8月15日の夜、キミとここでキスをする

Racq

一 あの日、キミとここで

 僕は毎年、夏になり、お盆に入ると家族に連れられて実家に帰省する。新幹線で四時間か五時間・・・随分と昔の記憶だから、曖昧ではあるけど。でも、長い時間をかけるからか、着くや否や疲れてすぐに寝てしまっていたことは覚えている。

 実家は田舎で、緑が生い茂る街の端っこにあった。屋敷のような広さである。当時小学校二年生だった僕は、子供一人に対して広すぎる空間に、何故か窮屈さを感じていた。寝る時も、昼時の時も、この広い空間でただ一人。僕にとってここは大きな遊び場のようなところだったのだろう。

 携帯ゲーム機を片手に、ただカチカチという音とゲームの音だけが部屋の空間に広がる。大きな窓のある引き戸が空いていたからか、そのゲーム音は外の空間にまで漏れていて、いつしかその音は薄く、儚く消えていった。ただ寂しく、ただ虚しく、一人の時間を毎年過ごしていた。

 大広間を見れば、両親は楽しそうにおじいちゃんとおばあちゃん二人と話していた。豪勢な食卓の中、ビールの瓶の蓋を開け、酔っては大きな笑い声をあげていた。

 ここが嫌なのではない、つまらないのだ。そう知ったのは6年生になってからだった。毎年見る、その美しい青空は変わらず、僕の着る服だけが暗い色のした、長袖の大人びたものになっていった。あの大きな雲は何と言う雲なのだろうか。真っ白の綿飴のようなアレは、僕とは正反対に感じる。縁側に吊るされた風鈴は、微動だにしなかった。

 そんな僕にも、今年になってようやく楽しみができた。ふと机の上に置いてあったチラシが目に止まった。近場の海で開催される夏祭りのチラシだった。そのチラシを母に見せると、みんなで行きましょう、という話になった。自分の家では花火なんてものは見たことがなかった。楽しみにしながら妄想していると、あっという間に時間は過ぎ、気がつけば夕方になっていた。

 実際に行ってみると、空は朝とは違い、僕の着ていた服ぐらい暗く、しかし前を見れば楽しげな明るい光が僕らを包んだ。

 目の前に広がる一本の道に、大勢の人々が、それぞれの格好で同じ方向に進んでいく。浴衣を着ている人もいれば、普通の涼しげな私服の人もいる。道の端には屋台が並んでおり、リンゴ飴やたこ焼きなどと言ったものから、射的、ピンボールなどもあった。海に映し出された揺らめいた光が、さらに地上をライトアップして幻想的にしている。僕はそんな光景を見て感動した。

 父から二千円を、「これで好きに遊びな」と言い渡された。父は花火を見るための場所取りをしに行った。残った母と僕で屋台を回った。しかし、いざ行こうとすると人の流れが遅く、中々思うように進めない。なので近場の屋台から回ることにした。

 手始めにたこ焼きを母に買ってもらい、半分ずつ分け合った。たこ焼きは凄く熱く、出来立てだった。口を火傷したが、そんな些細なことよりも、「美味しい」と言葉が漏れてしまうほどの感動が勝った。そんな僕を見て母も笑った。おじいちゃん達と話していた時よりは劣るが、優しい母の笑みを見て、僕も笑い返した。

 再び母と手を繋ぎ、人の流れに乗ると、射的屋に流れ着いた。一回五百円と高い値段であったが、流石に銃を撃てると言う興奮には抗えなかった。屋台のおっちゃんから八発のコルク弾を渡される。しかし僕は撃ち方を知らなかった。


「おっちゃん、これどうやって撃つの?」


 そう問うと、おっちゃんはこう返す。


「初めに横についてる鉄の棒を引き切って、銃口に弾を詰めるんだ。そっから狙いを澄ましてバーン、だ」


 おっちゃんの言う通り、鉄の棒を引いてみる。だがあまりにも硬く、少ししか動いてくれない。おっちゃんはそんな僕に「力強く引いてみな」と助言をくれた。壊す勢いで思いっきり引くと、カチッと言う音とがなり、その後は軽い力で動くことが判る。手を離すと勝手に戻っていった。言われた通りコルク弾を詰め、狙いを定める。

 パコンッ、と。

 小さな銃声が鳴り響く。狙ったもの目掛けて・・・しかし少し逸れていき、虚空へと向かっていった。思いもしない方角へ飛んでいったことに驚き、暫くポカンと口が閉じなかった。この時にコルク銃は当たらないとわかった。


「ん〜惜しいねぇ。身長がもう少しあれば、乗り出して撃てたかも知れんがなぁ」

 ガハハと高笑いするおっちゃん。生憎、そんなに身長はない。銃を持って撃つのがやっとの身長だった。身を乗り出せるほど、台から身長が余ってない。当たらないことを知り、残った弾を無駄撃ちするか、と適当に撃っていた。景品に命中することも度々あった。景品には当たれど、落ちる様子もない。残り一発になった時、背後から声をかけられる。


「ねぇ、撃たせてもらっていい?」


 振り返ると、高身長な浴衣姿の女の子だった。髪はセミロングぐらいの長さで、片手には水風船を持って、頭には狐のお面をつけていた。年はどれぐらいだろうか。少なからず、大人びたように見える。母よりは断然下だろうが・・・。

 母はその女の子に対し、止め始めた。これは僕が撃つ弾だ、と。だがどうせ当たらない弾だ。僕は無駄に弾を撃つぐらいならと思い、浴衣の彼女に渡す。母は「いいの?」と僕に確認を取ったが、僕は銃を構える彼女をみていた。

 台から乗り出し、片手でしっかりと構えた銃。その銃口は僕が狙った景品に向けられていた。彼女は片目を閉じ、呼吸を整えた後、引き金を引く。



 先ほどと同じ銃声が響いたが、しかし弾丸は確実に景品を撃ち落とした。

「へへーん、どんなもんよ!」

 彼女は得意げになった。おっちゃんも、そんな彼女の腕前を見て、おぉ、と景品を手渡しながら言葉を漏らす。

 浴衣の彼女は撃ち落とした景品を僕に渡す。

「祭りは楽しまないとねっ」

 可愛げにウインクしてそう言うと、彼女は別れを告げて人混みの中へと消えていった。よくよく思えば、浴衣なんて着ているんだから友達の元へと戻ったと考えるのが妥当だろう。そんな思考さえさせてくれないほど、彼女の構えて撃つ姿に感動した。


 そんなことより遠くからは分からなかったが、景品がタブレット柄の絆創膏だったとは。一体どうして・・・。

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