第41話 聖女になれば

「じゃ、いってきまーす」


リオくんが、あみぐるみゴーレムと一緒に店を出ていく。そのままミロ森へと走って行った。わたしはリオくんが見えなくなるまで見送ると、畑へと向かった。

秋も近づいて、新しい野菜の種を蒔いたところだ。玉ねぎに大根、じゃがいも。

食べれるようになるのが楽しみ。

暑くなる前に水やりをして、雑草避けの魔砂を畑の周りにかける。

ムーとスーと共に、夏野菜を収穫だ。


「ご主人さまー。今日もたくさんとれましたですですね!」


「秋の野菜もたくさんとれるといいですわね」


「そうだね」


ふ、と気配を感じてわたしは振り返った。オルウィン司祭がにやにや笑いながら、立っている。あ。ムーとスーが喋ってるところ聞かれちゃったよ。


「オルウィンさま。どうもおはようございます」


ムーとスーがわたしの前で仁王立ちしている。守ってくれているのかな。可愛い。


「おはようございますねえ、アトラさん。可愛いゴーレムさんたちも」


ムーとスーはそっぽを向く。そんな二人にオルウィンさまはまたにたりと笑った。


「少しよろしいでしょうか?」


「今、野菜の収穫をしているので」


「なら、そのまま聞いていただけると嬉しいですねえ」


そうですか。どのみち話すんですね。

逃げられないので、ため息をついて野菜に向き直った。オルウィンさまは近づいてきて、わたしの隣で立ち止まる。


「やはり貴女は、加護持ちなのではないですか? 意志を持つゴーレムに、病気を治す力。どう考えても、ふつうのスキル持ちにはできませんよ。魔道具士だとしてもね」


「わたしは、ただの魔道具士です。それ以上なにもありません」


「そうですか」


「残念です」とオルウィンさまは呟いた。


「それほどまでに、否定するとは。貴女の力は神にも匹敵するのですよ。使い方を考えれば、人を救えるし自分も幸せになる。もったいないと思いませんか?」


「今でもみんなを元気にできますし、幸せです。加護持ちなんて肩書き、わたしには必要ではありませんから」


「貴女の力を持ってすれば、聖女になれば、地位も名誉も金もなにもかもが手に入るのですよ!」


オルウィンさまの声が荒くなる。わたしはくすりと笑った。

そんなわたしを、オルウィンさまは驚いた様子で見ていた。笑った意味がわからないようだった。


「わたしには、地位や名誉も、お金もそれほど必要ではありません。わたしはただ……ゆっくり編み物をして、糸紡ぎに熱中して、のんびり生活できれば幸せなんです。その地位とか名誉って、今のわたしにとっていいことがあると思います?」


オルウィンさまはぽかんとした顔でわたしを見つめている。理解できないようだ。それほど彼には地位や名誉が、金が当たり前なのだろう。

わたしのような生き方など、想像できないのだ。


「しかし、金があればなんでも手に入る! 名誉は格下へ見せつけられる! 地位があれば何者にも蹂躙されない! 貴女ならわかるはずでしょう、孤児として貧しい生活を送り、惨めに」


「わたしの人生が惨めだと、勝手に決めつけないでください!」


わたしはそう言って、オルウィンさまを睨みつけた。若干殺気も送っている。

オルウィンさまはわたしの剣幕に、言葉を止める。


「精一杯生きてきた人生を、他人に惨めと言われる筋合いはありません。あなたの人生は惨めだったのかもしれませんね。オルウィンさまも孤児だった話は聞いています。あなたが惨めだったとしても、同じにしないでください。わたしは精一杯生きたんです。そしてここまできたんですから」


そう。病気になって、足掻くこともできずにわたしは死んでしまった。でも、惨めだと言われたらそうじゃないって言える。懸命に生きた日々を、わたしは否定したくない。そこから続いてきたこの生き方を、馬鹿になんてしたくない。


 アトラスだってそうだ。孤児に嫌気が差して飛び出したけど、でもそんな過去があったから強く生き延びることができた。自分の過去は変えられないけど、考え方は変えられる。過去があってこそのアトラスであり、アトラなんだ。


「そう、ですか……」


オルウィンさまは目を閉じて、しばらくなにか考えているようだった。

わたしは野菜の収穫を終えて、店へ戻った。地下へ入って、収穫したものを倉庫に置く。店に上がってきたら、オルウィンさまがわたしの商品を眺めていた。


「お暇なら、町へ出かけませんか? まだお話したいことがたくさんあるので」


にこりと笑って、店を出ていく。うーん、まだ懲りてないようね。

そう簡単にいかないか。きっと彼にとって、地位も名誉も金も、心の芯なのだろう。それを手に入れたいのは、当然のこと。

でもわたしだって、今の生活が自分の支えなんだ。絶対、オルウィンさまの言うことを聞くつもりはない。


 ムーとスーも心配だと言って、ついてくる。オルウィンさまを追いかけて、わたしは町へと向かった。


「どうしても、わたしについてきてくれませんか」


隣を歩くオルウィンさまが、唐突に口を開く。


「はい」


「では、仕方ありませんね。貴女やあのスキル持ちの少年になにがあっても、私にはどうにもできません。奴隷商人の男が襲ってきたとしてもね」


はあ、次は実力行使に出るってこと?

オルウィンさまは、上機嫌な笑みを浮かべている。これで怯えて「イエス」って言ってくれると思ってるのかな。


「そうですか。ちょうどいいですね。奴隷商人の男を捕まえる必要もありますし。あみぐるみゴーレムに捕まえてもらおうかな。兵士さんに伝えておこう」


「……最後の手段に出る必要がありますね」


オルウィンさまは残念そうに呟いた。中央広場へ出ると、常設されてあるステージへ向かう。旅の吟遊詩人や踊り子がよく利用しているステージだ。

そこへ上がると、咳払いをして大きく口を開けた。



「皆さん、今ここでアトラさんの真実を伝えたいと思います。アトラさんは、加護持ちなのです!」


などと叫び出した。わたしは呆気にとられて、ため息も吐くことを忘れてしまった。そこまでしてわたしを手に入れたいのか。

ある意味尊敬しちゃうや。その姿勢に。町の人たちは、何事かと集まってくる。

近くにレストランもあるので、リルラちゃんが飛び出してきた。


「お姉様、大丈夫ですか!」


「大丈夫だよ。ちょっとオルウィンさまを褒めたいくらい」


「はい?」


「いや、ね」


なんでもするその行動力、すごい。


「あの人なにを喚いているんです?」


リルラちゃんは怪訝そうに、喚いているオルウィンさまを見上げていた。


「さあ?」


「……お姉様、あの、やっぱり加護持ちって、その……」


「そうだけど、リルラちゃんは知ってるんじゃないっけ?」


「え、や、あの、その」


しどろもどろになっている。別に気にしないよ? とわたしが言うと、リルラちゃんは困った表情を浮かべる。


「お姉様、やっぱり、あたし」


「アトラさん! 貴女はその力でマルガレッタ様の侍女を治し、町長の息子さんを救った! 貴女の力を加護と言わずしてなんになるでしょう! さあ、皆さん! 今こそアトラさんを聖女として崇めるのです!」


オルウィンさまは町の人々の反応を待つ。しかしその顔は勝ち誇ったような表情を浮かべていた。これでわたしを手に入れたつもりなのだろう。

わたしも恐る恐る、町の人たちの顔色を伺う。みんな、どうするんだろう? 加護持ちってバレたら、もうみんなとふつうにはいられないのかもしれない。


「いや、アトラはただの魔道具士だろう?」


誰かがポツリとそう呟いたのが聞こえた。その声には聞き覚えがあった。医者のオズさんが、前へ出る。オルウィンさまの顔色が変わった。


「は?」


「アトラはただの魔道具士だ。編み物専門のな。その力で私たちを助けてくれている。そうだよな?」


「ああ。そうだね」


羊のサカキとツバキを売ってくれた、ダンくんの家のおばさんが頷く。


「そうだな。まさかアトラが加護持ちなわけないだろ!」


「確かに腕のいい魔道具士だもんねえ」


「そうですそうです! 商業ギルドもアトラさんを魔道具士として認めていますし!」


キティちゃんが声を上げる。すると、みんなが一斉にそうだそうだと声を上げた。


「し、しかし、皆さん、彼女は……」


「オルウィン様。悪いがオレたちはアンタの味方はしねえよ」


「ああ。金と名誉しか考えないあんたより、あたしたちのことを大切に思ってくれているアトラの方が大切なんだ」


「アトラさんは、ナランの大切な家族なんです!」


オルウィンさまは後ずさると、ステージから転げ落ちる。そのまま、どこかへと走り去っていった。


「大丈夫かい? アトラ」


オズさんが声をかけてくれる。みんなもわたしを心配そうに見ていた。


「大丈夫です。すみません、迷惑かけちゃって」


「いいんだよ!あんな奴にアトラをとられるわけにはいかないからねえ」


と、おばさんはにっかりと笑って、わたしの肩を叩いた。

みんな、わかっていてああ言ってくれたんだ。わたしを守るために。


「一応、しばらく用心した方がいい。あの司祭のことだ。力ずくで君を奪いにやってくるだろう」


「ありがとうございます。本当に……」


「なに泣いてんのさ! ねえ」


「そうだ、気にすんな! オレたちがアトラを守るからよ!」


みんながわたしの周りを囲んで、いろいろ慰めてくれている。

あたたかい言葉と眼差しに、涙が止まらなかった。


オルウィンさまがこれからどうするかは、わからない。でもきっと大丈夫だと、わたしの直感が伝えていた。

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