第五章の弐 ~ハジマリ~
彼女の心はグチャグチャだった
例えるならば絡まった糸のように
それぐらい彼女の心は追いつめられていた
彼女は失っていた記憶のほとんどをあの子に出会ったことで思い出した
いや、半ば強制的に思い出された
その記憶は今の彼女が背負うには到底耐えられない辛い現実だった
彼女は心身ともに限界だった
それこそ、全てを投げ出したいほどに
ショウはセレスから教えてもらった場所へナターシャを探しに向かっていた
そこは、ショウが初めて異世界に来た時に訪れた森だった
「ここにナターシャがいるのか?」
そこは大きな神殿だった
白い塗料で真っ白に塗られている
ショウは神殿内部に足を踏み入れた
人の気配はしないが、この神殿の中だけ空気が違うように感じた
ショウは気をつけながら歩を進める
「何だか幻想的だなぁ」
神殿内には文字らしきものが示されているが読めない
こことは違う文字なのだろうか
所々に『ホシ』や『ヒカリ』と読める文字を見つけた
その他にも一人の女性が神らしき人物から何かを受け取っているような絵も見られた
だが、それが何を意味するのかは今のショウには理解できなかった
それよりも、今はナターシャのことが最優先だ
ショウは自然と早足になる
ようやく開けた場所に出た
その場所の真ん中にナターシャはへたり込んでいた
「ナターシャ!」
ショウはナターシャの元へ向かい抱き寄せる
ナターシャは幻の魔法のせいか、言葉を発することも難しいくらいの状態で目には光がなかった
「くそっ! 遅かったか!」
ショウはどうにかしてナターシャに正気に戻ってもらおうと色々したが、全て失敗に終わった
ゴゴゴゴゴ⋯⋯
そんな中、突如地面が揺れた
ショウは真っ先にナターシャの安全を確保する
大きな地震とともに巨大な物体が出現した
「コ、コラプサー!? ナターシャが言ってたのは都市伝説なものじゃなかったのか!?」
ヴィーゼにはコラプサーというモンスターがいるといわれいる
そいつに取り込まれると存在ごと消えてなくなってしまうとされているが実際に姿を見たものは居ないらしい
コラプサーが漆黒の球体から触手をショウの方へ伸ばしてくる
ショウはプレアデスさんから貰った剣と剣術で、ナターシャを守りつつ紙一重でかわした
このままではナターシャも危ない
ナターシャを安全な端の方へ連れていき、改めてショウはコラプサーと対峙した
丸い球体に色は全てを飲み込むような漆黒
前には大きな目玉がギョロギョロと動いている
こんな気持ち悪いし危険なやつを俺一人でどうしろってんだ
コラプサーが再びショウの方へと触手を伸ばしてくる
「しまった!」
ショウは剣を落としてしまいコラプサーの触手に絡めとられてしまった
何とか脱出を試みるがしっかり巻きついており身動き一つ取れない
こんなところで終わってしまうのか⋯⋯
「ナターシャ!!」
ショウは最後の希望とナターシャの名前を呼んだ
一瞬だけ反応があったかのように思えたが返事はなかった
ショウはギュッと目をつぶりそのままコラプサーに取り込まれた
目は開けているつもりだが、そう思っているだけかもしれない
それくらい中は真っ暗だった
ナターシャもルピーさんもショウのことを忘れてしまっているのだろうか
興味はあっても実際になってみても分からないもんなんた
だな
ふと、目の前に一筋の光が見えた
気になって近づこうとするが体が金縛りにでもあったかのように動かない
それでも頑張っていると少し動けるようになった
ショウは思い通りに動かない体を器用に動かして光の元へ辿り着く
「カリーナ?」
光の場所にはカリーナがいた
あの真っ赤な瞳と髪は見間違うはずがない
何か作業をしているようだが、カリーナの手元だけモザイクがかかっているかのようにボヤけている
もっとよく見ようとすると、不思議な力によって先には行けなくなっている
それでもショウは、カリーナがこんなところにいる理由が知りたくて大きく手を振る
とてつもなく忙しそうにしていたが、ショウに気づいたカリーナはショウを見て今にも泣き出しそうな顔をした
どうしてそんな顔で俺を見るんだ
ここに長くいてはダメなのか?
そんなことはいざ知らず、カリーナが静かに口を動かす
もちろんショウには聞き取れない
そして、ショウに指さした
ショウの体は急激に重力が強くなったかのように下へと落ちていく
カリーナが何をしていたのか分からないままショウは下へ下へと落ちていく
カリーナが誰かと話している
「ちょっと、どういうことですか
カリーナは落ちていくショウを横目で見ながら息を吐く
「システムオールグリーン。 再起動開始」
ドシンッ とショウは大きく尻もちをついた
頭を下にしなくてよかった
気がつくと目の前に異質なほど存在感を放っていたコラプサーはいなくなっていた
一体あれはなんだったのだろう
それよりも、ナターシャは無事か!?
俺だけ助かったらここへ来た意味がなくなってしまう
ナターシャはショウが取り込まれる前と同じ場所にいた
まだ正気に戻っていないようだ
ショウはナターシャの小さな体を強く抱きしめながら言う
「ナターシャ、目を覚ますんだ! 君がどんなものを見たのかは知らないが、それは現実じゃない。魔法で見せられた幻なんだ。 だから、俺と一緒に元の世界へ帰ろう。 な?」
ショウはナターシャをあやしつけるように言った
「ほ、本当に⋯⋯?」
気がついたようだ
ナターシャの目に徐々に光が戻る
「私、いらない子じゃないの?」
「ああ、俺はまだまだ未熟だから君の助けが必要なんだ」
「私を置いていったりしない?」
「しないよ。 君を一人にさせるようなことは絶対ない。約束しよう」
ショウはナターシャの手をギュッと握る
ナターシャの手は小さく震えていた
余程辛い幻を見せられたのだろう
ナターシャはショウの腕の中でしばらく泣いていた
「落ち着いたか?」
「はい、ご迷惑おかけしてすいません」
「こっちこそだ。 もう少し早く来ていれば、君をこんなに傷つけることなんてなかった」
ショウはナターシャをもう一人にさせないように手をしっかり握りしめて幻の世界から目覚める
「ニャニャ! こいつらもう目覚めようとしているニャンよ?」
「これも星の加護の力ですかぁ! ますます気になりますねぇ!」
「もう一度使えないのか?」
「魔法使いの方には効くかもニャンけど、こっちのやつにはすぐバレちゃうニャン」
「⋯⋯ 分かった、俺が何とかしよう こうなると思って考えてはいたんだ。 こっちの方が手っ取り早いし」
「それでは私たちはこの辺で、さぁーらばでーす!」
「バイバイニャーん!」
「ふぅ。 邪魔者も居なくなったことだし、いっちょ派手にぶちかますかぁ!!」
目が覚めるとショウとナターシャは縄でぐるぐる巻きにされていた
こういうプレイは好みじゃないんだが
「お早いお目覚めですね。 御二方」
ショウ達の目の前には目元を赤いマスクで隠した男が一人立っていた
「それしきの縄から出られないとなればとても残念でございます」
めちゃくちゃ馬鹿にされてるし
これくらいっ!
ショウは身体変化で手を刃に変えて縄を切る
ナターシャの縄も同様に切る
ずっと縛られていたせいか体中がヒリヒリする
「これはこれはお見事です! 私、感服致しました!」
「そろそろ本来の喋り方に戻ったらどうだ? その言い方ものすごく嫌なんだけど」
「そうか、では戻そう。 俺はタースだ。 所属しているのはアスタリスク四天王じゃないからな。 そこんとこ気をつけてくれ」
タースと名乗ってから殺気が痛いくらいに感じられる
これが強者の風格というものか
「俺の殺気にビビらねぇたぁ。 肝が据わってやがる。 これは久しぶりに楽しめそうだ」
タースはそう言ってウォーミングアップを始めだした
「ここからは俺タースが直々に相手してやるよ。 くれぐれもくたばるんじゃねえぞ」
タースは構えの姿勢をとる
闘志が溢れ出ている
ショウ達もプレアデスさんから貰った武器を持ち、戦闘態勢をとる
「お前ら戦い慣れてねぇな? 構えがバラバラだ。 そこの兄ちゃん、俺を憎き殺人鬼だと思ってかかって来な」
そう言われたショウは何も言い返せずタースの言う通りに一撃をいれようとする
「甘い」
タースはいつの間にかショウの後ろに来ており、代わりにショウが蹴飛ばされた
「おいおいおい、兄ちゃんなんか特別な力があるって聞いたからわざわざ戦いに来たのに。 とんだ無駄骨かよ。 それにそこの嬢ちゃんは怖くて動けねぇみたいだし」
ナターシャは杖を両手で持ったまま小さくなっていた
まだ過去のトラウマを背負っているのだろうか
「ナターシャをバカにするな」
ショウはタースに言う
「ナターシャはなぁ、強い女の子なんだ。 誰もナターシャをバカになんてできないし、そんなこと俺がさせない」
ナターシャはショウの話を黙って聞いている
「ナターシャに初めて会った時、パーティーがいなかったんだ。 それなのにここまで頑張ってきた。 俺だったらとっくの昔に挫けていただろう。 それを全て一人で背負ってたんだ。 お前には到底分からないだろうがなぁ!!」
ショウは再びタースに攻撃をする
同じようにタースに弾かれる
ナターシャがショウの話を聞いたからなのかは分からないが、杖をしっかり持ち詠唱を始めた
ショウはナターシャの魔法の詠唱を邪魔しないよう、ひたすらタースに剣を振るう
「出来ました! 『リーフェント』!」
ナターシャがそう叫ぶと地面からつるがニョキニョキと伸びてきてタースを空中に縛り付けた
「これが俺たちの実力だァ! 受けとれぇぇぇ!!」
ショウは無意識に身体強化を使い剣に全神経を集中させる
「おいおい、待て待て! ⋯⋯なーんてな」
ドーン!!
最大限の力を込めた一撃をタースにお見舞いしようとした途端、ショウの目の前で大爆発が起きた
ショウは爆風に煽られ吹っ飛ぶ
爆発による煙が晴れるとそこにタースはいなかった
その代わりなのか一枚の紙切れが置いてあった
いないはずのタースの声だけが響く
「なかなか良かったが俺にはまだ届かない。 そんなお前らを俺たちの元へ案内しようじゃないか。 兄ちゃんの妹、ヒカルだっけ? そいつもそこにいるかもな。 ハハハハ!」
タースの高笑いが静かな空間に響いている
置いていた紙切れにはタースが言っていた通りどこかの地図が書いてあった
ここからでも見える馬鹿でかいビルがタースらのアジトらしい
何だか色々と腑に落ちないが当面の目的は決まった
ヒカル! 待ってろよ!
もうすぐ助けてやるからな!
「はい、手はず通りに。 あとはあいつに任せます。 では」
第五章 [完]
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