第40話 毛糸の花

 夏は少しずつ陰りを見せてきた。秋の気配が空に広がっている。赤く染まる夕日に照らされながら、わたしは編み物をしていた。

アーレンスに渡すプレゼントを作ろうと真剣にかぎ針を動かしていたら、ムーがトテトテとこちらへやってくるのが見えた。手を止めて、ムーを見る。

ムーはぶんぶんと手を振ってこう言った。


「ご主人さま! マルガレッタさまが来ましたですー」


と、店の階段を上がる音がする。落ち着いたラベンダーのドレスに、白く映えるつけ襟をつけたマルガレッタさまと、侍女のメイちゃんが店に入ってきた。

あのつけ襟は、レオさんがプレゼントするために作ったものだ。気に入ってくれたのだろうか。

マルガレッタさまは扇子をパタパタを仰ぎながら、わたしを見てにっこり笑った。


「アトラさん、お久しぶりですこと」


「マルガレッタさま。どうぞ、おかけください」


わたしはイスをひいて勧めると、キッチンへ立った。ロイヤルカルゼインの紅茶が残っている。せっかくなので、フルーツインティーにしようかな。

ナナミと呼ばれる、夏にできるフルーツを切って、紅茶の中へ投入。じっくり待って、魔砂で冷やせば完成だ。氷のないこの世界では、ものを冷やすのに魔砂を加工したものを使うのが一般的だ。たまに氷が恋しくなる。かき氷とか、食べたいなあ。もう夏も終わっちゃうけど。


「まあ。美味しそう! これ、果物が入っているの?」


わたしがティーポットとカップをテーブルに置くと、マルガレッタさまは興味津々という顔でフルーツインティーを見ている。そういえば、この世界にはフルーツインティーがないんだよね。紅茶を冷やす文化はあるみたいだけど。


会うかなと思って、ナナミのフルーツタルトも切り分ける。

ナナミって本当に美味しくて、わたしのお気に入り。イチゴみたいな見た目が可愛らしいし、瑞々しくて甘いのが特徴的。カルゼインではポピュラーなフルーツだから、よく手に入る。


「フルーツインティーと言います。淹れますね」


保冷効果のあるコースターの上に、ティーカップを置いてフルーツインティーを注ぐ。ポットに残ったナナミをティーカップにそっと入れたら、出来上がり。

コップにフルーツインティーを淹れて、御者の方にも振る舞う。なんだか女神を見るような目で感謝された。こんな時期に馬車を動かすのも大変だしね。

おつかれさまです。


「それで、どうしたんですか?」


わたしがそう聞くと、マルガレッタさまはフルーツインティーを一口飲んだ。


「今回はメイが貴女に用がありますの。後で謝ることもありますし」


謝ること? 聞きたかったけど、ちらとマルガレッタさまがメイちゃんを見る。

メイちゃんは頷いてみせると、わたしをしっかりと見た。


「あの、アトラさん、ありがとうございました!」


メイちゃんはポニーテールをゆらしてそう言った。


「アトラさんの作ってくれたケープを毎日着ていたんです。そしたら、だんだん重かった体が軽くなって、寝込むこともなくなって。おかげで毎日、マルガレッタ様のお側にいられるようになりました。本当にアトラさんのおかげです」


そっか。わたしの加護が聞いたんだね。たしか、付与された魔法は回復魔法だったっけ? 虚弱体質だったメイちゃんの体を治したのかもしれない。


「そっか。それはよかった。元気になって、わたしも嬉しいな」


「はい。で、あの、なにかお礼ができたらって思ってるんですけど」


「メイちゃんが元気になってくれるだけで嬉しいから、いいの。これからも、マルガレッタさまの側にいてね」


「アトラさん……! ほ、本当にありがとうございます! そして、ごめんなさい!」


もう一度、メイちゃんのポニーテールがゆれた。


「あ、あの、わたし、オルウィンさまに話しちゃったんです。そのう、アトラさんのケープのおかげで元気になったこと」


ああ、オルウィンさまね。ちょっと探りでも入れてきたのかな?


「あの方、アトラさんに変なことをしなければよいのですけど。なにかあったら、すぐにあたくしたちに連絡してください。できる限りのことはしますわ」


「ありがとうございます」


うーん。本当になにもなければいいけどね。わたしの加護の力を知ったらどうなるのか。聖女にでも祭り上げて、次期法王の座を狙うのかな。

利用されるのはわたしでも腹が立つ。

 あみぐるみゴーレムでも増やそうかなと考えている。この前、リオくんとリルラちゃんを脅したっていうし。リオくんにもしものことがあってはいけない。

なにかあれば、マルガレッタさまの助けを呼ぼう。遠慮なく。


「わあ、これ、ひまわりですか?」


メイちゃんが、商品棚からあるものを見つける。毛糸で作った花だ。そう、ひまわり。夏と言えばひまわりでしょ! って、懐かしくなったので作ってみたのだ。この毛糸の花シリーズも、なかなか好評。店や家に飾ってくれたり、アレンジしてブローチなんかにする人もいる。

今度、光る毛糸の花を作ってみようかな……って、目立ったらダメじゃない。


それにしても、ひまわりをメイちゃんが知っているなんて。カルゼインにはない花だと思うんだけど。


「わたしの故郷の村に、たくさん咲いているんです。はるか昔に村に来た、加護持ちの勇者さまが種子を譲ってくださって。夏にはきれいなひまわり畑になるんです」


「加護持ちの勇者?」


 ひまわりの種子を持っているなんて……もしかして、その人って。


「あの、一つ買ってもいいですか?」


「あ、うん。もちろんいいよ」


「もう暗くなりましたわ。メイ、そろそろ帰りましょう」


「あ、メイちゃん。今度、その勇者さまの話聞かせてくれる?」


「もちろんです!」


夕方になり、薄暗くなってきたところで、二人は馬車で館に走っていった。

きっとナランの家の方だろう。しばらく滞在するのかもしれない。


 わたしはぼんやりと、入り口から日の落ちる様子を眺めていた。


「アトラ? お客さん帰ったのか?」


リオくんが二階から顔を出す。マルガレッタさまのような方に会うのは緊張すると出てこなかったのだ。まあそれに、女の子三人だし気を遣ったのかもしれない。



「なんかあった?」


「うん。ちょっとね」


わたしは笑顔を見せると、ドアを閉めた。店の明かりをつける。


 もし、自分と同じような存在がこの世界にいたとしたら……。

不思議なことに、その後について考えが浮かばなかった。わたしはどのみち、死ぬ運命だったのだ。それが今、セフィリナ女神のお慈悲で新しい生を受けている。お母さんやお父さんのことが心配なのはあるけど、今更帰るという気が全くしなかった。

ここでの生活は本当に幸せだ。死と向き合う辛い日々も、苦しみの中の死もかなり薄れてきた。

大好きだった編み物ができる毎日。夢だった糸紡ぎのできる日々。そして優しい人たち。


今はここにいたい、と心が訴えている。


でも、ちょっとだけ気にもなるんだ。もし、自分と同じような人がいるなら……なんて。


「ひまわりの毛糸の花、また作ろうかな」


メイちゃんが買っていったからね。夏の終わりを告げる空。本物のひまわりを久しぶりに見てみたくなる。

でも、やっぱり、ここが好きなんだ。

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