点てる理由2

「……じゃあ先輩は何のためにやってるんですか? 」

「私が私である為だ」

「どういう意味ですか」

「そのままの意味だよ。さあ練習をするぞ」

 先輩が先輩である為。

 その後僕たちは先輩たちの指導により茶せんでの茶の点て方を教わり、各々練習をし始めた。

「お~、やっぱりうまいね。折本君は」

 隣から副部長が話しかけてきた。

「あ、ありがとうございます」

「いつからやってるの? 」

「1カ月前からです」

「結構最近なんだね」

「は、はい」

 副部長は先程の進藤先輩とのやり取りに気を使って僕に話しかけてくれてるのだろうか。

 まあ現に僕も話かけにくいと思っていたし。

「進藤さんはね、君の事を思ってああいってくれてるんだよ」

「僕の事を? 」

「上手くなりたいって気持ちは僕も分かるよ。でも焦っても仕方ないよ」

 確かに副部長が言っている事は分かる。だけど僕も早く上手くなりたい。その為にはこんな事やってる場合じゃない。

 それからひたすら手首を使っての練習をし、今日の部活は終わってしまった。

「いって~。もう手首の感覚がなさすぎる」

「そうだね。練習だから仕方ないけど」

「こりゃ、帰ったらテーピングだな」

「悠真君は手首痛くないの? 」

「まあ、何回かやってるしね」

 そう、こんな何回もやってきた事をひたすら練習なんて。こんな初歩的な事をするために入った訳じゃないのに。先輩のあの茶。あれと肩を並べれる様な茶を点てれる様になって先輩に早く追いつきたい。

「「……」」

「なあ悠真。どうしてそんなに上達する事にこだわるんだ? 」

 突如雄二が僕に尋ねてきた。

「昨日先輩の茶を飲んで、僕が出した茶とはレベルが違うと思った。それなのに説明会の時先輩は旨いって言ったんだ。その時は嬉しかったけどあの茶を飲んでからそんな気持ちはどこかへ行っちゃってさ。だから早く上手くなってお世辞じゃない「旨い」を言わせたいんだ」

「それが悠真君が茶道をやる理由? 」

 その言葉を聞いて雲の隙間から光が漏れ出すような感覚に陥った。

 今の言った事がやる理由?

 確かに最初はあの見学会で先輩を見てやってみたいと思った。だからあの時やる 理由を聞かれても答える事が出来なかった。でも先輩に心の底から旨いって言わせる事が僕が砂像をやる理由になる。

 なら……。

「ごめん。ちょっと忘れものした」

「えっ? 」

「そっか。じゃあまた部活では」

「うん、ありがと2人共」

 僕は急いで学校の方へ向かった。


 ■■■

「先輩! 」

「っ! どうした折本。もう下校時間だぞ」

「先程先輩は僕に何故茶を嗜んでいるって聞きましたよね」

「ああ。それがどうした」

「その理由を言いに来ました」

 正直理由がなくやっている人なんて殆どだと思う。勉強だってそうだ。明確理由を持ってる人なんて極少数。だから僕も茶をやる理由なんて特になくてただ漠然と上手くなりたいと思ってただけ。でもそれは違った。その漠然とした上手くなりたいというのが理由のきっかけ。

「僕は上手くなりたい」

「それが嗜む理由か? 」

「正確には先輩が僕の点てた茶を心の底から旨いと言わせるぐらい上手くなる事です。だからこれからもご指導よろしくお願いします」

 しばらく沈黙が続き、僕はとうとう先輩に呆れられたかと思い始めた。

 けど……

「……ぷっ。そうか、そうか! 私に旨いと言わせるぐらい上手くなると。やはり君は本当に昔の私に似ている」

「昔の先輩に? 」

「ああ。私も最初は君と同じ理由で茶道をやっていた」

「そうなんですね」

 先輩が僕と同じ。なんだか想像できない。始めた頃からとびっきり上手くて、ずっと今みたいな感じだと思ってた。

「そうか。では楽しみにしているぞ。私が旨いと言うその日まで」

「はい、頑張ります」

 気が付けば早く上手くなりたいと言う焦りは消えていた。先輩も最初はそうだったと言う事を聞いて不可能ではないと言う事を知ったからだ。

「では帰るとしよう」

 そういって先輩は立ち上がり僕の方へと向かってくる。

「あっ」

 すると先輩は足が縺れて倒れかける。

「先輩! 」

 すぐさま僕は先輩を受け取る為に前に出るが上手く行かず……。

「大丈夫か? 折本」

「は、はい。先輩は? 」

「私は何ともない。しかしすまなかった。足が痺れているのに無理に立ち上がろうとした為に」

「い、いえ気にしないで下さい。それよりこの状態をどうにかしないと勘違いされますよ」

「そ、そうだな。すぐにどこう」

 立ち上がった先輩はどこかそわそわとしていた。

 割と距離近かったからそうなりますよね。でもなんて言うかそういう反応するんだ、先輩って。

「それじゃあ、気を付けて帰る様に」

「はい、お疲れ様です」

 

(はぁ、まさかあんな失態を晒すとは。私もまだまだだな。それにしても……)

 先程の光景が脳裏をよぎる。

(何をドキドキしているんだ。私はあんな事で。……帰って茶で心を落ち着かせるとするか)

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この香りは恋かもしれない 穂志上ケイ @hoshigamikei

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