第44話 綿花の収穫と糸紡ぎ
晴れた秋の午後。少し日差しも落ち着いてきた。緩やかに冬へ向かうだろう。
私は編みかけの靴下をテーブルに乗せると、窓を開けて空を見上げた。これくらい天気がいいなら、綿花も乾いているだろう。
リオくんは店にはいない。遊びに行くと言って、町へ行ってしまった。きっとどこかの困っている人を助けたりしているのだろう。よく、旅人を案内したり、子どもたちの世話をしていると聞いている。いい子だなあ。
リルラちゃんとも仲がいい。喧嘩もしているけど、どこか二人にしかない雰囲気を感じることがある。意外と付き合ったりしてね。なんて。
リルラちゃんか。彼女のスキルを知ったけど、今でも変わらず接している。監視人だとしてもだ。リルラちゃんはリルラちゃんだし、むしろ監視人がリルラちゃんでほっとしている。監視されていると思うと緊張するんだよね。でも、あのリルラちゃんなら気負わずにいられる。彼女の方も、あれから変わったそぶりは見せない。それでいい。
「ムー、スー。そろそろ綿花を収穫しようか」
そう。秋に入って綿花の実ができたのだ。実が割れて、白いコットンが顔を出している。とうとう収穫できるのだ。わくわく。夢がまた叶うね。
まだ暑いので、麦わら帽子をかぶって外へ出る。ムーとスーがついてきた。
空は青く透き通り、秋の雲がキャンバスいっぱいに広がっている。わたしは思わず目を細めて、しばらく空を見上げた。
綿花の畑へ向かう。まっすぐ伸びた茎。パックリ割れた実の中から、白いふわふわしたものが顔を覗かせている。あれがコットン。よく晴れたので、乾いている。埃がつく前に収穫しよう。乾かさないでもいいかもね。
「ご主人さまー。ふわふわで気持ちよさそうですね!」
「なんだか可愛いですわ」
ムーとスーがはしゃいでいる。わたしもテンションが上がっているよ? だって初めての収穫だからね。そんでとうとう紡いで糸に……ふふふ。
「よーし。収穫していこっか!」
「おーです!」
「おーですの!」
三人(?)で拳を上げる。ではでは、収穫していきましょう。まあ、もう割れて顔を覗かせているので、とりやすいけどね。あっでも、実の皮が硬いらしいからケガをしないように言われていたっけ。慎重に採っていこう。
白い綿をとりだして、カゴにぽんぽん入れていく。もちろん、ケガをしないように。真っ白なふわふわさん。とっても可愛い。
まだ実が割れていない綿花もあるので、それはまた次の収穫かな。
「アーレンスにも見せたかったなあ」
と、ふと口をついてしまう。アーレンスも綿花が育つの楽しみにしていたから、見せてあげたかったな。そうだ。今度手紙に一個コットンを同封しようかな。
あれからアーレンスとは、時々、手紙を送りあっている。学校生活はなかなか楽しいらしい。みんな年下だけど、いい子たちが多いそうだ。
天才と言われてる子もいるらしくて、負けられないって書いてあった。そうよ。子どもに負けちゃダメだからね。
「うん。これくらいかな?」
もう残っている綿花はない。今日はこのくらいかな。カゴを持って店へ戻る。カゴいっぱいの綿花に思わず笑みが溢れた。
「次はどうするのですですか?」
「今度は綿の中の種をきれいに取り除くよ」
綿の中には種が入っている。それを手作業で丁寧に取り除く。専用の道具があるらしいけどね。今回はとりあえず手作業で。
取り出した種はまた来年蒔くことにした。次も楽しみだね。
ちまちまと種をとり出して、きれいなコットンにする。こんもり山になった。
「よーし。じゃ、紡いでいくよ」
ハンドカーダーできれいに整える。ローラグみたいにしたら、準備完了。糸車の登場だ。指で糸状にしたら引っかけて、糸車のペダルを踏んで回していく。
静かに糸車が回っていく。ここからは真剣勝負だ。速さを調節しながら糸を紡ぐ。羊毛とはまた違った手応えが面白い。
さて。今回の糸はどんな魔法は付与されるんだろう? 最近は不思議なことに、編んだり紡いだものにオーラのような色が見えるようになった。色によって魔法付与の種類があって、可視化できるからありがたい。レベルアップでもしたのかもしれない。
今回は真っ白いオーラがコットンの糸にまとわりついている。これは魔法効果倍増の色だ。編んで魔法をかけたら、その魔法が倍になるはず。使い勝手がいいので重宝している。
「なんだか眠くなりましたのー」
スーはくるくる回る糸車に釣られたのか、うとうとしている。ついチラ見して笑ってしまう。可愛いなあ。
ムーも微笑ましそうにスーを見つめていた。そのうちスーがうたた寝を始める。
「よし。できた!」
真っ白なコットンの糸ができあがり。眩く輝く糸が美しい。ああ、嬉しい。自分で作った綿花を収穫して、コットンにして、糸にする。
わたしの夢が、また一つ叶ったんだ。そう思うと感動が胸いっぱいに広がる。
最初、アトラスに憑依した時はどうなるかと思ったけど……なんとかここまでこれた。それはここに住まないかと言ってくれたミヤエルさんや、姉として慕ってくれるリルラちゃん。魔法を教えてくれたグロレアさん。いつも側にいてくれたアーレンス、みんなのお陰でここまでこれたんだ。
「……ありがとう」
口から感謝が溢れる。
この世界に来てよかった。
セフィリナさま、天使さん、ありがとう。
「それならよかったよ」
そんな声が聞こえてきた気がして、振り返る。ミヤエルさんとオルウィンさまがドアの前で立っていた。
「どうも、アトラさん」
「こんにちは」
二人がにこやかに挨拶をしてくる。ミヤエルさんはいいとして、オルウィンさまの変化にはまだ慣れないんだよね。ムーとスーも警戒してるし。
でも、本当に改心したみたい。今は町で積極的に奉仕活動をしているそうだ。
町のみんなも、態度が変わってきたらしい。
「おや。とうとう綿花を収穫したのですね」
「美しい糸だ。御加護がありそうな輝きですねえ」
まあ、確かに魔法がかかってるからね。
「ひと段落されたのでしたら、レストランへ行きませんか? 町の方に用があるので、ついでにオルウィン様とお茶をしようと思っていたところなのです」
オルウィンさまとお茶はちょっと変な感じだけど、改心したんだし、ゆっくり話を聞いてみてもいいかもしれない。オルウィンさまも孤児だったらしいし。ああも金や権力を欲していたのにも理由があるんだろう。
もっと知ってみてもいいのかもしれない。
「きっとリオくんもいらっしゃるでしょうしね」
「そうですね。では、ご一緒させてもらいます」
三人が店を出る。ムーとスーはお留守番だ。また一緒に出かける日も作ってあげよう。
ゆっくりと町へ続く街道を歩いていく。それにしても、さっき天使の声が聞こえた気がしたんだけど、気のせいだったのかな?
最近は会えてないし、またお話とかしたいんだけどな。
けどまあ、見守ってくれてるらしいし。案外近くにいたりして。
それから……セフィリナ女神さまにもお礼を言いたいんだけどな。明日、教会に行って祈りを捧げよう。
「もうすっかり秋ですねえ」
ミヤエルさんの言葉に、近づいてくる町並みと青い空を見る。
さて、綿花も紡げたし、これからどうしようかな。やりたいことはまだたくさんある。あの人生でやれなかったこと、それを、アトラの人生では思いっきりやるんだ。
そうだなあ。これからやるなら……あれとか、それとか。あ、あれも。
溢れてくるやりたいことに、心が躍る。
わたしの人生は、まだこれから。そうだよね。
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