終 話 彼等、彼女等の描く未来への道
彼(か)の男の志を継ぎし者(将臣のエピローグ)
俺の尊敬する貴斗さん。彼はもう十八歳のときから、人としての強さと、未来を見据える才能を持っていた。遠くて及ばない憧れ。それでも彼に一歩でもいいから近づきたい。貴斗さんが思い続けていた世界に未来を少しでも導きたい。だから、俺が貴斗さんの遺志を継ぎます。
「貴斗さんはもう十八歳の頃から、世界の動力資源の危機に憂いていた。あの場所で見つけた論文には資源枯渇や利権に絡む紛争すら見据え、その対策の一端となる理論とそれを体現しえる技術開発で締めくくられていた。なら、今の俺に出来る事・・・、尊敬しているあの人に近づきたい俺に出来る事。それは貴斗さんの遺志を継ぎ、新動力源を実現させること。俺になら出来る。けして、自惚れなんかじゃないぜ。やってやるんだ、この俺の手で、あの人を超える為に」
俺は自分の進む道をしっかりと見据えた。そのお陰で大学内での科をはっきりと選ぶ事が出来る。聖稜大学には先端技術科って言うのが在り、その下に選択肢の幅の広い部が俺の進む道をしっかりと示していた。先端エネルギー研究部がそれだ。ここで多くの理論を理解し、知識を深め、貴斗さんのあの論文の意味を解き明かそう。解が見えれば実現に一歩近づける。
科学の発展には地道な努力が必要だ。だから一時でも停滞は許されない。気が緩まない様に努力し続ける事を俺は誓うぜ。
大学で博士課程を修めたら、その先の事も考えている。俺、藤原科学重工へ入社しようって思っている。いずれ、藤原科学重工の実権を握ると思う慎治さんに頼んで新動力開発の為の研究所を造って貰うんだ。貴斗さんの為だって言ったらぜってぇ、慎治さん了承してくれること間違いなしだぜ。
でも、少しより道もしなくちゃならない。それは近い将来の妹の弥生や翠の夢の実現の為に少しばかり力を貸そうって思っているからだ。どんな事かは直接、彼女等に聞いてくれよ。
俺の未来が見えた事で、体調の万全になった親友の霧生洋介が、俺に先んじて藤原科学重工へ入社を決めた。同じ職場に親友が居るのは嬉しい事だけど、俺がそこへ辿り着けるのに最低でもあと六年はかかる。その頃には洋介の才能だ、いい役職についてそうで自分との開きがある事に嫉妬しちまうかも・・・。でも、それはまだ判らない先の未来。その先がどんなふうになるか楽しみ過ぎて、やる気が俄然出てくるぜ。
俺自身の夢の努力もそうだけど、もっと翠を俺に惚れさせる事も忘れないようにしないとな・・・・。と色々な事を妄想に耽けながら、春の麗らかな晴天の空を親父の真似で始めた煙草を吸いながら、独り眺めていた。最近の子っって煙草、本当に煙たがんだよな。翠も、弥生も。だから、独りの時しか吸えないし、親父は弥生に言われて禁煙を始めたところだ。まあ、俺も美味しいと思って吸っている訳じゃないから長続きするかは不明だ。
「うっしゃぁあああっ!おれはやってやるぜぇぇええっ!」と吸い殻になった煙草を携帯灰皿に投げ込むと、意気揚々と空へ向かって希望を吐きだした。
~憧れを、夢を現実に~(弥生のエピローグ)
八神さんによって全てに終止符が打たれました。これから、私はどうしようか、どのようにするべきなのか、必死に悩みました。私は皆が決めた結果をぶち壊そうとする行いを、将臣お兄ちゃんを、親友の翠の心を傷つけてしまう過ちを犯してしまいました。
それは私にとって大きな罪。優しいその二人は私を許して呉れる。なら、私が出来る償いは二人が私といる事で誇りになれる私になる事。そして、その答えは、中途半端で終わりにしてしまっていた小さな頃からの夢を実現させる事。その先は私の憧れだった人の意志を継ぐ事です。あの人とは藤宮詩織大先輩。
詩織大先輩が成し得たかった事を私が代わりにしたい。私なんかじゃ大先輩の足元にも及ばないかも知れません。でも、それでもやり遂げたいんです。
私は競泳を再開し、それと同時に司法の勉強も始めました。聖稜大学の分野の広さには驚きです。他の大学への編入を考えていましたけど聖稜大学にも私が専攻し様と思っていました学科があったのです。これで、翠ちゃんと離れずにずっと一緒に頑張っていけます。
大学卒業後は詩織大先輩、貴斗さんの秘書を務めるらしかった。なら、私は翔子先生もしくは八神慎治さんのそれになろうって考えています。
未来の自分がどのようになるか想像する事はとても楽しい事ですけど、今一番に努力しなくちゃならないのはもう目の前の競泳界、二〇一二年オリンピックは無理でも一六年で金メダルをとる事です。世間では今さらって思うでしょうけど、私はそんなこと気にしません。だって、一緒にそれを成し遂げようとしてくれる親友、翠ちゃんと私達を精神的に支えてくれる人達が特にクライフさんやお兄ちゃんの親友の霧生君が、そして、どうしてか詩織大先輩の弟の響さんが私を積極的に支援してくれますし。頑張れない訳はないですよ。
私は私を見守ってくれる方々の前で練習の意気込みを見せる様にまた泳ぎだそうとしていました。
「翠ちゃん、もうひと泳ぎしましょっ!」
「はい、はぁ~~~いっ」
私とその親友はお互いの掌を一回叩き合わせる様にすると、飛び込み台からプールの水の中へ飛び込んだ。
~Change for future~(翠のエピローグ)
親友の弥生と私がアダム研究で出来たお薬で眠らされていた間、将臣は昔、私が目覚めないお姉ちゃんの為に、って思って頑張って競泳の世界で勝ち続ける事と同じ事を私達へしてくれたました。私も、事故らないでそのまま水泳を続けていれば二〇〇八年のオリンピックに出られたかも知れなかったんです。でも、現実は大きく違っちゃいましたね。ちょっと、うんにゃぁ、物凄く悔しいです。将臣だけが私よりも一歩も、二歩も前に出ているなんて・・・。
「将臣だけが、世界一だなんて認めたくない。だから、私達も世界一の証である、金メダルを獲得するために、大好きで尊敬していた先輩たちだったら絶対叶えられていた夢の為に再び、競泳界へ戻る決意を固めたんです」って思っている事を口に出してみました。
でもね、私だけじゃなかった。親友の弥生も同様に考えていた見たい。私一人ではヤル気として足りなくて、親友も巻き込もうなんておもちゃっていたけど、案外私達の思考回路は似た者同士でした。
もう、二〇一二年の夏の世界オリンピックには間に合わないだろうけど、世の中甘くないってわかっているけど、出来れば今年中に決着を付けたかった。だって、私には水泳で一番になる以外にもやらなきゃいけない事があるからです。
それはですね・・・、今回の事件に係わった事で知った多くの事、その経験から私が将来やりたい事が見えた。将臣と一緒に貴斗さんが夢見た研究を実現させようって。ああ、貴斗さんの研究論文みたいなものは将臣が教えてくれたから知っているの。と、最初は思ったけど、やっぱり研究とか開発って私の性に合わなそう。だから、私がやろうと思ったのはお姉ちゃん、春香お姉ちゃんと同じ道のお医者さん。本当はもし、十年前、春香お姉ちゃんが事故らずに普通に今を迎えていたら、香澄先輩が進んでいただろう道、それもお医者もしくは看護師さんだった。
競泳や運動をする事で度々、病院の世話になる先輩は先輩自身もいつか、治す方の立場に立ちたかったとそんな夢があった事を知ったんです。アダム技術がなくちゃ、それを利用して手術できる医者が居なくちゃ、先輩は自分の目が見えなかった事を知っていたようで、それを含めて将来はお医者さんになりたかったと考えていたようです。
私の周りには模範すべきお医者さんが何人も居ます。その内の八神皇女先生はお姉ちゃんの進みたかった精神科医、香澄先輩がなるかもしれなかった外科医?の両方を兼ね備えたスーパーなお医者さん。だから、その人を目標に医の道を確りと学んでいこうと思っています。皇女先生を師匠と崇めて私も『医は仁術なり』を常に意識してやっていけるように頑張って行こうって、それが私の大きな目標になりました。
五年後の私、十年後の私、ちゃんとその目標に、道標の上に立っているかな?そんな将来の自分を夢見るのがとっても楽しかったりするんです。ウキウキしちゃいます。
私の目指す頂は遙か遠く、険しいかも知れないけど、私には沢山の支えてくれる人達が居るから、大丈夫やっていけるよ。弥生や将臣も二人が見つけた目標に向かって頑張ろうとしているのだもん、私だって負けてはいられません。
「よしっ、私が三人の中で一番すごくなっちゃうだからっ!金メダルの次は、目指せノーベル医学賞!ぃえぃっ!」
~政界と言う深き闇を照らす耀(太陽のエピローグ)~
私は八神慎治青年に言われた事を考えていた。私の忘れていた大志を。
「政治の世界への干渉・・・。私以上に掟の縛りを重んじる華月は反対するでしょうね・・・。しかし、今の政権をみるならば・・・。信憑性よりも、話題性ですか・・・」
私は詩乃さんとの二人の子供を見て、思いました。奇異な存在であるその三人を守るには法などの抜け道を上手く利用しなければならない事を。もし、私が議員になり、報道の注目を浴びる様な存在となれば彼女達の普通でない部分を面白半分にマスコミによって世間に報じられる恐れがあります。私の進む道の天秤の重さ。彼、慎治青年は私への決断の苦悩も考えて、私へ三人と逢わせて下さったのでしょうね。
「ヨウ君、何をお迷いしているの?大丈夫です、私も、詩珠華も、美織も。私達は多くの方々に守られていますから。ヨウ君が思っている様な心配をしなくても問題ないですよ。ですから、進んでください。ヨウ君が本当に進みたい道へ」
「詩乃さん、貴女は何時だって私の心を見透かした様な事を云います。叶いませんね、詩乃さん・・・。私がしようとする事が正しいか、どうか、最終的にはこの国の方々が決める事ですが・・・、詩乃さんの目から見ておかしいと思う事があるなら、迷わず糺してもらいたいです。挫けそうな時には・・・」
「判っていますよ、ヨウ君。娘たちも大きくなれば、きっとヨウ君の力になるでしょう」
私は愛する方の言葉で決意を固めました。
私が立ちあげた病院施設、企業群の大凡の従業員数は一万を超えていました。各地方にある為その地元の方々が就職している事も多い。今は私の考える最も手早い、政権獲得はこうです。
経営企業の中で、政治に関心のある社員もしくは、その様な手腕の在りそうな方々を見極め、地方毎に選挙に出馬させます。地元と親密度が高い方なら初めての選挙での当選も難しくない。同じ思想のもとで立ち上げた政党なら、現行に存在する形ばかりで党内の統制が全く持って烏合の衆な物よりも遙かに私が立ちあげようとする党の方が連携はとれるでしょう。各地の情勢を理解している方を立てればよりよく、その地域の意見を地元に反映できるでしょう。
一気に政権を手に取りたいならば初回で三分の二以上の議員を私の息の掛かった者達で埋めてしまえば可能な事です。一企業での大政党設立など前代未聞かもしれません。その情報が漏れない様に遂行しなければ、私の考えを潰しに掛かってくる輩も居るでしょう。ですから、選挙時は誰もが全く無関係を装って出馬を考えないといけないでしょうね。水面下での綿密な準備が必須で、その為の情報操作も必要でしょう。考慮すべき事は多いですが、私には優秀な方々のご協力を得られるので問題ないでしょう。
更に議員になった時に、私の志す党が政権を頂けた時に私の取るべき立場は一つ、首相に就任。その地位を頂いたのなら、私が考える出来る事とは、
仮に首相になった時に初めに取るべき立場は国民への謝罪。どの政党が政権をとっても、前回までの落ち度に見向きもせず、謝罪する事をしない、潔さのなさ。口先だけの国政を喚き、実現させようとする努力を全く見せない。国民に誠意を見せるならば、まず、非を詫びる事でしょう。私は慎治青年に出会い、その事を学びました。ですから、今度は私自身が実践して見たいと思っています。
私の考える政党がこの国の舵を取る結果になったのなら、やるべき事は
1・危険国家と世間的に認識されている国に対する資金援助の停止。
2・郷に入っては郷に従う。この考えを正しく意味を持たさなければ、国家と言う存在に意味がなくなってしまう。その為に帰化もせず、国税も納めず、権利だけを主張する移民の強制撤退実施。帰化を望む者は正式な手続きの上、広い心で受け入れる事。
外交における日本の本来の立場に戻る為に歴史の検証をはっきりさせ、嘘ばかり並べ、自国の非を認めない某国等への経済措置。
日米関係の再検討。国民を守ると言う事は本当にどのような事なのか。その中で、私の行い事は既に決定していますが、今はまだ、議員にもなっていない段階の為、無用な言葉は避けましょう。
中央集権と地方分権の見直し。今、多くの県が掲げる思想でもあり、実現が難しい物で在ります。私の思いは中央政府が外政に、幾つかの区画に分けた地方政府が国政に徹する様な形をとれば実現可能かと。ただし、各地方政府同士の諍いが出来ない様、規律の面でも軋轢が生まれぬよう中央は確りと監督しなければならない。失敗すれば、平成の戦国時代が訪れるやもしれない危険な考案でもあるが故に、慎重さの最も必要な改革になるでしょう。
日本約二百万人、アメリカ合衆国約百五十万人。日本には耕作地の面積が少ない割に農業人口が多すぎる事を国民は知らな過ぎるのです。実はそのい過ぎる農家を守るために無駄な国税が使用されている事を知らなさすぎます。
日本は国産自給率が低いと言われています。確かに品質においては世界一です。しかし、生産性は非効率で低すぎます。これを改善するためには農業はき辛い、大変、低収入と言われるそのような印象を根本から変える事。農業人口の低年齢化、効率化と国営農業企業化。食なくして人は生きられません。食物を造ることの大切さを幼少の頃より学ばせる事が大事なのです。それは私の今考えています教育改革案にも含まれている事でした。
景気の悪くなる一方で、その原因がどこからきているのか現政府は公表していません。それはアメリカの構造改革要望書を受け入れた事によって崩された日本の終身雇用にあるとはだれも思っていないでしょう。一度、崩された物を再び築きあげるのは容易ではありませんが、国力を戻すにはやはり終身雇用制度にすべきなのは見識者なら誰もが判っている事です。判っていて誰もがやらないのなら、私がその道を敷きましょう。
少子化と教育問題。これも将来の日本を憂慮するならば、避けては通れない道です。子供が少ない理由。それはとても単純な事。未婚が多すぎる。結婚する事で損が多すぎると考える若者が多い。子供が生まれた時の負担が大きい。
私立助成金。何故国立が在るのに私立を援助しなければならないのか?援助した時点でそれは私立ではなくなる事が判っていない。国公立の印象が悪すぎるのも良くない事でしょう。国の教育水準を上げたいのならばまずは矢張り、国公立の質の向上が第一。元々の私立の基本理念は教育に金を注ぎ込んでも学びたい者が学ぶ場所。己で稼いだ金で学ぶ事が私立の在り方である。なら、その様な教育機関へ子供を入学させたいのなら国に頼ってはいけない。親自身が努力なしに国に頼ろうとするのはもっての外であり、親が国の保護を受けていながら私立へ子供を入学させるのは理にかなっていない。特にそれは高等教育に多く、現在進行形、各地で問題となっている。由々しき事態。
私立と国公立の教育機関の在り方をはっきりさせる事。
私は高等教育機関まで義務教育を考えているので、その様な矛盾な処を細かく洗い直して改革を進めていくつもりです。
他にも研究機関の促進と研究者保護や、天皇家の政治への参加義務、国家防衛法、議員首相、民衆大統領の二巨等制、法案の即時性、移民法改正と日本語絶対条件など多くの考えを持っています。
ですが、本当に真っ先に行いたい事は、今後の医療の在り方。私は医者だった上、それの発展の為の起業や病院の活性化につながる事業を起こしてきました。それで私が思った、直さなければならないこの国の医療問題解決を全国展開させる事。これは私が本当に政治家になれ議員の地位で最も上の役に就任出来た暁に優先的に解決したい事でした。各病院間での連携。不足がちな医者を育てる事とその職の保障。緊急医療の大切さ。やりたい事は山ほどあって語りきれません。
このいずれ物、私の考えは議員に成れて、統率のとれた形の政党で私の采配する人員で固めた内閣でなければ実現は不可能です。
その頂は険しく厳しいものでしょう。しかし、私は進まなければいけないのでしょうね。私の中の僕が犯した罪を償う為に、私よりも才能があったかもしれない若者たちの命を奪い、輝かしい未来を奪った償いの為に・・・。
三年後、事実、大河内星名は議員名で源太陽と名乗り、圧倒的な知略と人脈で政界の暗く閉ざされし牙城を無血開城させ平成の無血大革命をなし終え、それを足がかりに彼の目指す最高峰への物語が始まる。そして、彼の血脈、三平光輝とその双子の弟、皇闇が彼の亡き後に意志を継ぎ、政界への道を進むのはまた別の物語である。
在りし朋友と共に歩みし道(慎治エピローグ)
俺、八神慎治は二〇一二年の元旦、藤原科学重工が三年毎に主催する祝賀会に主賓として出席していた。その対応の大変な事、大変な事。家の親父も取引会社の代表として来ていた。俺が主賓とされてしまった理由はただ一つ、翔子先生との正式な・・・のため。
その内容を聞いた親父は相当愕然として、加えていた煙草を落としそうになって、手で受け止め、軽い火傷をする始末。頬笑みながら皇女母さんに叱られる父さんを見て、陰で笑ってしまった事は内緒な。そうだろうな、泰聖父さんの代々続く貿易商を俺に継いでもらいたかったらしいからな。まっ、それについてはちゃんと俺なりの決着をつけようと思っているから大丈夫だ、泰聖父さん。
当然、姉貴や愁先生も呼ばれていたんだけど、元旦前後はその気分に浮かれて、事故が起こり易そうなんだとよ。だから、済世会病院の救急外来の対応を万全にしておきたいって事でお仕事中って訳。本当に医者の鏡だね家の姉貴も、愁先生も。
医者が大変だってことはわかる、でも正月くらい休ませてあげたいって思うけど、俺にはどうにもできない。俺に出来る事と言えば、そんな一生懸命に救命を頑張る愁先生たしの仕事の合間に少しでも英気栄養をとってもらおうと思って・・・・、翔子先生頼んで食事の配達を頼んでいた。
翔子先生が俺のそれに断る事もなく、『シン君、さすがですわ。そのお気の廻し様、わたくしもみならいませんと』よだと。先生のその常に自分を省み、精進する姿勢は頭が下がるよ。流石は藤宮が尊敬して已まなかった人だと実感したな。
俺はその会の合間を縫って、藤原家の庭に出て暮れた空、夜の帳を眺めていた。
正月なんて仕事の事を忘れて騒ぐ祭りだって思っていたのに翔子先生は毎度、疲れる仕事を名の重みに耐えて、独り頑張って来たなんて・・・、凄いよ。でも、これからは俺が・・・。
「シン君、お疲れになられました?」
「まだまだ、平気っすよ翔子大先生。大先生こそお疲れでしょう。少し休んだらどう?」
「また、その様な言葉でわたくしをからかうのですから、シン君は・・・。でも、お言葉に甘えさせていただきますわ」
そう言って、翔子先生は誰の目からも死角になる格好で俺の酒臭い唇に口付を呉れた。口と口が離れ、先生がほんのり紅い顔をして、恥ずかしそうに下を向くその姿が堪らなく可愛らしく思えた。そのまま勢いで抱き締めたかったけど、
「んじゃ、また人波にもまれてくるっすよ」と言って会場へ戻る。
最近、家の姉貴の呼び名を意識してか、翔子先生は俺を『シン君』と呼ぶようになった。家の母さんの話しだけど、俺が居ない時の二人は姉妹の様に仲がいいらしいが俺の事となると相当な諍いになるらしい。どちらも、俺の事を想ってくれるのは嬉しいけど、姉貴よ、退け、サッサと弟離れしろとはとても言えない弱い立場の俺。そんな俺でも、とっても親身になってくれる翔子先生が嬉しい。しかし、まだ、たった一月程度のお付き合いでしかないのにこんなにも俺の方が翔子先生の事を好きになってしまったなどと口が裂けても云えない。貴斗のヤロウ、あっちで、俺がこんなにもお前の姉貴にメロメロになっている事に笑って居やがるだろうな・・・、そんな事ないか、アイツなら。
それからまた、数時間、海千山千の来賓に酒を注がれ酒樽に漬けられた様な気分にさせられた。
祝賀会は午後八時ぐらいに終わり、それからまた、三時間過ぎ位、まだ日付が替わる前。それなりに酔いが醒め、思考が普通に回る位になると俺は独りタクシーで龍鳳寺へ出かけていた。献花はちゃんと用意してある。線香もな。
「こんな、時間にお墓参りですか?」
「日中は神社の帰りにって寄る人多くて混むんだとよ、ここは」
「帰りは、歩いて駅まで行く。そこで、またタクシーを捕まえるさ」
「そうですか」
俺はタクシーの運転手に支払いしながらそんな会話をしていた。タクシーから降りて、その車が去るのを見送ってから寺の方へ振り向き門へと歩み出す。???その門の前には澄んだ空の星を眺めながら独り誰かを当たり前の様に待っている人物がいた。俺は頭を軽く掻き、その人の処へ歩み寄ると、
「シン君、貴方はお酷い方です。わたくしには何も言ってくださらないで、お独りでお参りなさろうとしますなんて」
『なんで、わかったんだよ』なんて言葉を口に出すのは先生に失礼だ。まあ、正式にお付き合いさせてもらっているんだから先生の事を何時までも先生って言い続けるのも失礼な事なんだけど。それはさておき。
「あははははは、ごめんなさい、まだ、酔っている様で」
「それは嘘ですわ。シン君の態度を見ればわかります物・・・。ご口論していても、仕方が在りませんのでお参りましょう」
「翔子さんすまないっす・・・」
先生の心の広さに頭が下がる思いで言葉は礼儀正しくないけど真面目に謝ると、健やかな笑みを返して呉れた。
五人分の墓石を簡単に磨き、水鉢へ水を注ぎ、花立に均等に分けた花を生けて、香炉へ線香を寝かせ、手を合わせて先生と並んで拝んでいた。
心の中で皆にいっぱい語りかけていた為に俺の方がずっと黙祷の時間が長かった。初めに辞めた翔子先生がそんな俺を眺めていたようで、俺が目を開けた時に、
「シン君、皆様に、貴斗ちゃんに何をお話していたのです?」
「教えないよ・・・、まっ、一つだけ教えていい事があるとすれば、アイツに誓ったんだ。どんな時でも、おれはしょうこせぇうぅん、俺は翔子さんの支えになるって、泣かせる様な失態はしないって。覚えているかい、翔子さん・・・、俺達が学校以外、下校中に逢った事を」
「ええ、詩織ちゃんと香澄ちゃんと私がご一緒しまして帰宅中の事でしたね。それがいかがされましたの?」
「その頃の貴斗が翔子さんへ辛く当たっていた明確な理由がわかったのさ・・・」
「それはどのような事なのでしょう?」
「近親愛と近親憎悪は表裏一体で、記憶喪失で無かった時の貴斗は本当に翔子さんの事を大切に思っていたからこその反動なんだろうなってな。俺はアイツの代わりにはなれないけどさ、それでも貴斗以上に・・・、…、…、翔子を大切にしたい。幸せにしたいから・・・辛い思い、悲しい思いなんかで泣かせたくないんだよ。だからさっ、」と俺が次の言葉を続けようとした時に翔子先生はそれを遮る様に声を掛けてきた。
「それは難しいと思いになりますわ。多くの女の方は、寄り添う相手が出来てしまうと弱くなってしまいますもの。お頼り出来る相手がおりになりますなら、お頼りしてしまうもの。そうなってしまいますとちっとした事でも泣いてしまいますもの。それはわたくしも同じです・・・」
頬を染め軽く握った手を口元に当て、目を横に流し顔を少し下斜めにして口にした言葉に恥じらう仕草を俺に見せる翔子先生。俺はそんな先生を見て抱きしめ、
「嬉しい時ぐらいは泣いたっていいさ。でも、それ以外で俺は翔子さんを泣かせたりしない。その努力はする。でも、それでも悲しみで泣かせてしまう事があるかもしれない。でも、そんときは俺の事引っ叩いてもいいから、罵ってくれていいから泣きやんで欲しいな。まっ、そんな状況を造る様な事になれば、翔子さんに泣かれる前に貴斗にぶんなぐられるだろうし、他の連中だって許しちゃくれないって・・・」
「はい、そうですわね・・・」
俺は翔子先生と暫らく貴斗の墓前で抱擁して、それを見せつけた後に寺を後にした。
これから先、俺は藤原科学重工統括企画管理局の海外子会社の手綱を祝賀会で在った仕事の先輩の人達と一緒に引く事になる。そして、行く行くは局長になって、更に上に昇り、翔子社長と同じ立場に位置する役職に進む事になるだろう。その頃には藤原科学重工は今以上に大きくしている俺が居るだろう。なんたって、俺には大望が出来たからな。どんな事を計画しているのか、今は語れない。だって、まだ構想の段階だし、それを実現させるためには言葉で語れないほどの頑張り、努力をする必要があるからな。俺の力だけじゃ足りない事も判っている。だけど、俺には協力してくれる多くの人が居るし、俺の心が挫けそうになってもそれを支えて呉れる連中が、アイツ等がいる。翔子さんが居る。自分自身に負けられないんだっ!
「俺はやるさ、翔子さんに認められる男になってやるさ」
「シン君、お気負いしないでください。わたくしはシン君の事をご体裁の様なその様な目では見ていませんもの」
「翔子さんがそう言っても回りがそれを認めないと翔子さんに窮屈な思いをさせちまうっしょ。だからさ。大丈夫、気負いなんてない。俺を信じてくれよ」
「はいっ、ふつつかなわたくしですが、今後とも良しなに・・・」
「不束?それを翔子さんが言うかよ・・・」
そうでしょうか、と不思議がる素振りを見せる翔子さん。姉貴の話しでは翔子さんの異性から告白された回数、千回は越すらしい。その中に俺でも羨む様な男も居た。それでも翔子さんは惹かれなかった。家の佐京姉貴って最強のカードで翔子さんの気を引き得たって言うなら、姉貴には感謝しないと。翔子さんの気を惹けたおかげで、俺は全てに終止符を打てたんだから。
「どうかなされました?何をお考えになっていますのでしょう」
嘘ついても見透かされそうなので、正直に答えておこう。
「佐京姉貴に感謝って処、姉貴が居なかったら翔子さんとこんな風な関係になれなかったと思うから」
「そうですね、京ちゃんにはいっぱい感謝してくださいまし。クスッ」
何時もだったら嫉妬の言葉でも口にしそうなんだけど、無邪気に笑う今の翔子さんにはその感情はなさそうだ。
ああ、それと神無月焔先輩。昔、貴斗が藤原の名を継ぎ、会社を受け持った時にアイツの秘書になろうと思っていたらしい。それが叶わぬとなって、法曹の道へ進んでいたんだけど、何を面白がってか先輩は検事の幹部候補らしいのにそれを辞めて、藤原科学重工統括企画管理局へ再就職を考えていると言うか、既に決まってしまっていた。今日の元旦祝賀会にもお呼ばれされていたし・・・。
あの先輩は結構悪巧みが好きなのを学生時代に嫌と言うほど知らされたから、不安ではあるけど、流石に社会人になってまでそんな事はしないだろう。頼りになる先輩だって判ってし、今回の事で色々とお世話になっているから悪い人じゃないって理解できるけど、何処となくジョーカーな人なので気を引き締めていた方がいいな。俺に『気を引き締めさせる』ってそんな風な思いを持たせるのも先輩の意図なのかもしれないが・・・。更に驚くべき事は理由がまったく理解できない。貴斗の従兄妹だってことも知らなかったあの瀬能綾が神無月焔先輩と時を同じくして、統括局へ雇用されていたんだ。瀬能の優秀さは知っていたけど、なんでまた?
後は、翔子先生の処、藤原洸大氏の失踪している貴斗の叔父や叔母も捜さないとな。星名さんに命を狙われて身を隠していたのかと思いきやどうもそうじゃないらしい。洸大氏が捜査願い今まで出していないのは体裁的な物があるだろうからだけど、これから藤原科学重工をもっと大きくするには叔父、叔母の力も借りたい。だって、翔子先生の話しでは二人とも優秀な方らしいから是が非でも協力を願いたいもんだね。
そんな、こんなで、俺の未来は忙しそうだ、もう、立ち止ってなんていられない。だから、俺の背中を押し続けてくれな俺の亡き、誇り高き大切なお前等よ。
志高き愛すべき弟の親友の為に(龍一エピローグ)
妹、翔子に祝賀会へ強制出席するように言われた龍一。同伴していた麻里奈は夕暮れの庭に出て遠くの塀の向こうを眺めていた。
「リュウリュウ?これからリュウリュウはどうするの?」
腰を掛けるにちょうど良さそうな高めの切り石に軽く座る麻里奈は私へそうの様な事を聞いてきましたので、
「たとえ、この度の事を終わらせるために慎治君が翔子を利用したとしても、彼が正式に妹の伴侶になってくださるのは代わりません事実となりました。なら、私の出来る事はきまっているでしょう?彼の進む道の監視をさせていただく事・・・、は冗談で彼の今後の事で必要になりそうになります各企業の情報を集め吟味する事です。企業諜報員みたいな事をやってみようと思っています」
私の言葉に麻里奈は私を睨むので苦笑いをしつつ、本音を伝えました。
「じゃあ、リュウはユニオやめちゃうってこと?日本支部は今凄く人材不足なのに大宮支部長がリュウを手放すはずないと思うけどなぁ~」
「手は打ってあります。今回の事件にかかわった事で星名、彼がアダムで生まれた子供達を多く囲っています事を知りました。その誰もが秀でた者たちである事も確認しています。ただ、名前をおもちでも戸籍上の登録されていない者がいまして・・・、国籍のない物。それはUNIOのStaffとして有利であります事を麻里奈も知っているでしょう?今、星名が保護していますアダムの子ら、十八歳以上は全部で十二人います。その中で私が目を掛けさせていただいたのが神戸歩斗(かんべ・あると)君、十九歳です。彼を推薦する事で私の代わりをしていただこうと思っています」
「ふうぅ~~~ん、そうなんだ?リュウが辞めるんなら、私もやめちゃおうっと」
何か含みのある悪戯な笑顔を私へ向ける麻里奈はその様な事を言い返してきました。
「麻里、貴女も言ったでしょう?UNIOは人材不足で在りますと」
「問題ないわ、リュウの考えそうな事なんてお見通しだもん、私も私の大役になりそうなこ見つけちゃっているんだ。二人も、だから問題ないわ」
麻里奈の私の行動の先読みの凄さに呆れて顔を隠し、溜息を吐いてしまいました。
「貴女と言う方は・・・、まあ、いいでしょう・・・。私も麻里が居てくれた方が心づよいですから」
「もっと、気が利いた言葉で言ってくれないの?『お前が必要だから離さない。ついて来い』って」
「その様な事を私に口にしろとでも?無理な注文ですよ、麻里?フフフっ」
「もっ、本当にしょうがないんだから、リュウリュウは。それでも私はリュウの事を愛しているけどねぇ」
「感謝していますよ、ずれている私へその様な言葉を下さって、私も麻里の事、とても愛しています」
「もぉ~、そんな澄ました顔で、冷静に言われても私嬉しく無いなぁ~~~」
「なら、これで勘弁してください」
私はそう答え、麻里奈にKissをしながら、彼女の手に何かを握らせました。そして、彼女へ重ねていました唇を離させていただく。
「これは?」
「見て判らないのですか?Engage-Ringと言う物ですよ」
麻里奈はそれをお眺めしながら少しぽかぁ~~~んとしておりました。その様な彼女を拝見しながら、
「もうしばらくしたら、本当に結婚しましょう。藤原の名は私には不釣り合いですから私が麻里に嫁がせていただく事になります」
その言葉で麻里奈の顔が紅くなり、頭の上には湯沸かし器が沸騰した時の様な湯気を出している風に見えました。
「本当に?私でいいの?」
「いまさら、それをききますか?別に嫌でしたら結構ですが、取りやめてもいいですよ」
「そっ、そんなわけないじゃない。本当にそんな事を平気でリュウは口にするんだから、莫迦っ・・・。でもっ、嬉しい・・・。有難う龍一・・・。でも、もうしばらくっていうけど、どのくらい?」
「そうですね、慎治君の第一段階の計画。母方の父。洸大爺さんとは犬猿の仲で在る様です篠葉若斗の会社シノハラ・インダストリーの吸収が終わってからになるでしょう」
「って、それそんなに簡単に出来る事じゃないじゃない」
「早く進みます様に私達が裏で頑張ればいい事ですよ麻里」
「もぉ簡単に言ってくれちゃって・・・、でも、リュウとなら何とかなっちゃいそうな気がしちゃうのはどうしてかな?それと、どうせ、その為の人材を集めてて広くやっちゃいそうだし・・・」
「確りと私の思惑を理解してくださっているではないですか、流石は私の愛すべき人です。それと言い忘れないうちに伝えておきますね。星名の話しではまだ、アダムによって生み出された子供達が居るかもしれないと言っていたのを覚えています?」
「うん?それが?」
「私は彼に代わりまして、その子たちを捜し、育てたいと思っています」
「リュウ、一つだけ忠告しておくわよ。その子供達が優秀だからと言って育てあ後、自分の道具の様に利用するようなまねはしないでね。ちゃんと愛情を注いで、ちゃんとした人として育てるのよ?いい」
「酷いですね、私がその様な事をする様に見えます?」と返しますと、麻里は即座に頷き、私は彼女のその態度に頭を下げさせていただきました。
「はい、はいしょぼくれないの。そうしない様に私が確り龍のそんな部分を見ているから大丈夫よ・・・。さっ、冷えてきたから、また中に入って飲みましょ」
麻里奈はその様に口にしまして、私の手を握り、邸宅内へ歩き始めました。私は促されるまま彼女に従いまして歩み始めます。そして、握られていません方の掌を心臓のある部分に当て思う。私の愛しき弟貴斗。弟と知り合った者たち誰にへも少なからず影響を与え、弟は死しても尚、人の心を動かし続ける。その様な偉大な弟が兄である私の事を何時でも誇りに思っていてくれたのなら、これから先もずっとそうであり続ける努力をしたいです。ですから、
『貴斗、私は貴斗の親友、慎治君の為に出来る事をさせていただこうと考えています。もし、私の考えに間違いがあるようでしたら、確りと叱って下さい。そして、私の目を通しまして、貴斗の親友の行く末を見守ってあげて下さい。それがお前の望む世界で在るのかを』と胸中で語らせて頂いた時、私のその言葉に応えますように私の命を支えてくれます貴斗の心臓が一回大きく鼓動してくださったように感じました。そして、小さく私は笑みをこぼしてしまいます。
「りゅう?久しぶりよ、貴方がそんな風に自然に笑うなんて」
「そうでしょうか?」と返し、また笑うのでした。
翔子と佐京(エピローグ?)
八神慎治と藤原翔子が恋人同士になって約半年の事。お互いに忙しい筈の二人は夜、バー・トリスタンで酒を飲み交わしていた。
お互いが程良く酔い始めた頃、佐京の方が翔子へ話しかけた。
「翔子よ、シンとは上手くいっているのだろうな?」
「心外ですわ、京ちゃん。わたくしとシン君の仲はどなたもが認めて下さり、祝福して下さるほどですもの、京ちゃんが心配して下さる事ではないのですよ」
「余計な世話だと言う事は判っている。私も夫の愁が居る身だ、シンの事ばかり気にしては居られないとは判っている。だが・・・、シン、あれは誰からも好かれ、誰からも頼られ、あれ自身はそれを快く思ってそれに応えようとあれが思う以上に自身に負担を掛けてしまうのだ。余りにも多くの事を抱え過ぎて自重で潰されない様に支えてやってほしい。無理して倒れそうな時は、あれを温かく包んでやってほしい。これは翔子、お前の親友であり、あれの姉である私の一度きりの我儘だ」
翔子は佐京にその様な事言われずとも判っていると顔を横に振り、
「これでも少しばかり、教師をしていたのですよ。人成りを見させていただきます目はそれなりに備えているつもりです。シン君がその様な傾向にありますのは高校時よりも知っている事です。ですから、そんなシン君が貴斗ちゃんの親友になってくださったときはとても嬉しく想いましたのと一緒に、申し訳なくも思いました。あの頃の貴斗ちゃんがシン君にご迷惑をかけ続けていましたから・・・、それでも貴斗ちゃんの親友でいてくれましたシン君。弟が亡くなりましても、ずっと気にかけて下さります優しさ。今回の一連の事で何度も危険に遭いましても助けて下さった事。感謝してもしきれませんほどの多くの事をしてくださったシン君ですもの、わたくしがシン君の為に出来る事の努力を怠る筈がありませんわ・・・。それに心からシン君を愛しく想っていますもの」
翔子は言いきってグラスを両手でぎゅっと握りしめ顔を酒の酔いとは違う色で紅くさせていた。
「フッ、そうか・・・、ならあいつをいっぱい愛でてやってくれ、翔子よ・・・」と返し、オン・ザ・ロックの残りを一気に飲み干し、そのグラスを静かにコースターの上に置いた。
そんな会話を二人がしている間、慎治は愁や焔、将臣達と飲んでいて、その最中何度もくしゃみをして、愁に風邪をひいてしまったのかと心配掛けさせていた事など二人が知る筈もない。
更に時は進み八神慎治が統括部局長から更に上の役職、研究開発運営部の代表取締役に就任した頃。
俺・・・、私と改めて言い直した方がいいのだろうな。今の私の体裁を考えれば。私、八神慎治はある集まりに窮屈さを感じ、そこから逃げ出してその集まりが行われた場所の中で独りになれそうな野外へ来ていた。
そこから見える景色。今いる場所、最後に来た高校三年から二十一年も過ぎていた。高台にある大樹の下に立ってそこから見える街並みを見ていた。あの頃から、見える風景は随分と変わってしまったが、私が今背凭れしているこの木の存在はずっと変わらない。しかし・・・。
この大樹の学名は亜米利加合歓木と言うらしい、某大企業のCMに使われているあの大樹と一緒らしい。
街が見える方から大樹の方へ振り返り、その幹に手を当てて、上を見上げた。
「あれ?慎治さんじゃないですか?どうして、こんな処に居るんすか?」
見上げていた枝葉から知った声の聞こえた方へ振り向く。
「将臣君か・・・、君こそどうして?」
「先に質問したのは俺っすよ、慎治さん」
将臣君のその言葉を聞きながら、私はまた、上を見上げて、
「今日、翔子さんに何も教えられず、ここ、母校の聖稜に連れられてきてみれば、突然理事会に参加させられた挙げ句、私の拒否も認められず、理事長に祭り上げられてしまったのさ。まったく、今年、藤原科学重工研究開発運営部取締役へ昇任したばかりだと言うのにな・・・。将臣君は?」
「今日は休みだから気晴らしで・・・、ここへ来る途中、誰かの気配を感じたんだけど、まさか慎治さんだったとは思いませんでしたけど。そんなにその木を眼見してどうしたんすか?」
「色々と思う事が在ってな・・・・。なあ、将臣君、この木の伝説って知っているかな?」
「勿論です。俺もその伝説に乗じて翠に告白した時は手ひどい仕打ちを受けましたよ。で、伝説なんて嘘っぱちだ、とも思いました。でも、今思えば、その伝説はあながち嘘じゃないかもですね。今の俺と翠は墓場まで一緒に行けそうな感じですから」
将臣君は嬉しそうに私へそう語る。私はそれを祝福する様に小さく鼻で笑うが、私の顔には別の感情も含まれていた。樹木を見たまま、
「この木の下で告白するとそれはお互いに少しでも気にかけているならそれは恋につながる伝説・・・。でもな、本当はこの木の下で両想いの男女で女の子の方から告白すると永遠に幸せに共に歩んでいける・・・、・・・、・・・、卒業式の日に告白した場合だぞ、将臣君」
「そっ、そうだったんすかぁ!しかも、女の子からなんてなんて、旧世紀的な考え」
「ってのは私も後から知った事で私達が学生の頃は将臣君と知っていた伝説と同じになっていた。でもな・・・、この木の下で告白した私の親友達は・・・。真実の方に牽かれちまったのかもな」
「意味がわかんねぇっすけど・・・」
「伝説の始まりの由来・・・。聖稜大学付属高等部がここへ創設される前は別の学校がここに有ったみたいでな、その頃からこの大樹はここに居て、戦時中、将来を誓い合った複数名の男女が戦地へ向かう男子に対して無事に戻ってこられる様、ここで告白した。だけど、やがて戦争も終り、戦地から戻って来る思い人を待ち続けたが、誰ひとり、戻る男子はおらず、将来に希望を持てなかった一人以外は全員自害した。その事実を覆い隠したくて、独り残ってしまった女性はあるうわさを広めた」
「それがここで告白すると永遠に幸せになれるって奴になって、どこかで、その意味が代わり、俺達が知っている物になったんですね?」
「そういうことになる・・・。確かにその噂は伝説となり、事実にもなった例がいくつもあった・・・。だが、やはり、いいことばかりじゃない。その伝説を信じて、お互いを強く求めあった男女が居たんだけど、悲劇が訪れ二人ともお互いが望んだ未来も歩むこと叶わず命を落とす事となった。それを憂いたその親友が私達の知っている伝説を流布したようだな」
「ふぅ~~~ん。でも、その伝説と今、慎治さんがここに居る事とどんな関係があるんですか?」
「こちら側の地盤が緩んできているとの報告で、地盤形成の工事を行って、校舎の拡張にこちら側の土地も利用しようと思っていて、こういう大きな木を移植するのは難しいし、だから、いっそのこと負の伝説と共にバッサリ処分してしまおうかなと・・・」
「それはだめですよ。絶対移植してでもこの樹を生かさないとっ!だって、悪い事ばかりじゃなかった筈でしょ?今でも、この樹のお陰で、この樹があった事で幸でいて感謝に思っている連中も居るかもしれないじゃないですか。それを無視して切ってしまうなんて。これからだってこの伝説の木を頼りにする者がいるかもしれないのに」
「やっぱり、そう思うか?将臣君・・・、嘘だよ、これを切るのは・・・。さっきも言った様にここは地盤が悪くなっているから大樹は学校の中心へ移動させる予定さ・・・。本当の目的は・・・」
私は言葉にしながら、彼から見て視覚になる大樹のそばに凭れさせていたスコップを見せた。
「なんすか、そんなもの持ち出して?」
「ここは俺の親友だった連中の幼少期の遊び場だったって翔子さんから聞いた事があってね。ガキの頃ってこんな場所の根元になんか埋めたりするだろう?だから、工事前にアイツ等の大事な物があったら回収しておきたいなと・・・」
「ならっ、俺も手伝いますよ」
将臣君はそう言うとずっと後ろに隠していた手を私の方へ見せた。彼は二つ、ショベルを持っていた。
「なんで、準備がいいだよ」
「なんとなくっす」
将臣君は笑いながら私の方へ近づいてくると私よりも先に大樹の根元を掘り始めた。それに私も続く。暫らく土を除けていると白く丸みの帯びた一部が見え始めた。私達はそれを掘り続け・・・、何と白骨化した人体が・・・、出る訳ない。
球状の容れ物とその付近に木箱と缶茶筒。中身をあけ、それを確認した。
「本当にみつかりましたね、慎治さん。何が書いてあります?」
『将来の僕へ。僕のお父さんはとても家の風習や規律に厳しいんだ。お父さんは僕にも家のそれを押しつけようとする。でも、僕は長男じゃない。だから、僕はそれに従わない。僕がまた日本に帰ってきて、これを読み返した時に僕の大切な幼馴染が、まだ、僕を好きでいてくれるのなら、その思いにこたえたい。まあ、僕んちくらい大きな家だもん、正妻、内妻を貰っても問題ないかな?カスミとシオリのどっちをどっちにするか悩むところだろうけど・・・、そんな事出来ないのは判っている。だから、僕が受け入れるのは・・・』
「なにぃ~~~っ!なんでこんな大事な部分だけ穴が開いてんだよ」
「貴斗さんがこれを書いた頃って本当に香澄さんって方と詩織さんのどっちに気があったのでしょうね?凄く気になりますよ。俺としてはやっぱり詩織さんと貴斗さんがいいと思いますが」
その貴斗の将来の自分に宛てた手紙には一緒に写真があって、中央に貴斗が居て、両手に花を抱きかかえるように藤宮と隼瀬が嬉しそうであり、恥ずかしそうな表情で写っていた。その写真の中の幼少期の笑顔の貴斗を見て、確かに太陽の様な輝きを感じた。
缶茶筒は外れ、関係ないものだった。木箱は藤宮の物の様だった。中身は縁日なんかで売っていそうな玩具の指輪みたいなものだった。数は三つ。手紙みたいなものが入っていた。しかし、将来の自分でも、誰かに宛てたものでもない。
『私、詩織と香澄ちゃん、それと貴ちゃんがずっと仲良く一緒で在りますように』と書かれているだけだった。何かのお呪いか?
私も将臣君も藤宮のその分を見ながら頭をかしげている頃に、遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「しんじさぁ~~~~ん・・・、・・・、・・・、あれ、やっぱり・・・。将臣兄さん、どうして、こちらへ?今日は休暇ではなかった?」
走ってきても、息を切らせないで私達の処へ寄って来た弥生ちゃんがそう言ってから、私を睨む。
「兄さんの気配を感じたから、こちらに足を運んだのですけど、将臣兄さん、有難うございます。兄さんのお陰で八神社長が見つかりましたので」
「なら、この偉大な兄に大いに感謝するこったな」
「考えておきます・・・、慎治さん。途中で居なくなってしまいますから、翔子先生がとても心配なさっていますよ。ですから、お戻りしましょう。限度をこしますと」
「ああ、わかった、わかった、みなまで言うな。もどるよ。将臣君、私は戻るけど、君はどうする?」
「まだ、暫らくここに居ます」
「そうか・・・、あっ、言い忘れていたが、君の新動力研究所の件だが、国家プロジェクトになりそうなんだ。今、大河内首相と関連大臣と賛同企業と内密に企画中だ。来年から動きそうだから、忙しくなるぞ」
「もぉっ慎治さん、早くしてください」
せかす、将臣君の妹に怒られ、彼に別れの手を上げたのち、その手で頭を掻きながら弥生ちゃんと母校の会議室へ戻った。
こうして、漸くクロス・マインドという物語は終わりを告げた。これから進む先、彼等、彼女等は幾多の苦難に出会うだろう。しかし、挫けず前に進み、それを乗り越えよう。誓いと心に秘める大きな志が消えない限り。
二〇XX年YY月ZZ日
藤原龍一、いや神宮寺龍一は伝手で霧生夫妻の捜索を続けていた。しかし、いまだに見つからないその二人。
既にプロジェクトが凍結され、使われなくなった筈の藤原医研の聖櫃の間。常夜燈の様な僅かに灯るその部屋に人影があった。結城将嗣が構想だけしていた筈の第四世代聖櫃(パンドラ・ボックス)が忽然と姿を見せていた。
その人影は操作盤に手を翳すと対話型端末が語りだす。操作盤の画面の光が人影の顔を照らすが、男性か、女性かも判らない。
『Bionics certification checking…,…,…,…,PASS(生体認証・・・、確認)』
『Please enter ID and Password(認証名と暗証番号を入力してください)』
人影はタッチパネル式の操作盤に表示される英数字を叩き、その二つを入力した。
『Checking, please wait a few minutes…,…,…,…,…,…,OK you are one of administrators Rank is S (= Supervisor).(確認中ですしばらくお待ちください・・・、・・・、・・・、・・・、確認終わりました。権限は監督者です。)』
『Please, select the menu.(項目を選んでください)』
人影はその権限でしか出ない項目を確認し、必要な項目へ触れた。
『1.Start a new project.,,,,,,,,,,,,Are you really sure?(新企画開始を選びました。本当によろしいですか?)』
人影はYesとNoの選択肢の初めを選ぶ。
『Please, decide the project name.(企画名を決めて下さい)』
人影は素早くタッチキーボードに触れ、そのプロジェクト名を打ち込んだ。
『Project name is “GENESIS”…,…,...,…project is operating, please wait…………,…Get Ready now!(ジェネシス・プロジェクトを起動中です。しばらくお待ちください。準備完了しました)』
暗かった培養槽室全体に常夜灯よりも僅かに明るい光が点る。しかし、そこに居る人物が誰であるのかそれでも判らなかった。パンドラ・ボックスに浮かぶ生体。はたしてそれは誰なのであろう?人であるのだろうか?そして、プロジェクト・ジェネシスとは一体・・・。
To be continued another stories on the same world but not same place, time, and characters.
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