第43話 また会おう


 秋の空は美しい。カルゼインでもうろこ雲が広がるようになった。わたしは相乗り馬車から空を見上げている。

行き先は王都。隣にはアーレンスもいる。


「見送りにわざわざ王都までついてこなくてもいいのに」


「だって、魔法士学校までちゃんとアーレンスを見届けたいんだもん。二年も会えないんだよ」


わたしがチラッとアーレンスを見ると、はいはいとため息を吐く。なによ。わざわざ見送りに行ってるのに。


「まあ、正直、嬉しいけどさ」


と、小さな声で呟いている。聞こえてるよ。だから言ったじゃないの。

嬉しいなら素直に嬉しいって言ってよね。


 魔法士学校に入学したアーレンスは、これから二年ほど魔法士学校へ入る。ナランからは遠いので、ミヤエルさんの知り合いであるトーマスさんの宿にやっかいになるそうだ。


 となると、アーレンスとはなかなか会えなくなる。今までのようにわたしの店に入り浸って、勉強をしたりごはんを一緒に食べたりできなくなるのだ。

やっぱり寂しい。

二年は気軽に会うことはできない。だから、最後にアーレンスが魔法士学校の門をくぐるまで見送りたかったんだ。


 アーレンスも内心緊張しているのがわかる。アーレンスは二十歳を越えているが、魔法士学校の生徒はほとんど十代だ。肩身が狭いのでは、なんて思ったりしてしまう。

まあ、アーレンスは気さくな方だし、年下には兄貴のように振る舞って可愛がることが多いからすぐ打ち解けるような気もしなくはない。

けどやっぱり緊張はするものだ。だからそんなアーレンスを励ましたい気持ちもあった。


「グロレアさん、寂しがってなかった?」


「いつもどおりにしてたけど……魔法書やらなんやら詰めこんで宿に送ってるらしい。意外とお節介なんだよな。あの人」


ツンデレだもんね、グロレアさん。

と言うと、アーレンスは苦笑した。ちなみにツンデレの意味は教えてある。グロレアさんにも教えたら睨まれた。こわい。


「リルラちゃんも泣いてたね」


アーレンスには憎まれ口を叩くリルラちゃんも、今回は目尻に涙が見えた。やっぱり寂しいものは寂しいんだよね。

リオもアーレンスを兄のように慕っていたから、寂しそうだった。


「あのさ、あのオルウィン司祭がいつでも自分を頼れとか言ってきたんだよ……あの人変わりすぎじゃないか?」


アーレンスの力になれると思ったのかもしれない。たしかに最近、炊き出しやらお祈りやらなんやらかんやら動いてやる。天使の神託が効いたようだ。別人のように変わっていて逆に怖いよね。


「まあ、改心しただけマシじゃない?」


「それもそうか。でもやっぱ怖いぞ」


たしかに、ある意味こわい。


「でもアーレンスが出て行く前にかぎ針増やせてよかった。しばらくは作ってもらえないもん。予備があると安心だなあ」


「おまえなあ」


アーレンスが呆れている。だってかぎ針は大事だもん。アーレンス製のかぎ針、使いやすいしさ。

それから数日して、王都に着いた。

宿にはすでに荷物が送られている。グロレアさんのもあったらしいが、トーマスさんが驚いたいていた。


「うちの宿の床が抜けないか心配なんだが……」


グロレアさん、どんだけ送ったの? と思っていたらそんだけ送られていた。何が言いたいかというと、部屋を埋めるように魔法書が積まれていた。これはたしかに床が抜けそう。


「これだけ読めってことか? グロレアさんの鬼!」


アーレンスは悲鳴を上げていた。頑張ってね、アーレンス。

 荷物を整理したりしたらあっという間に夜になった。わたしも宿に一泊した。

翌日、とうとうアーレンスは魔法士学校へと向かう。いろいろと事務処理もあるらしく、入学前に呼ばれたのだ。

わたしは今日で帰る。アーレンスを呼び止めて、ひとつの袋を渡した。


「これ、餞別。いろいろ作ったから、使ってね」


「あ、ありがとう」


と、中から出てくるわ出てくるわ、編み物が。まず、保冷と保温のコースターに、疲労回復の靴下、腹巻き、マフラーと手袋、セーター、えとせとらえとせとら。


「おま、これ、この数さ」


小さな袋にこれだけ入っているのは、アーレンスとわたしの合作魔法道具だ。中身を小さくすることで倍の数中に入れることができる。

便利なのでわたしも愛用中。いつか異次元ポケットみたいなバッグも作ってみたい。


「あーもう。ははは、ありがとう!」


アーレンスは編み物の数に驚きすぎて、笑い泣きしている。わたしも小さく笑った。

最後に笑った顔が見れてよかった。


「じゃあ、頑張ってね」


「ああ。じゃあな」


アーレンスが魔法士学校の門をくぐっていく。

その姿は少しずつ小さくなって、門が閉じると見えなくなった。

わたしはしばらくの間、その場から動けなかった。


 ナランに帰ると、ポストに手紙が入っていた。

アーレンスからだった。消印はない。直接ポストにいれたままだったようだ。

ハーブティーを淹れて、手紙の封を開けて読んでみる。


そこには感謝が綴られていた。

わたしと会って、わたしが好きなことにひたむきに頑張る姿に勇気をもらったこと。

試験勉強中も、見守っていてくれたのが嬉しかったこと。

一緒に過ごす時間がなによりも楽しかったこと。


「本当にありがとう。アトラに会えてよかった。

いつか、立派な魔法士になったらおまえに話したいことがある。

その時は聞いてくれよ。

まあどうせ、ちょくちょく王都に行くだろ?

また会えるよな。

だからさ、また会おうな」


「うん。また会おうね」


わたしはがらんとした店の中で、ぽつりとそう呟いた。

涙は自然と出てこない。だってまた会えるし。


「立派になってくれないと、ほんと困るんだから」


それまでまた会いに行くけどさ。

けど、やっぱり寂しいね。


だから、わたしの編み物でいつでも繋がっていますように。

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