第三章の弐 ~正体~

 何か変な音がする

 さっき聞いた楽器の音とはまた違う

 夢でもない

 ショウはとっさに飛び起きた

 かすかにまだ音はする

 隣でグッスリ眠っているナターシャを起こさないようにショウは寝室を出る

 音はどうやら一つの部屋から聞こえるようだ

 音に近づいていくと、音ではなく声だとわかった

 人の気配はなかったはずなのに、一体誰がこの廃墟にいるのだろうか

 

 やがて問題の部屋にたどり着いた

 ショウは怖いのが決して好きな訳では無いが怖いもの見たさで好奇心が抑えられないのだ

 少し扉が開いており光が漏れ出ている

 ショウは高鳴る鼓動を抑えながら隙間から覗く

 中の光景にショウは思わず悲鳴をあげるところだった

 部屋の中では髪の長い女の人が髪を振り乱しながら唸っていたのだ その姿を見たショウは、一瞬にして鳥肌がたち恐怖を感じた

 声を殺しながらショウは寝室へ駆け込んだ

 ショウが見たあれはなんだったのだろうか そう思うとショウはなかなか眠れなかった

 

「朝か⋯⋯」

 

 あれからショウは一睡も出来ないままとうとう朝を迎えてしまった

 

「んーーっ あ、ショウさん。おはようございます」

 

 大きく伸びをしながらナターシャが言う

 よく眠れたみたいだ

 逆にショウの目には大きなクマができているのだが

 

「どうかしたんですか、そのクマ。 ここのベッドじゃなかなか眠れなかったんですか?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 ナターシャはショウの反応に少し不思議がったが

 

「それにしても、本命の不気味な声ってなんだったんでしょうね。 昨日はいつの間にか眠ってしまっていたみたいで何も聞こえなかったんです」

 

 そうか、ナターシャにはまだ伝えていなかったな

 ショウは昨日の夜見たことを逃げ帰ったところは上手くはぐらかして話した

 

「なるほど、そうなるとその髪を振り乱していた女の人が不気味な声の正体で間違いないんでしょうか!」

 

  ナターシャがイキイキしている

 このていの話が好きなようだ

 

「ひとまず明るいうちにその部屋に行ってみましょうよ!」

 

「おい、本当か?」

 

「何です?  もしかして怖いんですか?」

 

 ナターシャがショウににやりと微笑む

 

「べ、別にそんなことは無いがな!」

 

 本当は怖いが、ここは強気になって言い返した

 

「では、そんなショウさんにいい話があるんです。 ここヴィーゼでは伝説の怪物『コラプサー』がいると言い伝えであるんです。 色は全てを飲み込む漆黒で球体で前に大きな目玉が一つついてるとか。 で、中に取り込まれると最後、形や影はもちろん存在自体消えてしまうんだとか!!」

 

 ナターシャがショウを怖がらせようと言っている

 どうせ作り話だろう

 

「そんな馬鹿なこと言ってないで、行くんだろ」

 

「あれぇ?  ひょっとして怖かったんですか?」

 

「いい加減にしないと怒るぞ」

 

 ショウがそう脅すとナターシャは頬を膨らまして黙った

 よし、いい子だ

 そういうショウの足は産まれたての小鹿のようにガクガクだった

 

 ショウ達は昨日髪の長い女の人を見たリビングを再度確認するために訪れた

 特に怪しいところはない

 

「ねぇ、ショウさん。 ここの部屋だけ廃墟にしては綺麗すぎませんか?」

 

 ナターシャがそう言ったのでよく見てみると、確かにこの部屋だけ他の部屋と比べて綺麗だ

 まるで誰が掃除をしたかのように

 

「ん、これは」

 

 ショウは机の下に落ちていたものを手に取る

 それはギルド職員がつけているバッチじゃないか

 それほどホコリを被っていないということはつい最近のことだろう

 こんな廃墟にギルド職員が何をしに来るのだろうか

 

「それよりナターシャ、この部屋ってどこかでかいだ事のある匂いがしないか?」

 

「スンスン、そう言われれば匂わないこともないですね。 でも気分が悪くなるような匂いではないですね。 というか、最近嗅いだことがあるような・・・・・・」

 

 異様に綺麗な部屋、ギルド職員のバッチ、そして嗅いだことのある匂い

 ショウはこの三つの手がかりから一つの結論を導き出した

 

「今日の夜に全てがわかる」

 

「え?  何言ってるんですかぁ?」

 

 わかっていないナターシャを他所にショウは静かに微笑んだ

 

 そして夜

 ショウ達は机の下でじっと息を潜めていた

 隣にはもちろんナターシャもいる

 少しばかり近すぎるが

 そんなナターシャは何が来るのか今か今かと待ち構え、ワクワクしている

 はしゃぎすぎないといいんだが

 

 ガチャ

 

 廃墟の扉が開く音がした

 ショウは緊張で、ナターシャは興奮で心臓がバクバクしている

 足音はこちらの部屋へ近づいてくる

 ここの部屋の扉がゆっくりと開く

 入ってきたのはまさしくあの時に見た髪の長い女の人だった

 ショウには正体が分かっているものの怖いものは怖い

 

「お化けだァ!!」

 

 突然ナターシャが叫んだ

 

「うおっ!」 とショウ

 

「ヒェッ!」 と女の人が叫んだ

 

 ショウはランプで女の人の顔を照らす

 

「やっぱりあなただったんですね、ルピーさん」

 

  ショウが持つランプで照らされたルピーさんさんの顔は泣きそうに歪んでいた

 

「ごめんなさい、私のせいで!!」

 

 ルピーさんは開口一番そう言った

 

 

「近々ギルド内で音楽祭があるのは知ってますか?」

 

 なんかチラッとは見たような

 

「私、恥ずかしながら歌が苦手なのに勝手に応募されてて、断ることも出来ずここでこっそり練習してたんです」

 

 この部屋が綺麗なのは潔癖症のルピーさんが掃除をしたから

 

「髪を振り乱していたようにも見えましたが、それは?」

 

「あんまり言いたくないんですが、今回の音楽祭のジャンルがロック系だそうで」

 

 な、なるほどね

 あれはロックというかヘビメタじゃないか、というツッコミはグッとこらえた

 ふと思い出し、ショウはギルド職員のバッチをルピーさんに渡す

 それを見たルピーさんは泣いて喜んだ

 泣くほどだったのか

 

「じゃあ、楽器の音や鍵が閉まってたりしたのもルピーさんのせいだったのか。 納得納得」

 

 ショウが呟く

 

「なんですか、楽器やら鍵とかって。 私はここへ身一つで来てますから何も持ってませんよ」

 

 ルピーさんがあまりにも真面目な顔で言うのでショウはゾッとした

 

 ポロロロン♪

 

「「ひぃ!!」」

 

 今度はナターシャやルピーさんにも聞こえたようだ

 ショウ達は急いで廃墟を後にした

 それからショウが三日ほどギルドの休憩室に閉じこもっていたことは内緒の話

 

 あの廃墟騒ぎから数日

 ショウ宛に手紙が届いた

 中には一億ウェンも同封されていた

 これは⋯⋯

 

『廃墟の件はありがとうございました。 これで昼も夜も静かに眠れます。肝心な報酬ですが借金があるようなのでその分をお渡し致します。 では』

 

 ショウが借金している訳じゃないがどうしてこの人は借金のことを知ってるんだ? 

 それはいい、これでナターシャも晴れて自由の身だ

 ショウが引きこもっていた三日間、ナターシャはルピーさんの歌の練習に付き合っていたようでその練習の成果を今日の音楽祭で披露するのだとか

 

  ショウの隣には何故か絆創膏だらけのナターシャが座っていた

 話を聞こうとしたが、司会者によって遮られた

 

「では、おまたせしました!  本日の大トリを飾るのはやはりこの方!  ギルドきっての歌姫、ルピーさんです!」

 

 そう呼ばれたルピーさんは大人の女という雰囲気を醸し出したかっこいい服装で登場した

 あの時唸っていた人と誰が思うだろうか

 ルピーさんは見事な歌唱力で観客の心を虜にした

 ルピーさんが優勝したのは言うまでもないだろう

 

  第三章 [完]

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る