告白
「子ども,出来てん」
メインディッシュを食べ終えるころにデザートとドリンクを聞きに来たウェイターが去ったのを確認してから,「話がある」と切り出した。
食器を置いて口元を引き締めてじっと見つめる私に,卓也さんは真剣な表情で向き合ってくれた。
もしかしたら,この人は私の望む答えを出してくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱かせる誠実な姿勢だった。
でも,卓也さんの反応はどっちつかずで,私はどう受け止めたらいいのか分からなかった。
「それは,おれたちの子・・・・・・ってことかな」
仕事が忙しくて,もしかしたら他のことは考える溶融がなかったのかもしれない。それでも,喜んで欲しかった。
卓也さんは,眉間にシワを深く刻んで,明らかに困っている様子だった。
もし,卓也さんにこのことを打ち明けていたら。もし,卓也さんときちんと向き合っていたら・・・・・・
そんな想像を何度もした。でも,私は間違っていたのかもしれない。
わずかな希望で蓋をして押しとどめた感情を,一気に流れ出そうになった。
ギッと目に力を込めて,こぼれ出そうになるものをなんとか抑える。
そんな私を見てまずいと思ったのか,卓也さんはしどろもどろに話をつないだ。
「今,仕事でも大きなプロジェクトを任されていて,またゆっくり話せないかな」
青くなった顔でそう言うと,胸ポケットからスマホを取り出してから手を上げてウェイターを呼んだ。
両方の人差し指を打ち付けるようにして合図を出す。どうやらそれが,会計の知らせのようだ。
「ごめん,急に仕事で呼びつけられちゃって。必ず埋め合わせはするから」
そう言って身なりを整えると,入口の方へと向かっていく。数歩歩いたところで立ち止まって,何か忘れ物をしたのかまた戻ってきた。あたりを伺いながら,ゆっくりと。
「念のため,本当に俺の子かどうか,検査を受けてくれない?」
卓也さんは小声でそう言うと,引き返して行った。
私は一人取り残されたテーブルに腰掛けたまま,まだ少し残ったメインディッシュの名前も知らない料理を見下ろした。寂しくてワイングラスに手を伸ばし,口に含む。ひどくぬるくて,口当たりが悪かった。
田舎暮らしなんて考えられない。Wi-Fi環境の整っていないところや,日が沈むとともに暗くなっていく町に住むなんて考えられなかった。とにかく華やかに場所に憧れていたのにも関わらず,今ではそのネオン街がたまらなく鬱陶しい。
私が信じていたもの,なんやってん
誰にともなく呟く。
妊娠したことを,卓也さんは喜んでくれる。そんな希望的観測は,波にさらわれた砂のお城のように崩れ去った。
もうこのまま消えてしまいたい。誰もいない,誰とも関わりのない世界に移住したい。
そんなことを考えていると,ポケットの中で通知を知らせるバイブ音が鳴った。
スマホを取り出し,ディスプレイに表示されたラインの内容を確認すると,自然と目の奥から熱いものがじんと込み上げてくる。
おつ! 卓也さんとまだ一緒? 暇なら飲も!
誰とも関わりたくない,数秒前までそんなことを考えていた自分がばかばかしい。
目元を拭い,嗚咽が漏れそうになるのを必死にこらえながら,こと葉に返信をした。
こと葉がいるという小洒落たバーに入ると,彼女はカウンターでグラデーションがかった液体の入っているロックグラスを見つめていた。
「何飲んでるん?」
「名前,忘れてもうた」とたどたどしい関西弁でこと葉は答える。こと葉はよく,私の関西弁を面白がってこうやって真似をする。でも,そのイントネーションがあまりにも下手くそすぎて,おかしい反面バカにされているのかと疑いたくなるほどだ。もちろんこと葉にそんなつもりがないのは知っている。
「ほんで熱心にグラスの中身見つめてるん? 知ってるの頼みいや」
すると,こと葉はバーテンダーに私の知らない飲み物を注文した。ドリンクメニューを見ると,ノンアルコールのカクテルだった。
確かに美味しそうだけど,そこそこ酒に強いこと葉がノンアルを頼むなんて。私が来るまでに結構飲んだのかな。
そんなことを考えていると,こと葉が耳元に近づいて私に尋ねた。
「卓也さんと話はついたの。その・・・・・・ちゃんと伝えたの?」
「話はできた。その,思った通りにはならへんかったけど。こと葉の言葉を借りれば,真実の愛ちゃうかったってわけ」
「子どもがいるって言ったら,なんて?」
呼吸が喉につまり,空咳をした。
苦しそうに咳き込む私の背中を,「落ち着いて」とこと葉がさすってくれた。
「なんで知ってるん?」
「あんたねえ・・・・・・」
うんざりしたように顔を振ると,腕組みをしてにじり寄ってきた。
「あれでバレないと思っているの? 調子悪そうにお腹はさするわ,コーヒーはほとんど残すわ。つわりはまだなさそうだけど,それなりに歳いった女ならだれだって分かるわ」
そうなんだ,と力なく呟く。
こと葉は気づいていたけど,深く尋ねるでもなく私を送り出してくれていたんだ。w枯れてからも私のことを気にかけてくれていて,卓也さんと一緒にいなかった時のことを考えて私を誘い出しだしてくれたに違いない。
そんなことを想像すると,また込み上げてくるものがあった。
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