第39話 合格発表
わたしが野菜を収穫していると、ミヤエルさんが息を切らしながらやってきた。
「お、おはよう、ございます」
どうやら走ってきたようだ。ミヤエルさん、ふだん運動しないんだから、ムリしちゃダメなのに。
「あ、あの、アトラさっ、はあ、はあ」
その場でゼエゼエ言っている。
「お水どうぞですー」
ムー、さすが。お水持ってきてくれたんだね。
ミヤエルさんはお水を一気に飲み干すと、息をついた。
ムーに空になったコップを渡す。
「それで、どうしたんですか?」
「ああ! そうでした。今からアーレンスさんのところへ行きましょう。とうとう……来たんですよ。魔法士学校の試験結果が」
「ええ! そうなんですか!」
ミロ森は、魔物が一応いるということで、グロレアさんやアーレンスの配達物はいつも教会に届けられる。それをアーレンスがとりに来たり、ミヤエルさんが渡しに行くのがいつものことだ。
ミヤエルさんは懐から、一通の封筒をとりだす。
真っ白な封筒は、魔法士学校の紋章が入ったシーリングスタンプで封がされてあった。
「本当だ。すぐアーレンスに渡しにいきましょう!」
「ええ!」
アーレンスが来るまで待つ気分にはならない。
これはすぐに渡しにいかないと。
私とミヤエルさんは店を出て、ミロ森を足速に進んで言った。魔物がいるとか考えるヒマもない。まあ今まで出会ったことないから、そもそも気にしてないんだけど。
二人とも無言で歩いていく。頭は試験結果でいっぱいだった。もちろんアーレンスを信じているけど、やっぱり見るまで不安だよね。
きっと大丈夫だよ、とわたしは言い聞かせる。
ミヤエルさんを見た。真剣な顔でなにかを考えているようだった。同じことを思っているのかもしれない。
グロレアさんの家についた。アーレンスが薪割りをしているところだった。リオはきっと家の中でスキルの訓練だろう。
アーレンスはわたしとミヤエルさんに気づき、斧を置く。
「アトラ、おはよう。ミヤエルさんも。そんな顔してどうしたんだ?」
「来たんですよ!」
「へ?」
「来たの! とうとう!」
二人とも語彙力が低下している。アーレンスはそんなわたしたちを見て、不思議そうか顔をしている。
「何が来たんだよ」
「だから、魔法士学校試験の結果!」
「ええっ! も、もう来たのか!」
アーレンスは不意打ちをくらったように驚いている。
「ど、どうだった?」
「まだ見てないって。アーレンスが先に見ないと」
「とにかく、中に入りましょう」
家に入る。グロレアさんに事情を話すと、みんなでテーブルに座ってアーレンスを見た。
アーレンスはかなり緊張しているみたいだった。
少し汗をかいているみたいだ。額に汗の玉が浮かんでいた。
ミヤエルさんが封筒をアーレンスの前に置く。
震える指で、アーレンスが封筒を手に取った。グロレアさんがペーパーナイフを渡す。ゆっくりと、丁寧に封筒を開けた。
一通の白い紙。アーレンスが魔石をとりだす。
「魔石?」
「魔法士試験の結果は、魔石を使ってでないと読めないんだ。しかも俺の魔力に反応するように工夫されている。他の奴に盗まれて、改ざんされたりしないようにな」
アーレンスは魔石を紙の前に置く。何かを唱えると、魔石が燃え出した。手紙を燃える魔石に置く。すると、輝く文字が浮かんできた。
それをアーレンスが読む。アーレンスを除いた全員が、唾を呑みこんだ。
その時間は、とても長く感じられた。
アーレンスが顔を上げる。
「……合格、だ!」
アーレンスがニカっと笑った。
「お、おめでとうございます! アーレンスさん!」
「すげーなアーレンス!」
「よく頑張ったな」
「よかった。おめでとう、アーレンス」
みんなが口々にお祝いの言葉をアーレンスにかける。
アーレンスは涙目になりながら、頭を下げた。
「俺が合格できたのは、グロレアさんやミヤエルさん、アトラ、みんなのおかげでもある。本当にありがとう」
「アーレンスさんの努力ですよ。本当によかったです」
「ああ。誇っていいぞ、アーレンス」
「はい」
アーレンスは袖で涙を拭きながら、頷いた。
合格通知の話は、町にはすぐに広まった。アーレンスが魔法士試験を合格した。ナランの人々は自分のことのように喜んでいた。みんな、アーレンスを称える。ナランに魔法士見習いが誕生したのだ、と。
そして、翌日の夜には町の人のほとんどがレストランに集まっていた。店に入り切らずに、店の周りにテーブルが置かれるほどだ。
美味しそうなごちそうが、祭りの時のようにずらりと並べられている。そして、大人はお酒を杯に注ぎ、乾杯をした。
「アーレンスに乾杯!」
「カンパーイ!」
子どもたちはホットミルクで乾杯をする。みんなでアーレンスをお祝いしているのだ。アーレンスの周りには町の人たちが集い、お祝いの言葉を伝える。アーレンスも同じようにみんなに礼を言っていた。
わたしとミヤエルさんは、そんなアーレンスを遠くから見つめていた。
気づくと、リルラちゃんとリオくんが隣にいた。
「なんだか寂しくなりますよねえ。一応」
「一応なのかよ」
「あはは、そうだね」
秋にはアーレンスは二年ほど王都に行く。会いにいこうと思えば会えるけど、やっぱり毎日勉強しにやってくるアーレンスがいないと思うと寂しいものだ。
「きっと立派な魔法士になって、帰ってきますよ」
そうだよね。また、帰ってくるのだから。
わたしは寂しさを感じながらも、アーレンスの新しい挑戦を応援しようと決めた。
お祝いパーティーは夜更けまで続いた。夜の森は魔物が多いので、アーレンスは今日はわたしの家に泊まることになった。
そういうときは、今までミヤエルさんの家に泊まっていたそうだけど、今は近くにうちがあるからね。
リオくんはもうすでに眠りについた。わたしとアーレンスは、テーブルについてわたし手作りの果実酒を飲んでいた。
「なあ、アトラ。お前には、本当に感謝してる」
「なに、急に」
アーレンスはかなり酔っているようだった。まあ、町の男衆にあれだけお酒を飲まされたらね。まだ話せるのがすごいくらいだ。
「お前がいなかったら、ずっとあのままだったかもしれないからさ。魔法士になる夢を、ずるずると先延ばしにしてたかもしれない」
そういえば、前もそんなこと言ってたっけ。
「じゃあ、わたしに感謝してね?」
「ああ。本当に感謝してる」
「途中で帰ってきたりしたら、ゴーレムで吹っ飛ばすから、ちゃんと魔法士になってよね」
「おう。死ぬかもしれないし、絶対に魔法士になるわ」
ちょっと青ざめている。まあ、死なない程度にはしてあげよう。わたしは稼働しているゴーレムを見て、お酒を一口飲んだ。
「なあ、アトラ」
「なに?」
「いつか、お前のさ……」
アーレンスはそこまで言って、言葉を切る。
わたしは首を傾けた。すると、少ししてふっと笑った。
「いや。お前はお前だもんな。アトラはアトラだ」
「なによ、だから」
「なんでもねーよ」
歯を見せて笑うと、お酒を一気に飲み干す。そのうちうとうとし始めたので、ソファに眠るように勧めて、アーレンスも眠りについた。
わたしは紙の束をテーブルに広げる。そして、ペンを持ってカリカリと書き出した。
秋にはいなくなってしまうアーレンスに、何か編み物をプレゼントしようと思ったのだ。
「うーん。何がいいかな」
ペンをくるくる回しながら考える。
季節関係なく使えるものがいいよね。で、王都で浮かないお洒落なやつ。で、使い勝手のいいもの。
カリカリカリ、とアイデアを書き出す。
わたしは夜更けまで、アイデアとデザインを考え続けた。
しばらく会えない彼の為に。
ペンの音が店に響いた。
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