秘密の関係
行ってらっしゃい
来るんちゃうかったわ。
藁にもすがる思いで,口コミを頼りに怪しいビルに電車を乗り継いでやってきた。
すすけた小汚い建物にある部屋の扉をノックし,椅子に腰掛けておばあちゃんと対面する。
千と千尋に出てくるゼニーバのまんまやん
頭頂部にお団子を作って古風な花櫛を止めたシルエットは,まさに宮崎駿の世界からそのまま飛び出してきたみたいだ。
そんな私の頭の中を見透かしたように,お団子ヘアを手のひらでぐいっと押し上げて威圧するようにあばあちゃんが見下ろしてきた。舐めるように足元から頭のてっぺんまで視線を動かし,そしてまた腰の方に視線を戻してしばらく何かを考え,眉間に深いしわを作って私を見る。
少しサイズの大きいワンピースが気に入らないのだろうか。そんな訳はきっとない。それならなんだろう。まさか・・・・・・
対面して数分。まさか私の秘密に気づいているはずはない。ごまかすように舌を出して,ぺこりと頭を下げた。
どうにかして帰られへんかな。あかん,絶対無理やん。こんな個室みたいなところやと思わへんかったわ
インターネットに書いてあることを鵜呑みした私がバカだった。面白半分で嘘や誇張された情報が溢れている世の中で,目を引いた記事に流された自分を心底恨んだ。
私は昨日見たネットの記事を思い出し,おばあちゃんに聞こえないように胃のあたりをさすりながら,浅くため息をついた。
布団にくるまったまま,ひたすらネットサーフィンをして情報を探した。
あかん。親にも相談できひんし。何とかしな・・・・・・
絶望という名の暗闇にさんさんと照らされながら,無我夢中で人差し指を使ってスクロールする。
眠たいという感情を通り越して冴えた目に飛び込んできたのは,普段なら絶対にタップしない,暇を持て余した授業中の大学生でも見逃すであろうしょうもないタイトルだった。
会いたい人に会うために,過去に飛ばしてくれるばあさんに出会った話
誰も釣られへんやろ,と誰にでも呟いた私は,関連記事として表示されたそれを無視して情報収集を続けた。
でも,不思議なことにいつまでたってもあのタイトルが頭に浮かんで離れない。私の悩みを解決してくれないネットの情報にうんざりして,Webページの戻るボタンを繰り返して,とうとう例のタイトルの記事をタップしてしまった。
ネットの情報に真実は語られていない,そんな風に鼻から批評的に情報に当たっているのに,その記事にはなぜか心惹かれた。何がそうさせているのか分からないのだが,ありえないタイトルにありえない体験談がなぜか嘘だとは思えないのだ。
記事の内容はこんな感じだった。
どうしても忘れられない,後悔している恋があった記事の作者は,仕事帰りにネットサーフィンをしていると「過去に連れて行ってくれるばあさん」の存在を知ったということだ。
もちろん,そんな情報を信じていたわけでもなく,話のネタにでもなればと興味本位で足を運んだところ,いかにも怪しげなばあさんに本当に過去に飛ばしてもらったらしい。
「過去は変えられない」とばあさんに告げられた時は,それなら過去に戻る意味なんてないじゃないか,と思ったらしい。それでも,覚悟を決めて過去に戻って良かった。
過去に縛られて前に進めない人,大切な人に伝えたいことがある人,過去に戻りたい人は,騙されたと思って行く価値がある,と結論づけられていた。
誰も信じひんやろ,と呟いてスマホのディスプレイを暗くした。
過去に戻れる? SFじゃないんだから,そんな都合のいい話があるはずはない。二十一世紀には,ドラえもんという機械が不思議な道具で何でも解決してくれる,時空すらも飛び越えられると想像した人間はいた。
確かに,技術は目まぐるしく進歩したけれども,過去に戻れる日が来るなんて到底思えない。
それでも,この人の言葉にはなぜか真実味がある。
高畑美帆 27歳
気づけば私は,自分の情報を打ち込んでいた。
「戻りたい過去があるんだろ? じゃあ,強く願うんだね」
ほれ,と言ってゼニーバは机の脇に置いてあった水晶を私の前に差し出した。
「これ・・・・・・ですか?」
「そうだよ。ジブリの映画に出てきそうな歳を食ったお団子頭のババアに,水晶だ。いかにもって感じじゃあないか?」
どこまで本気なのか,からかうような含み笑いでおばあちゃんは私を見た。
「言っておくけどね,過去に戻っても,そこでどんな行いをしても,現実は変わらないよ。過去を変えることは不可能なんだ。どんな人にもね。そのこといいね?」
「おばあちゃんにもですか?」
「私かい? 野暮なこと聞くんじゃないよ」
「無理なんですね。じゃあ,何のために過去に戻るんですか?」
やれやれ,と呟きながらおばあちゃんは水晶を見つめた。
「今ごろの若い者は,ろくに自分で考えもせずに,すぐに答えを求めようとする。まるで,自分以外の誰かが答えを持っていると勘違いしているみたいにね」
「正解がわからないということは,自分の中に答えがないということやと思うんですけど」
「そうかい。じゃあ,お前さんには分からないかもね」
話は終わりだね,と言って,おばあちゃんは机の上に置いた水晶を取り下げた。
「ちょっと,待ってください! ほんまに,・・・・・・過去に戻れるんですか?」
「お前さん,信じていないのに来たのかい? こんな怪しいところに」
信じている,と言えば嘘になる。でも,ネットに書いてある言葉を疑いながらも,期待してここまで来た。
「私,会いたい人がいるんです。会って話がしたい人がいるんです」
「そうかい。過去は変えられない。答えもそこにはない。それでもと言うんなら・・・・・・」
そう言うと,おばあちゃんは再び水晶を私の前に差し出した。
純度が高いとはとても言いがたく,池に石でも投げ入れた直後のように気泡が沸き立っている。
「行ってらっしゃい。見つかるといいわね。あなたの中にある答えが」
願いなさい,とささやくおばあちゃんに言われるがままに,水晶を見つめた。
どこにいんねん。もういっぺん,話を聞かせてくれな納得して先へ進まれへんやん。絶対会いに行ったるからな
目を固く閉じ,強く願った。体の芯から熱くなり,同時にふわふわとした感覚に包まれる。
お腹をさすりながら,会いたい,そう強く願った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます