二 キミの横顔が綺麗で

 ―――楽しい時間も過ぎていき、あっという間に完全に暗くなった。まるで空は暗黒のようである。人混みも、先ほどと比べて減っていき、多少は歩きやすくなってきていた。皆、花火に備えて各自のスペースへと行ってしまったのだろう。そんな中、僕は屋台の道を一人とぼとぼ歩いていた。夕方に来た時のあの景色が忘れられず、入り口まで戻っていたからだ。先ほどからリンゴ飴が食べきれず、ずっと舐めながら歩いている。入り口からみる花火は絶景だろうと考えながら歩いていた。気がつくと入り口まで戻ってきていた。だが、変な鳴き声が聞こえていた。方角はあの木々の中からのようである。動物とかの鳴き声ではない。何かこう、悲鳴のような、泣く声のようなものであった。きっと誰かいるのだと思い、どうせ時間もまだあるので、その木々の中に向かっていく。

 木によって光が遮られているためか、辺りは暗かった。暗闇の中から聞こえて来る声に段々と恐怖してくるが、ドキンドキンと鳴る鼓動を抑えながら、おずおずと進んでいく。一歩、また一歩、木々の間を行き、茂みをかけ分けゆっくり進んでいく。声の元までたどり着くと、そこにはあの時の浴衣の女の子がいた。女の子というよりお姉さんが正しい気がするが。兎に角、その彼女が横たわっていた。足は何かに引っかかっていたようだ。

 あっと言う間にあれだけあった恐怖心は消え去った。代わりに、焦りが生まれる。横たわる彼女の側に駆け寄り、声を掛ける。

 彼女は涙目になりながら、僕の手を握る。

「ちょ〜痛い!」

 そんな彼女の言葉に、焦りすら忘れてしまった。

 どうやら彼女はお気に入りのスポットに向かっている途中で怪我をしてしまったらしい。足を引っ掛けていた枝を退かし、撃ち落としてくれた景品の絆創膏を使い、応急処置を済ませる。多少怪我をしていたようだが、かすり傷のようだった。

「・・・大丈夫ですか?」

「うん〜!もう平気かな。ちょっと痛いけど」

 彼女はゆっくり立ち上がる。彼女は虚空を指さす。

「あっちいこ?」

 僕の腕を握り、手を引いた。その木々と茂みをかき分け、足早に進んだ。暗闇の中、見える範囲の視界を頼りに。また、僕の手を引く彼女の背中を頼りに進む。徐々に光が強く、そして爆発音のようなものも強く聞こえて来る。


 閃光が目を突き刺す。

 僕は生涯、この光景を忘れることはないだろう。

 彼女の嬉しそうな横顔は、その閃光に照らされて、輝かしい顔は更に輝かしく見える。


「お、ヒカリー!」

 近くから女の子の声が聞こえる。その声の主は黄色い浴衣を着ていた。

「アイリー!遅れてごめーん!」

 お姉ちゃんが、その女の子にそう返す。

 親しい間柄なのだろう、彼女らは出会ってすぐハグをする。僕は何故か見てはいけないような気がして、顔を背けた。僕の目には花火の光が映る。鼓膜には、その音が響く。

 見える、聞こえる。その光が、その音が。横にいるヒカリと呼ばれた射的の彼女たちは、思い思いのことを叫んでいるが、僕には聞こえなかった。

 暫くの間、この空に咲く花を見ていた。花は綺麗だ。綺麗な花は感動と勇気を与えてくれる。涼しげな風が、僕の頬を撫でる。


「ぼーっとしてどーした!」


 瞬間、背後に重みを感じる。

 腕が背後から回され、ハグされる。

 横目で背後を確認する。声の主はヒカリと呼ばれた彼女だった。

 ・・・。不必要なことは何も言わないでおこう。


「・・・重いです」

「ヒドイっ!」


 彼女はオロオロと後ずさる。彼女は膨れて「せっかくいい人だと思ったのにー!」と言う。

 どうやら株が下がったようだ。何とかして赤の他人レベルまでには上げねば。


「・・・すみません。抱きしめられたのは初めてだったもので」

「ふーん?・・・可愛いところあるじゃん」


 彼女はどこか感心したように頷いた。


「ねーねー!その子が助けてくれた子ー?」

 黄色の浴衣の女の子が僕を呼ぶ。


「大したことはしてません」

「またまたぁ、ヒーローは胸を張らなきゃー!なんて名前なの?」

「山内 楓、です・・・」

「カエデ君かぁ・・・かっこいいジャーン!」

 頬を指でぷにぷにされる。何処か小馬鹿にされているようだった。

 後ろから青色の浴衣をきた子がやってきた。

「アイリ、嫌がってるよ」

「なーもう、いいじゃーん。アヤ」

「キラワレルヨ」

 アイリと呼ばれた子は恐怖した顔で後ろに引いていった。


「ごめんね、怖がらせて。ヒカリを助けてくれたんでしょ?ありがとう」

 アヤと呼ばれた子は、落ち着いた声音で話す。

 その背後から呪うような声が聞こえる。

「それ、私のセリフ〜」

 ヒカリはそう言うとアヤをくすぐり始めた。


 ・・・見なかったことにしよう。こういうのは何かよくない気がする。

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