第38話 ナランの祭り


 夏の夜は、少しだけ寒い。湿気がないのでむしむしじめじめはないけれど。

窓を開けて夜風に当たりながら、わたしは編み物をしていた。

マル秘グッズを作っていたりする。明日には終わらせたいので、ちょっとだけ徹夜だ。

その正体は、カラフルなポンポン玉だ。ぽんぽん閃光弾とはまた違う。周りがふわふわになっている、いわゆる「ポンポン玉」ね。見たことある人多いと思う。

これって編み物とは言わないのかな?

一応毛糸を使っているから、わたしは編み物だと思っているんだけど。


 簡単に作りたいから、一種類は家にあるもので作っている。まず必要なのがフォーク。それに毛糸を巻きつけていく。巻きつけたら、中心を糸で結んで、フォークに巻きついた輪を切れば完成。ちっちゃなポンポン玉のできあがりだ。

ただこれだと小さすぎる。小さいのもあってもいいんだけど、やっぱり大きいのも欲しいよね。


 ポンポンメーカーとかがあればいいんだけどね。ないなら好きな大きさの厚紙で作ってみよう。

っていっても厚紙ってあんまりここで見たことがないから、薄い木の板でアーレンスに作ってもらった。コの字を反対にしたようなものならオーケーだ。コの字のでっぱり部分に糸を巻きつけ、中央に糸を結んでいく。切れば完成だ。


 わたしはできあがったポンポン玉を眺める。多分にやついているんじゃないかな。

ふふふ。明日の夜が楽しみだね。


 今日は朝から町がにぎやかだ。っていうのも、今日はお祭りだから。祝日のようなもので、お店もほとんど開いていない。

わたしも今日は店を開けずに、リオくんと町に向かった。

すっかり元気になってきたリオくん。毎日森へ行って、グロレアさんの指導を受けている。

あの地獄の鬼特訓にげっそりするかと思いきや、勉強が楽しいらしく毎日嬉しそうに通っている。

特にアーレンスの魔道具作りや魔法の勉強に興味があるらしい。


「すげー。どこも花でいっぱいだな」


わたしもリオくんのように、町を眺める。

町は花で飾られて、一面カラフルに変わっていた。木々にも飾りがついている。中央区の広場には、聖女リリアナの像がたっていた。その首元にも、花輪がかけてある。リリアナさまの像は神々しくて、御光でもさしてそうだ。


「昔、ここで疫病が流行ったときに、聖女さまが町の人たちを不思議な力で治したことがあるんだって。それを忘れないためのお祭りって言ってたよ」


「へー」


きっと聖女リリアナも、加護持ちだったんだろう。みんなのために力を使うなんてすごいよね。わたしも見習おう。聖女にはならないけど。


「お姉様ー! おはようございまーす!」


リルラちゃんはわたしを見つけると、飛んでくる。いつも通りだな、リルラちゃんは。


「あ、リオも来たんだ」


「うん」


二人はけっこう仲がいい。しょっちゅうケンカもするけど、それも仲がいい証拠だよね。


「お姉様。女性は服を着替えなきゃダメなんですよ。さ、着替えにいきましょう!」


と、リルラちゃんに引っ張られていく。リオくん一人はちょっと心配だったけど、町の人たちが見てくれるだろうし、大丈夫かな。


 集会所に入ると、町の女性たちが着替えをしていた。白いの高価そうな布地の服に着替えている。


「ナランの女性は、聖女リリアナのように聖服を着るんですよ」


「そうなんだ。じゃあ、わたしも着替えようかな」


リルラちゃんに渡された服を着る。うわあ、聖服なんて着るの初めて。なんだか気が引きしまるね。


「リルラちゃん、どう?」


「さすがですお姉様! ピッタリです! 聖女様みたい!」


着替えていた他の女性たちが集まってくる。


「さすがアトラ。似合ってるわね」


「羨ましいわあ、その胸とくびれ!」


「どうやったらそんなプロポーションになるわけ?」


ええ、わたしも死ぬ前は平凡なぺったんこだったんですけどね、なぜでしょうね。アトラスってほんと……羨ましいよね。いや、今、わたしアトラスなんだけど。


 着替えたので、集会所を出て中央広場へ向かう。その間にも、すれ違う人たちからガン見された。いや、肌の露出はないんだけど、ぴったり体に沿う服だったからね。もっとダボダボの聖服着れば良かった。

 広場にはアーレンスもいた。リオと仲良く喋っている。アーレンスはわたしを見つけると、顔を赤くしながらこっちへ来る。


「うわ! アトラ、すごい似合ってるね。本当の聖女様みたいだ。ね、アーレンス」


「え? あ、ああ。そうだな。聖女リリアナみたいだな」


「ちょっと、変なとこ見ないでよね?」


「み、見てねーし!」


うっそだあ。見てたもん。男ってこれだから……リオくんは素直に似合ってるって言ってくれるけどね。アーレンスも男だからねー。でも許しません。


「アーレンスさん? もしお姉様に邪な感情を抱いたら、あたしがぶん殴りますからね」


「だから、見てねえって言ってんだろ」


リルラちゃん、思いっきりよろしくね。

 そんな話をしていたら、祭りが始まった。まずはミヤエルさんが、聖女リリアナの像の前で祈りを捧げる。

 ミヤエルさんの祈りの言葉に、つい聞き入ってしまう。子どもは眠くなることもあるらしい。お経みたいなものかな。眠くなるよね、あれって。

でも、お経って感じのリズムじゃないんだよね。キリスト教のお祈りみたいな感じかな。みんな目を閉じてミヤエルさんの言葉を聞いている。

 わたしも目を閉じで祈った。リリアナさま、ありがとうございます。わたしも加護持ちとして頑張りますね。やっぱり聖女はイヤですけどね。


「ふふふ」


わたしは顔を上げて、周りを見回した。なんだか女性の笑い声が聞こえたような……? 気のせいかな。


 祈りが終わると、途端ににぎやかになる。みんな、歌って踊ってたくさんごちそうを食べるのだ。


 ごちそうは婦人会の方と、レストランのシェフたちが作ってくれている。レストランで働いているリルラちゃんも作ったのだそうだ。

広場いっぱいに並べられる料理。カルゼインのソウルフード「モノリ」やナラン伝統のスープなど、盛りだくさんだ。

どの料理にも、わたしの保冷と品質保持のマットが敷かれている。夏なので食中毒があってはいけないと、わたしが寄付したのだ。

その前まではふつうの魔道具を使っていたらしい。軽くて使いやすいと褒められた。

みんな思い思いに話したり笑い合いながら、料理に舌鼓をうつ。


わたしも食べながら、みんなの様子を見つめていた。


「楽しんでるか?」


「うん、まあ」


「そうか。それはよかった。知ってるか? この祭りは、聖女リリアナが生まれる前からあるんだ。元々は夏の豊穣を讃える祭りだったんだよ。それがあの疫病とリリアナの活躍により、くっついてこんなになったってわけだな」


「へえ、そうなんだ」


「まあ、楽しむといい。リリアナもお前を見守っているよ」


そこでわたしはふと我に返った。わたし、誰と話してるの? アーレンスでもミヤエルさんでもない。でも、聞き覚えのある声。

振り返っても、そこには誰もいなかった。誰だったんだろう。でも、いいこと聞いちゃったな。それに聖女リリアナがわたしを見守ってるって。


「もしかして、あの天使?」


相変わらず、神出鬼没っていうか。でも心強い。いつもありがとう、天使さんに、聖女リリアナさま、女神セフィリナさま。


 夜になると、町に明かりが灯る。そしてお待ちかねの花火タイムだ。田舎町のナランだけど、領主さまが毎年この日の為にに花火を注文してくれるのだ。


王都の花火大会ほど豪華ではないけど、ナランの人々の楽しみになっている。


ひととおり花火が打ち上がる。わたしは花火を打つ場所にたっていた。

リルラちゃんとアーレンス、リオもいる。


「で、こんなとこでなにすんだよ」


「うん。実はこんなの作ったの」


昨日作り終わったポンポン玉。小さいものが十個、大きいものが五個ある。


「なんか俺、すんごくイヤな予感しかしないんだけど」


「あたしも」


アーレンスとリルラちゃんは予測がつくらしい。二人ともジト目でわたしを見ている。イヤな予感って失礼じゃない?


「それなに?」


リオくんは素直に聞いてくる。ふふふ、とわたしは笑って、両手を広げた。


「実はこれ、花火なの!」


「やっぱり」

二人がハモる。何よ、その呆れたような目。今にみてなさい、すごい花火打ち上げるんだから。わたしはポンポン花火玉をセットして。中央に火をつける。

ポンポン花火玉はしばらくブルブル震えて、光が弾き飛んだ。上方向に。


ヒューっと上がって、花火が打ち上がる。火花の色はさまざまで、キレイだ。

みんな口を開けて花火を見上げている。広場から歓声が上がるのが聞こえた。


「まだまだいくよ!」


小さいのを三つ連続して、次に大きいの。大きい花火は空へ広がり、まるでシャンデリアのように広がる。そして、火花が落ちてくるんじゃないかってくらい空から降りかかってくる。


「美しいです」

「ああ」

「うん」


三人とも言葉を失っているようだ。わたしもあまりの美しさに、一瞬火をつけるのを忘れそうになる。

よかった、上手くいって。みんな喜んでくれただろうか。


わたしを受けいれてくれたこの町と、人々のために。

感謝をこめて、この花火に火をつけよう。


「アトラバンザーイ」


なんて声が聞こえてくる。また目立ちすぎちゃったかもな。

まあ、オルウィン司祭はいないし、大丈夫だと……思うんだけど。

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