどうするのです?」

「いいや、俺の言葉に星名さんは逆らえないな。何故なら」

 俺の言葉のタイミングに合わせる様にわざとらしく指を『パチンッ』と鳴らしていた。上手い具合にその音と合わせて愁先生と神無月先輩が他三人を連れてやって来た。

「あんたの怨みの理由。それが亡くなるからさ」


太陽

 八神慎治青年が演出家の様な仕草を見せると、二人の男性が揃えた様な足並みで会議室へ踏み入ってきた。一人はよく知る人物。私が勤めていた事もあります三戸の病院の外科医、調川愁。彼は慎治青年へ一度目配りをすると、隣にいた男性をちらっと見ていました。すると、二人は同時に左右に分かれていた。彼等の背中に隠れる様に居た人物らが私の瞳の中へ飛び込んできたのです。

 私は夢でも見ているのでしょうか?それとも幻覚?私は現実の認識を避ける様に一度、顔を手で覆い、再び確認する様にそれを退け、眼前を凝視しました。

 私が焦ってまでシンガポールに立ち捜した彼女が、目の前に居るのです。そして、そこには紛れもなく二十一年前に最後にお会いした姿のままの藤宮詩乃さんが立っていたのです。彼女の両脇には顔の造りが詩乃さんに似ている双子の女の子が私を不思議そうな眼で眺めていたのでした。

 現実?幻想で無いなら、彼女に触れてそれを実感したかった。だから、私は彼女へ自然に歩みとろうとしたのですが、

「勝手に動いて貰っちゃこまるよ、星名さん」

 慎治青年は私にそう言って、詩乃さんに何かを向けていました。私は彼が彼女に向けている物に驚き、

「やっ、辞めて下さい。しっ、詩乃さんにその様な無粋な物を向けないでください」

 極めて冷静な時の私なら、彼がその様な態度をとっても幾らでも対処できたでしょう。ですが、今は私の心の内の動揺と藤原龍一氏以外の誰かの殺気が私の行動を鈍らせました。

「八神慎治君、貴方の言う事を聞きましょう。ですから、詩乃さんに手を出さないようお願いしたい」

 私は理解した。彼が詩乃さんをあの暴動から守ってくれたのではと。しかし、それなのに慎治青年は龍一氏が持っていました物とは違う銃を詩乃さんへ向けていたのです。その矛盾が余計に私の心に心理的揺さ振りを掛けた。

「言ったな?俺の望みを聞いてくれるって。俺の望みは簡単な事だよ」

 そう口にし、詩乃さんへ向けていた拳銃を私へ投げていた。

「私に自害しろと?」

 私へ銃を投げては脅しにならない、そう思ったのも束の間、

「これをみなよ。藤宮詩乃さんの首。彼女の首だけが吹っ飛ぶ高性能爆弾。アンタガ俺達の前で自害したら、天に誓って解除してやるさ。さあ、考える制限時間、十秒」と彼は言って詩乃さんの首輪のスイッチらしきものを押していた。更に、双子の娘達の隣に居る男性等が慎治青年の私へ投げた拳銃と同様の物をまだ幼き彼女達へ向ける。

 その行為を見て非道と言わずして如何様に語ろう・・・。いいえ、私が重ねてきた罪は彼が作りだした今この状況と何が違うのだろう。心の内で非道などと思うなど私にとってどれほど烏滸がましい事なのだろう。

 更に考える。私が知る限りの慎治青年の性格ならこの様に冷酷な手段をとる筈がない。しかし、今この時、目の前に見える現実が全て。

「幕引きは自分の手で、ですか?八神慎治君、君が本当に詩乃さんを解放してくれると信じましょう」

「お願いです。おやめしてください。皇女さんのお子様なのでしょう?その貴方がこの様な卑劣な事を。お願いです、折角、太陽君に会えたっていいますのに。それに貴方だって判ってくださっているのでしょう?太陽君だけがいけない事をしたんじゃないと。負うべき罪は太陽君だけじゃないと。ですから、こうしてわたくしを外へ出してくださったのでしょう?」

「おっと、藤宮詩乃さん動いて貰っちゃ困るんだよ・・・。余計な事を口にするのも慎んでもらいたいな。これが誰の手も汚さない最良の裁きなのさ」

「従いましょう。最後に詩乃さん、貴女にもう一度、会えて嬉しかったです」

 私はそう言葉にして瞳を閉じ躊躇せず、蟀谷に当て、引き金に力を込めました。

『ぱんっ』と乾いた音が響くと同時に全てが終わったと思いました。

「これで、太陽は沈んだ・・・、いや死んだ・・・」

 おかしいです。私は死んだ筈なのでは?そんな慎治青年の言葉が届いていた。痛みはない目の前の光景は変わっていませんでした。その代り、私へ駆け寄って来る詩乃さんの姿があった。

「太陽君、驚かせちゃってごめんね」と言うと走って来る勢いのまま私の胸へ飛び込んできたのです。状況をとらえきれなかった私は詩乃さんを確りと受け止められず彼女の勢いを停めきれずに二人一緒に倒れ込んでしまっていた。

 倒れこんでいる私達の処へ上から見下ろす様に、

「いったよな?俺も、俺の親友達も復讐を望んじゃいないって。それに俺はこうも云ったよな?生きる事で償う事も出来る奴が居るってよ。途中で気付けよ、これが玩具だってことにさ」

 慎治青年は私の手から離れていた拳銃をつまみ上げそれを私へ見せていた。銃の口からは紐で繋がれた万国旗が飛び出していた。私の頭や周囲に散乱する紙吹雪。

「聞かせてくれよ、アンタガこれまで貴斗達に何をしてきやがったのか?俺の推理とあんたの行動がどれだけあっているのかってのを確かめたいんだ」

「判りました。詩乃さん。どいてください。彼と大事な話をしなければなりませんので」

 私達は場を整え直し、一同が一様に会議室の椅子に座っていた。場が整う間、慎治青年は言う、詩乃さんの了解を得た上で行った私を騙し、驚かす演技だった事を。詩乃さんの性格を思えば、彼女が彼の考えに面白がって協力しない訳ない。私は胸中で呆れの溜息を吐くと共に私が生かされた理由を深く考える。

「源太陽はもういない奴だから、あんたの事は大河内星名って呼ばせてもらう。で、あんたに紹介するよ、そこの双子の娘さん達をな」

 慎治青年はそう前置きをし、

「藤宮詩乃さんの本当に娘さんで、長女の詩珠華ちゃん」

 名前を呼ばれた女の子は手を上げ、自分がそうである事をしめし、

「次女の美織ちゃん」と呼ばれると丁寧に頭を下げていました。

「正真正銘、あんたの遺伝子を持つ娘さん達だ」

 私は彼の言葉を幻聴かと思い、訝しげな表情で

「え?今何か?」と訊ね返していました。そう言葉にする私は相当間抜け面をしていたでしょう。それを証明する様に詩乃さんが、二十一年前に私の色々なおかしな表情を造った時に見て笑う、それと同じ顔を今、私へ向けていたからです。

「だから、あんたの娘だって」

「は?」

「まあ、その説明は後でゆっくりと詩乃さんから聞きなよ」

 それから、慎治青年から促される様に私の過去自録を詳細に語り始めた。

 途中休憩を入れて、話し続け、四時間も語り続けていました。終わった頃にずっと黙って聞いていた慎治青年が凄んだ表情で会議卓を力任せに両手で叩きつけ立ちあがった。そして、口を開く。

「あの時、貴斗が死んだのは、藤宮が死んだのはあんたの所為なんかじゃない・・・、俺がいけないんだ・・・」

 相当、彼はあの事を悔やんでいるのでしょう。それ程、彼の語る友人が彼にとって大事だったのでしょう。彼の思いの強さが私の心にも激しく届いた。そして、私も彼と同じように自責した。

「だって、そうだろう?あんたが語る、それが本当ならどんな理由であれ様子を窺っていた星名さんは二人を助けようとしていたんだ。それなのに俺がその場に現れた為でれが出来なかった・・・。その機会を奪ったんだ・・・、・・・、・・・。違うな、本当は俺が二人きりにしなきゃ、起こらなかった。俺の判断ミスなのさ。隼瀬のときだってそうさ。俺は彼女の性格を誰よりも知っていると己惚れていた。彼女にとってどれほど藤宮や貴斗が必要だったのか、それをちゃんとわっかっちゃいりゃ・・・」

「そうです、貴方のミスですね、慎治君。貴方の所為で、私の愛しき弟と詩織君が」

「あんたは黙ってなさいっ!」

 慎治青年の告白に口を挟んできた龍一氏。それを諫める様に本気で殴っている神宮寺と言う女性。

 八神慎治青年は恥を忍んで真剣に悔しそうに涙を流す。椅子に座り、拳にした手で何度も卓を叩いていた。

 確かに彼が私へ向けた言葉の中に私が多くの人の命を救ってきたからと言って、彼の大切な友を奪ってしまった事実は変えられない。何故、私は私の中の狂気を停められなかったのか悔やんでも、悔やみきれないとは今、この時の思いを言うのでしょうね。そんな愚かな自分を見つめ、私は罪悪感に唇をかみしめていた。

 悔し泣きをする慎治青年へ私の対面に座っていた詩乃さんが立ち上がり、彼へ近づいた。誰へも、等しく愛を向ける詩乃さんは彼の背中に回り、彼を包むように抱き締めていた。私は詩乃さんの行動で慎治青年を嫉妬したりしない。その彼女の性格が私にとっては魅力的で、彼女を好きになってしまった理由だからです・・・。

 詩乃さんは慎治青年の頬に彼女のそれを当て、

「何が原因か、誰がいけないのか。その原因が貴方にあると思いまして、そうやってご自身を責めないでください。貴方が今ここでどれ程悔やんでも過去は変えられないの。ですから、貴方はこの場の様な答えを選んだのでしょう?だから、貴方自身を責めないでください。それは貴方のご親友も望んではいないわ。本当に大切な方々の尊厳をお守りしたいなら、自責の念に囚われちゃだめです。太陽君を許してくれました様に、貴方自身の事も許してあげて下さい。亡くなられたご親友の方々もそれを望まれている筈ですよ、絶対にです」

「ああ、あいつ等は優しい奴らだからな。判っているからこそ、辛い事もあるんだ」

「そうですね・・・。でも、今まで起きました凶事の本当の原因があるのでしたら私でしょう。私は太陽君なら判ってくださると思っていました驕りがありましたから」

「でも、藤宮詩乃さんが居たから、涼崎姉妹も、結城兄妹も生まれる事が出来たし、俺の好きだった奴は世界を、彼女自身の目を通して見る事が出来たのも事実さ・・・。詩乃さんの礎で助かった奴らも多いだろうし・・・」

「有難うございます。そして、ごめんなさいね・・・」

「藤宮詩乃様?何時まで私の慎治君にその様な真似をして下さるのでしょう?サッサとお離れしていただきたく思いますわ」

 私は詩乃さんの行為へ嫉妬を覚えないが、そうでない方も居る様ですね。そして、詩乃さんがその言葉を聞いたからって聞き入れる事などしない事も知っています。詩乃さんは藤原翔子さんをからかう様に慎治青年の顔を詩乃さんの胸の中へ埋めさせていた。

「慎治君っ、何時まで流されているのですっ!しゃんとしてくださいっ!」

「詩乃お母様、辞めて下さい恥ずかしいですよ・・・」

 慎治青年が教えてくれた双子の名、詩珠華と美織の二人が母である詩乃さんを呆れた顔で溜息交じりにその様な言葉を口にしていた。それでも詩乃さんは彼を離さないでしょう。ですから、

「詩乃さん、慎治君はまだ、私へ言いたい事があるでしょうから」

「慎治君?もう大丈夫ですね。だって、貴方はあの皇女さんのお子様なのですから」

「見た目俺よりも随分若いくせに、俺を子供扱いかよ・・・、ああ、最後に星名さんあんたには、あんたのやり方で罪を償う事を考えて欲しい。俺はただ、この連鎖を停める為に藤宮詩乃さんをアダム計画から降ろした訳じゃない。上から目線じゃないけど星名さんにも、詩乃さんにもやり直す機会を与えてあげたいって考えたからだ・・・。一つ、星名さんへお願いするとしたら、罪滅ぼしに政界へ立ってこの国を変えてみせろと、って事くらいか?俺の調べでは星名さんがアダム計画に参加する前はそんな事をやってみたいと思っていたんだろう?星名さんの今の地位なら・・・。それに星名さん、アンタが自分はあの源氏の義経の子孫って言って選挙に出たら面白くなるぜ」

「だれも、その様な事信用するとは思いませんが?」

 彼は私の家系の事を知っているのでしょう。本来なら政に参加してはいけない事も。それを知った上での彼の言葉なのだと思います。

「しんようね?俺が口にしなくても判っていると思うけど、マスゴミ何ってのは信憑性より話題性を担ぐんだ。それを利用すればいいだけの事。でも、これは命令でも、強制でも、詩乃さんを使った強請りでもない。俺のただの願いだから、どうこたえるからは星名さん自身さ・・・」

 私は青年のその言葉に今は応える事は出来ませんでした。

「んじゃ、俺達はこれで、引き上げる事にする。帰りましょう、翔子さん。それと龍一さんにはこの後も一緒に来てくれよな」

 慎治青年は言って最初に部屋を出て行った。そして、最後に私の前を通過し、囁きかける男が居た。

「二十一年前、貴方を確実に殺せなかった事をこんなに後悔した事は在りませんでした。貴方の命を彼の代わりに摘むのはたやすい事でしょう。しかし、それでは彼の思いを無駄にしてしまいます。私の愛しき人の弟、私の義弟になる彼の思いを踏みにじらないでいただきたい。もし、今後、貴方の行動で彼が少しでも心を痛める様な事があれば命が無いと心に留めておいてください。私も貴方も、あの方、藤宮詩乃によって命を繋ぎとめられた者達です。私もあの方に悲しい思いはさせたくありません。ですから・・・」

 それ以上、私へ語りかけた人物の言葉は続かず、慎治青年を追って行く。私は調川愁の背中を見送りながら、

「ええ、肝に銘じましょう・・・」と呟き答えていた。

 ビルのセキュリティー上の関係で外へ出なくてはならず、詩乃さんと私達の娘?も彼等を追う様に会議室を出ていた。


慎治

 まさか、貴斗や俺の記憶喪失や涼崎姉妹と結城妹の昏睡に本当に彼が一枚かんでいたとは思わなかった。でも、仮令、実験で利用されたとしても貴斗にしろ俺にしろ、記憶を閉じていたからこそ、救われた部分も多いし、彼女達の昏睡は治療の一環だった、それは覆せない事実。

 これで、俺のやるべき事、出来る事、過去との決別は終わった。しかし、誰も知らないであろ事、誰にも言っていない事が一つだけあった。それはあくまでも俺の憶測、仮定でしかないからだった。

 それは詩乃さんの娘達に関する事。今、六歳で急激な成長が止まっている。そこから先正常に歳を重ねるのか、それとも、普通よりも早いのか、遅いのかも判らない。でも、今の顔姿からすると成長過程で大河内星名は苦しむだろう、って考えていた。

 何故なら、彼女達の姿が藤宮やシフォニーに似るかもしれなかったからだ。星名が厚顔無恥ならいざ知らず少しでも罪の意識があるならば心を痛めない筈がない。藤宮達の死に自身が係わっていたのだと思っているのなら、それと似た姿の娘達が傍に居たのなら苦しまない筈がない、と俺はそう思っている。

 だから、これが俺にとって本当の生きる事であの男へ与えられる罰だと考えていた。まっ、実際どうなるかは知らんけどな。だって俺は神様じゃねぇから人がどんなふうに成長するかなんて未来なんか知る訳ねぇよ。

 外に出て愁先生も一緒に帰るか、どうか、聞いたけど、家の姉貴にさっさと戻って来いと連絡があったらしく飛ぶように帰って行った。神無月先輩も仕事を整理しなくちゃならないと言って東京へ帰ってしまった。

 俺は外を眺めながら、俺の隣に居る貴斗の兄貴を見ていた。

「龍一さん、あんたには俺が選んだこの解決策が、気に食わないって思っているかもしれない。だけど怨みを恨みで返せば、またそれに連なる誰かに連鎖する。でも、それって悲しいよな?だから、最後に誰かが痛みに耐えても終わらせなくちゃなって」

「それが貴方と言う訳ですか?」

「いいや、今回は関係者が多すぎる。どっちかって言うと俺の行動で恨みの矛先を変える連中が少なからずいるだろうって思っているよ。それが判っていても俺はもう終わりにしたかっただけ。それに龍一さん、あんたには絶対にアイツを殺させたくなかった。なんたって、あんたは貴斗の心臓(ココロ)を持っているんだからよ」

 俺のその言葉に貴斗の兄貴は知らなかったようでかなり表情を崩していた。

「それは本当なのでしょうね?」

「ああ、研究所の資料に経過報告としてあげられていたみたいだからな」

 俺のその言葉に龍一さんの連れ、その人の裏に立っている二人が重い表情を造っていたのは見なかった事にしておこう。

「龍一お兄様っ!今すぐ、貴斗ちゃんのそれをわたくしへ差しだしてください!」

「あのなぁ、状況考えて物事発言して欲しいんだけど、翔子さん。そんなことしたらせっかく助かった龍一さんが死んじまうだろうが。それに貴斗が今の翔子さんの言い草を聞いたら、どんな顔するのか考えろよな。それと神宮寺さんや鬼神さんって人の事もよ」

 俺の言葉を理解してくれたのか不満な顔から申し訳なさそうなそれに変えて、神宮寺さんの方を向いて頭を下げていた。

「そうですか・・・、貴斗が私を・・・。私は弟に助けられてばかりだと云う事ですね・・・」

 龍一さんはそう呟いて、心臓あたりに右手を添えると雪の止んだ夜空を眺めていた。俺もつられて眺めると流星が幾つも尾を引いて宙を奔っていた。

「あれだけ、見えているとなんだか有り難味ないし、流れ落ちる前に願い事を三回しても、叶わなそうだな」

「その様な事はないと思います。あれはこぐま座流星群と言いまして、他の流星群と違い周期性がないので観測予測が難しいと言われています稀な物です。でから、祈れば少しくらいは・・・。まあ、慎治君が何を願うのか知りませんが」

「俺の願いは自分自身の力で叶えて見せるさ。だから、そんな呪いごとなんて興味ない」

「そうですか・・・」

 首を降ろし、正面の道路を見てからうつむいて考えた。藤原兄妹に言うべきか、云わないべきか、どうするか迷ったけど、結局、

「翔子さんにも、龍一さんにも心に留めて欲しい事があるんだけど」

「どのような事でしょうか?」

「どうなさいましたの、慎治君?」

 二人が同時に俺の方を向いて、同時にそう答えた。俺はスーツの生地裏のポケットから汚れない様にパス・ケースに納めたまま一枚の写真を取り出して、二人に見せて言った。

「正直、違うな絶対間違いなく藤宮が知ったら憤慨する事は目に見えているし、藤宮だけが貴斗の一番の支えで居られなかった事が俺には残念でしょうがない・・・、・・・、・・・、俺と貴斗は高校三年から大学の三回生までのたった四年間の付き合いしかなかったけど、初め仏頂面のアイツが、次第に色々な表情を向けてくれる様になった。それは俺や藤宮の支えで、アイツを囲む数少ない友達でそうなったんだって誇りに思っていた。だけど、一度だって、こんな顔をした貴斗を見た事がなかった。こんなに自然に笑うアイツを・・・。隼瀬が言っていたよ、貴斗は太陽の様な奴だって・・・。でも、俺は何時だってそれを実感できたことなかった。けど、先月アメリカに飛んでゲオルグさんって人に在ってこの写真を見た時に納得したよ・・・。俺は今回の事を終わらせるために色んな情報を集めて整理したんだ。で、気が付いたんだ・・・。貴斗・・・、貴斗、あいつを殺したのはあんた達二人だって、貴斗の奴の心を殺したのはあんた達二人だって・・・」

 俺は遣る瀬無さを堪え、どうにか最後まで貴斗の兄妹にそれを伝えた。

 俺が二人に見せたのはゲオルグさんが俺にだけ見せてくれた。譲ってくれた貴斗がシフォニーさんを抱き包むような姿で陽だまりの下、屈託のない笑顔を造っている写真だった。

「慎治君?わっ、わたくしは慎治君が何を申しているのかご理解してあげられません。わたくしが貴斗ちゃんを殺した?何をお言いになっているのです」

 怖れ驚愕する翔子先生と、押し黙り、何か思い詰めた顔をする龍一さん。翳のある表情で語るのは貴斗の兄貴の方だった。

「・・・、・・・、・・・、流石は貴斗の親友を務めたと云うだけありまして、卓越した洞察力、推理力ですね。翔子の素振りを見ればわかるでしょう、妹は気付いていなかったようですね。しかし、私は・・・。翔子、覚えているでしょう?貴斗が私達の弟になる前の私を、周りには天才と持て囃されながらも乖離障害で奇異の目でもみられていました私を・・・。そして、そんな精神異常者の私と比較され心を病む、貴女自身を、その様な私達二人の間で育った私達の愛しき心優しき弟は私の心を直して呉れる為に懸命に私を気に掛け、私へ話しかけ、道化を演じる事で比較対象だった私と貴女から、貴女と貴斗へ向けさせたことを・・・。何時も、貴斗は私よりも翔子を立てさせるように行動していた事を本当に気が付かなかったのですか?」

 龍一さんの言葉に思い当たる節があったのか、翔子先生はスカートの前を握るときゅっと下唇を噛んで、下を向いた。目尻に涙が滲んでいる様にも見えた。

「貴女を日本に残してから、何度も貴女には私達の現状を知らせる通知を送りましたね?その中で貴斗の才の凄き事を沢山、書かせていただきましたね?貴女が兄妹の誰かと比較され心を病む心配の必要が無くなりましたから、弟、本来の才能を発揮できたのです。これだけは私達は誇ってもいい事です。優秀な私達の弟なのです。そんな弟が私達に劣る筈がないのだと・・・。私が家督を継がなかった理由は私などより遙かに抜きんでまして優秀な貴斗にそれを継いでもらいたかったからです・・・」

 それが現実にならなかった事が相当悔しかったんだろうな、龍一さんの表情にその思いが滲み出ていた。更に表情を翳らせ、語る龍一さん。

「そして、私は認めたくわありませんでしたシフォニー君と貴斗の仲を。彼女だけが、貴斗の心を素直にさせられる事に、私は嫉妬してしまいましたから、貴斗と詩織君が一緒になることこそが当たり前だと・・・。ですから、シフォニー君がお亡くなりになった時、心のどこかで・・・」

 負の感情をすべて吐き出す様に大きくため息を吐く龍一さんはその後にも言葉を続け、

「そうです、慎治君の言ってくださった事は正鵠を射ています。私達が、洸大爺さんも、含めて母の研究をもっと理解していたのなら避けられたのかもしれない事なのでしょうから・・・。そして、慎治君、貴方はこうも思っているのでしょう?貴斗や詩織君、香澄君、その他、大切な方々を救う事の出来た瞬間は、誰にでもあったのだから、己だけに責任があると過剰に思う必要ないと」

「ああ、そういう事になるな・・・、同じ痛みを皆が持っているからこそ、理解できるものもあるんじゃないか、ってな・・・」

 なんか、臭う台詞を言っているみたいで恥ずかしく想って、照れで鼻を摩っていた。

「龍一お兄様・・・、不出来な妹で申し訳ございませんでした。それに、有難うございます、慎治君。慎治君のお陰でわたくし自身の見直しができそうです・・・」

 翔子先生は言いながら俺へ近づくと、俺の頭に両腕を回し、抱きしめてきたのだ。

「恥ずかしいって、せんせいっ!しかも、体勢がきびしぃ~~~つぅの」

「わたくしは全然、そうはお思いしませんわ、フフぅっ」

「やれ、やれ・・・。私が言える義理ではないのですが慎治君、翔子は性格に難あり扱い辛いでしょう。しかし、大事にしてください」

 俺は先生の抱擁から逃れると龍一さんへ指を立てそれに答えた。

「最後に、もう一つだけ答えて欲しい事・・・」

 俺は龍一さんとも翔子さんとも、どちらか、一方へ訊ねる訳でもなく、焦点の合わない視線でそう呟いていた。

「ええ、私に応えられる事であれば?」

「どのような事をお知りになりたいのでしょう、慎治君」

「俺の母さんはアダム研究に携わる一人だった。家の母さんが、その研究技術を使って、星名さんを助けなければ・・・。貴斗達は・・・。まだ、俺は心のどこかで皇女かあさんを許せていな・・・。だから、聴かせてくれ、今回、一連の惨事の始まりがアダム研究で総指揮者が貴斗のお母さんだった事を貴斗が知ったらどう思うんだろう・・・。アダムって研究を許しただろうか?貴斗はこんな結末を迎えて、許せるのだろうか?」

 それに応えてくれたのは翔子さんではなく、確りと周りの状況が見えていた龍一さんの方だった。

「・・・、答えは明確です。貴方だって私の口から聞かなくたって理解している筈です。弟は絶対、美鈴母さんを責めたりはしません。何時も私達の前で明るく莫迦を装いましても聡しく、己よりも周囲の事を優先させる貴斗でした。あれは翔子や私だけでなく、母が自身の仕事が出来ない事ですら心配したのです。五年生くらいの頃でもっと周囲に気を配るようになってからは龍貴父さんに反発してまで『家の仕事なら使用人に任せればいいじゃないかっ!どうして、美鈴母さんのやりたい仕事をさせないんだっ』って。その言葉はむしろ、父よりも、家族を守る事を優先させるために仕事を諦めた母の方に堪えていたようですが。その事が切っ掛けで母さんはより一層私達を見てくれる様になったし、渡米の際、翔子と一緒に日本に残る筈だった美鈴母さんは貴斗の成長を見たいがために・・・」

「龍貴お父様の私生活が心配だからと私には言っていましたのに美鈴お母様たっらその様な理由でずるいです・・・。私も東京の大学へ進学などお考えにせず、御同行させて頂ければよかったです」

 龍一さんは翔子さんの愚痴をさらりと聴き流し言葉を続けた。

「渡米後、美鈴母さんはシンガポールとの距離は日本よりも離れる事となりましたが、研究所から来る研究過程から指示はずっと出し続けていました。アダム・アーム研究が滞る事はなく、米国内でも母さん自身の研究を続けられまして、貴斗はそれを見て嬉しそうな顔を母さんにお見せしていましたのを今でも思い出せますよ。ですから・・・」

「そっか、だよな。なら、宏之だって・・・。ああ、宏之ってのは柏木宏之。母親が美鈴さんの妹の美奈さんって方の息子さ・・・。彼奴も同じ様に両親がアダムに関わっていたからって、責めないだろうよ・・・。なら、俺も綺麗さっぱりと母さんの事を悪く思うのはやめちまおう」

「美奈叔母様・・・、叔母様も大変つらいでしょうね・・・」

「翔子、心配しなくとも司義叔父さんが傍に居られるのですから大丈夫でしょう。なにせ・・・」

 最後に何かを小さく言い掛ける龍一さんだけど、その声は俺には届かない。

「さて、帰るか?」

 俺がそういいかけた時に、建物内から大河内星名と藤宮詩乃さん、その娘達が出てくるところだった。そして、ビル全体の室内照明が全て落ちたようだった。光が亡くなったせいで俺達のいる一帯が薄暗い闇に包まれた。


ジェミニス・アンリンク

 八神慎治さん達が今までの不幸に決着を付けている頃、俺、結城将臣と涼崎翠は昼位からクリスマス・イヴ・デートをしていた。で、今は既に日が沈んでいて外は雪が降っていた。

 俺達は自分達を戒める為、過去を省みる為に翔子先生の経営するレストランで、貴斗さんと最後の別れをしたインペリアル・ハイムに居た。

 当時は、散々、翠に言われたけど、今はボクシングで勝ち続けてきた賞金があったから、無理している事はない。でも、やっぱり、彼女は文句を俺に垂れる。

「えぇ、将臣におごられるのってなんかやぁ~~~、私が奢ってあげちゃったりしたりくらいなのに」

「どうでもいい相手と付き合ってる訳じゃねぇんだから、少しは俺を立ててくれよ」

「まっ、しょうがないわね、将臣に惚れ直しちゃったことに後悔しながら、付き合ってあげるねぇ~」

 今日、出される料理は既に決まっているから選ぶ必要ないけど、飲み物は別だった。お互いアルコールの飲める歳だし、クリスマスと言えば日本ではシャンパンが恒例だったからそれを頼もうってことになった。

 インペリアル・ハイムにはこの日の為に数多くの種類のシャンパンを取り扱っているようだった。よく聞く、ドンペリニョンってのもあったけど、実はただ、高いだけで酸味がきつくておいしくないらしい。値段を気にせず写真付きで見た目でベル・エポック・ブラン・ド・ブランと言う何だか下を噛みそうなシャンパンを頼んでいた。実際、下を噛んで恥ずかしい思いをしたのは忘れさせてくれ・・・。ふぅ、そういえばこんな風に二人でデートするのなんて、あの日以来だな、七年前の。あの時の事を鮮明に思いだせる。多くの意味を含んで俺達二人は黙祷し祈りをささげていた。それが終わった頃に注文したシャンパンが運ばれてきた。

 ウェイターがシャンパングラスに二人分のそれを注いでくれると丁寧に置いてくれる。

 俺と翠は陽気に軽く、グラスを合わせ鳴らして、

「ねぇ、本当に弥生を誘わなくてよかったの?」

「いったさ、でも、アイツ、今日くらい俺達の中を邪魔したくないからって俺が家出るよりも先にどっか行っちまったよ」

 俺は本当に三人でクリスマス・イブを過ごしてもいいって思っていたけど、妹はそれを頑なに拒否した事を翠へは伝えないでいた。理由は判らない。

 シャンパンを少しずつ飲んでいると料理が運ばれてきて、それを食べながら今日一日の事を二人で話し、全て食べ終わった処で、

「私もこれくらい上手く作れるといいのになぁ」

「やめとけ」

「なんでよっ、頑張ろうって思ってんのに、将臣の馬鹿」

「途中で投げ出すお前が見えってるっつぅ~~の」

「いったなぁ、まさおみぃ!絶対に凄く美味しいぞって云わせてあげるんだから」

「まあ、まずは弥生を超える処からがばれよ、くくくっ」

 俺の返答に一瞬、強烈に不満そうな顔を造るけど口を手で隠して企みめいた笑いへ変えた。

 反骨精神の塊の翠だからそう言っておけば、もっと頑張るだろうな感じで励ましを込めて言葉を選んだつもりだけど、当人が俺のこの思いを気が付いてくれるかどうか、今の翠の表情を見れば判る様な気がした。

 翠が俺へ何かを言いかけようとした時、俺の携帯電話が震えだした。周りの雰囲気を壊さないようにと入店前にマナーモードにするようにお願いされた為に音ではなく、携帯が振動で誰からかの着信を俺へ知らせてきた。

 折り畳み式じゃない俺のそれの画面を見て、誰から、何処からかかってきたのかを確認する。

「翠、ちょっと電話に出るぜ」

「そんな事、いちいち私に断る事じゃないでしょ?」

 彼女の断りの返事を聞くと直ぐに電話に出た。

「はい、もしもし・・・、えぇ、はいっ、直ぐに行きますっ!」

 俺の表情が急に深刻になり、訝しげな顔をする、翠へ、

「翠、済世会へ一緒に付き合ってくれ」

「どうしたの?急に?」

「理由は移動しながら言うから」って口早に伝えると窓際の衣紋掛けにある、俺のコートと翠のそれをとると立ち上がり、会計へ急いだ。

「もう、しょうがないんだから・・・」

 会計を済ませ、外へ出るとタクシーを捕まえ、独立医療法人・済世会病院へ急行してもらった。外に出る時に判ったけど車窓から見てももう雪は降っていなかった。

 タクシーが走りだして間もなく、翠へどうして、病院へ向かっているのかを伝える。

「なぁ、翠。洋介、霧生洋介知っているだろう?」

「霧生君?霧生君がどうしたの」

「先月の終わり頃に洋介の処に遊びに行ったらアイツ倒れていやがってよ。ずっと意識不明のままだったんだ。それが今さっき意識を取り戻したって、さっきの電話がそう」

「だって、もう、八時過ぎになるんだよ。向こうに着くころは面会なんか出来る訳ないじゃない」

「愁先生の了承済みさ。先生出張中らしく、先生も用事がすんだら病院に戻って来るってさ」

「霧生君に会うの久しぶり、霧生君、私の事ちゃんと覚えていてくれるかな?」

「大丈夫だろう?記憶喪失にでもならん限りよ」

「二度ある事は、三度あるっ!将臣?その言葉は禁止」

「あぁ・・・、そうだな」

 俺は確かに失言を口にした。アイツが俺達の事を忘れちまうなんて嫌だ。まっ、若しそうなっても俺は親友の記憶が戻る様に協力を惜しまないけどな。

 インペリアル・ハイムから約三十分で病院へ到着すると、やっぱりタクシー内でも非接触ICで料金を払い、急いで病院の緊急外来玄関へ向かい、用件を告げるとそこから通してもらい洋介のいる筈の病室へ急いだ。親友は昔、貴斗さんが居たのと同じ病室に居る。

 エレベータで上の階へ急ぎ、六階で降りると迷わず618を目指した。そして、その番号に近づきながら目を凝らし俺も翠も驚いた。その部屋のドアが開いていて、外壁に苦しそうに凭れる洋介の姿があったからだ。

「おそいぞ・・・、まさぉみ・・・」

「何を無理してんだよ、洋介っ!」

 どうして親友が病室から出てそこに居たのか理解できないが洋介を病室へ戻そうと手を貸そうとするとコイツは俺の手を払い、苦しそうな表情で、

「こんな処で油を売るな。俺の事はいいっ」

「何を言ってんだよっ、意味わかんねぇぜ!」

「気付かないのか?いや、判らないのか?今、弥生ちゃんが何を想っているのかっ!弥生ちゃんを停めてくれ・・・」

「はぁん?」

「使えぬ奴だな、まさおみ・・・、ジェミニス・リンク・・・」

「なんで、洋介がそれを。そんなに便利なもんじゃんぇよ。お互いがお互いを意識してないと出来ねぇ事なんだ。アイツが拒否したら出来ねぇの」

「ちっ、名古屋だ・・・、名古屋へ行け。まだ間に合うかもしれない」

「なんでだよ???」

 俺が困惑していると洋介は俺の手を握る。握られた手から俺へ親友の思い、意識の一部が流れ込んできた。

「なんで、お前が・・・、ちっ、弥生のやろう、今日俺達と一緒に居る事を拒んだのはそういう事かよ・・・・」と翠に聞こえないくらいの声で呟く。

「俺が何故それを知っているのか、訳を知りたかったら弥生ちゃんを無事に俺の処に連れてきたら応えてやるさ・・・」

「すまん、翠、洋介の事お願い出来ねぇか?」

「うん、霧生君、病室へもどろぅっ」

 洋介は苦しそうに首を横に振り、

「涼崎さんも、マサオミと一緒に行ってくれ、俺は大丈夫だから・・・」

 そう言って俺に強いまなざしで訴え拒否を許さないぞと語りかけていた。

「いいか、俺が戻ってもお前が無事じゃなかったらゆるさねぇからな」

 親友は鼻で笑い頷きながら、俺達を払う様に手を振っていた。

 急ぎ、エレベータに戻り中に入ると、

「どうして、名古屋へ?」

「今は何も言えないけど、頼むから、ついてきてくれると嬉しい」

「私へ隠し事?ひどいなぁ、恋人なのに」

 翠はおどけて言うけど、不満は含まれていなかった。今から東京まで急げば二十一時二十分発の新幹線のぞみに間に合う筈。病院の外へ出てから直ぐ大通り向かいタクシーを拾って駅へ向かってもらった。移動中、何故今頃に洋介が目を覚ましたのか知らないけど、それは愁先生のお陰だって思っている。シンガポールからの帰りに、愁先生が言ってくれた訪れた研究所で洋介を助けられそうな治療を見つけたって。その治療の結果がちゃんと現れて今日になって親友が目覚めたんだと思う。覚醒する切っ掛けが妹の弥生だとは、アイツがどれ程、妹の事を好きなのかよくわかるぜ・・・。電車での移動中、翠は俺へ気を聞かせてくれて、俺が好きそうな話題を沢山振ってくれた。そんな彼女の心意気が嬉しかった。だから、現地に着いて弥生を見つけてからでないとどうして、妹を探さなきゃならないのか、その理由を言えない事が、隠さなきゃならない心境が凄く申し訳なかった。

 事実かどうか判る前に翠へそれを教えるのは酷だと思うからだよ・・・。

 名古屋へ午後十一時少し前に到着した俺達は直ぐに駅から外へ出てその街を一望した。思ったよりも人気のなさに驚きつつも、俺達は、俺が名古屋へ来た目的を果たす為に動き出した。

 妹との精神感応(ジェミニス・リンク)なんて使いたくなかった。この言葉を知ったのはシンガポールへ行ってからの事だけど、俺達双子に与えられた特殊能力みたいなもの?こんな変な力を使えば、俺は人ではなくなる様な気がして、使いたくはなかった。でも、今はそんな事を言っていられない。弥生が俺との精神的な繋がりを閉じているならそれを逆手にとって居場所を狭めれば場所が特定できる筈・・・。

「翠、俺と一緒に移動して、もし、弥生を見つけたら捕まえてくれ」

「しょうがないなぁ、いう事聞いて上げるね」

 俺が真剣な表情で翠に告げるとおどけながら彼女は何も聞き返さずに頷いてくれた。

 心の中で俺は妹に呼び掛け続ける。勿論それに反応してくれる事はないが、妹の意識が俺とのリンクを拒否すれば俺の鼓動に変化が現れて、それはお互いの距離に依存するんだ。

 名古屋駅を出てから、何処をどう移動したのかなんて判らないけど、俺達二人はオフィス・ビルが幾つか並ぶ場所へ来ていた。

 ずっと街中をジェミニス・リンクしながら奔走していた。この時ほど、自分を鍛えていた甲斐があったって実感した瞬間でもあった。三十分近く全力疾走しているのにまだ、体力があった。でも、やっぱり驚くのは翠の方だ。俺が何も教えずに不満そうな表情を造りっぱなしだけど、やっぱり平気で俺の速さに着いて来ていた。

 事は一刻をも争う物だけに翠の事を考えていなかった訳じゃないけど、ちゃんと離れず追ってきてくれた事に翠へ感謝しないといけない。無事に弥生を見つけたとしても、俺だけじゃ、どうにもできない事が起こっても、翠が一緒ならどうにか出来るかもしれない。そんな事を考えつつ、殆どの照明が消され、仄かな闇に包まれている建物群の間を縫う様に俺達は歩道を駆け抜ける。

「ちっ、ここら辺の筈なんだけど・・・」

 俺はいったん止まって周囲を見回し、人影が居ないか確認した。そんな俺の目の前を翠は走り抜け、

「弥生っ!そんなことしちゃだめぇぇえっ!」

「はぁん?」

 俺は翠がそう叫びながら突き進む方向を見るとそこには弥生や慎治さん達が居た。さっき俺が見た方向だってのに何で、視覚認知出来なかったんだっ!俺も翠を追う様に再び駈け出した。弥生は光り物を両手で握って俺達の知らない誰かに突き付けていた。

 将臣達が表われる数刻前。

 星名達がビルの正面玄関から出てきて、慎治達を認識し呼びかけようとした時のことだった。星名が慎治を呼びながら、彼の方へ移動しようとした時に間に割り込み星名の前に立ちはだかった人物が居た。

「弥生は貴方を許しません。どんなに多くの人が貴方の事を許そうとしても、弥生だけは絶対に許しません・・・。判っていても、貴方を殺して恨みを晴らしても、弥生の大好きだった先輩達が帰って来てくれないの、判っていても納得できなんです。大事なお兄ちゃんや翠ちゃんに嫌な思いをさせちゃうけど、私みたいな女の子と友達だった、兄妹だったって嫌な汚名を被せちゃうけど、藤宮大先輩の叔母様に恨まれても、その子たちに恨まれてもいい。法も、誰も貴方を裁かないなら、弥生が貴方を裁きますっ!そして、悔やんでください。後悔してください。再び貴方が手にした人を貴方自身の過ちで手の届かない処へやってしまう事を。遠ざかるのは無論、貴方の方ですけどね。だから、死んでください・・・」

 感情のこもっていない淡々とした言いで弥生は星名にそう告げ、両手で握る既に鞘から抜き身にしていた刃の見える刃渡り三十くらいの白木柄の短刀を殺そうとする相手に向けていた。龍一や愁ならいざ知らず、星名にとっては戦闘経験も武器の扱いを知らない弥生の一撃など誰もが当たり前の様に押さえられと思うだろう。しかし、星名は金縛りにあったかのようにその場から指先一本すら動けず、案山子の様に立っているのが事実。しかも誰の目にも星名がそんな状況になっていると映っていない。

 翠が親友の名を叫ぶ。弥生には彼女の声が届いていた。然し振り返る事はない。弥生の腕が伸びようとした瞬間、星名と二人の間に三つの影が迫った。

 冬の乾いた夜空の下に刃物が肉を貫く、刺し音が軽々しく響く。

 血の滴る音。冷たく乾燥した石の階段に染み渡る流血。ドサリっと膝を吐く重い音。誰が傷ついたのか、暫らく周りの空間と時間は凍りついていた。怪我を負った者が痛みの呻き声を上げるまでは。

 どうしてか、後ろへ倒れ込むように尻餅を突いてしまっている涼崎翠が目の前の光景を見て、蒼褪め声を上げた。

「まさおみぃーーーっ!」

 星名と弥生の間へ割り込もうとしたのは慎治、龍一、そして将臣だった。

 慎治は動くまでの決断こそ誰よりも俊敏だが、身体能力で龍一に勝てる筈もなく、彼に飛び抜かれ、弥生を阻止する意気を殺がれ距離の中間で歩みを停めていた。

 会話が判然としないものの将臣と翠は弥生の行動を走って向かっている最中に理解し、それを停めようとした。翠の方が数歩、将臣よりも前に出ていた。しかし、彼女が親友に手を伸ばせばもう届くと云う瞬間に将臣の腕が彼女の肩に伸び、後方へ引き寄せた。引き寄せの反動の勢いが彼を前進加速させ、龍一よりも先に弥生を阻止する結果となった。

 だが、翠の将臣の名を叫ぶその様子は場の雰囲気が喜べるものではないと云う事実。

 太腿を八の字にし両膝を地に突けて、下を向く将臣の姿。彼は妹が星名に突き刺そうとしていた短刀の鎺に近い刃の部分を掴んでいた。人の拳は大凡、八から十cm程度だ。三十程度の刃渡り、二つの手を重ならせるように刃物の根に近い処を握れば、その残りが身体を貫くのが道理。彼の背中に見える切っ先、残りの刃渡りが将臣の中腹を貫いている様に誰もが見えた。滴る将臣の血の量を見て、誰もが致命傷だと思った。

 驚き顔を蒼白させたのは無論、将臣の妹、弥生もだった。目の前の状況の理解の度を超え、全身を震わせ涙を流す弥生。

「どうしてっ、どうして、邪魔するのおにいちゃん」

 恐れで萎えてしまった気持ちでやっと兄に向けた言葉はそれだった。彼女は兄へ謝るよりもその言葉を先に出してしまった自分を恨めしく思い、後悔もした。

 下を向いたまま、弱い息を吐く将臣は妹のそれへ応える。

「ばっ、ばかなことをきくんじゃねぇよ。何処の世界に可愛妹に人殺しなんかさせるものかよ。ばぁ~~~かっ、ばか・・・。翠だってそんなの望んじゃねえ。それにお前の事を好きだって言っている連中、響やクライフさん、それと・・・、洋介の奴らが悲しむって事をちったぁ~考えろよな。お前が人殺しなんかしたら、俺も翠も幸せなんかじゃいられねぇだろうってっ!俺なんかよりもよっぽど頭いいんだから、もっと周りを見やがれっってんだっ!!!」

「将臣お兄ちゃん、それ以上喋らないで傷に触るから」

「あやまんのが先だろう、ボケ妹」と言って将臣はげらげら笑いながら立ち上がった。

 確かに彼は出血をしていたが、それは刃を握っていた掌からだけで、腹部からは流れていなかった。彼を見る向きを変えてみるとその状況が判る。それを知っていたのは彼の背後に居た星名とその隣に居た詩乃だけだった。

 右脇とその方の腕で刃を挟みこんでいた将臣。笑い続ける彼へ、

「こぉのぉおおおおっ!しんぱいぃしたんだからぁぁあああ、ばかまさぁぁぁああ」

 翠は憤慨し、立ち上がって笑っている彼の頬へ強烈な正拳突きをしなやかな腕でお見舞いしていた。

「ぐへぇぇ・・・・」

 一発喰らって暫らく気絶をしている最中の将臣の手を治療する星名。

 場の緊張が崩れ、己の誤りに気付いて膝を吐いて泣き始める結城弥生。そんな彼女を優しく包むように翠が抱きしめた。

「うわぁああああああん、やよいっ、弥生大好きなお兄ちゃんに怪我をさせちゃったよぉ・・・。今はみぃ~~~ちゃんの大事な人なのに傷つけちゃいました。みんなの思いを無駄にしちゃいそうになりました・・・」

「よし、よし、泣かないの弥生。ごめんね、弥生。あんたの鬱積した気持ちに気が付けてあげられないで、こんな嫌な思いさせちゃって、ごめんね。私って弥生の事とっても大事なお友達って思っているのに肝心な時に役に立てなくてごめんね、弥生」

「そんなことない、ないの。みぃ~~~ちゃん、翠ちゃんは何にも悪くない。だって、いつだって弥生のことをちゃんと気にかけてくれているじゃない。なのに、なのに弥生ったら、皆にひどい思いをさせちゃいました・・・」

「もう、それ以上何も云わないで弥生・・・。だから、今は泣いてもいいんだよ、いっぱい」

 将臣が起きていたらめそめそ泣くなと釘を刺しそうなものだが、その彼は今気絶している。翠は弥生が泣きやむまでずっと彼女を抱きしめていた。弥生が泣きやむ時が訪れた時、翠の頭には角が歯には牙が生えたような雰囲気をさせ、弥生に説教をしまくりだしたのだ。そして、彼、将臣が気付き、起き上がった頃にそれが止む。

 将臣は誰に断るでもなく、

「これは俺と弥生の兄妹喧嘩。怪我をおっちまったけど、俺は死んでねぇよな?殺人完遂じゃなくても殺人未遂の罪で妹が警察の厄介になる事もないし、傷害罪は俺自身親告しないとなりたたないんだっけ?なら、妹は何の罪もないよな?うん、ないない・・・。既に多くお連中から許されている奴が居るんだから、妹の事も不問でいいだろう?」

 将臣はそう言って施術してくれた星名を見ていた。

「さて、私は状況がよく理解できませんし、君が何を申しているのかも理解できません。だから、君が何を口にしようと私には関係ない事です」

 星名は将臣の意図を理解してそう答えていた。

「今回の事で、あんたに礼を言うのは変だろうけど、あんがとよ」

「では、私達は行きます」

 弥生の星名殺人未遂。それを目の当たりにしていた詩乃のまだ幼すぎる娘達の心理にどの様な影響を及ぼしたのであろう。誰もその事に触れず、大河内星名達と別れを告げた。


慎治

 最後に飛んだ茶番を見てしまった。しかし、本当にこれで終わりだろう・・・。もう、これ以上、俺達を不幸にする悪い出来事は起こらない筈。いや、もう絶対に起こらないと確信、強い自信を持たなくちゃいけないな。

 俺は随分長く待たせてしまっていた翔子先生のお抱え運転手の車へ向かい、電車で来たと言う将臣達も乗せていいかと翔子先生に尋ねると駄目と言う返事は戻って来る筈がなかった。

「先ほど龍一お兄様にお会いしますと言うお約束事をしていました様ですが慎治君?龍一お兄様に一体どのようなお話があるというのでしょう?」

 あからさまに不満そうに尋ねる翔子先生へ、

「とっても大事な話さ。翔子さん御免、さっきまでめちゃ、緊張してたし、龍一さんに撃たれたとかで、疲れちまったから少しだけ、眠らせてもらいません?」

「判りました・・・、ではこちらへいらしてください。翠ちゃん、弥生ちゃん、将臣君とお並びしまして座っていただけないでしょうか?」

「なんで?」と将臣君と並んで座っていた俺はそう答えるが、

「いいですから」

 体面に座っていた俺は意味も理解できず、その言葉の強さに従うしかなかったし、翠ちゃん達が先生の言う事を聞かない訳がない。そして、隣に座ると、先生は俺の頭を抱え、先生の膝に乗せていた。おいおい、他の三人の目が在るって言うのに何をして下さるんですか?先生は俺を見降ろし、満足そうな笑みを浮かべていた。凄くはずかしいんですけど・・・。

「え?なになに?恥ずかしいから、辞めたいですけど」ともうそう言わずには居られず、はっきりと口にするも、先生の返答は、

「何を慎治君がおいいになっていますのか、わたくしにはわかりません。それよりも、お眠りになるのでしょう。お家に着きましたら起こして差し上げますので、それまで何もお気になさらずにお休みになってください・・・」と聖母の様な笑みでそう告げられた。

 拒否しても抗えない。従うしかないな・・・。俺は先生の顔から反らす様に運転席の方へ俺の顔を向け、瞳を閉じた。

 将臣君が翠ちゃんへ俺と似たような格好をしようとするが殴られ出来ず仕舞いと思いきや兄へ悪い事をしてしまったと贖罪で妹の弥生ちゃんがそうしようとするとそれを翠ちゃんが許すはずもなく、結局彼女の膝の上に将臣君の頭が乗る事となった様だな。

 緊張して眠れないかと思ったけど、いつの間にか俺は本当に眠ってしまっていた。俺が本気で寝てしまった事をしった翔子先生は愛(いつく)しみの表情でずっと俺を眺め、俺の頬を度々、撫でていたようだ。しかし、深い眠りに落ちていた俺が先生のその行動を知る筈もない。そして、そんな恥ずかしい姿の俺を携帯電話の写真へ納める翠ちゃん。宏之や貴斗に取り憑いていた小悪魔(リトル・デビル)が俺に降ってきたようだ・・・。

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