第壱話

「――大したモノだな、この『世界』とやらは」

 玉鬘たまかずら綾女あやめは唐突に呟いた。

 相も変わらず朱のひとえの上から薄紫の覆水干、僅かに青みがかった紫の袴という服装で、紫色で装飾された白狐面で顔を隠し、身動ぎ一つせず正座していた。

 側仕えという名の警護をしている女性達は同時に頭を下げた。こちらは綾女の如く動かず休まずとはいかないので、二人ずつの組に分けて十二時間毎に交代していた。現在、即ち月曜日午後の担当は玉鬘椿つばき優里ゆりの二人である。交代は午前午後それぞれ零時に行われるので、二人の担当時間になってからまだ五時間ほどしか経っていなかった。二人共巫女装束に身を包み、赤で装飾された白狐面で顔を覆っていた。

「紫音はやはり、シャーロック・ホームズになったと見て間違いないようだな?」

 綾女は尋ねたが、質問と言うより寧ろ確認だった。その必要もない確認。

「はい、綾女様」

 椿は簡潔に答えた。綾女がそれ以上の答えを求めている訳ではないと分かっていた。

「……彼奴がホームズなのは前々から分かっていたこと故別に気にもせぬが、馬車で駆け回るのはどうにかならんのか。今を西暦何年と思っているのか」

「お言葉ですが綾女様、彼女の馬車は魔術具です。普通の自動車よりはこの町らしいのではありませんか」

「ふむ……確かにそういう見方も出来るか。私は少々『時代に合わせる』ということを重視し過ぎるきらいがあるな」

 綾女は自虐的に言った。数年前、昔馴染の龍神に言われた言葉そのままだ。綾女としてはあくまでも冗談のつもりだったのだが、彼女以外の二人にはそう思われなかったらしく、慌てた様子で否定するのを見て少し可笑しく思った。

「それで、町の様子はどうだ。奴の影響は如何程だ?」

「幾らか変更が起こった所はありますが、市民生活に大きな影響はありません。現状最も逼迫した問題は例の『敵性』の件か、連続殺人事件かと」

「前者に関しては、神衛隊の方で何やら対処するつもりらしい。後者についてはまことに一任している。何れにしても、私に危害が及ぶこともあるまいから、側仕えなぞせずとも良い。するだけ無駄だ。下がれ」

「御意」

 二人の白狐は深々と頭を下げてから立ち上がった。


「はぁ……」

 拝殿から出るなり、椿が溜息を吐いた。

 優里も気持ちは同じだった。

 二人とも、玉鬘綾女直属の部下である『白狐』の一員だ。同時に、魔術連盟が保有する武力である『神秘防衛隊』の一員でもある。武力と言っても、その力が市民に向けて振るわれるわけではない。市民の生活を脅かすモノ、敵性を排除するのが仕事だ。

 しかし、この街がここまで敵性の溢れる場所となったのは、他ならぬ橋姫はしひめ紫音しおんが原因だ。優里にとっては母の従姉妹であり、椿にとっては古くからの友人である彼女がそのようなことをしたのにも、何か理由はあるらしい。しかし、その理由というのを知るのは綾女と、紫音のパートナーである若菜わかな樹里じゅりのみだった。

 その紫音が白狐としての仕事をしないのは一体どういう了見なのか、そして何故綾女がそれを許しているのか、二人には全く理解出来なかった。ただし、理解する気も無かった。

 綾女が良いならそれで良い。言及しても召喚しないなら、白狐が気にすることではない。同僚として多少は気にかけるべきかもしれないが、少なくともどうこう言う必要はない。

 あくまでも、主人の命令に忠実に。それ以上のことは求められていないし、こちらからも求めない。それが白狐の務めだと信じている。

 二人は自分の思いを内に秘め、駐屯地へ戻った。すると、一人の男が入口付近に立っているのが見えた。

「玉鬘椿大尉殿ですね? 私は夏山市警察の帆吹ほふきすぐる警部です」

 男は警察手帳を提示しながら言った。

 優里は拝殿からずっと白狐面を着用していたままのため、それが誰であるか帆吹警部には分からなかっただろう。

「私が玉鬘椿ですが、何か」

 椿はつっけんどんに答えた。

「実は、先日から起こっている連続殺人事件のことなのですが……」

「それがどうかしましたか? 綾女様が何も仰らない以上、我々が捜査することはありませんが」

 何日か前にもそういう要件で警察が来たことがあるので、またそれだろうと考えて答えた。その時来たのは礼堂という別の警部だったが。

「いえ、そうではなくてですね。実は、先程発見された被害者がこちらの隊員ではないかと……」

「何ですって? 何を根拠に?」

 尻すぼみになる帆吹警部の言葉に被さるように、椿は驚きの声を上げた。

「白狐面です。被害者は顔が切り刻まれていて完全に判別不能ですが、その上から白狐面が」

「すぐに確認します。その後でまた連絡します」

「わかりました。その際は礼堂にお願いします」

 帆吹警部は帰って行った。

 駐屯地には当直の班を除いて誰もいなかった。

 神秘防衛隊、通称『神衛隊』は、魔術連盟において、陸海空軍に準ずるということになっている組織ではあるが、軍隊ほど規律に厳しくない。玉鬘綾女直轄部隊である『白狐隊』もまた同じだ。駐屯地にいなくとも非常呼集に応じられるのであれば良いということになっている。勿論当直は別だ。

 そもそも軍隊と呼べるほどの規模も無い。この夏山駐屯地内に駐在している白狐隊が椿の小隊だけな程だ。というのも、この街にいる白狐の殆どが椿の小隊員だからなのだが。

 それ故、椿が非常呼集をかければ全員揃う。しかし――

「一人足りない……」

 帆吹警部の言っていたことが現実味を増す。

「いないのは誰?」

七島ななしまれい少尉です」

 一人の中尉が答えた。

 七島玲少尉は、普段からこの事件について関心を持っていた。もしかすると、勝手に調べに行ったのかもしれない。椿はそう思った。

 その時、映像通信が届いた。椿はブリーフィングルームのモニターに表示した。

『知らせは受け取ったか?』

 画面の向こうで、神衛隊の制服を着た女が言った。尤も、元々は紺色だったはずが真紅になっているし、下衣は本来のスラックスではなくミニスカートになっているのだが。覗き込むと発狂するとすら噂される、恐怖のスカートである。そんな改造制服の上から赤いコートを羽織っている。

 画面内の人物が女性であることは体格や声から間違いないが、その顔の上半分は、やはり真紅の仮面で覆われている。仮面には、中心に燃える目のようなものをもった五芒星が描かれていた。

「はい、奈以亜ないあ少佐」

 奈以亜瑠羅るら少佐。神衛隊きっての戦士である。その圧倒的な戦果により、他の隊員からも一目置かれていた。その一方で、衣服を赤に拘ることと、制服を勝手に改造するなどの不遜さ、支配者然とした態度などから『赤の女王Queen in Red』という二つ名を付けられている。本人はそれなりに気に入っているらしいという噂である。

『なら話は早い。誰だった?』

「七島少尉のようです」

『そうか。これは……私達わたしが出るしかないかも知れん。君達は手を出すな。これ以上無用な犠牲者を出すことは容認出来ない』

「ですが、綾女様は誠氏に、つまり白狐に一任すると仰りました」

『そうは言うがね、君はあの七島玲を近接戦闘で殺せる奴を相手にして、何か勝算があるのか?』

「いえ……。少佐ならやれますか?」

『やれるさ。私達わたしを誰だと思っているのだ?』

 瑠羅は笑った。

「訊くまでもありませんでしたね。捜査を警察に任せて大丈夫でしょうか」

『警察もそこまで馬鹿ではない。自分達の手に余ると分かれば、ホームズの力を借りるはずだ。というより、誠が手を出すならホームズは否応無く巻き込まれるだろう』

 椿が不安気に発した問いを、瑠羅は一蹴した。しかし、椿の不安は払拭されなかった。

「寧ろ橋姫紫音ホームズの方が信用なりませんが」

 椿は、旧友だからといって容赦することはなかった。

『以前の奴よりは余程役に立つだろう。英霊再来をあまり舐めないほうがいい』

「! 失礼致しました」

 椿は慌てて頭を下げた。英霊再来を、という言い方をしたということは、そこには瑠羅を含むはずだ。何の再来かは椿にも分からないが。彼女の機嫌を損ねれば味方であっても死を免れない、とすら言われる彼女が相手であれば、歴戦の玉鬘椿大尉といえども綱渡りのようなものだ。

『構わない。こと犯罪捜査において、奴は我々よりも専門家だ。素人が出張っても足を引っ張るだけだろう。奴が見付け出し、それを私達わたしが叩くか、或いは奴がそのまま捕らえるか。何れにせよそれで終わる。椿隊には寧ろ他の敵性の対処をしてもらいたい。霧が濃くなるにつれて、また活発になってきたようだ』

「は。おまかせください」

 瑠羅は満足気に頷いた。通信はそれで終わった。椿は小隊の方へ向き直った。

「……聞いての通り、我々は敵性の処分を行う。いいね?」

「今のが……赤の女王とも謳われる奈以亜瑠羅少佐ですか……?」

 一人の少尉が尋ねた。

「そうだよ。そうか、君達は初めてか」

「はい」

「無理もないね。この春に入隊したばかりなんだから。どうだった?」

 この春に入隊したばかりなのは椿も同じだが、彼女にはそれ以前の活動があったので、奈以亜瑠羅とはもっと早い段階から知己だった。

 しかし、初めて会った時の感触は未だに覚えている。忘れることが出来ない。

「何というか、画面越しなのにオーラが伝わってくるようでした。或いは魔力でしょうか」

 少尉が答えた。流石に画面越しに魔力が伝わってくるはずはない。だが、そう思わせる程の気迫が彼女にはあった。

「あの仮面の下はどうなっているんですか?」

 別の少尉が声を上げた。

 椿は肩を竦めた。

「さあね。色々噂はあるけど、一番もっともらしいのは『顔の傷を隠してる』ってやつかな。女性だから、そういうところ気にしてるかもしれないし」

 そう答えた椿にも、尋ねた少尉にも、あの奈以亜瑠羅が顔に傷を受ける情景は浮かばなかった。


 映像通信を切った瑠羅は、自身の装備を検めた。すぐにでも次の仕事に取り掛かるつもりだった。

 彼女がいるのは、大鏡の山と呼ばれる、郊外の山である。そこに、場違い極まりない西洋風の見事な城があった。その中の窓のない一室が、彼女の通信室だった。照明の類も備え付けられていないので、明かりと言えば通信機の画面ばかりだ。

 椿にはああ言ったが、彼女とて警察を信用しているわけではない。寧ろ、神秘が絡めば何も出来なくなる無能だとすら思っていた。今回の件にしても、よくてホームズ頼み、最悪ずるずると無為に時間を使っていることだろうと予想していた。

 だから、警察よりも先に自分でホームズに依頼してしまえという算段である。

 確かに瑠羅自身も頭は回る。その気になれば犯人を探し出すことも不可能ではないかもしれない。しかし、彼女にその気はなかった。

 瑠羅にとって、その頭脳はあくまでも兵士として状況を分析したり、戦略を立てたりするためのものでしかなかった。それ以上のことに使いたくなかった。

 それが逃避であることは無論理解していたが、自分に歯止めが効かなくなるよりはマシだと思うことで誤魔化してきた。

 今回もそれを続けるだけだ。

「とはいえ、私達わたし自身が行って警察とばったり出くわす、などという状況は避けたいからな。橋姫ならその辺りも上手くやってくれるだろうけど、念には念だ。夜鬼ナイトゴーント!」

 暗闇に向かって呼びかけると、どこからともなく異形が一体現れた。ソレは所謂のっぺらぼうで、蝙蝠の羽と細長い尾を持つ、人型の、或いは悪魔のような黒い怪物だった。

「お前を中継器にして会話するから。行け」

 瑠羅が手を振ると、夜鬼は飛んで行った。窓がないので扉から。城内を飛び回って出て行くつもりだろうか、と少し思った。

 見るからに敵性扱いされ得る怪物ではあるが、街は今濃い霧が立ち込める季節で、夜鬼が空を飛んでいたとしても、それが見える者はいなかった。そもそも、何も見えないのにわざわざ空を見上げる人もそうそういないのだが。何方を向いても霧ばかりだ。

 瑠羅は手近な椅子に腰を掛け、目を閉じた。しばらくすると、先程の夜鬼と感覚の経路パスが繋がった。

 思った通り、橋姫紫音は警察を追い出していた。警察が先に来ているなら別に来なくてもよかったかもしれないと思ったが、折角ここまで準備したのに帰るのも馬鹿馬鹿しかったので、そのまま紫音と会話することにした。同居人が三階へ上がるのを待ってから、声を掛ける。

「久しぶり」

「そうだな、君が神衛隊に入ったとき以来だから、六年ぶりか。本部の外で会うのは実に八年ぶりだ」

 紫音は目を合わせずに応じた。

「そんなどうでもいいことをよく覚えてるな」

「あらゆることを記憶しなければ私の仕事は成り立たない。それで、どんな厄介事を持ち込むつもりだ?」

「例の事件。五人目の被害者の身元が分かったから知らせに来た」

「七島玲」

 紫音は何でもないことのようにさらりとその名を口にした。瑠羅は思わず絶句した。

「当たったらしいな」

 紫音は一瞬だけ笑ってそう言った。

「推理したのか、どうやって」

「被害者が白狐だという時点で、私には彼女の顔が浮かんだ。それだけだ」

「なるほど、流石は世界最高の探偵の再来と言ったところか。警察も来ていたみたいだし、捜査するつもりなんだろう? ついさっき白狐共に、君に任せるよう言ったところなんだが」

「勿論、引き受けた事件は捜査する」

「何か分かったら連絡を。もし強力な敵性だったりしたら私達わたしの出番だ」

「分かった」

「ところで誠はどうした? 綾女が彼に命じたって聞いたが」

「ずっと前に帰った。忙しいんだろ」

 あからさまに帰って欲しそうにしているので、何か理由を付けて居座ってやろうかという気持ちがちょっと起こったが、今彼女の機嫌を損ねても何もいいことはないので、刹那的な楽しみは我慢して夜鬼を帰還させた。

 その間に、瑠羅は通信室を出て、大きな円卓の置かれた広間へ向かった。

 そこには四人の男がいた。瑠羅が預かる中隊に所属する人間は彼らだけだ。

「集まってくれて感謝する」

 瑠羅は口を開いた。

「本来であれば、君達のような新米士官の初陣はもっと容易い任務なのだが、残念ながら折り悪く緊急敵性が発見された。吸血鬼だ」

 男達の間に動揺が走った。

「吸血鬼は、知っての通り強力な魔物だ。一方で、始祖でもなければ多くの弱点を持つことでも知られる。しかし、この度現れた個体は始祖の眷属で、非常に始祖と近い生態をしているという。通常の吸血鬼対策では歯が立たないと思って貰いたい。また、今回の作戦は非常に困難なものとなることが予想されるため、従事した者全ての昇進を約束して貰ってある。従事しただけで一階級、戦果に応じて二階級も有り得るとのことだ。この機会に給料を増額させるのも悪くないだろう」

 男達の顔にやる気が満ちた。今は少尉の彼らも、二階級昇進すれば大尉だ。そうなれば自分の中隊を持てるし、給料も大幅に変わる。

「それから、本作戦には空蝉うつせみ郁花ふみか大佐の連隊も出動する。というより、本作戦の主体は空蝉連隊であって我々ではない。郁花から支援の要請があったというだけだ。そのため、我々はまず夏山駐屯地へ向かわなければならない。集団行動は私達わたしが嫌いなので、各自ヒトフタマルマルまでに夏山駐屯地第三航空機格納庫前に集合すること。以上」

 隊員達は、サッと敬礼して速やかにその場を立ち去って行った。

「……一人でも生き残れば上出来だな」

 誰もいなくなった円卓の間で、ポツリと瑠羅は呟いた。

 だいたい、空蝉郁花大佐の連隊は、この地域で一番大きな部隊だ。他は全て中隊だから。それが手助けを求めてくるほどなのだ。たかが中隊一つで何が出来ようか。

 郁花が求めているのは、奈以亜中隊の支援ではなく、奈以亜瑠羅少佐の支援なのだ。瑠羅もそれを分かっている。だが、神衛隊という組織は、瑠羅が一人で行動することを許しはしない。

 瑠羅は溜息を一つ吐き、肉体を非物質化した。肉眼では見えないほど小さな粒子に変わった彼女は、壁も気流も無視してまっすぐ駐屯地へ向かった。

 空蝉郁花は、すでに集合場所にいた。瑠羅はその後ろで体を再び物質化し、歩み寄って声をかけた。

「やア、お望み通り手伝いに来たよ」

 その口調は下の階級の者や、橋姫紫音に対して使っていたものとは違う、フランクで穏やかなものだった。実際のところこちらが素であり、先程のは仕事用に意識的にやっているものでしかない。その点郁花は仕事如何に関わらず普通に話せる、唯一の友人と言ってもよかった。

 声をかけられた郁花は振り返り、瑠羅の姿を認めるなり破顔した。

「来てくれて嬉しいわ、瑠羅」

「君に頼られてこちらも喜ばしい限りだよ、郁花。いや、夏山地域連隊長、空蝉郁花大佐、と呼ぶべきだったかな」

「やめて。却ってムズムズする」

 瑠羅は笑った。

「相変わらずだな、君は。それにしても、あの世間知らずのお嬢様が今や大佐とはねえ。大出世だ」

「まだまだよ。せめて将官まで出世して本部勤務にならなきゃ、お父様は私を認めないわ」

「気持ちは分かるけど、焦りは禁物だ。嗚呼、だからあんな条件を付けたのか」

「そうよ。今度こそ昇進に相応しい成果を出さないと……」

「しかし、君のお父上はきっと君のことは見てないと思うがね。君のお兄さん達の代わりくらいに思っているんじゃないか?」

「それもわかってる。でも私にはこれしかないの」

 思い詰めたように言う郁花を見て、瑠羅は少し気の毒に思った。その努力が報われることは決してないことを察して。

「……まあ止めはしないよ。でも、気を付けた方がいい。君のお兄さん達の話だが、次男と長女は昔MAFIAに行って死んだ、長男が先頃不審死を遂げた、そうだったね?」

「そうよ。それが何か……?」

「この長男の死亡事件、事件と呼ばせてもらうよ、犯人はMAFIAじゃないかと言われているのは知ってるかい?」

「ええ」

 話の行く先が分からず、郁花は怪訝そうな顔をした。

「MAFIAが空蝉家の次期当主に一体何の関係があったというのか、という話でね。私達わたしは、死んだと言われている次男か長女の仕業じゃないかと思っている」

「まさかそんな……」

「彼らが死んだというのも、所詮MAFIAから流れた噂に過ぎない。実はどちらかが生きていて、報復と家の乗っ取りのためにお兄さんを殺したとしても何ら不思議はない」

「報復?」

「そう、報復だ。私もこの件を受けて色々調べてね。娘の君の前で言うのも何だが、次男の大輝だいきも長女の茉莉花まりかも、父親から酷い虐待を受けていたらしい。それが彼らのMAFIA行きに繋がったという。力を付けて復讐に及んだとしてもおかしくはない」

「何を根拠にそんな……」

私達わたしならそうする」

 瑠羅はきっぱりと言った。

「次は君だ。そして最後に父親。母親が既に亡くなっている以上、本家の相続者はもういない。そこで自分が『実は生きてます』って調子で名乗りを上げる。お分かり?」

「………」

「次男の大輝だと言われた死体も、長女の茉莉花だと言われたものも、損壊が激しかったから身元の特定は所持品を基にして行ったらしい。そんなものいくらでも偽装が可能だ。くれぐれも気を付けてくれ」

「……わかったわ」

 郁花は力なく応えた。

 暗い空気を拭い去るように、瑠羅は明るい声を出した。

「作戦開始はいつ?」

「フタマルマルマルよ。それまでに周辺住民には避難して貰う」

 瑠羅は口をへの字に曲げた。

「間に合うかね」

「間に合わせるわ」

 郁花がキッパリと答えたので、瑠羅はそれ以上追求しなかった。

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