根本的に人でなし

竜山藍音

第零話

 その頃、夏山市には濃い霧が立ち込めていた。

 地球の魔力とも呼ばれる根源魔力エーテルが大量に湧き出し、霧という形を以て地上に留まっていた。

 その濃霧の中をバイクで駆け抜けるというのは無謀な行為であったが、彼女にとっては何のことはない簡単な行動でしかなかった。彼女は特殊な感覚器官を持っており、どんなに視界が悪くても何かを見落としたりすることの方が難しかったから。

 だから、道の端に落ちているそれを見つけるのも自然なことだった。

 遠目に見た限りでは、具体的に何か分からないにせよゴミか何かのように見えた。だが、だとすればこの血の匂いに説明がつかない。体中の血液が全て出ているかのような濃密な匂いに。

 彼女はバイクを停め、それの傍に歩み寄った。果たしてそれは、一見それと分からない程バラバラに解体された、若い女性の死体であった。

「おい、そんなところで何をしている!」

 男の声。聞き覚えはなかったが、その正体に大凡の見当がついた彼女はコートの下の服を相応しいものに作り変えた。そして徐ろに立ち上がると、振り返って男の姿を検めた。やはり警邏中の巡査である。

「やあご苦労様」

 場違いに明るく声をかけた。

朝凪あさなぎ殿でありましたか。……これは一体?」

 駆け寄って来た巡査は彼女の顔を見るなり態度を軟化させ、その背後に散らばった死体を見て、今度は緊張の面持ちになった。

「そちらで処分なされた敵性でしょうか」

「……いや、そういう報告は上がってない」

 彼女は指先をこめかみに当てて少し考えるような素振りをしてから答えた。情報部のサーバーへアクセスしてみたが、実際そのような報告はない。たまたま彼女が聞いていなかっただけという可能性は排除された。

「と、いうことは……」

「この町の魔術師による殺人。或いは敵性、それも知性の高い魔物か魔人による被害。現時点ではどっちともつかないね。情報部僕らで対応してもいいけど、僕もたまたま今見つけただけだから、今回は警察に任せようかな」

 と言っても、夏山市警を管轄しているのはその情報部なのだが、上の者が出しゃばって来るよりは、適切なところに任せた方が後々に禍根を残さないだろう。ただでさえ彼女は出しゃばりで、ちょくちょく自分で物事を解決させてしまうのだから。

「かしこまりました。直ちに応援を呼びます」

「うん、そうして。礼堂れいどう君あたりが適任だと思うから。それと巡査、誰が聞いてるか分からないんだ。中央統制室以外の場所ではコードネームで呼んで欲しい」

「は、失礼致しました、『オブシディアン』殿」

 彼女は満足気に頷くと、再びバイクに跨り颯爽と走り出した。その顔は巡査に向けていたものとは打って変わって、極めて厳しい目つきをしていた。


 一時間後、彼女は魔術連盟情報部の中央統制室に到着した。彼女がここに来るのは比較的珍しいことであり、普段からそこで勤務している者達は驚きの目で迎えた。

「ひょっとして魔人の案件ですか?」

 NASAの管制室の如き部屋でコンピュータの一つに向かっていた女性の一人が声をかけた。

「まだ分からない。可能性はあるけど、他の可能性と同等かそれ以下くらいのものかな。ただ、もしそうであってもそうでなくとも、放置するわけにはいかない事件だね。取り敢えず初動捜査は警察に任せたけど、さっき見たものの画像を送信しておくから、確認しておいて。後、情報封鎖をお願い」

 女性は頷き、送信されたファイルを確認した。

「……これは、酷いですね」

 画面に表示されているのは、先程の死体の写真だ。顔は無惨に切り裂かれ、手足はそれぞれもぎ取られ、さらには腹が割かれて内蔵が挽き肉のようになって散らばっている。それ以外にも無数の切り傷があり、まともなところはどこにもなかった。

「でしょ? 敵性の痕跡が無いようならそのまま警察に任せるけど、また同様の事件があったら同じ様に対応して」

「わかりました」

 女性は再びモニターに向かった。

 彼女はまた満足気な表情を浮かべると、何処かへ転移して消えた。

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